第1章 動機づけと変化の概念

Treatment Improvement Protocol (TIP) Series 35
Enhancing Motivation for Change in Substance Abuse Treatment

  1. 薬物依存治療動機づけ
  2. 第1章 |第2章 | 第3章 | 第4章 | 第5章 | 第6章 | 第7章 | 第8章 | 第9章 | 第10章 | Appendix A

 動機づけとは,人々が持っているものというより行うものであると理解される。動機づけには,問題を認識し,変化への道を求め,そして,その変化への戦略を開始し固執することが含まれる。その様な認識と行動へ人々を向かわせる方法は数多くある事が判明している。(Miller, 1995)
なぜ,人々は変化するのか? 動機づけとは何か? 個々の動機づけから物質使用の変化への移行は,修正可能であるか? 臨床家には物質を使用しているクライアントの動機づけを促進し回復へ向かわせる役割があるのか?
 過去15年間において,多くの研究や臨床においては,物質使用者に,より良く動機づけを行い,物質乱用治療について考えさせ,そしてこれを開始・継続させる方法に焦点が当てられてきた。これは,又,彼ら自身の方法や形式的なプログラムの助けを借りて,アルコールやタバコの過剰摂取を中止させたり,減量させたりする目的も同時に含んでいた。一方,変化を維持させ治療終了後に問題となる行動が再発するのを避けることに焦点を絞った研究もある。この研究が示したものにクライアントの動機づけの本質とこれを整えて前向きの行動の変化を助長,維持させるものに形作る為の,臨床家の役割に対する依存症の分野での理解におけるパラダイムの転換がある。この転換は,依存症の分野における他の最近の進歩と平行であるし,ここでの新しい動機づけによる戦略は,これらの進歩を取り込み,又反映したものになっている。この新しい治療スタイル「動機づけのインタビュー」と超理論的な「変化の段階別のモデル」を合体させることで,どの様な臨床的戦略が回復期のいろいろなポイントで有効となるかという点に新鮮な見通しを与えてくれることになる。この様な理論体系から生まれた動機づけ介入説は,物質乱用治療のあらゆる時期で使用できる有望な臨床的道具となり,更に他の多くの社会的健康的サービスを設置するのにも役立つ。

A New Look at Motivation(動機づけの新しい見方)

 物質乱用の治療において,変化へのクライアントの動機づけは,臨床的興味と失望の焦点とされてきた。動機づけは治療にとって不可欠なもので,実際臨床家はこれなしでは殆ど何もできないものと表現されてきた(Beckman, 1980)。同様に動機づけの欠如が個人の治療(開始 維持 従事そして成功)における失敗の理由として,しばしば挙げられてきた(Appelbaum, 1972;Miller, 1985b)。最近まで,「動機づけ」とは,クライアントが本来持っている静的な特徴又は気質と考えられており,もしクライアントが変化への動機づけがなされなかった場合は,それは,クライアントの失敗と見なされた。実際治療にとって,動機づけとは,臨床家やプログラムによる特殊な処方への同意とこれを受ける意志を意味していた。臨床家のアドバイスに従順で「飲酒者」とか「薬物依存」等のラベルを貼られる事を受け入れるクライアントが動機づけされたと見なされた。一方その診断に反対したり治療に固執することを拒否したりすれば,動機づけされてないと考えられてきた。更に動機づけは,クライアント自身の責任であり,臨床家には責任はないものとしばしば考えられてきた。(Miller and Rollick, 1991)。この様な考えが発展してきた理由も当然存在するのであり,それについては後で検討するが,今回のガイドラインでは「動機づけ」を本質的に違った見方で捕らえている。

A New Definition(新しい定義)

TIPに述べられている動機づけによるアプローチは,動機づけの本質に対する以下の仮説に基づいて作成されている。

  • 動機づけは,変化への鍵となる
  • 動機づけは,多面的なものである
  • 動機づけは,動的で流動的なものである
  • 動機づけは,社会の反応により影響される
  • 動機づけは,修正,変更可能である
  • 動機づけは,臨床家の態度,やり方に影響を受ける
  • 臨床家の仕事は,動機づけを引き出し増強させることである
Motivation is a key to change(動機づけは,変化の鍵である)

 動機づけの研究は,個人の変化を理解する事と強く結びついている。この変化とは,現代の心理学者や理論家により,綿密に研究されてきた概念であり,物質乱用治療の焦点でもある。変化の本質と原因は,動機づけと同様に複雑な構成体であり,その定義も刻々と進展している。例えば,変化を生物学的な力によって生み出される不可避の結果であると見なす人は殆どいないのであるが,肉体的な成長や熟成が変化を生み出すという現実…赤ん坊が歩き始めるとか思春期がホルモン分泌の変化により引き起こされるといった現実は殆どの人々が受け入れるのである。我々は又社会的な規範や役割が服を選ぶとか,ギャングの一味になるといった多様性のある行動に影響を与えながら,反応を変化させ得る事は認めるが,自分自身を単に社会的な期待に沿って動いているものと考えたがる人は少ない。確かに我々は,理由づけ,問題解決,感情的な関わり等が変化を助長し得るものと信じている。
 個人の変化を新しい観点である動機づけに結び付ける枠組みは,心理学上の現象学的理論と定義されたものに由来するが,これはCarl Rogersの書に出てくることで広く知られている。この人間性の観点から考えると,「核」すなわち内面的な自己を持つ事が個人的な変化や成長にとって最も重要な要素となる。これは自己の実現化の過程であり,自己を増強させる為のゴールに向かう行動を促進する(Davidson, 1994)。この中で動機づけとは,目的を持ったもので意図的であり,そして自己に対し最大の関心を払う方向にプラスとなるものであると再定義されている。より明確に言えば,動機づけとは人が変化に向かう戦略の中に入りこみ,継続し固執する様になる可能性である(Miller and Rollrick, 1991)

Motivation is multidimensional(動機づけとは多面的なものである)

 動機づけは,ここでの新しい意味から言えば,多くの複合要素を含んでいる。これについてはTIPの後の章で検討する。それらには,クライアント自身が感じる内面的な衝動や欲求,クライアントに影響を与える外的な圧力やゴール,自分に対する行動のリスクと利点の感知,そして状況を把握評価することが含まれる。

Motivation is dynamic and fluctuating(動機づけとは動的で流動的なものである)

 研究や経験から動機づけとは動的なもので時間と共にそして状況に応じて流動するもので,静的な個人の特質ではないことが示唆されている。動機づけは相対する事柄の間で揺れ動く。動機づけはその強さにおいても変化する。疑問が生じると弱まるし,それらの疑問が解決されゴールが明確になると増強する。この意味では動機づけとはあいまいな状態にもなり得るし,又行動に向かうかもしくは行動を起こさない方向への強固な準備性ともなり得る。

Motivation is influenced by social interactions
(動機づけは社会の反応によって影響を受ける)

 動機づけは個人のものであるが,しかし個人と他人,又は個人と環境要因との相互作用から生じた結果であると理解できる(Miller, 1995b)。内面的な要因が変化への基礎であり,外的な要因は変化の状況になる。変化への個人の動機づけは家族,友人,感情,地域社会のサポートの影響を強く受ける。地域社会のサポートが欠如すると,つまり医療や雇用,物質乱用に対する公的な認知などに障壁がある場合も又,個人の動機づけに影響を与えることになる。

Motivation can be modified(動機づけは修正,変更可能である)

 動機づけは多くの状況でかつ常に働いており,全ての行動に浸透している。その結果動機づけは変化の過程の多くのポイントで利用でき,修正,増強が可能となる。クライアント達はどん底や修復不可能な恐ろしいことを経験してまでも,変化の必要性に気付く必要はないかもしれない。臨床家たちはクライアントの健康や人間関係,名声,自己イメージに広範なダメージが及ぶ以前に,より良く変化する為のクライアントの動機づけに接し,これを増強することができる(Miller, 1985;Miller他, 1993)。
 どの様な因子が人々の動機づけに影響を与えるかについては本質的な違いが存在するが,劇的な効果を持つと思われるものがいくつか存在する。それらは動機づけを減退させたり,増強させたりする。以下の事項にはしばしば人々が変化を起こし,次にどんなステップが必要かを考え始める事を促進する。

