前章では、覚醒剤使用障害治療の有効性について、現在までに知られていることを記述した。本章では、それらの情報を用いて、覚醒剤使用者に対する治療活動を向上させるための実践方法に焦点を当てる。ここでは、可能な限り、実験的に支持されている戦略を用いる治療を提言している。しかしながら、覚醒剤使用の治療課題の多くについては体系的研究が行われていない、そこで、こういった[体系的研究がされていない]その他治療課題については、現場からのフィードバックを参考にしたTIPコンセンサス・パネルの見解が、提言の基礎となっている。
覚醒剤依存に関して援助を求める個人の大部分は、外来治療プログラムで治療を受けることになる。したがって、ここで記述される治療戦略も、外来治療プログラムで用いられるテクニックに重点が置かれている。しかしこれらの戦略は、全部とはいかなくともその多くは、構造化された外来治療プログラム以外のプログラムに組み入れることが可能である。
本章では、覚醒剤使用障害における重要な要素を、通常現れる順に時系列的に記述していく。治療を提供する臨床家とって、これらの要素は、臨床的道路地図ともいうべき役割を果たすはずである。治療に関する提言は、こうした臨床的課題が出現した際に、体系的に対処するために提供されている。
究極の治療およびプログラム目標は、すべての気分変容性精神活性物質からの退薬である、という前提において、本章は著されている。この立場の普遍的妥当性については議論もあるが、現在の米国での治療システムがこの考え方に基づいていることも事実である。本章ではまた、構造化外来治療を、より大きな物質使用障害治療過程およびシステム中の、ひとつの独立した要素としてみなすことも前提としている。覚醒剤依存の個人の多くは、身体的疾患または救急疾患、精神医学的問題あるいは危機、そして様々な社会的、法律的、職業的問題を経験する。これを受けて本章では、覚醒剤乱用および依存の外来治療に重点を置くものの、病院・医学的/精神医学的管理、ケース・マネージメントなどの施設や過程の重要性についても、記述している。
本章では、クライエントあるいは将来のクライエントは、医学的かつ情緒的に外来ケアを開始する準備ができているものと仮定する。第5章 では、クライエントを適切なケア設定へと安全に収容するために考慮すべき、医学的/精神医学的要素について述べている。これらの安全性要素に加えて、外来治療戦略が適切とは限らない特定の覚醒剤使用者集団(例:妊娠女性、子どもを伴う女性、青年期、合併障害を持つ個人、極度に貧困あるいはホームレスの個人)に関しては、別に考慮すべき点がある。これら特殊なニーズを持つクライエント集団に対する治療的考慮点に関しては、第6章 で議論する。また、本章を通じて言及されているクライエント・ワークシートについては、付録B を参照されたい。
覚醒剤使用障害治療は医療サービスのひとつであり、覚醒剤使用者はそのサービスの顧客である。治療プラグラムが覚醒剤使用者のニーズに効果的に応えるためには、「顧客」が治療に興味を示し、参加し、関与する際、その「顧客」の考え方を理解することが不可欠である。例えばアヘン嗜癖の個人は、すべての財源が枯渇しアヘン退薬の不安に苛まれているときに、しばしば治療システムへ接触してくる傾向がある。この際、彼らにとって最重要プライオリティは、退薬症候群を予防または緩和する薬剤を提供してくれる「治療」である。こうしたクライエントのプライオリティに対応できない治療プログラムは、アヘン嗜癖者をうまく治療に乗せることは難しい。
アヘン使用者に比べると、覚醒剤使用者は異なる組み合わせのプライオリティを持って治療システムに接近してくる場合が多い。彼らにとって退薬症候群の回避は、治療への主動機要因とはならないからである。アヘン嗜癖の個人に比べて、覚醒剤使用者のプライオリティや、彼らが求める援助はまちまちである。しかしながら、覚醒剤使用者の多くに共通する治療前の考え方をいくつか挙げることは可能である。
覚醒剤使用者の治療開始時面接では、多くの個人が治療を求める大きな理由のひとつは、コカインあるいは塩酸アンフェタミン(MA)使用が悪影響を及ぼしているから、であることがはっきりと示されている。これらの悪影響には、法律的、職業的、医学的、家族/人間関係の問題、経済的、精神医学的問題が含まれる。治療を求める覚醒剤使用者は、コカインあるいはMAからの退薬の達成よりも、これらの問題領域での援助を受けることに関心を持っている場合が多い。
治療を求める覚醒剤使用者はしばしば、「自分の人生が手に負えなくなっている」という。彼らは、コカインあるいはMAを入手し、使用し、その使用から立ち直ることに関連する極端な行動について述べる。それらの行動には以下が含まれるが、以下に限定されるわけではない:
これらの行為には、以下のような様々な情緒不安が伴うが、これらに限定されるものではない:
第5章 で記述されるように、覚醒剤使用は著しい認知障害を引き起こし (van Gorp et al., 1998) 、重篤なパラノイアを伴うことも多い。使用者は、集中困難、短期記憶障害、注意持続時間の低下を示す。彼らは、覚醒剤使用と彼らの生活中で起こっている無秩序な状態との相関性を認識する能力に乏しく、浸透してくるパラノイア感覚(特にMA使用者)のため、問題を修正するためのプラン開発は非常に困難となる。簡単に言えば、覚醒剤使用者にとって、何が起こっているのかを理解するのが、しばしば難しくなるのである。
新人臨床家の多くは、治療を求める覚醒剤使用者の中に「動機付けの欠如」と思われるもの、あるいは「否認」の存在を認め、焦燥感や怒りを感じるものである。治療の目標や方法に対して、無条件な熱意を持って治療を開始する覚醒剤使用者など、ほとんど存在しない。相当数の使用者が、治療の必要性に対して敵意や疑念、多くの治療プランの基本的要素(例:アルコールや二次的物質使用の停止、セルフヘルププログラムへの参加)に対する抵抗を示す。多くの覚醒剤使用者は、使用を止めたいという強い願望を明言はするものの、推奨される治療行為に対する彼らの抵抗は、臨床家にとってしばしば失望の種となる。このアンビバレンスは、「本当の治療課題」への取り組みを妨げるいまいましい障害物としてではなく、覚醒剤嗜癖症候群の不可欠な一部分として捉えるべきである。これは、臨床家が、[クライエントの]プラスの行動変化を動機付けるには、効果的なテクニックが重要となる、ということを認識するのに役立つ。
物質に対する渇望の体験は、あらゆる物質使用障害の特徴といえる。しかし覚醒剤使用者にとって、この渇望の体験は、薬物使用の継続においても重要な役割を果たしている。第2章 に示した研究の基本的発見では、覚醒剤渇望の神経生理学的相関物[相関現象]の存在が立証された。事実上、すべての覚醒剤使用者が渇望を体験するが、この主観的体験の生物学的基盤については、ほとんど知られていない。この渇望反応の強力さと変動性は、一部の覚醒剤使用者(特に、喫煙や注射など急速摂取法を用いる使用者)にとっては、非常に耐え難いものといえる。多くの使用者にとって、「カウンセリング」やその他の非居住型治療が、この「抵抗不可能な力」に対して援助になるなどと、想像するのも不可能なのである。
これらの行動パターン、考え方、感情の組み合わせは、程度の差こそあれ、治療を求めるコカインおよびMA使用者の大部分が示すものである。治療を求める覚醒剤使用者にとって、しばしばプライオリティとなるその他の問題には、以下が含まれる。覚醒剤の中断によって生じる「クラッシュ」と呼ばれる抑うつ状態 (Gawin and Kleber, 1986); 薬物使用そのものよりもコントロールすることが困難と報告されることも多い、男性の強迫的性行為(特にMA使用者) (Rawson et al., 1998b); そして覚醒剤使用を止めるための治療内外での以前の試みが失敗に終わり、むしろより重度の薬物使用へとはまり込んだ経験による失望、などである。これら一連の問題はすべて、覚醒剤使用者の治療プログラムの中で取り扱う必要がある「素材」だといえる。
南カリフォルニア州で、500人のMA使用者群と224人のコカイン使用者が、同一の外来プロトコル(マトリクス・マニュアル)を用いて、同一の施設で、同一のスタッフによって、同一の期間中に治療を受けた (Rawson et al., 1996; Huber et al., 1997)。両群間には人口統計的な、あるいはその薬物使用に関して相当な差異が見られたものの、外来治療プロトコルに対する反応はほとんど同一であった。MA使用者では、抑うつや幻覚を含むいくつかの症状の評定がいくらか高く、症状の鎮静期間が長かった。治療および追跡中に収集されたデータによると、[両群の]この外来治療へ反応は類似であることが示唆された。
以下に述べる心理社会的アプローチのどれかが、2種の覚醒剤使用群において異なる有効性を示すことことに対する実験的根拠は、ほとんど存在しない。したがって、以下の治療に関する提言はコカインとMA両方の使用者に適用である。
プログラムでは、もっとも利用しやすい治療を提供するべきである。治療プログラムをクライエントに便利な地域に設置することと、[治療からの]脱落率の低さの相関関係を示した研究もある (Stark, 1992)。治療は、クライエントに便利な日時に提供されるべきである。クライエントの大部分が仕事を持たず、昼間の時間を持て余していることが物質使用の明らかな要因となっている場合は、昼間治療プログラムも有効であろう。相当数のクライエントが働いている場合は、夜間プログラムを提供することが必要となる。プログラムによっては、異なるクライエント群のために複数の時間帯を設定することが必要となろう。公共交通機関で通える場所、夜間でも安全な場所など、クライエントが利用しやすい地域にプログラムを設定することは重要である。田舎地域では、治療をクライエントの身近なものとするために、小さなサテライト出張所が必要となるかもしれない。また、治療施設は障害を持つ個人にも利用可能でなければならない。
交通手段、住居、財源などクライエントの具体的なニーズに対応することの重要性も、研究によって明らかにされている (Chafetz et al., 1970)。[治療]提供者は、 バス・トークン[代用硬貨]、バスあるいはタクシー代、[輸送用]小型トラックの提供などによって、輸送に関する障害に素早く対応するためのプロトコルを確立しておく必要がある。現実的な障害には、該当施設でのサ―ビスによって解決できるものもあるが、下請け機関との契約や、[他機関への]紹介が必要な場合もある。これらには、施設内での託児サービス、一時収容施設への紹介、昼食のクーポン券、治療のための経済援助、健康保険に関する書類記入の援助、傷病手当金の申請などが含まれる。
