総論3 精神薬理学・行動薬理学

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妄想を消す薬,気分を変える薬,気持ちいい薬の学問

ドラッグかサイコセラピーか

 心の病気に薬を使うことは不当だ,心因性のものは精神療法がベストだ,と考える向きがある。実際には,薬物と精神療法の併用がほとんどの精神疾患に対して最も治療効果が高い。薬物療法が中心である場合も,薬物服用を患者に動機付けするためにカウンセリングが必要である。薬物と精神療法の使い分けという論議は臨床にはそぐわない。

中枢神経の特定の部分に作用する薬

中枢神経系用薬の中で選択的に精神や行動に影響を与える薬全体を向精神薬といい,この薬物に関する学問が精神薬理学である。麻酔薬やアルコールも中枢神経に作用するが脳全体に作用し食事・排泄も最後には呼吸もできなくしてしまう。向精神薬は生命維持に必要な行動には影響を与えずに不安や興奮を抑えたり覚醒させたりすることができる。中枢神経の一部や特定の神経伝達物質受容体にのみ作用するからである。

精神薬理学は動物を対象に新薬のスクリーニングを行う非(前)臨床的精神薬理学と,精神疾患に対する薬物療法を研究する臨床的精神薬理学に大別される。また治療薬だけでなく酒や覚醒剤のような嗜癖性薬物も精神薬理学の研究対象である。行動に対する薬物の影響に重点を置くときは行動薬理学と呼ぶ。

歴史

向精神薬の歴史はギリシャ神話にさかのぼることができる。酒やタバコ,アヘン,マリファナがこの目的で使われてきた。

1949年にリチウムに抗躁作用があることが見つかり,52年にクロルプロマジンとレセルピンが作られ,これらに劇的な抗精神病作用があることが分かった。この年が精神薬理学誕生の年と言える。この後,薬剤の開発が進み,現在の日本では約170種の向精神薬が市販されている。

精神薬理学の発達によって治療だけでなく,動物での精神疾患モデルや,精神疾患の病態についての知識,中枢神経内での薬物作用の機序についての知識(神経生化学)が急速に進歩した。現在では,向精神薬がシナプスの特定の受容体に促進的または抑制的に結びついたり,神経伝達物質の再取り込みを阻害したりすることによって,作用を発揮することが明らかになっている。しかし,こうしたニューロンレベルでの神経伝達の変化の結果と精神疾患の改善の間がどのように結びつくかについての理論はまだ仮説の域を出ていない。

治療

向精神薬の精神医療に対する貢献の一つは統合失調症の幻覚妄想を高い有効率で治せるようになったことである。それまで精神病院で一生過ごすしかなかった患者が退院できるようになり,1960年代からの社会防衛的入院から外来治療への転換を生んだ。一方,こうした利点が冒険的な大量使用や無効な精神疾患にも使われることももたらした。現在では無作為割付臨床試験や二重盲検試験などの薬物の効果判定の方法も進歩し,薬物使用についての客観的な指針がある。

近年はクロザピンなどの非定型抗精神病薬と呼ばれる薬剤の開発が盛んになり,これらが慢性統合失調症の意欲の低下や認知障害を改善することが期待されている。

中枢神経作用薬・向精神薬の種類
作用による分類 構造による分類 主な医学的適応
精神治療薬 睡眠導入剤 ベンゾジアゼピン系 トリアゾラム 種々の精神・身体疾患に伴う入眠困難
抗不安薬(穏和精神安定剤)   ジアゼパム 種々の精神・身体疾患に伴う不安症状
抗精神病薬(神経遮断薬,強力精神安定剤) フェノチアジン系
ブチロフェノン系
  統合失調症の治療と予防
種々の精神疾患に伴う幻覚・妄想
非定型抗精神病薬   リスペリドン
クロザピン
同上
気分調整薬   リチウム
カルバマゼピン
バルプロ酸
躁うつ病の治療と予防
抗うつ薬 三環系 イミプラミン
クロミプラミン
うつ病・不安障害の治療と予防
四環系 マプロチリン うつ病の治療と予防
脳循環・代謝改善剤   アマンタジン  
中枢刺激剤   メチフフェニデート
メタンフェタミン* (いわゆる覚醒剤)
コカイン*
ニコチン
ナルコレプシー
注意欠陥多動症候群
精神異常発現薬 精神展開薬   メスカリン*
フェンサイクリジン*
LSD25*
テトラヒロドカンナビノール*(マリファナ有効成分)
なし
多幸化薬 オピオイド モルヒネ ヘロイン* 癌末期の疼痛抑制
中枢神経抑制剤 アルコール
揮発性有機溶剤

トルエン*
なし

*は非合法性薬物である

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