  • 悩みのレベルは変化や変化への戦略を捜す動機づけを増強する役目を持つ(Leventhal, 1971;Rogers他1978)。例えば,多くの人々は強い不安や抑うつの最中やその直後に変化したり手助けを求めようと駆り立てられる。
  • 重大な人生上の出来事は,しばしば変化への動機づけを刺激する。変化を促進する様な重要な出来事には,ひどい事故や病気を通して霊感を感じたり宗教を変えたりすることから,愛する人の死,解雇,妊娠,結婚等,幅の広い事象が含まれる(Sobell他, 1993b;Tucker, 1994)。
  • 認識の上での評価,つまり個人が人生におけるその物質の影響力を評価することにより,変化に至ることができる。この様に物質使用の是非を天秤にかけることで,変化に至る確率が30%から60%にも上ることが自然な回復の研究で示された(Sobell他, 1993b)。
  • 負の結果や他人又は自分自身に加えた傷害を認識することで動機づけされる人々もいる(Varney他, 1995)。クライアントに物質使用が自分自身や他人に有害な合併症をもたらすことに直結している事を見せることは,重要な動機づけの戦略である。
  • 正の又は負の外的な報奨物も又,動機づけに影響を与え得る。支持し同情してくれる友人や報酬,又は各種の強制等が変化への動機づけを刺激するかもしれない。
Motivation is influenced by the clinician's style
(動機づけは臨床家の態度ややり方に影響を受ける)

 あなた方臨床家とクライアントの相互作用のしかたは,クライアントの反応のしかたや治療が成功するか否かという点に決定的なインパクトを与える。研究者が明らかにした事によれば,同じプログラム内であっても見せかけだけのテクニックを使っていたカウンセラーの下では,ドロップアウトするクライアントの比率が劇的に違っていた。(Luborsky他, 1985)。カウンセラーの態度ややり方は,クライアントの介入(治療)に対する反応を予告する上での最も重要でかつ無視され易い変数の一つである。そしてそれはクライアントの性質よりも重要である(Miller and Baca, 1983;Miller他, 1993)。物質使用者への治療の有効性とカウンセラーの性質との関連についての報告を調査してみると,手助けとなる仲間関係や良い人間関係を築く技術の方が,専門的なトレーニングや経験よりも重要であることが示されている(Najavits and Weiss, 1994)。最も望ましいカウンセラーの特質は,一般の心理学の文献の中で推奨されたものを反映しており,それには独占欲のない温かさ,友情,純粋さ,尊権,肯定,そして共感等が含まれる。
 カウンセラーの態度ややり方の直接比較により以下の事が示唆された。対立したり指示するアプローチでは,クライアントの抵抗はより早く増長され,結局はくり返し聞いたり,やさしく説得するといったクライアント中心の支援的,同情的なやり方よりは悪い結果しか生まれない(Miller他,1993)。この研究ではクライアントは対立すればする程より多くのアルコールを飲むことが分かった。更に対立したままでのカウンセリングにより,クライアントを争わせ,論駁させ,皮肉を口走らせる事に駆り立てる。

The clinician's task is to elicit and enhance motivation
(臨床家の仕事は動機づけを引き出し増強させることである)

 変化はクライアントの責任であり,多くの人は治療無しに過度の物質使用を改める(Sobell他, 1993b)が,あなた方臨床家はクライアントの動機づけを増強して変化の各段階における有益な変化へ向かわせることができる。しかしあなた方の仕事は単に教え,指示し,助言を撒き散らすことではなく,むしろクライアントの手助けと,勇気付けを行うことで彼らに問題ある行動を認識させ(例;周囲との不調和を認知させる様勇気付けること),正方向への変化を最も興味の持てるものに見なさせ,変化に向かう競争心を感じさせ,変化への計画を立てさせ,行動を起こさせ,そして問題行動への逆戻りをさせない戦略を使用し続ける様導くことである(Miller and Rollnick, 1991)。あなたのクライアントの文化的背景に敏感であるべきで,その知識の有無はクライアントの動機づけに影響を与え得るものである。

Why Enhance Motivation?(なぜ動機づけを増強させるのか?)

 動機づけを増強させるアプローチにより治療に大きく参加することになり,正方向の治療結果につながることが,研究により示されている。正方向の結果には物質の使用量の減少,使用中止率の上昇,社会的適応化,治療への委託の成功等が含まれる(Landry 1996;Miller他, 1995a)。変化に向かう正方向の態度や変化への傾倒が治療の成功に結びついている。

動機づけを増強させることの利点として以下の事項がある:

  • 変化への動機づけを鼓舞する
  • クライアントを治療に向かわせる用意となる
  • クライアントに治療を受ける約束をさせ,治療にとどまらせる
  • 治療への参加,関与を増加させる
  • 治療の結果を改善する
  • 再発した場合に勇気付けて早急に治療に復帰させる

Changing Perspectives on Addiction and Treatment
(依存症とその治療における見通しの変遷)

 米国人は過剰のアルコールと薬物を使用する方向への両価感情をしばしば示してきた。彼らはアルコールや薬物の乱用者を,聖職者や法曹界の悩みの種となる道徳的に堕落した罪人と見なす観点と,医療的治療が必要な強迫的欲求にとりつかれた犠牲者と見なす観点の間を行き来してきた。1914年のHarrison麻薬決議書が可決された後,臨床家達は依存症の治療で身動きがとれなくなった。1920年代になると,アヘン中毒と禁断症状に対する同情的な治療が医療機関でできる様になり,又同時に禁酒(薬物)と酒類醸造販売禁止法を支持する運動が勢いを得た。この様な対立した見方は治療を受けるに値する人々(中西部のアヘンチンキ中毒の農婦)や,値しない人々(都市のアフリカ系アメリカ人)の大衆的な考えの中でより明白となってきた。
 依存症の本質や成因についての違った見方がより近年になって,現在の薬物乱用症の治療の発展と実践に影響を与えてきた。いろいろな違った理論的見方が治療の構造と体系を先導し,医療サービスを配布してきた(Institute of Medicine, 1990b)。物質乱用の治療を振り子に例えて,ある作家は以下の様に記述している:
倫理的な堕落と不治性の両存という考えが,少なくとも一世紀の間薬物依存の問題に直結していた。現在においてさえ,公衆や専門家のアルコール中毒に対する態度は,対照的な時には相入れない見方からなる合成物である。つまり,アルコール中毒患者は病気であるという考えと,道徳的に弱いという考えである。アヘン依存症に対する態度も同様な合成物であるが,道徳的な欠陥の方がやや混入率が高い。(Jaffee, 1979, p9)

Evolving Models of Treatment(発達する治療モデル)

 現代の物質乱用に対する治療システムの発達は,1960年代後半になって初めて出現したばかりであるが,それは公衆での酔っ払いを犯罪の枠から外したことと,増加しつつあるヘロイン中毒に関連した犯罪への恐怖がエスカレートしたことに起因した。それでもなおこの治療システムは新しい技術,研究,治療介入による依存症の理論の変化に反応して急速に発展してきた。以下の六種の依存症のモデルは,過去30年間に亘り注目を得るのに競い合い,治療上の戦略を応用する手引きとなってきた。

1.Moral Model(倫理モデル)

 依存症を宗教上の,倫理上の,又法的な行動規範に背く一連の行動と見なす人々がいる。この考え方から見れば,依存症とは自由に選んだ,不道徳で,恐らく罪深く,時には違法となる行動の結果だと言える。物質の誤った使用をしている人々は,自分自身や他人への苦痛を生み出しており,自尊心や自己抑制心に欠けているとの仮説が立てられる。物質の誤使用と乱用には責任はないが,処罰に値する意図的な行動である(Wilbanks, 1989)・・・逮捕や投獄も含めて(Thombs, 1994)。過剰の物質使用は倫理的な選択の結果として行われていると見なされているからには,変化は意志の力の鍛錬(IOM, 1990b),外部からの処罰や投獄によりはじめて起こり得る。

2.Medical Model(医学的モデル)

 依存症を慢性の進行性病気とする対照的な観点は,治療の医学的モデルと呼ばれるものに発展した。これは人道的な立場から治療の必要性を強調し,「正常」と「依存症又はアルコール中毒」を二分できると仮定した,以前の疾患モデルから発展した。依存症やアルコール中毒は質的にも生理的にも,正常人とは異なるもので,非可逆的なものであると断言された。より近年,医学的モデルには慢性疾患を多数回決心と理解する現代の考えと調和して,より広い生物精神社会的見地をとるようになった。
 それにもかかわらず肉体的原因が強調され続けている。この観点では遺伝的要因により人々が精神作用性の物質を誤用したり,使用中に理性を失ったりすることが起こりやすくなる。物質使用により引き起こされた脳内の神経化学的変化が,物質使用の継続を誘発し生物学的な依存症へ発展する。このモデルでは,治療は病院や医療施設にて特別に施行されるが,又種々の薬物治療も解毒,症状緩和,嫌悪,適切な物質の代替物等として役立つ。
問題解決に対する責任はクライアントにかかるものではないし,変化は理性の喪失を認め医学的処方に従い,自己救済のグループに参加して初めて起こり得る(IOM, 1990b)。