[他機関への]紹介は、クライエントに機関名、住所、電話番号を提供することに限定されるべきではない。紹介はむしろ援助活動であり、機関や施設とのネットワーク作りや、実際にそれらの窓口に連絡を取り、予約あるいは訪問の設定をするところまで、関わることが必要である。
覚醒剤使用者は、電話で、あるいはカウンセラーや治療プログラムを試しに訪問した結果として、治療システムへの最初の接触を果たす場合が多い。受付係やインテーク担当者、カウンセラーなどのスタッフがその初期接触をどのように扱うかは、このクライエント候補者が治療を開始するか否かの決断に影響を与える。また、適時制も重要な要素である。一日にできる限り長時間をカバーして、カウンセラーやインテーク担当者、その他のスタッフがすぐに問い合わせ電話に対応できるようにしておくことは、治療開始率の増加に貢献する。問い合わせ電話には、遅れずに対応することが重要である(覚醒剤使用者には性急な個人が多く、電話で保留にされると切ってしまう)。伝言を取り、後に電話し直すというパターンは、本人が見つからないか、それまでに本人の気が変わってしまう結果に終わる場合が多い。覚醒剤使用者やその家族が、最初の治療に関する問い合わせを夜中や週末にする場合もあるので、24時間のホットラインは有効である。
嗜癖治療プログラムに援助を求めることは、非常に困難でつらい行為である。事実、治療プログラムには、まず家族や友人が接触してくる場合が多い。南カリフォルニア州のマトリクス・センター診療所の初期接触電話に関するデータによると、治療に関する問い合わせの約45%が、本人ではなく家族あるいは友人によるものである。
一部の治療プログラムでは、本人からの予約を求める電話でなければ、スケジュールするのは不適切だとしている。このポリシーは、物質使用者本人の初期接触を要求することによって、クライエントの「否認」を軽減し「予約すっぽかし」率を低下する、という考え方に基づいているようである。しかし、マトリクス電話データの分析によると、誰が最初の予約をしたかによる「すっぽかし」率の有意な差異は認められなかった。治療を求める覚醒剤使用者の間では、治療に対するアンビバレンスは一般的なので、「否認状態」にあるクライエントを「選別、排除する」ことは逆効果であり、治療開始を遅らせることとなる。
援助を求めるという決断が、ほんの短い時間しか継続しないこともある。そのため、最初の予約までの時間が長すぎる場合、援助を求める個人が予約に現れないことが多い。そこで、クライエントのプログラムへの初期接触後24時間以内のできるだけ早い時間に、面接をスケジュールするべきである (Higgins and Wong, 1998)。 図4-1 では、スケジューリングの重要性について述べている。
接触があったとき、常に詳細なインテーク面接を行うことができるとは限らないプログラムも存在するだろう。しかし、暫時的サービスや最小限の交渉を提供することは可能なはずである。例えば、初期接触の数日後の予約を設定するよりは、24時間以内に簡単な面接あるいは部分的なインテークを行う方が望ましい。その面接によって、即時的な対応を必要とする危急のニーズが同定されるかもしれない。また、順番待ち名簿を作る代わりに、オリエンテーション・ミーティングを提供することも有効である。順番待ちが避けられない場合は、スタッフが本人に電話をし、本人の状況を心配していることを伝え、ミニ・アセスメントを行い、12ステップ・ミーティングへの参加などの基本的なアドバイスを提供することも可能である。これらの努力は、初期接触と詳細な面接あるいはアセスメントの間の一時的な架け橋として機能する。これら暫時サービスによって、束の間の変化への動機付けを利用することができるかもしれない。
多くのプログラムでは、しばしば複数の専門家から成るチームのメンバーによる複数のアセスメントを実施している。このテクニックは、複雑な合併障害を持つような一部のクライエントに対しては有効である。しかし、覚醒剤依存の個人は、冗長で反復的なアセスメントにイライラする場合が多い。これらのクライエントに対しては、治療初期に実施されるアセスメントが治療の足かせ、あるいは障害にならないようにすることが重要である。したがって、初期アセスメントは簡潔かつ重点的、非反復的なものとする。Washton and Rawson ら (Washton, 1991; Rawson et al., 1991b) による覚醒剤使用者に対する数種の臨床アセスメント質問紙が、入手可能である。
クライエントの恐れ、懸念、不安とともに、その期待についても確認しておくことは重要である。たとえば、過去に治療経験を持つクライエントは、治療の失敗に対する不安を抱えているかもしれない。こういったクライエントの不安や問題点を見つけ出し、プログラムや治療過程に関する情報を与え啓蒙することによって、それらを払拭する努力をする。ここで大切なのは、クライエントの未知なものに対する恐怖を取り除くことである。
クライエントは、覚醒剤使用障害の治療に関する詳細で明確、かつ現実的なオリエンテーションを必要とする。クライエントはまた、治療過程、治療プログラムにおける規則、参加の際に彼らが期待されること、逆に彼らがプログラムから何をどのくらいの期間で得られるのか、についてしっかり理解すべきである。彼らは、治療の基本的要素、どのくらいの時間が関与するのか、次に何が起こるのか、などについて納得する必要がある。オリエンテーションは、クライエントの恐れや不安を払拭し、誤解を修正するのに役立つ。効果的なオリエンテーションの提供は、プログラム継続にプラスの影響を与えることを示した研究も存在する (Stark, 1992)。覚醒剤依存のクライエントは、聞いたことをすぐ忘れてしまう傾向があるので、オリエンテーション内容を一部反復するのもよい。
動機付けに関する研究は、人々は自分自身で選択したと知覚する行動には関与しやすいことを、強く繰り返して立証してきた。自分が選択したと知覚するためには、選択肢の存在が必要となる (Miller, 1985)。 研究によると、唯一の選択肢として治療を割り当てられる場合に比べて、クライエントが複数選択肢の中から自分でひとつを選んだ場合、嗜癖治療はより効果的なものとなる(Kissin et al., 1971)。また選択権を持つことによって、クライエントの抵抗やドロップアウトも現減少するようである (Costello, 1975; Parker et al., 1979)。 したがって、クライエントに選択肢を与え、その中からもっとも好ましく有望な治療アプローチや戦略について、共に協議することは重要である。
治療開始時の情報や指示は、簡潔で明確でなければならない。個人差はあるものの、覚醒剤使用障害のクライエントは、認知障害によって、長く複雑な指示や説明を理解する能力を制限されている場合が多い。上述のように、クライエントを自らの治療プランの選択過程に含めることは、有益である。しかし選択がなされた後は、治療が要求する具体的な必要条件や治療過程における次の段階について、明確にすることが重要である。
可能な限り、治療目的をサポートする家族や重要な他者は、初期アセスメントやインテーク過程も含む治療過程に関与するべきである。重要な他者は、個人の嗜癖に関する付加的な情報を提供してくれることもある。また、彼らが、治療目標を推進する存在となるか、あるいは逆に進展を妨害する可能性があるのか、について評価をすることもできる。
クライエントのためだけでなく彼ら自身のためにも、重要な他者にも、嗜癖過程、治療プログラム・アセスメント結果、次の段階に関する情報を提供するべきである。プログラムの職員と相互交流なしで重要な他者のアセスメント過程を終えた場合、その人は、軽視されたまたは無視されたと感じることが多い。重要な他者に、彼らが嗜癖過程の中で果たしている役割についての情報を与えることも可能である。また、アルアノン[アルコホリック・アノニマスの家族会]で提供されるような共依存関係や嗜癖患者の重要な他者向けのセルフヘルプに関する情報も、提供されるべきである。
クライエントを温かく迎え、敬意を持って接することは、即時的かつ長期的な治療継続を向上するための重要な要因であることが、研究によって示されている (Chafetz et al., 1970)。治療プログラムに接触したきた個人には、丁寧で好意的な態度、敬意、思いやりを持って接するべきである。クライエントに対して、職業的態度と丁寧なふるまいを示すことの重要性は、臨床スタッフおよび非臨床スタッフの双方を含めて、クライエントとの接触を持つすべての職員に当てはまる。例えば、クライエントとなるかもしれない個人から電話を、長時間保留にしてはいけない。
一部の覚醒剤依存者は、扱いにくく挑発的であるのも事実であるが、これらのクライエントは怯えており、見当識や認知の障害を持っている場合が多い。クライエントが治療への援助を求めるのにどれほどの勇気を要したか、治療開始を決断することがどれほど恥ずかしく不安な経験であるかについて、プログラム職員全員が認識すべきである。職員は、援助と治療を求めるクライエントに対して、肯定的なのフィードバックを提供するべきである。
治療研究の再調査によって、治療者の共感レベルの高さがプラスの治療成果に関連しており、共感はプラスの治療成果と結びつく治療者特徴の中でも、もっとも顕著なものであることが示された (Landry, 1995)。カウンセラーは思いやりを持ち、友好的、魅力的、共感的、そして率直かつ非批判的でなければならない。覚醒剤使用障害クライエントの多くは、対立や圧力に対しての反応はよくないが、カウンセラーは、アドバイス、とりわけ行動的指示を与えることに躊躇するべきではない。アドバイスや提言は、支配的あるいは対立的なやり方ではなく、思いやりと援助的姿勢を持って提供されるべきである。カウンセラーは、クライエントの気持ちを落ち着かせるようs意図的に行動し、クライエントが極度な衝動性、興奮性を発揮する可能性も、常に心に留めて置く。
覚醒剤使用者は、冷静かつ丁寧な態度で扱われる限り、暴力的な反応を示すことはまれである。しかしながら、スタッフの権威主義的あるいは対立的な態度は、暴力の可能性を大いに増大させる。
クライエントに対する攻撃的な対立は、避けるべきである。変化や治療に対する抵抗と闘うことは逆効果である。むしろ、治療同盟を確立するような仕方で対処をする (これらの優れた方法についてはMiller and Rollnick, 1991を参照) 。「否認過程」を打ち破るために開発された対立的戦略は、覚醒剤使用者に対してはむしろ逆効果であり危険なものにもなりかねない (Lieberman et al., 1973; Milmoe et al., 1967)。クライエントの治療への準備性と変化への動機付けは、静的なものではない。むしろカウンセラーの働きかけを通じて、増加(あるいは低下)しうる動的な過程である。カウンセラーには、クライエントの変化と成長への動機付け、準備性をはぐくむことが要求される (Miller, 1995)。
外来治療エピソードの適切な継続期間に関する、具体的な提言を指示するデータは、ほとんど存在しない。同様に、コカイン/MA使用者に対する外来サービスに関して、そのセッションの頻度、継続時間、形式(グループ対個人)についても、参考となる実証的証拠はほとんどない。しかし治療を、一連の臨床課題対して、比較的予測可能な順序で対処する一組の手順として捉えることは、適切と思われる。治療戦略をまとめるためには、治療過程が (1) 治療開始期間、(2) 薬物不使用実現期間、 (3) 薬物不使用維持段階、 (4) 長期的薬物不使用状態の支援プラン、から構成されると考えることは有効である。
あらゆる治療プランの重要な働きのひとつは、クライエントに、治療体験に関する明確な構造と枠組みを与えることである。この構造によって具体的な期待が設定され、クライエントに、自らの治療参加を計画し、治療成果を測定するための基準を提供することになる。
適切な治療エピソード継続期間について、明確に確立するためのデータは存在しない。しかし、クライエントに、彼らの治療体験に関する枠組みを提供することは必要である。多くの調査研究と臨床経験が豊かな治療者よって、12週間 (Carroll, 1996); 16 から 24 週間 (Rawson, 1986; Washton, 1989); あるいは 24 週間 (Wells et al., 1994) が採用されている。一般的には、12から24週間の継続期間に、何らかの形の援助グループへの参加が続く、というのが広く用いられている枠組みである。
文献では、週に1回のセッション (Carroll et al., 1995b, 1995c) から週5回 (Washton and Stone-Washton, 1993) に至るまでの治療プランが報告されている。否定的な治療結果を報告したある研究 (Kang et al., 1991) では、週に1回の精神療法は、コカイン使用者にとって有効な治療ではない、と報告している。一般的には、大部分の報告で、少なくとも最初の数ヶ月は週に複数回(2、3、4)から始めて、6ヶ月に至るまでに回数を減らす(1、2、3)とされている。
文献では、30分から6時間に至るセッション継続時間が報告されている。一般的には、45分から120分のセッションが、もっとも多く採用されている。
最適なセッション形式に関しては、多様性が膨大に存在する。文献中で記述されている治療戦略には、個人療法セッション (Higgins et al., 1993a); 個人および同席セッションの特定の組み合わせ (Meyers and Smith, 1995); 個人およびグループカウンセリング、教室内での説諭セッション、同席セッションの組み合わせ (Rawson et al., 1995) が含まれる。主にグループ・アプローチを用い、必要に応じて個人および同席セッションを設ける、という方法を採用する機関もある (Washton, 印刷中)。特定の形式や組み合わせがより有効であることを示した研究は、存在しない。治療形式を選択する際にもっとも切実な要因は、実は現実的な事情かもしれない。個人セッションは通常、スケジュールに関してより柔軟性があり、グループセッションは安価な場合が多い。図4-2 では、治療の継続期間と形式について考慮すべき点が示されている。
治療枠組みに関して唯一確かなことは、クライエントに対して、彼らの治療関与に関する明確で具体的な期待を示すことの重要性である。週2回の個人セッションに4週間参加後、週1回の個人セッションに8週間参加することが期待されるのか、それとも週に3回のグループセッションに24週間参加することが期待されるのか、これらはについてはカウンセラーとクライエントの間で文書による同意が必要である。クライエントは、いつプログラムに参加するのかを書いた予定表を自分で保管し、また治療に関与する可能性のある家族にも、一部渡しておくべきである。
これらの[治療]サービスを臨機応変に、あるいは必要に応じて提供するという形は、適切ではないと思われる。所定の治療計画に沿った構造や期待は、治療素材の内容とは独立した臨床的重要性を持っている。治療が進むにつれて、臨床的進歩やその他の条件に基づいて、治療プランの修正が必要となるのは確かだが、治療開始時の取り決めは具体的かつ明確にすべきである。
治療開始から数日間、数週間の時期には、覚醒剤使用者はアヘンやアルコール依存のクライエントのように不快な退薬症候群と闘う必要はないものの、不快気分症候群に悩まされる場合が多く、これを忘れてはならない。覚醒剤退薬の初期は、抑うつ症状、集中困難、忘れっぽさ、興奮性、疲労感、コカイン/MAに対する渇望、パラノイア(特にMA使用者)などの症状によって特徴付けられる。これらの症状の継続期間は人によって異なるが、一般的にコカイン使用者の場合で3日から5日、MA使用者の場合は通常10から15日続く。これらの症状やそれによる機能障害は、退薬期間を確立するためには病院/居住型ケアを必要とするほど重篤な場合も見られる(第5章を参照)。
治療開始後数週間には、比較的単純明快なプライオリティ[優先事項]が存在する。 それらは:
以下に述べるこの治療期間に関する提言は、多様な治療枠組みに組み入れることが可能である。
治療に参加する習慣を確立するには、クライエントにいつ、どこでの参加が期待されているのか、そこで何が起こるのかを明確に示すことが必要である。また、スケジュール通りの治療参加に対すしては正の強化、治療に現れなかったときには注意を与えることも重要である。初期の数週間には、クライエントは治療に早く現れたり、遅れてきたり、薬物の影響下でやってきたり、またしばしば危機的状況や混乱状態であったりする。この開始期は、[治療への]しっかりとした参加を強化することによって、クライエントの適切な行動パターンを「形成する」格好の時機である。セッションに参加するというただそれだけのことは、クライエントが治療に関与していることの表れであり、熱意を持って強化されるべきであることを、スタッフは忘れてはならない。セッションに遅れたり、現れなかったりしたことに対する矯正的なフィードバックをする機会は、この先十分に訪れる。
頻繁な接触をスケジュール
覚醒剤依存クライエントにとって、短いものであっても頻繁なクリニック来院は有益のようである。開始から2、3週間は、たとえ1回の時間が30分かそれ以下であっても、これらのクライエントに対して、週複数回の来院をスケジュールすべきである (Higgins and Wong, 1998)。
プラスの報酬を用いて治療参加を強化
治療への関与を高め、参加を定着させるための最も強力な戦略として、報酬などの具体的な性の強化を用いることが挙げられる (Higgins and Budney, 1997)。クライエント集団によって、具体的な強化子は異なる。小売商品のクーポン券やファースト・フードの割引券を好むクライエントもいれば、自分や子どものための衣類、あるいは各種支払いに対する払い戻しをありがたく感じるクライエントもいる。プログラムによっては、簡単な進呈式や賞状の授与などを行う場合もある。Rowan-Szal らは、受賞板に貼り付ける「星」という形で、カウンセリング・セッションへの参加と尿検査での物質陰性結果に対する報酬を与える、というやり方の有効性を実証した(Rowan-Szal et al., 1994)。
覚醒剤使用障害のクライエントに伝える重要なメッセージは、何があってもプログラムに戻ってくるように、ということである。たとえ覚醒剤やその他の物質に手が伸びてしまったときでも、プログラムには戻ってくるべきである。クライエントには、いつでもプログラムに戻ってくることが期待され、彼らはいつでも歓迎されるのだというメッセージとともに、予約カード、パンフレット、予定表などを渡すとよい。
「すっぽかし」に対する電話
プログラムでは、予定されたクリニック来院に現れなかったクライエントに、電話をかけるような決まりを作るべきである。クリニック職員は、クライエントにクリニックに来院するよう励まし、プログラムへの参加を妨げるような危機的状況が存在するかどうかを訊ねる。個人的書簡の形で、来院を促すのもよい。
前向きの環境を創る
研究によると、友好的かつゆったりとした環境で、比較的小規模なグループでの治療を提供することが、脱落率を低くする、と実証されている (Stark, 1992)。プログラムでは、クライエントからの自分はここに適していない、とか居心地がよくない、というようなフィードバックに対する準備が必要である。覚醒剤使用障害のクライエントは、自分は嗜癖ではないから、プログラムの状況が好きではないから、あるいは他のクライエントに親近感を持つことができないから、などの理由から自分たちは治療には適していない、と感じることが多い。
プログラムでは、これらの考えについて、防衛メカニズムの現れだと単純に決め付けるのではなく、治療プログラムとそこでの体験をより快適なものにするために、手段を講じることが重要である。例えば、プログラムは、クライエントが他の参加者たちと共感し、孤独でないと感じることができるように、できる限りのことをする。ここには、プログラムに長くいるクライエントや卒業生を割り当てて、プログラムや治療過程に関する恐怖と不安を払拭する機会を与える「相棒システム」も含まれる。どこか共通点がある「相棒」同士がうまく組合されたとき、この過程は、クライエントがプログラムのメンバーに親近感を持つ援助となる。