3.Spiritual Model(精神的モデル)

 この依存症の精神的モデルは,米国内で最も影響力の強いものの一つであるが,その大きな理由はアルコール匿名団体(AA),コカイン匿名団体,麻薬匿名団体,Al-Anon等の12ステップのフェローシップがある為である。このモデルはしばしば倫理と医学のモデルと混同されがちであるが,精神的モデルが重視している点は,それらとは全く異なったものである。(Miller and Kurtz, 1994)。AAの原文の中には,自尊と卑下や憤りと受け入れといった論点を重視して「性格の欠陥」を,アルコール中毒を理解する為の中心において検討している部分がある。この観点では,物質が使用されるのは精神的空白と無意味さを埋めようとするが為であると理解される。精神的モデルでは,病因についてはウェイトを置かず,回復への精神的な道のりをはるかに重視している。12ステップのプログラムでは,自分自身を超越した強力なパワー(しばしばAAでは「神」と呼ばれる)を認識すること,性格の修復を求めること,祈りや瞑想を通してパワーとの連帯を保つこと,更に自己の意志に従った人生を求めることを強調する。12ステップのプログラムは自己救済のプログラムではなくむしろパワーによる救済のプログラムである。12ステップの第一ステップは,人は文字通り自分の意志の力だけでは自己を救済できないし,回復への道を見つけることもできないというものである。そのかわり,健康を取り戻す方法は精神的なもので,自分の意志を強力なパワーにゆだねるという意味を含む。臨床家はクライアントが12ステップのプログラムに参加するのをサポートする為の,いろいろなガイドラインに従うことになる。
 12ステップのプログラムは,アメリカのプロテスタント教義にそのルーツを持つが,他の明らかに精神的と言えるモデルはキリスト教や有神論的な考えに従ったものではない。東洋の精神的訓練に基づいた超越的な瞑想が物質乱用問題を防止したり,そこから回復する為に広く行われてきた(Marlatt and Kristeller, 1999)。アメリカ原住民の持つ霊性は治療のプログラムの中に統合されており,発汗小屋や他の伝統的な儀式である歌や治療の為のセレモニーを通して彼らの治療に役立てられている。精神的モデルは全て自己の限界を認識する考えと,個人の力を超越したものと結ばれることにより健康を維持したいという願望を共有している。

4.Psychological Model(心理学的モデル)

 依存性に対する心理学的モデルにおいては,問題となる物質使用は学習不足,情緒機能障害,精神病理学の結果起こるもので,それらは行動学的に,精神分析学的に方向付けされた動的な治療法により治療可能であるとされる。人は自己防衛のメカニズム(拒絶,投射,合理化)に気付き,幼少期の経験の重要性に焦点を当て,無意識という考えを発達させてきた。初期の精神分析においては,物質乱用は無意識の死への願望や,イドの自己破壊傾向に源を発しているとされていた(Thombs, 1994)。物質依存は自殺のゆっくりした形態である(Khantzian, 1980)。他にも初期の精神分析作家の中には,物質依存における口述による固定の役割を強調したものもいた。より現代的な精神分析学的見地によれば,物質使用とは障害された自我機能の一症状であり,エスの要求と外界の現実とを調停しようとする性格の一部であるとされている。他に物質乱用を「発育性で適応性のあるもの」とする見方もある(Khantzian他, 1990)。
 この見方からは物質使用は自我構成におけるもろさを補う試みとなる。そして物質使用は自身の人生の内面と,外的な行動との調節ができない事により動機づけされる。この様に精神分析的治療では以下の様に推測される。治療の経過で得られた洞察は,内面的なメカニズムを強化するが,これは外面的な調節機能を確立することにより明らかとなる。言い換えれば,変化の過程は内面(心の中)から外面的(行動,対人関係)に移行する。Anton Krisの書の中に,現代の動機づけ理論に類似した興味ある精神分析がみられるが,彼は"両価感情の争い"が,麻痺性の無気力を自身や治療法に投射する様なクライアントの中に見出せると述べている。この様な場面では,患者と分析者は雪の吹き溜まりで動けなくなった車の運転手と同様で,両方向に揺する動作を行うべきで,それにより結果的に充分なモーメントを集め,どちらかの方向に動くことが可能となる(Kris, 1984, p224)。
 臨床家の中には依存症を深層の精神病理が原因となって表面に現れた症状である捕らえるものもいる。この見方からすれば,深層の精神病理に対する治療が成功すれば,物質使用の問題も解決できることになる。しかし,過去10年間の研究や臨床により,精神医学と物質乱用やその症状の間にはより複雑な関係が存在する事が判明した。つまり,物質使用が精神障害の症状や似た症状を引き起こし得ること;物質使用により精神障害の症状が促進,悪化され得ること;物質使用により精神障害やその症状がマスクされ得る事;重篤な物質依存からの禁断症状により精神障害の症状や類似症が引き起こされ得る事;精神障害と物質乱用が共存できること;精神障害により問題ある物質使用の行動に類似した行動が起こり得ること等(CSAT, 1994b:Landry他, 1991)。
 行動心理学の見方によれば,物質使用とは学習された行動であり,物質を使用する毎についてくる質・数・程度に関しての増強剤と直結することで繰り返される(McAuliffe and Gordon, 1980)。依存とは,人々がある行動への興味を増強された場合,それを繰り返す傾向に陥るという原則に基づくものである。正方向の増強剤は(使用された物質によるが),中枢神経等に強力な効果を持つ。又社会的なものとして,仲間に受け入れられる事等も正方向の増強剤として働く。負の増強剤としては,不安を減少させたり,禁断症状を除去したりすること等がある。特定の感情や状況においては,選択された物質効果に結びついた経験や期待から物質使用のパターンが決められる。もし増強剤が大きすぎたり,否定的な結果が生じた時には変化が生じ,クライアントは物質使用につながる状況へ向かう戦略をとることになる。
 他の心理学者達は依存症の行動における認知の過程の役割を強調してきた。自己効力感(自己効力感)というBanduraの概念…自身の行動を変化又はコントロールできることの認識…が現代の依存の概念に影響を及ぼしてきた(Bandura, 1997)。認知によるセラピスト達は物質乱用の根底にある病因説を改良する為の治療的アプローチについて述べている(Beck他, 1993;Ellis and Velter, 1992)。

5.Sociocultural Model(社会文化的モデル)

 依存症に関する,関連した社会文化的考え方が強調しているが,物質依存症が進行したり改善したりすることにおいては,社会に適合して行く過程や文化的環境が重要である。飲酒に影響を与える因子として,社会経済状態,文化や民族的信仰,物質の手に入れ易さ,物質使用を規制する法や罰則,家庭内又は社会団体内での規範やルール及び親や友人の期待,容認できる行動のモデル作り,そして増強剤の有無等が挙げられる。物質に関した問題は家族やグループや地域社会との相互関係の上で発生するものである為,政策,法律,規範等を変更することも変化の一部となる。新しい社会内,家族内の関係を築くこと,社会適応性や技術を発展させることや,本人の文化基盤の範囲内での労働等が,社会文化的モデルにおける変化への重要な道とされている(IOM, 1990b)。社会文化的モデルからは,しばしば無視されがちな正方向への行動の一面が,倫理原則や精神的発達を遂げる機会を新しくするものとして選り抜かれており,この精神発達により今まで自分や他人に有害であったであろう罪,恥,後悔,悲しみといった物質に関連した害を改善することができる。

Composite Biopsychosocial-Spiritual Model
(生物精神社会的及び精神的な混合モデル)

 これらの競合し合う依存症のモデル間の争いが顕著になり,かつ各モデルにおいていくらかの真実が存在することが研究により明らかにされるにつれ,依存症の分野においてはこれらの多様性のある見方を統合し一本化することが求められてきた(Wallace, 1990)。ここから生物精神社会が発生することとなった。これは多くの相互作用し合う影響の重要性を認める精神的な枠組みとなる。実際この見地からは,物質使用や癌,糖尿病,冠動脈疾患等のあらゆる慢性疾患は全て,生物精神社会や精神的要素を扱う協同的で包括的なアプローチにより最良の治療が可能となる(Borysenka and Borysenko, 1995;Williams and Williams, 1994)。この全範囲に亘る様な依存症モデルは,既存モデルの要素や技術を含む一方,誤りと思われるいくつかについては割愛されている。それらについては以下に述べる。