即座に退薬を促す
初期アセスメント面接の後、クライエントに「一時的な」退薬を試してみるよう求めることは有益である。カウンセラーは、第1回の面接の最後を、「少なくとも次回の来院までは乱用物質を使用しない」などの具体的なプランで締めくくる。正規の治療プログラムへの架け橋となるような形の構造化予備治療は、そこまでの関与をする準備ができていないクライエントにとって有効である (Obert et al., 1997)。これらには、動機付け向上テクニックを用いた予備的グループ療法も含まれる (Miller and Rollnick, 1991)。これらのグループ療法は、時間的には短くとも週に3から5回と頻繁に行い、尿検査を含めるのもよい。
同じクライエントでも、異なる物質に関しては、その変化に対する準備性の段階 (Prochaska et al., 1992) も異なっているこをを認識するのは大切である。 例えば、ある個人は、覚醒剤使用を止める事に関しては決断をしたが、飲酒に関してはまだ考慮している段階、ということもありえる。治療プログラム開始への躊躇は、覚醒剤ではなくアルコールに関するアンビバレンスの表れであるかもしれない。動機付けグループは、アルコールに関して、クライエントが考慮段階から決断および実行段階へと移行する手助けとなる。
日課表を作成する
時間管理とスケジューリングは長時間一人きりで過ごしたり、活動計画がない大きな空白時間を持ったりすることを避けるための重要な手段として、奨励されるべきである。通常覚醒剤依存者の日課は、覚醒剤を求め、使用し、その影響から回復することを中心に回っている。このパターンを打ち破るために、クライエントに基本的な毎日の予定について指導し、それを通じて彼らの生活に構造と義務を与える。カウンセラーはクライエントに、「クライエント・ワークシート1、毎日の予定表とプランナー」( 付録B クライエント・ワークシートを参照)で示されるような簡単な日常スケジュールを提供するとよい。特に治療の初期段階には、クライエントが毎日の予定、計画を立てることを大いに奨励すべきである。クライエントが、クリニックへの来院、12ステップのミーティング、健全な社交活動、運動、娯楽、余暇のための時間を計画するよう働きかける。
尿検査スケジュールを導入
治療プログラム開始と同時に、クライエントを強制的で入念、かつ頻繁な尿検査スケジュールに乗せるべきである。治療の進行とともに検査の頻度を徐々に減らすことは可能にしても、このスケジュール自体は、治療過程全体を通じて継続しなければならない。標準臨床検査法の現出限界を超えないよう、3、4日ごとに尿サンプルを提出させる (尿検査に関する詳細は、後述の不使用状態の開始の項を参照)。
12ステップへの参加を奨励
クライエントには、できるだけすぐに12ステップ・プログラムのミーティングに参加するよう働きかける。クライエントに便利な場所におけるミーティングのスケジュールを提供する。セルフヘルプグループへの参加は強く推奨されるが、必須ではない。セルフヘルプグループ参加を拒否したクライエントが、治療に成功する場合もしばしばある。したがって、セルフヘルプグループ参加はしばしばプラスの治療成果と結び付けられ (Landry, 1995)、多くのクライエントにとっては格好のリソースになるものの、治療成功のための必須条件というわけではない。
精神病理学的コモビディティを査定
覚醒剤使用者、とりわけMA使用者は、治療開始時に抑うつや精神病の症状を呈することことが多い。明らかに、覚醒剤使用者のすべてが、うつ病や精神病性障害を共起しているわけではない。大部分の覚醒剤使用者においては、これらの症状は数日(コカイン使用者)から数週間(MA使用者)の間に消失する。しかし、一部の覚醒剤使用者は合併するうつ病あるいは思考障害を抱えている。治療初期の2週間においては、これらの精神疾患の存在可能性を査定し、万が一存在が確認された場合は、適切な治療を導入することが重要である。自殺念慮や企図を表明するクライエントに関しては、真剣に受け止め、通常の自殺危険性のある患者と同じように扱うべきである。
覚醒剤関連の強迫的性行為を査定
覚醒剤使用障害と様々な強迫的性行為との関連は、研究により実証されている (Rawson et al., 1998b)。 これらの行為には、乱交、AIDSのリスクを伴う行為、強迫的自慰行為、強迫的ポルノ鑑賞、普段は異性愛嗜好の個人の同性愛行為などが含まれる。
覚醒剤依存のクライエントは、覚醒剤使用中に行ってしまう強迫的性行為に対して、多大な不安と心配を抱えている場合がある。これらのクライエントは、そういった気持ちや行動を経験しているのは自分だけだと決め付けている場合が多い。こういった感情は、治療関与と継続への障害になりかねない。したがってプログラムでは、覚醒剤依存クライエントに対して、覚醒剤使用と強迫的性行為の関連性についての知識を提供すべきである。
治療開始から数週間は、脳が神経生物学的に「回復」するためには、適切な睡眠と栄養摂取が不可欠だとクライエントに言い聞かせることが重要である。クライエントに、よく眠りよく食べ、徐々に運動プログラムを始める「許可」を与えることは、長期的に見て有効な行動パターンを確立するのに役立つ。これらの行動パターンは、クライエントがより明瞭に考えることができるようになり、治療初期の自分の努力が報われている感じるようになる過程を促進する。
治療初期段階のクライエントにとって、重大な医学的、精神医学的問題が起こったときの応急手当をプログラムが提供し確保してくれる、という安心感とともにセッションを終えることは重要である。必要であれば、プログラムには、クライエントが即刻に医学的、精神医学的評価および治療を受けられるよう援助する準備があることを、クライエントに理解してもらう。地域団体やセルフヘルプリソースを挙げたリストも役に立つ。プログラムでは、クライエントに提供するための様々なセルフヘルプや地域団体リソースに関する資料を作成し、いつでも配布できるようにしておく。これらの資料には、12ステップ・ミーティング、その他のセルフヘルプリソース、医療クリニック、社会福祉機関、一時収容施設や保護施設、虐待女性のための避難所、子どものためのリソースなどの名称、住所、電話番号、概要が含まれるべきである。
治療開始の数週間には、大部分のクライエントが覚醒剤使用を中止、あるいは少なくとも減らす。しかし、これらのクライエントが、完全な薬物不使用状態に至るのは困難であっても、治療への関与が定着し、退薬に向かって最初の何歩かを踏み出せたとしたら、初期の数週間は成功とみなされる。1.2週間の初期治療後、明らかな治療焦点は薬物不使用状態を達成することになる。薬物不使用状態を開始したばかりのクライエントと、それを維持しているクライエントの間に明確な境界線があるわけではないが、不使用状態の開始は治療開始から2-6週間の間に生じることが多いようである。
治療の本段階において用いられる主要な戦略目標は、(1)強迫的、反復的覚醒剤使用の悪循環を断つ、(2)すべての乱用物質の不使用期間を開始する、(3)物質不使用状態を支援する行動パターンの確立を促す、(4)物質不使用状態維持に役立つよう、考え方、行動、ライフスタイルの変化を促進する、などである。次項では、これらの目標に到達するためのテクニックについて記述する。
覚醒剤嗜癖からの退薬を開始することは、精神的試練ではなく行動実行のための具体的プランである。このプランを開始するには、基本的な構造と日課が、薬物を求め、使用し、そこから回復することのみに支配されているライフスタイルに取って代わる必要がある。クライエントが日常的に従うことができるプランは、構造、安定性、予測可能性を提供する。日常構造は、クライエントの治療プログラム参加を中心にして、そこに取り入れられ、その周りに構築されるべきである。そこには、短期目標の設定、頻繁なカウンセリング・セッションと尿検査、サポート体制の構築、時間の計画などが含まれる (Washton, 1989)。
適度に達成可能な短期的目標を、直ちに設定すべきである。そのような目標の一例は、すべての物質の不使用状態を一週間保つことである。覚醒剤依存クライエントの多くはビンジ使用を行うため、通常のビンジとビンジの間期間の約2倍にあたる期間の物質不使用状態を保つことも、類似の目標となる。簡潔なカウンセリング・セッションを頻繁に持つことは、すぐに物質不使用状態を達成するという短期目標を強化するとともに、クライエントとカウンセラーの治療同盟を確立するのにも役立つ。過去24時間の出来事がここで吟味され、次の24時間をうまくやり過ごすためのアドバイスが提供される。社会的サポートシステムを確立すること、および頻繁で定期的な尿検査を実施することもまた、構造、サポート、責任を提供する上で重要である。
前節で触れた日課スケジューリング訓練は、引き続き治療のこの段階においても、大変重要な体系化戦略である。積極的に計画を立てることは、覚醒剤使用者の衝動的で自由形式のライフスタイルの対極にあたる。クライエントは、セッションの間に自分のスケジュールを書きまとめる。またセッションの時間は、先回のセッションで作成したスケジュールのコンプライアンスについて見直すのにも使われる。多くのクライエントはこの課題を困難と感じ、彼らの時間に対する「統制」に抵抗を示すかもしれない。しかし、スケジュールに従うためのクライエントのこうした連続的努力を、カウンセラーが強化することによって、コンプライアンスは向上するはずである。
外来プログラムの覚醒剤依存クライエントは、健全な行動パターンを行うのをサポートしてくれる構造が必要となる。尿検査はこの構造の一部である。これは捜査道具、あるいはクライエントの誠実性を試すための方法として提示されたり、用いられたりするべきではない。むしろ、物質不使用状態を開始し継続するための支援手段として、用いられ提示されるべきである。
主覚醒剤と二次的物質の両方に対して、尿検査を実施するべきである。検査はクリニック来院に合わせて、実施するのがよい。治療のこの段階においては、週に1回以上の尿検査が必要と思われる。尿検査は、次の検査実施の前に前回の検査結果が得られるよう、間隔をあけて実施する、つまり通常最低3日は空けて実施するべきである。検査はランダムに実施するが、祝祭日、給料日、週末などリスクが高い時期の直前に実施することは望ましい。尿が確かにクライエントから得られた標本であることを確認するために、検査中に観察するか、体温ストリップの使用するかして、モニターするべきである。
覚醒剤依存クライエントの大部分は、アルコールやマリワナなど別の物質も使用している。彼らは、二次的物質使用を問題とは感じていないことが多い。事実、二次的物質使用を、その悪影響あるいは強迫的使用と結び付けて考えない場合が多い。したがって、これらのクライエントは、別の物質使用と自分の覚醒剤嗜癖とのつながりを同定するための援助を必要としている。クライエントは、別の物質使用が、覚醒剤使用の再発率を高めることを学ばなければならない (Rawson et al., 1986; Carroll et al., 1993a, 1993b)。
クライエントは、アルコールなど二次的物質の中には、脱抑制効果を持ち、覚醒剤使用の直接原因となるものがあることを知っておかなければならない (Higgins et al., 1996)。 ちなみに、MA使用者中のマリワナ使用に関しても、類似の報告がされている (Rawson et al., 1996)。クライエントは、二次的物質使用に関しては、用量や頻度は重要でなく、その脱抑制効果や強力な条件反応、引き金は少量の使用でも起こりえる、ということを学ばねばならない。物質不使用状態を達成することは、クライエントが物質抜きでの対処メカニズムを構築するのにも役立つ。
二次的物質を使用する理由について、クライエントが考察するのを援助するのもよい。たとえば、覚醒剤依存女性の中には、虐待の境遇に耐えるためにアルコールを利用する人もいる。また、クライエントに、アルコールが供されるようなハイリスク状況を避けるといった、二次的物質の回避戦略について指導することもよい。
クライエントによっては、主要物質に関する治療に対する準備はできていても、二次的物質に関してはできていない場合もある。そのため、治療のこの段階においては、二次的物質の使用は一般的である。プログラムとしては、すべての向精神性物質からの退薬を促すべきではあるが、二次的物質を使用するクライエントは、それを理由にプログラムを中断してはならない。むしろ、こういったクライエントには、将来の二次的物質使用の可能性を減らすための治療戦略を与えるべきである。
報酬管理 (第3章で記述) は、即時の結果を提供することによって、望まれる行動を強化する。治療要素へのコンプライアンスを向上し、物質不使用状態を促進するために、これを用いることができる。これによって、具体的な目標を設定しプラスの行動変化を強調することができる。
報酬管理ではまず、覚醒剤陰性の尿標本の提出など、具体的な標的行動を選定する。このターゲット行動は、容易に測定できるものに限定される。次に、具体的で望ましい報酬が同定され、ターゲット行動が達成されるたびに与える報酬として選定される。報酬は換金可能なものであってはならないが、現金に相当するクーポン制や、払い戻し不能な映画券など、現金と同等の価値があるものは構わない。そして、ターゲット行動と報酬の間のつながりを明確に示す。最後に、契約文書として同意内容を文書化し、報酬の期間や内容の変更なども明記する。報酬管理介入は、比較研究の中で、コカイン使用者の不使用状態達成と継続において、その有効性が実証されている (Higgins et al., 1994b; Silverman et al., 1996)。
引き金や誘発因を同定する過程は、動的で常に進行形で変化していく。例えば、クライエントは、具体的な感情状態と覚醒剤への引き金との関連性について学ぶにつれて、誘発因を同定し、それらを回避あるいは除去する術にますます長けるようになる。まず、治療のごく初期において用いるべき戦略が、いくつか存在する。これらによって、クライエントが、覚醒剤への渇望や衝動の誘発因になりやすい特定の外的、環境的引き金を避けることを援助する (Washton, 1989)。そこには、薬物、薬物関連の器具、物質使用に関連する資料などの廃棄、薬物ディーラーや使用者との接触を絶つこと、ハイリスクの場所の回避、基本的な拒絶スキルの構築、などが含まれる。
この処分がまだ行われていない場合は、すべての物質(アルコールを含む)と薬物関連の器具を見つけ、処分するための具体的実行プランを作成する。クライエントが、家族や薬物不使用の友人や12ステップのスポンサーなどの助けを借りて、薬物に関連するあらゆる物を見つけて永久的に処分する、という課題を達成するよう、働きかける。覚醒剤の準備や注射に使われた器具に加えて、ディーラーや娼婦/男娼の電話番号、ポルノビデオ、薬物保管用の容器、覚醒剤を切断するのに使われた鏡や特別なテーブル、量りなど、薬物使用に関連するありとあらゆるものを処分する。
次に、ディーラーや他の覚醒剤使用者たちとの接触を立つことが必須である。配偶者や重要な他者が覚醒剤使用者の場合は、彼らも援助を求めるよう、強く働きかけるためのプランを立てることが重要となる。
三番目に、クライエントが、ハイリスクの場所を避けるのを援助する実行プランを作成する。ここには、覚醒剤使用と強く結びついている場所を同定し、それらを回避するための具体的プランの作成が必要となる。自宅から仕事場へ異なるルートを通ったり、特定の場所に行くのにいつもとは違う時間帯を選んだり、ハイリスク地域に行くときには「相棒システム」を利用したりする。最後に、まだ覚醒剤を使用している知人との対決場面のための実行プラン作成が必要となる。クライエントは、薬物使用の友人に遭遇したときに使う具体的な薬物拒否発言を用意し、カウンセラーやグループのメンバーと予行練習しておく。この実行プランには、遭遇直後にその場を離れる、という原則も含めるべきである。クライエント・ワークシート5、回避戦略の実行プラン (付録 B 参照)は、クライエントの、強力なハイリスクの引き金および誘発因を回避するための戦略作りの参考になるはずである。
覚醒剤使用障害のクライエントは、衝動的行動、怒りや敵意、認知障害など覚醒剤使用の結果として経験するものの大部分を理解することができない。そこで、覚醒剤使用に関連する学習や条件付け要因について、クライエントの理解を援助するための教育が必要となる。同様に彼らは、認知障害や健忘症など、覚醒剤やその他の物質が、脳や行動に及ぼす障害に関する情報も必要としている。覚醒剤誘発性行動に関する情報は、クライエントが、自らの怒り、敵意、性的衝動性のエピソードについて理解するのに役立つ。
クライエント、特にMA使用障害のクライエントには、初期の退薬症候群と長期不使用状態に関する知識を提供するべきである。また、二次的物質が覚醒剤使用の再発に重要な役割を担うことも知知らせる必要がある。嗜癖、治療、回復の生物心理社会的過程についての知識と、それぞれにおける具体的な課題、目標、落し穴についての教育も必要である。
治療初期段階の覚醒剤使用障害クライエントは、情報の記憶力が乏しく一時的な認知障害を持つことが多いが、引き金や誘発因に関する基本的な情報の理解は可能である。そこで、条件付け要因がどのように薬物渇望や衝動を顕在化させるか、これらの渇望や衝動は初期不使用状態の正常過程の一部であること、これらに対処する手段が存在すること、などを指導する。覚醒剤使用障害のクライエントには、条件付け過程とこの過程が彼らの障害にどのように適用するのかについての基礎知識を提供するべきである。
これらの教育活動には、図4-3 に示された覚醒剤使用に関連する基本的条件付け要因の記述も含まれるべきである。
覚醒剤(および二次的物質)の使用は、特定の人、場所、物、活動、行動、情動などと強く結びつくようになる。覚醒剤使用障害のクライエントは、何百回、何千回も覚醒剤使用を行ってきたため、彼らの日常生活は、覚醒剤渇望や使用を誘発するリマインダー[思い出させるもの]あるいは引き金であふれている。薬物やディーラーを目にするなど、多くのクライエントに共通のものもあるが、引き金の具体的なタイプ、強さ、数などはクライエントによって大幅に異なる。したがって、クライエントが、自分の生活に特有の引き金を認識し同定することの援助は、カウンセラーにとって重要である。
ここでの重要課題は、どのように引き金が発展し、どのように薬物渇望や使用を誘発するかを教え、クライエントに、自分の引き金や誘発因を積極的に同定するよう促すことである。これは、エクササイズやワークシートを通じて達成することも可能である。クライエントが、これらの課題を達成するのを援助をするためには、クライエント・ワークシート 2、「外的引き金と誘発因の同定」とクライエント・ワークシート 3、「内的誘発因の同定」に基づいたエクササイズを用いるのもよい。
外的および内的引き金は、覚醒剤使用者の生活のすべての側面に浸透していることが多い。したがってクライエントは、これらの引き金が誘発因に発展するのを防ぐための具体的な行動的、心理的手段を必要とする。彼らに、覚醒剤使用を強く喚起させるような外的引き金を、可能な限り避けるよう指導する。また、覚醒剤について考えたり、渇望を経験したりするような状況からは、すぐに離れるように指導する。薬物に関する思考が薬物渇望に発展するのを抑えるための、具体的なテクニックについても指導する。最後に、覚醒剤渇望が薬物使用を引き起こすのを避けるための、すぐに達成可能なテクニックの指導も行う。クライエント・ワークシート 4、「引き金と誘発因に対する実行プラン」はこれらの指導活動において役立つと思われる。
家族や重要な他者の治療への参加を、奨励するべきである。家族は、嗜癖過程や治療、回復過程における自分たちの役割についての教育を必要としている。家族はまた、覚醒剤誘発性の行動パターンを理解するためにも、覚醒剤が脳や行動に及ぼす影響についての情報を必要とする。覚醒剤使用障害の古典的条件付け側面の基本について理解し、渇望を条件反応として捉えることが重要である。
情報は、あまり概念的、抽象的なものではなく、明確で簡潔なのがよい。理想的な形式は、短い説話セッションとそれに続くビデオ教育とグループ討議から構成される、心理教育的セッションである。この過程は、討論やたった今耳にし目にしたことが、彼ら自身にどのように当てはまるか、という実例を導き出すはずである。家族の参加はまた、他の家族の物質使用障害についての非公式な評価を行う機会でもある。この過程を通じて、治療や紹介を必要とするような特定の治療的ニーズについて、プログラム・スタッフの確認が可能になる場合もある。