Myths About Client Traits and Effective Counseling
(クライアントの特質と効果的なカウンセリングに関する神話)

 この分野が物質乱用や誤った使用をより包括的に理解する方向に進展しているが,依存に対する初期の観点は,依然我々の治療体系内に固執している。これらの中には単に時代錯誤と言えるものもあり,又クライアントに実際に有害になるものもある。米国で歴史的に治療体系に組み込まれていた介入法の中には,逆説的に有益な変化への動機づけを損なう可能性がある事が研究により示された。他にも臨床家とクライアント間の,有用な協力関係の成立を阻む様な既存概念も存在する。仮説の中で疑問視されたり捨てられてきたりしたものを以下に述べる。

Addiction stems from an addictive personality(嗜癖は嗜癖人格から起こる)

 物質乱用者は皆同様な人格特性を持っており,この為治療が困難化すると一般に信じられているが,将来,物質乱用となるかどうかを予告できる様な際立った人格特性はいまだに見出されていない。依存症になり易い性質として最も頻繁に取り上げられるのは,否定,投射,洞察力のなさ,自尊心のなさ等である。アルコール依存症のクライアントに的を絞った研究の結果,物質依存症の人に特有な性質は存在しないことが示唆された(Loberg and Miller, 1986;Miller, 1976;Vaillant, 1995)。更に物質依存症となる人々は,むしろ広範囲に亘る性質を有していることも示唆された。しかしそれでも依存症的性質の存在は広く信じられている。この理由の一つとして,物質乱用では類似性をもった行動,感情,認識,家族の動き等が起こってくるからであろう。回復の過程においては,これらの類似性は消失し,人々はより多様化する。

Resistance and denial are attributes of addiction(抵抗と否定は嗜癖の属性である)

 否認,合理的に説明しようとする態度,責任回避,防衛的態度,小細工やごまかし,そして抵抗等を続ける事が,物質使用者に属する特有な性質である。更にこの様な反応は,治療を成功させる時の障害となるために,臨床家や介入はこれらに焦点を当てる。しかし研究の結果,物質依存症の人々は全体的に異常に強い防衛的な機構を持っていないと結論付けられた。
 上記のことが信じられている原因としていくつかの説がある。第一に選択的な物の見方がある。つまり異常に扱いが難しいクライアントを回想し,これを取り上げて「普通にみられる反応を示すモデル」としている点である。更に「否認」や「抵抗」という表現がしばしば物質使用者における従順性や動機づけの欠落を意味するものとして用いられており,「動機づけ」を認容や追従を表わすものとしている(Kilpatrick他, 1978; Nir and Cutler, 1978; Taleff, 1997)。この様に臨床家に同意せず,臨床家の処方を受け入れず治療を拒絶するクライアントは,しばしば「動機づけされていない」「拒絶」「抵抗」といったラベルを貼られることになる(Miller, 1985b;Miller and Rollnick, 1991)。換言すれば「否認」が非同意,誤解,又はクライアントが個人的に抱いているゴールが臨床家の期待に添えない場合を表わすものとして誤用され得るし,感情の逆転位を映し出しているのかもしれない。
 次の説としては,通常の人において正常と判断される行動は,物質依存者の中では病的と見なされることである(Orford, 1985)。臨床家や他の人々は,物質使用者は病的な,時に異常に強い防衛構造を示すと思っている。第三の説として実際に治療行為そのものが,多くのクライアントに防衛的な反応を起こさせること。拒否,合理的に説明づけしようとする態度,抵抗,論争等を個人の自由として主張することは,多くの人々が自分を感情的に擁護するために用いる防衛機構である(Brehm and Brehm, 1981)。クライアントが軽蔑的な意味を持って「アルコール症」「小細工をする」「抵抗する」等のレッテルを貼られ,治療のゴールの選択権も与えられず,更に何かをするに付けても権力的な態度で命令されたとすれば,その結果は予測できるもの…全く普通の事であるが…反抗的になる。更にもし臨床家達がこれらの防衛的態度に真っ向から反対し,打ち破らねばならないと考えるとしたら,治療は全く実りのないものとなってしまう(Taleff, 1977)。激しく対立する戦略では,強い抵抗と異常なまでの否認を引き起こすばかりである。従って高度の否認や抵抗が,物質依存症の人々の属性として集団内で頻繁に認められる一つの理由に,彼らの正常な防衛機構が対立と言う臨床的戦略によりかなり頻繁に刺激され,駆り立てられていることがあげられる。本質的にこれは自己達成できる予言となり得る。

Confrontation is an effective counseling style
(対立は効果的なカウンセリングのスタイルである)

 現代の治療において「対立」という語はいろいろな意味を持つが,通常一種の介入(計画された対立)やカウンセリングスタイル(対立による話し合い)の意味である。又「対立」とは,否認や他の防衛機構は「権威主義」や「反対」として特徴づけられる治療的アプローチにより打破すべきであるとする仮説を意味する(Taleff, 1997)。指摘した様に,こういうタイプの対立からは変化や協同への動機づけは生まれず,むしろ抵抗を引き起こす。研究の結果示唆された事は,臨床家が物質使用のクライアントに対し対立する手段を用いれば用いる程,クライアントは変化を起こさなくなるし(Miller他, 1993),更にコントロールされた臨床試験の結果では,対立によるアプローチを最も効果の低い治療法の一つとして位置付けている。

〈What about confrontation?〉

 多くの理由から米国における治療分野は,アルコールや薬物問題に立ち向かう人々に対し過激で論争する「否認を打破する」方法をとるまでになってしまった。これは部分的には,物質乱用には否認や合理付けといった堅固な防衛機構を伴うという信念により導かれている。この見方の中では臨床家はクライアントに現実を印象付ける責任があり,クライアントは現実を自己のものとして見ることができないと考えられている。この様な対立法は人気のあるMinnesotaモデルやSynanon(グループでの対話として良く知られている薬物治療集団であり,その中で参加者達は互いに言葉で攻撃し合う)や他の,同様の治療集団のプログラムの中に見出される。

 1970年代以後,治療分野は上記のものから離れ始めた。Hazelden財団では,Minnesotaモデルの様な対立をもって行うアプローチを後悔し,「破壊して再建する」アプローチを1985年に公的に放棄した。心理学的研究からは,物質乱用に関連した特定の性質や防衛機構を見出すことに成功しなかったし,臨床的研究からもより対立的な臨床家,グループ,プログラムからはより実りの少ない結果しか得られないと結論している(Miller他, 1995a)。逆に高いレベルでの正しい共感(Carl Rogerにより定義付けられ,NajavitsとWeissにより述べられている)を示すカウンセラーからは好結果が生まれるとされてきた(Najavits and Weiss, 1994)。Johnson研究所は擁護的,同情的方法が家族の介入を管理するのに有効であると強調している。

 従って私の動機づけインタビューのワークショップに参加して,私のデモンストレーションを観た臨床家達が「違った意味であなたのやり方も対立的(Confrontation)」と言った時は最初驚いた。この様な発言は,今ではほとんど毎回のトレーニングにおいてみられる光景で,私のやり方を「やさしい対立」と呼ぶ者もいる。この事は私に対立(Confrontation)という語が実際には何を意味するかを考えさせることになった。

 "to confront"という動詞の言語学上の語源は,"to come face to face"という意味から出ている。この様に考えると,我々が成し遂げようとしている対立(Confrontational)とは正確にはクライアントに,困難で,時には脅威的である現実に対面させ,それを排除せずむしろ取り込ませ,そしてこの現実により彼らを変化させることとなる。つまり対立とはカウンセリングの一種のゴールであり,ある特別なスタイルやテクニックではない。

この新しい情報…対面することがカウンセリングのゴールであること…を目にした場合,「そのゴールを達成する最良の方法は何か?」といった質問が出てくる。直接的,強制的かつ激しいアプローチは,人々に新しい情報について考えさせ,彼らの考えを変えさせるのに最も効果が低い方法であるという根強い証拠がある。この様な対立からは逆にこれを打破すべきとの考え…防衛…という現象が増強され,そしてクライアントの変化に向かう可能性はますます低くなる(Miller他, 1993)。これは又多くの文化圏で不適切なこととなる。まともに対立することは,ある者にとっては役に立つかもしれないが,殆どの人にとっては実際に必要なこと…つまり苦痛である現実に直面し,変化に至ること…と全く反対の結果となる。

William R.Miller, Consensus Panel Chair

 しかし建設的な治療法としての対立もある。もしクライアントに自分達の行動の実体と向かい合い,それを認識する手助けが意図的な変化にとって必要条件であるならば,動機づけ戦略を用いる臨床家は建設的対立を治療のゴールとして重視することになる。この観点からみると建設的又は治療的対立は,クライアントが自分達のゴールを確認し再びゴールに向かうことや現在の行動と理想的なものとの間の食い違いに気付くこと,そして正方向への変化を形成するかどうかの両価感情を解決することに役立つことになる。

Change in the Addictions Field(依存症の分野における変化)

Focus on Client Competencies And Strengths
(クライアントの能力と長所に焦点を合わせること)

 歴史的に見て,治療の分野においてはクライアントの欠点や限界に焦点が合わせられてきた。しかし今日では,クライアントの力と競争心を確認し,増強し,そして利用する事が大いに強調されている。この傾向は動機づけカウンセリングの原則と一致するものであり,クライアントを肯定し,自由な選択を強調し,事故効果を支持強化しそして変化が可能であるという楽観性を促進するものである(第4章参照)。依存症を倫理的に捕らえたモデルのいくつかの局面と同様に,ここでも変化に対する責任は明らかにクライアントにある;しかし審判的な口調で接することは避けなければならない。

Individualized and Client-Centered Treatment
(個別化されたクライアント中心の治療)

 過去においては,物質依存の問題の内容や重症度の違いにかかわらず,クライアント達は標準化された治療のみを頻繁に受けてきた。今日では,治療はクライアント個々のニーズに基づいて施行され,その都度注意深くそして包括的に評価される。研究の結果,正方向の治療結果は,柔軟なプログラムの方針と,クライアント個人のニーズに焦点を合わせることに関連することが示された。(Inciardi 他,1993)。更にクライアントは,自分達の治療を処方されるのではなく,望ましくかつ,適当なものを選択肢の中から選べる様になった。既に述べた様に,動機づけによるアプローチとはクライアントの選択権と変化に対する個人的な責任を強調している。…少々治療体系からはずれてはいるが。…動機づけ的戦略により,クライアントから個人的なゴールを引き出し,クライアント自身に選択肢のメニューの中から必要な治療法を選び出させることになる。

A Shift Away From Labeling(クライアントのラベリングからの転換)

 歴史的にみて診断名がクライアントを限定してしまい,個人の人間性を奪い取ってしまっていた。現代医療においては,喘息や精神障害の患者が面と向かって「喘息の人」とか「精神病の人」と呼ばれる事は滅多にない。同様に物質使用の分野においても,物質乱用の人を「依存症患者」とか「アルコール中毒者」等とラベリングすることを避ける傾向にある。動機づけによる方法を用いる臨床家はクライアントにそういった名前を刻み付けることは避けるべきで,特に診断名に同意しないクライアントや自分達の特殊な行動を問題的と見なさないクライアントに対しては特に気を付けるべきである。

Therapeutic Partnerships For Change(変化の為の治療上のパートナーシップ)

 過去の医療モデルではクライアントは受動的に治療を受けていた。今日では治療とはクライアントと臨床家が同意の上でゴールを定め,そのゴールを達成する為の戦略を共に発展させるというパートナーシップを意味する。クライアントは治療計画の中での積極的なパートナーと見なされ,動機づけ戦略を用いる臨床家は,クライアントとの間で治療的同盟を結び,クライアント自身からゴールを引き出し,クライアントによって戦略を変えていく。臨床家の手助けの有無に関わらず,クライアント自身が,変化を起こすことに絶対的責任を持つことになる。動機づけ戦略が,変化の為のクライアントの意向や計画を聞き出すのではあるが,その戦略により又生物学的な事実も明らかとなる。つまり遺伝的要因により物質乱用や依存に陥るリスクが高まっている事や,物質の脳に対する強力な作用等であり,これらは両者とも変化を起こすことを極度に難しくする要素となる。実際動機づけ戦略ではクライアントに使用に選んだ物質の何が好きなのかを考える様お願いしている…これが使うべき動機づけである…そしてその後にそれらの物質を使う事での良くないマイナスの結果について焦点を当てて考え,それら一つ一つの価値を検討する様にしている。

Use of Empathy, Not Authority and Power
(共感を持つこと,権威や権力は使ってはいけない)

 従来の施療者は厳格で,クライアントに規律を破ることを止めさせたり,物質で汚れた尿への罰を与えたり,より良い結果を求める為の高いレベルの治療を受けさせる様な力を持った者と思われていたが,研究の結果から今日では,温情のある,支援的な聞き込みに現れる,共感を持った高いレベルの臨床家達に治療の好結果が得られることが実証されている(Landry, 1996)。クライアントの動機づけを高める意思の特徴として,上手な人間関係を築く技術,治療における自信,クライアントの置かれた場所においてクライアントと会うことのできる能力,更に変化が可能であると信じる楽観性等がある。

Focus on Earlier Interventions(より早期の介入に焦点を合わせること)

 公的基金が設立された初期の頃には,形式的な治療システムは主に慢性で,難治性の重篤な物質依存症のみに適用されてきた(Pattison他, 1991)この事実は否認と言う特殊な性質と依存が関連することになった理由の一つかもしれない。これらのクライアントが治療に失敗したり強調できなかった場合,彼らは動機づけできなかったと見なされ,元の社会へ戻されどん底を経験することになった。しかしこの厳しい負の結果により変化への動機づけがなされる可能性もあった。
 より最近になり,より多様性に富む治療プログラムが設定され,飲酒や薬物使用がまだ深刻でないが,問題であり,危険性を帯びる可能性を持った人々に早期の介入がなされる様になった。この早期介入の努力の範囲は,教育プログラム(酒酔い運転で逮捕された者で,このプログラムに参加している人々への反省や格下げを宣告することを含む)から救急病院,外来,臨床家のオフィス等での折にふれての短い介入により,過剰な飲酒の危険性を指摘したり,変化を示唆したり,必要に応じて形式的な治療プログラムについて言及することにまで及ぶ。これらの早期介入の最も成功したプログラムのいくつかでは,動機づけ戦略を使い,まだ自分が物質に関連した問題を有している事に気付いていない人々との仲裁役を果たしている(第2章及びTIP,CSATを参照)。この思考の推移は,クライアントがまず物質使用の問題を有してから治療が提供されるばかりでなく,クライアントの個人的な資質が涸れておらず,変化を引き起こすのに充分なエネルギーと楽観性を容易にマスターできるということを意味している。短い動機づけに焦点を合わせた介入を,急性期の初期治療設定に組み入れる様提唱されることが増加している(D'Onofrio他, 1998;Ockene他, 1997;Samet他, 1996)。

Focus on Less Intensive Treatments
(より集中的でない治療に焦点を合わせること)

 早期介入と個人別の治療を強調する結果として出てきたのが,より集中的ではないが同等の効果を有する治療法である。治療法が標準化されていた時は,ほとんどのプログラムではサービスの内容が一定化していただけでなく,入院期間も固定されていた。28日の入院期間がアルコール症治療のMinnesotaモデルとして最も有効的な結果を出せる治療期間とされていた。宿泊設備のある施設や,外来だけのクリニックでも標準化された治療のコースを有していた。研究の結果,今日ではより短い,集中的ではない介入でも,より集中的な治療と同等の効果をもつことが判明した(Bien他, 1993b; IOM, 1990b; Project MATCH Research Group, 1997a)。治療密度という概念ははあいまいすぎる。これは医療サービスの期間,量,費用についての考えであるが,サービスの内容には触れていない。将来の研究課題としては,どの様な介入が明らかに依存症治療効果を向上させるのかを実証することがあげられる。このTIPの目的として,治療としてクライアントへの接触時間が短く制限されても,クライアントの動機づけに影響を及ぼし,変化への引き金をひくことができることを強調している。

Impact of Managed Care on Treatment
(マネージドケアのが治療に及ぼす影響)

 医療財政の変化(マネージドケア)は提供される治療の量に大きな影響を及ぼし,入院治療から外来治療への移行,ある治療の期間の上限設定等が行われてきた。しかしこれらの変化が治療への参加,治療の質,結果,費用等へ及ぼす全体的なインパクトはまだ分かっていない。ここでは,比較的短い治療期間内であっても,動機づけアプローチを通して,クライアント自身が変化を引き起こす手助けができるという事を覚えておく事が重要となる。短期間の動機づけ介入は,物質乱用の初期で重症度や問題の複雑性がまだ低いうちに施行されると有効な手段となり得る(Obert他, 1997)。