積極的に物質不使用状態を達成への努力をしているクライエントが、覚醒剤不使用の個人と安定した結婚あるいは恋愛関係にある場合、配偶者とクライエントを、夫婦カウンセリングあるいは人間関係カウンセリングに関与させることも有益である。この戦略は、コミュニケーション・スキルと人間関係の向上に役立つ。夫婦および人間関係カウンセリングが覚醒剤治療にプラスの効果をもたらすことは、研究によって実証されている (Landry, 1995; Stanton and Shadish, 1997)。人間関係カウンセリングを考慮する場合、該当する重要な他者が物質使用問題(ニコチンは除く)を持っておらず、物質不使用状態という基本的治療目標に同意し、かつクライエントの薬物不使用状態を支援する行動に徹する意志があることを確認する。行動的人間関係療法に関する研究結果は、 図4-4 に示した。
覚醒剤使用障害のクライエント、とりわけ物質不使用の初期段階にいるクライエントは、葛藤に対する耐性が低く、グループセッションでは落ち着きがないように思われる。しかし可能になると同時に(通常2、3日中)、初心者用の回復グループなど構造化された治療グループ過程を導入するべきである。これらのグループは、既存のサポート・ネットワークや、初期物質不使用状態に関する問題を率直に話し合う公開討論の場を提供してくれる。同時に、アルコホーリクス・アノニムス(AA)やナルコティクス・アノニムス(NA)、コカイン・アノニムス(CA)などの12ステップ・ミーティングへの参加も強く促す。クライエントに、90日間で12ステップ・ミーティングに90回出席する、などの短期目標を与えるのもよい。
さらに、クライエントが、物質不使用の友人や家族との関係を確立あるいは再確立するよう、働きかける。また、健全な家族、友人、12ステップのスポンサーとの間に、危機が訪れた場合に電話をする「相棒システム」を確立することも有益である。
覚醒剤使用障害クライエントの中には、覚醒剤誘発性の強迫的性行為を持つ者がいる。これらの行為には、強迫的自慰行為、娼婦/男娼との強迫的あるいは衝動的性行為、強迫的なポルノ鑑賞などが含まれる。こういったクライエントには、これらの強迫的性行為と覚醒剤使用の再発をともに減少させるための介入を行うことが可能である。
第一段階は、クライエントの2-4週間の一時的性行為禁断への同意を求めることから始まる。次にクライエントは、性的感情、想像およびファンタジーは、それについて徹底的に話合わない限り、とてもリスクの高い誘発因として概念化され、やがて実行に移される、ということを知る必要がある。こうした問題を抱えるクライエントにとっては、正常な性的想像さえも、大きな誘発因になってしまう。
グループセッションであれ個人カウンセリングであれ、プログラムは、クライエントがこれらの課題について話し合える、安全な環境を提供しなければならない。再発予防に関連して、安全なあるいは危険な性的行為についての議論が持たれるべきである。以前一緒にハイになったことがある人とは性行為を持たないこと、匿名のパートナーや見知らぬパートナーとの性行為を求めないこと、を含めた明確で具体的なアドバイスを提供する。薬物なしでの性行為は退屈ではないか、とか不可能ではないか、というようなクライエントの不安に対しても対応する。
向精神性物質に関する回避戦略の多くは、これらのクライエントの性的引き金についても利用できる。一部のクライエントにとっては、性行為は覚醒剤よりも強い強化効力を持っている。
クライエントは、性行為に関連する人・場所・ものを避けるための助言を必要としている。これらには、ポルノ・ショップ、娼婦/男娼がいる特定の通り、ビデオ・ショップなども含まれる。クライエントはまた、ある強迫的行動が別の強迫的行動と切り離せないほど絡み合ってしまい、ある条件に関連する行動に従事することが、別の条件と関連する行動を引き起こすことになる、相互性再発 reciprocal relapse についても知っておくべきである。
クライエントが、現役の本格的な覚醒剤嗜癖から、一気に完全不使用状態へ移行することはまれである。むしろほとんどのクライエントが、物質不使用の日が続くかと思えば、時には使用する日もある、という段階を経るのが普通である。実際は、物質の乱用的あるいは依存的使用から不使用状態への初期過渡期においては、物質使用を再発と捉えるべきではない。というのは、まだ本当の意味での不使用状態に達していないのだから、再発とは呼べないのである。
したがって、この過渡期における物質使用は、再発として捉えるのではなく、むしろ覚醒剤使用パターンの打破における困難さの表れと考えるべきである。またクライエントは、彼らの必死な努力にもかかわらず、この段階での物質使用は、極めて正常であることを理解しておく必要がある。プログラムの職員は、この段階での物資使用は動機付けの低さの表れではなく、引き金や誘発因、あるいはまだ安定していない脳などを含む、複数の過程を反映しているのだということを、理解しておく。またこうしたつまずきを、物質を止めることに対する葛藤やアンビバレンスが行動的表れと考えることも可能である。しかしその反面、カウンセラーは、クライエントに物質使用の許可を与えているわけではないことも、明確に伝えなければならない。そうではなくて、クライエントの治療への関与をつなぎとめるための努力をしているのである。
初期のつまずきは、治療プランを修正し別の戦略を試すための機会だと捉えらるべきである。これは、渇望や誘発因の強力さを認識し、それらに対処する新しい方法を学ぶよい機会になる。また、治療プランが適切かどうかを検討し、治療[プログラム]やセルフヘルプ・ミーティング、あるいはスポンサーへの接触頻度を増やす機会にもなりえる。グループ内で、つまずきに関する討論を先導する際の提言を、図4-5 に示した。
初期のつまずきは、深刻な失敗ではなく、むしろ過ちとみなされるべきである。起こってしまったときは、カウンセラーとしては、クライエントとの間に達成可能な短期目標に関して、言語的あるいは行動的な合意を取り付ける。そこには、今から24時間は向精神性物質を使用しないことや明日から2日間の間に特定の数のクリニック・セッションに参加することなどに同意する、といった簡単な課題を含めるのもよい。この過程では、クライエントが対処あるいは強化が必要な領域を確認することが必要である。引き金や誘発因に関して、何か変化がなかったか、詳しく検討することも重要といえる。
多くの覚醒剤使用者は、しばらくの間ならば、治療という援助なしでもコカインあるいはMAの使用を退薬することができる。前述のように、アヘン、アルコール、ベンゾジアゼピン系薬など身体的に不快な退薬症候群を引き起こす物質の使用者に比べて、覚醒剤使用者にとって「退薬症候群」はさほど重要な動機にはならない。覚醒剤使用者にとって、秘訣は[薬物からの]退薬ではなく、退薬の継続であり、再発の防止である。覚醒剤使用者の治療では、物質不使用状態の達成は「ウォームアップ」であり、不使用状態の継続が「メイン・イベント」なのである。
物質不使用状態を達成するための戦略とそれを維持するための戦略を別物と考えることについては、どこか人為的かつ独断的な印象がぬぐえない。というのは、治療過程全体を通じて、多くの同一原則が適用され、多くの同一テクニックが用いられているからである。とはいうものの、通常物質不使用状態を維持する方法を学ぶのに必要とされる[治療開始から]1-4ヶ月の間に、重要性が増すように思われる課題が、いくつか存在する。これらについて、以下で議論する。
覚醒剤使用が中止されると、クライエントの睡眠や食生活は正常化し、「クラッシュ」と称される症状の大部分は減少するのが普通である。しかし、クラッシュ症状の消散は、脳が正常に戻ったことの表れではない。臨床観察によって、物質使用の中止後90日から120日でも、深刻な生物的、心理的症状が、覚醒剤使用者の機能を障害し続けることが示されている。そこで記述された症状には、軽度の情動不安、集中困難、快感消失症、活力不足、短期記憶障害、興奮性が含まれる。
これらの「長期化する退薬症候群」は、これまでにも議論の対象となってきた。近年、陽電子放出断層撮影(PET)スキャン研究によって、MA使用が、サルの脳に6ヶ月以上も持続する顕著な変化をもたらすという明確な証拠が提出された (Melega, 1997a)。PETスキャンで観察された関連脳領域と神経化学的欠損は、これらの「長期化する退薬症候群」と臨床症候学的に一致するものであった。この症候群の正確な原因や時間的経過を同定に、慎重になるべき理由はいくつも存在するが、この現象の原理を裏付ける神経生理学的根拠は十分のように思われる。
物質不使用状態維持を試みる覚醒剤使用者が陥りやすい再発エピソードのパターンが、いくつか存在する (Havassy et al., 1993)。そこには以下が含まれる:
覚醒剤使用者は治療開始までに数年間、物質使用を中心とした生活を送ってきた場合が多い。物質不使用状態開始の6から12ヶ月の間には、自分の人生で何をしたらいいのかほとんどわからないクライエントが大半である。とりわけ、社会的、余暇的行動のレパートリーに非常に乏しいクライエントが多い。正の強化作用を持つ活動や趣味を新たに創造することは、この時期の治療の重要な部分を占める。
物質不使用状態維持のために推奨される戦略は、主に 第3章 で述べた行動的あるいは認知行動的モデルから引き出されたものである。以下に述べる主題で共通しているのは、不使用状態に達したばかりの覚醒剤使用者には、再発を回避するための一連の情報やスキルを指導することが大きな援助となる、ということである。以下の戦略は、覚醒剤使用者の物質不使用状態維持の援助における有効性が実証されたものである。
機能分析の目的は、クライエントが、自分の覚醒剤使用について理解する方法を指導することである。これによって、クライエントは、将来の覚醒剤使用の可能性を減らす問題解決法を実行できるようなる。機能分析の基本要素は、(1)クライエントに、彼らの覚醒剤使用の可能性を増加する種類の環境、状況、思考、感情について検討することを教える;(2)クライエントに、彼らの覚醒剤使用のプラスで即時的、しかし短期の効果について検討するようカウンセリングする;(3)クライエントに、彼らの覚醒剤使用のマイナスでしばしば遅延性の効果について、再検討するよう働きかける、である。クライエント・ワークシート 29、「機能分析の構成要素」は、クライエントに、これらの構成要素の概要を提供するものである。