Recognition of a Continuum of Substance Abuse Problems
(物質乱用問題が連続体であることの認識)

 以前は物質の誤った使用,特に慢性アルコール中毒という疾患は治療しないで放置すると完全な依存状態となるのは必然的であり,早期に死に至る進行性の状態であると考えられていた。今日では,臨床家は,物質乱用の問題は危険あるいは問題のある使い方からDSM-W(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Edition,American Psychiatric Association〔APA〕 , 1994)に記載されている診断基準を満たす依存症に至るまでの連続体であることを認識している(更に重症化への進行は自動的ではない。多くの人々は危険消費量を超えて使用することはないが,中には使用中止,過剰使用,依存症の中を行き来するものもある。物質依存症からの回復様式は個人差があり,又,同一個人内でも時間と共に変化するといった多元的な過程としてみられる(IOM, 1990a, 1990b)。動機づけ戦略は物質使用から依存症までのどの段階の人にも有効に適用できる方法である。後述するが,重要な変数となるものは物質使用パターンの重症度ではなく,クライアントの変化への準備性である。

Recognition of Multiple Substance Abuse
(複数の物質を乱用していることの認識)

 開業医達は,物質に関連した疾患がその程度に違いがあるばかりでなく,殆どの場合に一種類以上の物質が関与していることに気付いてきた。例えば,最近の研究結果によると米国内で,一般成人の25%以上が喫煙者であり,成人のアルコール使用障害患者の80〜90%が喫煙者であった(Wetter他, 1998)。以前は,イデオロギーや政策上の理由からアルコール症の治療プログラムと薬物乱用の治療プログラムは完全に分離されていた。しかし,実際には,物質乱用者の殆どが大量飲酒者であり,過度に飲酒する人々の多くが他の物質を試用している。この中にはアルコールの代替物もしくは離脱症状を緩和させるものとして医師から処方された薬剤も含まれている。現在,多くの治療プログラムは,適切な専門分化を行っている。特定のタイプのクライアントに対しては彼らに応じた専門治療を行っている(例:オピオイド使用者にメサドンの維持療法を行うプログラム。)今日では多くが二次的な物質使用者や精神的問題を治療しているし,少なくとも,これらを認識し必要に応じて他に紹介している(Brown他, 1995, 1999)。ここでは,又,動機づけアプローチではゴールを選択し,優位順位を取り決めるにあたって,クライアントを参加させる。

Acceptance of New Treatment Goals(新しい治療のゴールを受け入れること)

 過去においては,少なくともアルコール依存症に対する治療に関しては,クライアントが断酒し,退院後も引き続き禁酒を継続できて初めて治療が成功したと見なされていた。しかしこれは,達成困難なゴールであることが判明した(Brownell他 1986; Polich他 1981)。
 クライアントに物質使用を止めさせ,クライアント自身の依存症の状態を認識させはじめることに治療の焦点が置かれていた。今日では,治療のゴールには広範囲に亘る生物心理社会的な測定法が含まれている。例えば,物質使用の減少,健康や心理社会機能の改善,雇用状態の安定化,犯罪的行動の減少等。回復自体は多面的なもので,回復に向かう為に得たものも,あるクライアントの一面では利となるが,他面ではならない; 物質使用を中止するというゴールの達成は,必ずしもクライアントの生活機能の改善を意味しないこともある。治療の結果は最終的なゴールに向かう,仮の増加とするが,一時的なステップが含まれる。動機づけ戦略は,これらの考えを組み入れた上で,クライアントが自分達にとって最も重要なゴールを選択し,それに向かって働くことを支援する。そのゴールには,もし減量だけでは役に立たない場合には,使用の完全中止を最終目標にしながらも,物質の使用量をより害の少ないレベルに減量することも含まれる。害の減少(例:使用回数の密度を下げたり,リスクの高い行動を減らすこと,より危険性の少ない物質に代えること)は,初期治療においては重要なゴールとなる(APA, 1995)。クライアントは勇気付けられて,自分達の個人的に価値のあるものやゴールについて集中的に考えられる様になる。それらには,精神的な願望や結婚及び他の重要な人間関係の修復等が含まれる。ゴールは,より全体的な状況において設定され,動機づけ集会や話し合いにはSOSがしばしば参加することになる。

Integration of Substance Abuse Treatment With Other Disciplines
(物質乱用の治療法を他の修養法と統合すること)

 歴史的に見て,物質乱用の治療体系は医療の本流から切り離されていた。それは一つには,医学の専門化達が物質乱用についてほとんどトレーニングを受けていなかった為,実際の医療現場で物質乱用者に出会っても何をすべきかが分からなかった為である。福祉事務所,裁判所,拘置所,救急部門,更に精神科外来でさえ,物質の誤った使用に対し適切な対応ができる準備はできていなかった。今日では,依存症の治療を公衆衛生の考えから理解し,他の医療サービスに対するインパクトを認識しようとする強力な動きがある。各領域の専門家達の交流をもったトレーニングや,共同参加での管理プログラムのお陰で,依存症の分野以外の医療サービス部門においても物質使用者を見分けることが可能となり,彼らの為の照会や時には適切な治療を提供できるようになった(例:司法部門内での物質乱用の治療,物質乱用と精神障害の両者をもったクライアントの為の特別なサービス等)。
 動機づけ介入が試されてきた結果,この様な日和見的な場面の殆どに有効である事が分かった。物質使用者は,最初は違う医療サービスを求めに来ているけれども,注意深く作成された短い介入を通して,正しく診断され,多くの場合,物質の使用を減量又は,中止する様に動機づけされる。
第2章, TIP. Brief Interventions and Brief Therapies for Substance Abuse [CSAT, 印刷中(a)]を参照)。
 もし,これらの短い介入法が広く受け入れられた場合,他のサービス部門での短い介入を行った後,自力や非専門家からの限られた手助けでは物質使用をコントロールできない人々を委託してもらうことにより,他のサービス機関に依存症の治療をより強く結び付けることになる。

A Transtheoretical Model of the Stages of Change
(変化の段階の超理論的モデル)

 この章の最初で述べた様に,動機づけと個人の変化とは必然的に結びついている。動機づけの新しい理解を発展させることに加え,依存症に対する実質的な研究は,個人の変化の決定要因とその変化のメカニズムに焦点を合わせてきた。どの様にして人々が専門家の支援なしに変化を遂げるのかをより良く理解することで,研究者と臨床家は,クライアントの不適応で不健康な行動の中に,変化を起こしやすくさせる為の介入をより良く発展させ,応用できるようになった。

Natural Change(自然な変化)

 動機づけに関する考えの移行の中に,変化とは結果というより,過程であるという観念がある(Sobell他, 1993; Tucker他, 1994)。変化は,自然環境の中で,多くの人々の間で多くの行動が関連して,そして専門的な介入なしでも起こる。この事実は,物質使用に関する正方向の行動変化についても言えるもので,しばしば治療的介入や自己救済グループなしで起こる。アルコールやタバコや薬物の,過剰で問題のある乱用から自発的に又は自然に回復することを報告したエビテンスが存在する(Blomqvist, 1996;Chen and Kandel, 1995;Orleans他, 1991;Sobell and Sobell, 1998)。この自然回復過程についての最もすぐれた研究論文の一つに,ベトナム戦争からの帰還兵についての経時的な追跡調査がある(Robins他, 1974)。ベトナムでの兵役の際に多くの兵士がヘロイン中毒となったが,帰国後一年では5%のみが中毒のままであり,帰国後3年以内に再びヘロインを使用したものも12%に見られたのみで,しかも短期間であった。これらの帰還兵のわずかしか,短期解毒療法プログラムの恩恵に浴していないにもかかわらず,殆どの帰還兵が形式的な治療プログラムに入ることなく,明らかに自力で回復している。物質依存からの回復も又,結局は成熟過程を経由することで,極限られた治療のみで起こり得る(Brecht, p他, 1990;Strang他, 1997)。自然回復や自発的な変化に含まれる過程を認識することにより,物質使用に関連した変化が,動機づけを増強することにより促進され刺激される様子が解明できる。
 Figure1-1に2種類の自然変化を示す:一般的な変化と物質使用に関した変化である。誰でも重要な人生の変化である結婚,離婚,又は車を買う等の場合には判断しなければならない。時にはこういった一般的な決定に手助けをしてくれるカウンセラーや専門家に相談することもあるが,通常は人々はその様な変化を決めるのに専門家の助けは要しない。物質使用に関しての自然の変化も又物質の使用を増量もしくは減量,中止するといった決定を必然的に伴う。あるものは人生上の危機的な出来事に反応しての決定であったり,又いろいろな種類の外からの圧迫による決定であったり,更には自己の個人的価値を評価されて動機づけられた様に思えるものもある。
 物質使用に関する自然変化は一方向にしか進めない事に気付くことが大切である。例えば離婚が差し迫った場合,大量に飲酒する者もあれば,節酒又は禁酒する者もいるであろう。精神反応性の物質を使用する人々は,この様に専門的介入なしで,物質消費パターンに関しての多くの選択ができ,又実際に行う。

Stages of Change(変化の段階)

 理論家達は行動変化の起こり方を説明する為のいろいろなモデルを発展させてきた。一つの考え方によれば,外部の結果や拘束が人の物質使用行動を変化させる大きな原因となる。別のモデルでは,内在する動機づけが物質使用行動を開始させたり終わらせたりする原因となる。研究者の中には,動機づけは変化の別々の段階としてより準備性の連続体として表現した方が良いと信じるものがいる(Bandura, 1997;Sutton, 1996)。この仮説は重大な不法薬物乱用を含む動機づけの研究により支持されている(Simpson and Joe, 1993)。
 変化の過程は人々が新しい行動について考え,開始し,継続すると言う典型的な進歩を遂げていく段階の連続体として概念化されてきた(Drochaska and Diclemente, 1984)。このモデルは変化の起こり方についての18の心理学,行動学の学説を検討して出てきたもので,中毒症を理解する為の生物心理社会学的枠組みを形成する要素を含んでいる。この意味では,このモデルは"超理論的"と言える(IOM, 1990b)。
 このモデルは又治療の圏外でどの様にして変化が起こるかを表している。このモデルの立案者達はこのテンプレートを,喫煙,飲酒,摂食,運動,親としてのふるまい,配偶者との結婚生活等に関する行動を,専門的な介入なしに変化させてきた人々にあてはめている。自然な自己変化を治療的介入と比較した場合,多くの類似点が存在する事に気付くが,著者は変化の発生をステップや段階毎に表現している。又彼らの観点からは,自分自身でもしくは専門家のガイドの下に行動変化を起こす人々は,最初は問題点に気付いておらず,何もする意志はない状態から変化の可能性について考える様になり,更に変化を起こす決定と準備をするまでになり,最終的には行動を起こし,変化をずっと維持し続ける(Diclemente, 1991, p191)。
 臨床家としてあなたは変化の段階特有の適切な動機づけ戦略を用いることで,変化の過程におけるいかなるポイントにおいてもクライアントの手助けとなれる。第4章から第7章ではあなたがクライアントの動機づけを増強し,次の段階へ進展させる方法を体系づけ概念化する為の変化の段階毎のモデル(Stages-of-change)を用いている。ここでは変化の段階とはあなたとクライアントに割り当てられた仕事の意味も有する(Miller and Heather, 1998)。
 変化の段階は,どの様に特異的にその過程が壊れるかという点では,4個から6個のパーツからなる車輪として視覚化できる。今回のTIPでは,車輪は5つのパーツを有するし,最後の出口は回復となる。変化の過程が循環性であることに気付くのが大事で,人々は典型的な場合,割合は異なるが,段階やサイクル内を行ったり来たりしている。一個人内においては,この段階を通る動きは行動の種類や目的によって異なる。人々は素早く段階を通り抜けることができる。変化は動的なものである為,時にはあまり早く動く為に彼らが現在どこに位置するかを掴むのが困難となる。しかし,人々が初期の段階にいつまでもとどまることもそう稀ではない。
 ほとんどの物質を使用している人々にとり,変化の段階を通る進歩は本来円形かららせん状であり,線状ではない。このモデルでは再発は普通に起こり得る。というのも,多くのクライアントは違った段階の中を何度も循環して初めて安定した変化へと至るからである。その5段階と再発について以下に述べる。

Precontemplation(前考慮)

 この段階では物質を使用している人は変化について何も考えておらず,将来行動を変えるつもりもない。彼らは恐らく,問題が存在すること,変化を起こさなくてはならないこと,そして変化を起こす為の手助けが必要なことに部分的にしか,もしくは全く気付いていない。あるいは彼らは行動変化を起こしたくないか,又は起こすのが恐ろしいのかもしれない。この段階においては人々は物質使用による逆効果や危機を経験していないし,自分達の物質使用のパターンが問題的であったり,時には危険でさえあることを信じていない。

Contemplation(考慮)

 上記の人々が問題の存在に気付くようになると,変化を起こすべき理由が確かに存在することを認め始める。典型的には,彼らは両価感情を持っており,同時に変化を起こすべき理由と起こさずにいる理由を見ている。この段階ではまだ彼らは物質を使用し続けているが,近い将来中止したり,減量したりする可能性について考えている。ここでは彼らは関連ある情報を捜したり,自分達の物質使用行動を再評価したり,変化の可能性をサポートしてくれる手助けを求めたりするかもしれない。典型的には,ここでは彼らは変化を起こすことの正と負のバランスを考えている。この段階に長期間,しばしば何時間もとどまり,変化を起こしたいとする気持ちと逆の気持ちの間を揺れ動いていることも稀ではない。

Preparation(準備)

 物質使用者が変化を起こすことが得策であり,物質を使用することによる負の効果の方が,物質を使用し現状のままでいることによる正の効果より大きいことを認めた時に方針決定は変化に向かう。一度変化への刺激が起これば,人々は準備段階に入り,変化への傾倒は強化される。この段階では,治療が必要か否かの選択や,もし必要ならどの様な治療かといったより特異的な計画作りを伴うこととなる。更に変化のための自分で気付いている能力…自己効力感…を試してみることも伴う。準備段階では人々はまだ物質を使用しているか,典型例ではすぐにでも使用を中止する意図がある。彼らは既に自分なりに物質を減量もしくは中止してみたかもしれないし,現在試みている最中であるかもしれない(Diclemente and Prochaska1998)。彼らは自力でゴールを設置し始め,物質使用へ傾倒し始めており,親しい仲間やSOに自分の計画を打ち明けることさえ行う。

Action(実行)

 実行段階においては,人は変化への戦略を選択しこれを追求し始める。ここではクライアントは自分達の習慣や環境を積極的に修正したり,思い切った人生の変化を達成しつつあり,更には特別な挑戦的な場面や禁断症状という生理的効果に直面することになるであろう。クライアントは又過度で有害な物質使用から使用中止,あるいは安全な使用へ移行する際に自己のイメージを再評価し始めるかもしれない。多くの場合,実行段階は物質使用の減量又は中止の後3〜6ヶ月持続するが,あるものにとっては怯みそうになる程長い挑戦に直面する前のハネムーンの様なものでもある。

Maintenance(維持)

 維持段階では実行段階で得たものを維持しようとする努力がなされる。維持段階とは人々が素面の状態を保ち,再使用を防止する様努める時期である(Marlatt and Gordon, 1985)。ここでは問題ある行動に逆戻りしない様特別な注意が必要となる。人々は自分達を再び物質使用に走らせる可能性を持つ危険な状況や誘因を発見し防御する方法を学ぶ。多くの場合,長期に亘って行動変化を達成しようとしている人々は,少なくとも一度は物質使用を繰り返し,初期の段階へ逆戻りすることになる(Prochaska, 他1992)。症状再発はここでは学習過程の一部と見なされる。再発へのきっかけとなる個人的な徴候や危険な状況を知る事は将来の変化への企てにとり重要な情報となる。この段階は長期に亘る行動の変化が必要となる。つまり物質使用を中止もしくは目的の使用量である許容範囲内にとどめること,そして問題となる行動の監視には最低半年から数年を要する(Prochaska and DiClemente, 1992)。

方針決定

方針決定とは今後起こり得る利益と損失のバランスシートとして概念化されてきた(Janis and Mann, 1977)。この方針決定に関わる2つのものさし…賛成と反対…は変化の段階の超理論的モデルにおける決定的な構成体となってきた。賛成と反対の需要性の配分や物質使用を継続もしくは中止することのプラス面とマイナス面は個人的な価値観や変化への段階の違いにより変化する。contemplationでは,賛否両論がつりあっているか,相殺する。preparationに至ると行動変化への賛成論が否定論を上回るようになり,方針決定のバランスは変化への傾倒となる。