報酬管理の採用は、初期の治療における進歩を維持するのに役立つ。報酬管理を用いるとき、行動に関する同意は、尿検査の結果やグループ療法セッションへの参加など、客観的基準に基づいて設定されるべきである。詳細はすべて、同意文書の中で明確にしておく。ここでは、同意事項の体系的かつ首尾一貫した実行が重要である。同意事項が満たされた場合、強化は直ちに施行されるべきである。成功に対する正の強化が鍵となる場合が多い。
クライエント・ワークシート 28、「覚醒剤不使用状態に関する行動的同意の例」は、特定のクライエントの治療ニーズを満たすよう、修正して用いることが可能である。このサンプル同意書が示すように、報酬管理では「ポイント」やクレジット、現金、その他の特典や報酬を利用することができる。
再発予防テクニックでは、クライエントは、覚醒剤使用のハイリスク状況を認識すること学ぶ。また、ハイリスクのイベントに遭遇した場合には対処戦略を実行すること、覚醒剤使用のエピソードが生じたときは、それが本格的再発に発展することを予防するために戦略を応用することも学ぶ(Marlatt and Gordon, 1985)。テクニックには、スキル訓練、認知的再構成、ライフスタイル改善に焦点を当てたいくつかの認知行動的介入が必要となる。
再発予防テクニックは以下のカテゴリーに分類される:
前章で再考察したように、覚醒剤使用者の再発予防テクニックに関しては、相当量の文献が存在する。Kathleen Carroll によって開発されたマニュアルでは、治療場面の中で直接応用できる優れた再発予防エクササイズが集められている (Carroll, 1996)。 前述のマトリクス・マニュアル(Rawson et al., 1991b) には、グループ設定での再発予防トレーニング実施に関する項があり、クライエントへの配布資料や説明書を提供している。Washton は、治療プログラムに用意に取り入れることができる一連の再発予防資料を発行している (Washton, 1990a, 1990b)。図4-6 では、再発に対処する際の基本的概念を提示している。以下の治療主題は、再発予防に基礎を置く治療戦略には不可欠なものである。
再発予防アプローチの主要素は、様々な物質使用関連のトピックに関する情報を、覚醒剤使用者に提供することである。この情報提供のために頻繁に用いられる形式として、心理教育グループでの提供が挙げられる。これらのグループは、教育、ピアサポート[仲間同士のサポート]、回復志向療法の混合から構成される。グループの指導者が、参加者たちに関連する特定のトピックに関する簡単な討論を提供するか、短いビデオを見せる。グループ・メンバーは、この個人的に関連したトピックについての討論を奨励される。また、グループの指導者は、メンバーたちが現在経験している問題、困難、成功例などについて討論するよう働きかける。
覚醒剤使用障害クライエントの心理教育グループにおいて、通常討論されるトピックには以下が含まれる:
これらの多くに関しては、次項で言及している。また、再発予防グループ実施に関する提言は、図4-7 に示した。
物質不使用状態の確立という前段階において、クライエントはハイリスク状況をうまく処理するためのスキルをすでに獲得しているはずである。具体的にいうと、クライエントは引き金や誘発因を同定することができ、これらに対する実行プランを構築し、初期物質不使用状態の症状に対処できるようになっているはずである。
クライエントがひとたびハイリスク状況を同定、管理、回避することを学んだ後は、クライエントはこれらのスキルを現実世界で用いる自信があるかどうかを、カウンセラーとクライエントとで判定する。クライエントが自分の回避、拒否スキルに関して自信過剰であるか、あるいは思ったより多くのスキルを獲得しているのかを[カウンセラー]が評価し、またクライエントに自己評価させることが重要である。クライエント・ワークシート 11、「再発に関するあなたの自己効力感の評価」は、クライエントが、避けることができない特定のハイリスク状況を、自分がどのように処理できるかについて評価するのに役立つ。同様に、クライエント・ワークシート 12、「あなたの自己効力感を高める」は、現実でのハイリスク状況をシミュレートし、クライエントの自己効力感を高めるために設計されたロールプレー・エクササイズを含んでいる。
覚醒剤使用再発のふたつの重要なリスクファクターは、陶酔感の想起と、覚醒剤使用に対するコントロールを試してみたいという願望である。陶酔感の想起は、覚醒剤使用に関する快楽だけを思い出し悪影響は忘れる、という作用である。陶酔感の想起は、クライエントの覚醒剤の危険性に関する認識を最小化し、使用を止めることに対するアンビバレンスを喚起することから、再発の強力なリスクファクターとなる。これらの理由から、陶酔感の想起や選択的記憶を含むいわゆる「戦争体験談」は、強力な再発誘発因であり、回復グループでは強く戒められるべきである。クライエント・ワークシート 18、「覚醒剤使用に関する選択的記憶」は、クライエントがこの問題について掘り下げる際に役に立つ。
健康を取り戻しつつあり、生活がコントロールできるようになり、いくつかの覚醒剤関連問題から開放された、と感じ始めるようになると、覚醒剤使用に対して、新しいアプローチを試みることが可能な気になるクライエントもいる。たとえば、「慎重」にすれば、コントロールを失うことなく覚醒剤を使用できるのではないか、と考えたりする。あるいは、強迫的使用やコントロール不能状態に陥ることなく使用できるかどうかを「最後にもう一度だけ」覚醒剤使用を試す時期だ、と考えるクライエントもいる。覚醒剤使用に対する自分のコントロールを試してみたいという衝動は、強力な再発の危険信号であることを、クライエントは知らねばならない。クライエント・ワークシート 19、「使用をコントロールすることに関する幻想」は、これらの幻想を、対処すべき危険信号として認識するための心理教育活動の一環として、利用可能である。また、クライエント・ワークシート 20、「醜いリマインダー[思い出させるもの]」 は、クライエントが覚醒剤使用のマイナス影響のリストを作成するのに役立つ。このリストは、クライエントが渇望を経験したり、使用をコントロールする幻想を抱いたり、覚醒剤経験を美化したりする際に見直すことができる。
覚醒剤に関するつまずきや再発は、失敗ではなく過ちであり、治療プラン調節の必要性を示唆するものである。クライエントがつまずいたときは、再発に焦点をあてたセッションをできるだけすぐにスケジュールする。カウンセラーは、自分がクライエントを見限ったりしていないこと明確に伝える。カウンセラーとクライエントはともに、つまずきの原因となった出来事について再検討、分析し、どんな危険信号が出ていたかを確認する。クライエントに、職場、学校、社会ネットワーク内、家族状況の変化など、数週間以内の出来事についてよく考えるように促す。同様に、新しいカウンセラーの採用、治療段階の移行、別のクライエントに起こった出来事など、治療場面の中で起こった出来事についても、入念に検討するべきである。
将来同じような状況が再現された場合、再発を回避することが重要である。クライエントが、そのために取るべき具体的ステップを確認する過程を援助する。そしてもっとも重要なのは、つまずきや再発を、治療プランの修正の機会とすることである。これらの修正には、セルフヘルプ・ミーティングの回数を増やすこと、一時的に個人カウンセリングに参加すること、12ステップのスポンサーを獲得すること、などが含まれる。クライエントはまた、つまずきに関する否定的な考えや感情に対処するためのアドバイスや指導を必要としている。その際、クライエント・ワークシート 7、「再発許可」 は、クライエントへの配布資料として役に立つ。
回復過程の覚醒剤使用者は、ディーラー、隣人、友人、家族など使用を続けている個人に囲まれている場合が多い。覚醒剤を勧められたときに拒否するには、特別な種類の自己主張が必要であり、したがって特別な種類の自己主張トレーニングが重要となる。薬物拒否トレーニングでは、覚醒剤を勧める個人は、クライエントのことを思って勧めているのではない、ということをクライエントに気づかせる。そして、こうした個人(たとえ友人あるいは家族であっても)を「薬を押しつける人」と考え、拒否することを指導する。クライエントに、彼らの主要目的は覚醒剤の勧めを拒否することである、と教える。そして二次的目的は、自らの薬物不使用への意欲を強化し、そうすることによって自分に対してプラスの気持ちを抱くことである、と指導する。
このアプローチでは、クライエントに覚醒剤を勧めたり、ハイリスク状況に招き入れたりする個人との接触の際に取り入れるべき要素として、以下の点を強調する。
このアプローチでは、カウンセラーは、特定の人物、特定の日時、特定の状況が絡む3種類のシナリオを通じてクライエントを指導する。これらのシナリオに基づいて、クライエントとカウンセラーは、これらの行動パターンを練習するためのロールプレーを演じる。クライエントには、重要な他者やその他の適切な人たちと、さらにロールプレー・エクササイズを重ねるよう、勧める。
人間関係カウンセリングの大局目的は、夫婦が物質不使用状態を達成、維持し、自分たちのライフスタイルを改善し、夫婦関係における喜びを増加させ、よりよい問題解決の方法を学ぶことである。これらのセッション実施のための具体的なエクササイズについては、コミュニティー強化アプローチ・マニュアルCommunity Reinforcement Approach Manual (Budney and Higgins, 1998) を参照のこと。