Recurrence(再発)

殆どの人は自分達が求めている新しい変化をすぐには手に入れることはできない。物質使用中止の時期から再使用に逆戻りすることは例外ではなく,普通に見られるものである(Brownell他, 1986; Prochaska and Diclemente, 1992)。再発を経験することが,後の変化の段階を通じて起こる進歩を助長したり妨げたりする情報となる。再発とはしばしば堕落や退歩と言われるが,これは変化の過程の初期段階へ戻るきっかけとなる出来事であり,変化の過程を再循環することになる。人々はどの様なゴールが非現実的であり,どの様な戦略が無効で,どの様な環境が変化を達成するのにつながらないかを知るようになる(Diclemente and Scott, 1997)。物質再使用に戻った後,クライアントは変化の初期段階に戻るのであるが,それは通常maintenanceやactionではなくcontemplationのレベルである。中にはprecontemplationにさえ戻ることもあり,しばらくは変化したくないと思ったり,直ちに変化に向かうことが不可能となることもある。次の章で述べるが,物質使用を再開したり,初期段階へ戻ったとしてもそれを失敗と考えてはいけないのであり,それが破滅的で長く続く再発には必ずしもつながらない。再発したとしてもクライアントが変化への傾倒を捨てたことにはならないのである。

Triggers to Change(変化への引き金)

 動機づけの多元的な性質は部分的には以下の表現で捕らえることができる。つまり人が変化への準備ができて,変化を起こす意欲がありそして変化を起こすことが可能であると。この表現は動機づけにおける3つの重要な要素を含んでいるが,順番を逆にすると動機づけがそこから進展してくるものとなる。能力(Ability)はここでは人々が変化を起こすのに必要な技量,資質そして自信(自己効力感)をどの程度持つかを意味する。変化を起こす能力はあっても,その意志がない人々も存在する。意欲(Willing)の要素は変化の上で人々がどの程度変化を望み,欲しがっているかという重要な要素となる(意欲を感じることはできるが,まだ変化を起こすことはできない点に注意)。しかし,意欲と能力だけでも充分にあるとは限らない。意欲と能力はあっても準備ができてない人々を思い出して欲しい。準備(ready)とは人々が最終的に行動の変化を起こそうと決心する最終のステップを表わすものである。意欲と能力があっても,準備ができていない状態は,変化に対する他の人生の優先順位と比較した場合"比較的重要"であるとされる。変化への動機づけをしみ込ませることは,クライアントが準備,意欲,能力を併せ持つことの手助けとなる。後の章で検討するが,あなた方が臨床的にアプローチする場合,上記の3要素のどれを活性化させるかを考える事で,よりうまく事が進むものである。

To Whom Does This TIP Apply?(このTIPはどんな人に適用されるか?)

 どの様なクライアントにこのTIPに含まれる道具が使えるのであろうか?動機づけインタビューは元々変化への準備性の初期段階にいる問題的な飲酒者の為に開発されたもので治療を開始する一方法と考えられていた(Miller, 1983; Miller他, 1988)。しかし間もなくそのものに介入法としての要素が含まれていることが分かった。地域社会における問題的な飲酒者は動機づけ介入を行われても滅多に治療を受け始めるものはなかったが,飲酒量は大いに減少した(Heather他, 1996b; Marlatt他, 1998; Miller他, 1993; Senft他, 1997)。いろいろなアルコール中毒の治療法を比較検討した最大の臨床的試験の中で,4つの話し合いからなる動機づけを増強する治療はより長期に亘る外来治療の結果に匹敵する,長期に亘る成績を示していた(Project MATCH Research Group, 1998a)。そして動機づけアプローチは怒り易いクライアントに特に有効であった(Project MATCH Research Group, 1997a)。MATCHの対象となったものは問題の重篤性に大きな巾はあるが,みな治療を求める人々で,その殆どがアルコール依存症の診断基準を満たすものであった。クライアントの文化的背景にも大きな巾があり,特にヒスパニック系で顕著であった。ヒスパニック系であろうとアフリカ−アメリカ系(米国黒人)であろうと,動機づけ増強アプローチに対する反応性に差がなかった事は注目すべきである。
 更に多くのヒスパニックを含む動機づけインタビューの臨床試験を分析した結果では,民族性の自己認識や社会経済状態のいずれも,治療結果を予測するものとはならなかった(Brown and Miller, 1993;Miller他, 1988, 1993)。女性の体重と糖尿病の管理を扱う動機づけインタビューは…その41%がアフリカ−アメリカ系であったが…陽性の結果を呈した(Smith他, 1997)。この事実から動機づけインタビューが文化的,経済的違いを越えて適用できることが示された。
 動機づけカウンセリングはある者にとっては充分であるものの,他の治療を追加する必要がある者も存在する。より依存度が重症である飲酒者に対し,治療のはじめに動機づけインタビューを行うと,個人的な入院治療の(Brown and Miller, 1993)後の,および物質乱用治療としての退役軍人の外来治療(Bien他, 1993a)の後の禁酒率が倍増することが判明した。又アルコール以外の重症依存症にとっても有効であると報告されている(Allsop他, 1997)。多種類の薬物を乱用している青年期の男女は通常他の3倍の期間外来治療を要するが,最初に動機づけインタビューを受けていると,治療後の物質使用量がかなり減少する(Aubrey, 1998)同様の効果がヘロイン使用者の治療(Saunders他, 1995),マリワナ使用者の治療(Stephens他, 1994),体重コントロール及び糖尿病の管理(Smith他, 1995),そして心血管系疾患でのリハビリテーション(Scales, 1998)において報告されている。以上のことから,このTIPに記されている動機づけアプローチは,他の治療法と併用することで有効に働くこと,更に物質乱用以外の問題にも適用できる事が明らかとなった。
 動機づけの形式によるカウンセリングも,初期に動機づけをしみ込ませるだけでなく,Preparation,action,maintenanceの治療時期全てに有用となる。この事はTIPの以下の章に反映されている。ある症例に対し動機づけインタビューが変化のきっかけとなるのに充分か否かは予測し難い。動機づけカウンセリングが必要とされる全てとなることもあれば,単なる手始めに過ぎない場合もある。第9章に記されている"Stepped care approach"は個人の必要度に合わせた量のケアが提供される様に作られている。もしも動機づけインタビューだけで変化が継続できるのであれば,不満を訴えるものはいないであろう。実際はより多くの事が必要となるものである。提供されるサービスがいかに短期であっても,又集中的であろうと,あなた方がクライアントの物質使用からの変化に役立てる方法は共感を持った動機づけ形式の継続であると実証されている。何が効果的に働くかを見つけるまではクライアントのそばにいて,クライアントをサポートする事が肝腎である。

Summary(まとめ)

 動機づけの新しい見方,動機づけを増強させる戦略,そして変化の段階のモデルを,何が変化を起こすかを理解することと結び付けることで,物質を使用しているクライアントの手助けとなる革新的なアプローチ法を作り上げることが可能となる。このアプローチによれば,抵抗が少なくなりクライアントを勇気付けて,正方向への変化を決断し,計画を立てそして作り上げる方向に向かって自分のペースで進ませる。
 次の章で述べるが,この治療モデルでは動機づけとは修正可能で,意志により増強される動的なものと見なされている。動機づけの増強法は発展してきたが,一方クライアントや効果的カウンセリングについての根拠の薄い社会通念は蹴散らされてきた。中毒症になりやすい性質が存在するという考えは信用を失い,多くの臨床家は対立する形での治療を捨てた。現代的なカウンセリングの実践における他の要素により,動機づけ介入が発展し実施されてきた。ますますカウンセリングは楽観性を持つ様になり,クライアントの強さに焦点が当てられ,クライアント中心のものとなってきた。カウンセリングによる協力関係は権威よりも共感により成立し,クライアントを治療に参加させる様になる。より集中的でない治療がうまく治療を行う時代においては普通のこととなってきた。
 動機づけとは物質使用者に人生の変化を起こさせる様駆り立てるものである。動機づけは,人々が新しい行動を考え,開始し,維持していくということで象徴される変化の段階の中をクライアントが進んでいく案内役となる。物質乱用の治療に応用された場合,動機づけ介入はクライアントが自分の行動を変化させる事を考えさえもしない状態から,それを行う意欲を持ち,できる様になる状態に移行する手助けとなる。

  1. 薬物依存治療動機づけ
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