これらの治療エクササイズは、覚醒剤使用の代替となりえる向社会的活動への参加を高めるために設計されたものである。ここには、クライエントが、何かに対する興味を育み、覚醒剤あるいはその他の物質使用が関わらない余暇的、社会的活動に参加するようになるよう、援助することが含まれる。まず候補となる活動について、クライエントにとってどのくらい興味があるか、どのくらい費用がかかるのか、他者との関わりがどの程度あるのか、どのくらいの時間がとられるのか、クライエントがそれらの活動に関与する可能性はどのくらいか、どのくらいの身体的負担があるのか、などについてカウンセラーとクライエントとで評価をする。他にどんな人たちが参加するのかも確認する。次に、これらの活動に関与するために必要な、具体的なステップを確認する実行プランを作成する。これらは、治療プランの中に組み込まれることになる。これらのエクササイズの例は、前述のいくつかのマニュアル中に含まれている。
社会的技能訓練活動は、クライエントが物質使用なしで、社交やリクリエーションに従事し、人間関係のストレスに対処するためのスキルを学び、実践する手助けとなる。目的は、クライエントが社会的相互関係から、多くのプラス強化的影響を経験し、なるべくマイナスの悪影響は受けないように援助することである。特に物質不使用の仲間を得たり、職場の仲間と付き合ったりする機会がないクライエントや、社会的設定を居心地が悪いと感じるようなクライエントにとって、このトレーニングは有益である。社会的技能訓練テクニックは、アンガー・マネージメント、社交場面での不安、楽しい会話の開始、自己主張トレーニングなどのために開発されてきたものである (Alberti and Emmons, 1982; Chaney, 1989; Monti et al., 1995)。
このカウンセリングは、無職のクライエントの求職活動を援助することに重点が置かれる。また、自分の仕事に満足していないクライエントや、再発のリスクが高い仕事に衝いているクライエントに対しては、雇用状況を改善するための援助を提供する。
治療、回復、そして再発予防活動では、生活の生物的、心理的、社会的そしてスピリチャルな側面に対処しなければならない。クライエントには、リクリエーションや余暇活動の重要性と、これらを回復プログラムに取り入れる方法について指導する。余暇活動の多くは、クライエントに、他人との協力、チームワーク、健全な競争、統率力などの社会的スキルを学び、実践する機会を提供してくれる。
様々な身体的運動によって、クライエントは自分に対して気持ちよく感じ、不安や抑うつが減少し、食欲が増進し、しばしば睡眠もよく取れるようになる。クライエントには、定期的な有酸素運動の重要性や、それを彼らの毎日あるいは毎週のスケジュールに組み込む方法について、指導をすべきである。クライエントに、ダンス、ウオーキング、サイクリング、ジョギング、テニス、水泳、スケート、エアロビクス、ウエイトリフティングなど、多種多様な運動の選択肢を提供するのもよい。クライエント・ワークシート 23、「運動と回復」およびクライエント・ワークシート 24、「運動活動の例」は、クライエントが回復過程における運動の重要性を理解し、色々な運動のタイプを検討し、自分の回復プログラムの中にサービングり込むことを学ぶ際に、役に立つ。
物質使用障害の治療を受けるクライエントの多くは、栄養と食生活に関する問題を抱えている。覚醒剤は食欲を減退させ、カロリーおよび栄養の摂取を減少させる。覚醒剤使用障害のクライエントは十分に食事を取らず、食べるときには、衝動的に栄養価のほとんどない食物を食べる場合が多い。したがって、これらのクライエントは、栄養士による正規の栄養状態の評価とともに、栄養バランスのとれた食事をし、不定期で衝動的な食事のパターンを捨て去り、栄養的に適切な食事を計画するためのアドバイスを必要とする。クライエント・ワークシート 25、「栄養に関する自己評価」 は、クライエントが、自分たちの非健康的な食事パターンと、栄養についての骨組みの必要性を評定するのに役立つ。
コミュニティー強化アプローチでは、アルコール依存の診断基準を満たすクライエントや、アルコールが覚醒剤の不使用状態達成の妨げになっていると報告するクライエントには、ジスルフィラム療法が勧められる。通常のジスルフィラム投与量は、250 mg/日である。クライエントがその用量で反応を起こさずにアルコール摂取できると報告した場合は、投与量は500 mgに増量される。クライエントが尿検査で来院する際に、ジスルフィラムの摂取も、臨床スタッフによって監視される。それ以外の日用のジスルフィラムは、自宅に持ち帰る分として渡される (ジスルフィラム療法に関連する研究については 図4-8 を参照)。
セルフヘルプ戦略は、治療の全段階において有用な構成要素となる。セルフヘルプ戦略、とりわけ物質使用に重点を置くものは、物質不使用状態維持という治療目標をサポートする補助的活動として、特に役立つ。一般的にセルフヘルププログラムは、クライエントが適切な社会的スキルを開発し、健全な社会ネットワークを構築し、健全で親密な人間関係を確立し、物質抜きの健全な活動に従事することを援助する。プログラムはまた、社会的に適切な習慣や規範、アドバイスを受けたり提供したりする方法、他人を指導する方法について学ぶ機会を提供する。
もっとも利用しやすく、また利用されているセルフヘルプ戦略は、12ステップアプローチである。毎日多くのAAグループミーティングが開かれない都市は珍しいし、大きな都市になると、CAやNAのミーティングも多く開かれる。クライエントには、ミーティングの形式や宗教的な要素、基本的な内容と12ステップの意味、12ステップスポンサーの役目、匿名性の意味など、12ステップに関する情報を提供するべきである。
コンセンサス・パネルでは12ステップグループへの参加を推奨するが、提供者としてはクライエントの参加を強制してはいけない。12ステッププログラムは、回復過程での自主的セルフヘルププログラムを自称しているので、むしろ参加を促し、推奨するのにとどめるのがよい。同様に、クライエントの家族にも、アル・アノンなど家族向けに設計された12ステップ・プログラムへ参加するよう働きかける。[プログラムの]の現場でミーティングを開くことも、こうした働きかけの一部となりえる。クライエントと家族の両方に、ミーティングの場所と日時を示したリストを提供し、必要な場合は輸送手段も提供する。
また、12ステップ・プログラム以外のセルフヘルプ戦略も、治療に役立つ要素となりえる。これらの中には、ラショナル・リカバリー Rational Recovery、セイブ・アワセルブスSave Our Selves、 ウーマン・イン・リカバリー Women in Sobriety など特に物質使用に関連するものもある。これらには、教会関連グループ、ガン生存者グループ、家庭内暴力グループなどの活動が含まれる。AAに関する研究結果の一部は、図4-9に示されている。
物質使用カウンセリングは通常、物質不使用状態と、回復の妨げとなっている目の前の問題の解決を主に重視する治療活動から構成されている。多少の差異はあるものの、一般的にカウンセリングでは目下の問題に的を絞り、そこにアドバイス、指導、励ましが含まれる。そして通常はグループ形式で実施されることが多い。
それに対して精神力動的療法は、通常個人セッションの形式で実施され、効果的な対処を害したり、人間関係に損傷を与えたりしている精神内部過程に焦点を置くものである。精神力動療法は[個人によって]まったく異なるが、物質使用障害の治療に適用される場合は、物質使用を少なくとも部分的には、自己治療問題に対する戦略、あるいはトラウマ、虐待、自己評価の低さなどの問題に対処するためのメカニズムだと前提することが多い。
覚醒剤使用障害クライエントに対する個人的精神力動療法の是非については、意見が分かれるところである。したがって、コンセンサス・パネルでは、以下のような提言をする。第一に、クライエントはこのタイプの治療を必要としているかどうかの査定が、十分に[徹底的に]なされるべきである。クライエントの個人的な治療ニーズを満たすのに最適なのは個人的精神力動療法だろうか、それとも物質不使用状態を維持するための基本的スキルの提供だろうか[、ということである]。第二に、クライエントの精神力動療法に対する準備性の査定が、十分にされるべきである。精神療法には、再発の誘発因を刺激するような感情や思考を掘り起こす可能性があるので、クライエントが、これらの誘発因に対処する準備が整っているかどうかを査定する必要がある。また、クライエントは、この種の治療にうまく反応するために必要な情動安定性、再発予防スキル、社会的サポートを備えているだろうか。第三に、個人精神力動療法を導入する場合は、その他の治療戦略、特にグループカウンセリングやセルフヘルプへの関与との一貫性を持ち、連携を保つようにする。たとえば、回復段階を重視する精神療法は、特に有効となりえる (Wallace, 1992)。
全体として、コンセンサス・パネルは、覚醒剤使用障害クライエントのすべてに関して、物質不使用状態を確立、維持する手段として個人精神療法が適切あり、必要であり、本人が望んでいるわけではない、という見解を持つ。明確な治療ニーズが存在し、クライエントが必要なスキルを備え、療法がクライエントの物質不使用状態をサポートする場合に限って、この療法が提供されるべきである。
治療はクライエント個人に特有なニーズに基づくべきで、よって治療の長さはプログラムの週数によって決定されるものではない。特に治療における物質不使用状態維持段階の終結[完了]は、クライエントの治療プランで記述された治療目標が、達成されたかどうかのみに基づいて判断されるべきである。
物質不使用状態維持段階の終結は、クライエントが、自分の治療体験を再検討するよい機会となる。クライエントは、自分の治療の成功について、問題があった領域について、また自分がこれらの問題に対処した方法について、じっくりと検討する。カウンセラーは、それを援助するような活動や運動を取り入れるべきである。この過程を通じてカウンセラーとクライエントは、残された治療ニーズと、それらのニーズを満たすために用いる治療戦略を確認するための、継続ケア治療プランを構築する。
物質不使用状態維持段階の終結は、軽いレベルのケアへの移行であり、終結そのものであってはならない。突然の終結は避けるべきである。むしろプログラムとしては、クライエントがプログラムとのつながりを保つことを許可、し奨励するための戦略を開発するべきである。さらに、クライエントを、彼らが利用できる継続ケア治療サービスについて指導し、これらを利用するよう積極的に働きかけるための戦略も必要である。クライエントが、プログラムとのつながりを保つのを援助するための方法には、以下が含まれる: