エグゼクティブ・サマリーおよび提言

  1. 覚醒剤使用障害の治療
  2. サマリー | 第1章 | 第2章 | 第3章 | 第4章 | 第5章 | 第6章 |

過去20年の間に、覚醒剤の使用は全国的また国際的に重要な問題となってきた。覚醒剤の使用とその影響により、米国各地の多くのコミュニティーが大きな混乱をきたし、連邦・州・地方自レベルの行政や組織の確固たる対応を促してきた。例えば、1960年、1970年代には比較的小さかったコカイン使用の問題が、1990年代には医学・立法・法律執行上の主要課題となった。クラックコカイン流行によってもたらされた惨状は、多くのアメリカ人の知るところである。

同様に、もうひとつの覚醒剤、塩酸メタンフェタミン (MA) の使用および乱用も、近年劇的に増加した。広範囲に及ぶMAの使用・乱用は、この問題に対する意識を高め、政策立案者、法律関係者、公共事業提供者らに、この薬物の個人または社会に及ぼす影響に対してより一層のり組みを行うよう、促した。MAの乱用が[コカインと同じように]蔓延するのではないかという懸念が、1996年の総合的塩酸メタンフェタミン統制法Comprehensive Methamphetamine sControl Act への布石となった。

覚醒剤使用の爆発的な増加は、大きな研究の波を引き起こした。その結果、覚醒剤使用障害に関する基礎知識や脳の基本的機能、また嗜癖障害一般について著しい進歩が得られた。しかし今日に至るまで、覚醒剤使用障害の治療の基本あるいは種々の治療的介入の成功例については、ほとんど報告されていない。

この治療向上プロトコルTreatment Improvement Protocol (TIP) は、覚醒剤使用障害治療の本質についての基礎知識を記述するものである。具体的には、注目度の高い2種の覚醒剤:コカインとMAの使用に関連する医学的、精神医学的、物質使用/依存問題の治療に関して現時点で知られていることを再検討している。

本TIP中では、科学的根拠を基づく情報が、臨床家やその他「第一線の」物質使用障害治療提供者が利用できるような適切な方法で提起されている。治療アプローチに関する提言、治療への関与を最大にするための提言、治療の開始と設計のための戦略、物質不使用状態を開始し維持するための戦略など提供されている。また、覚醒剤使用者の医学的管理に関する提言、特殊な集団や設定に関する提言なども含まれている。

本TIPを作成したコンセンサス・パネルでは、実験に基づいて確立されたテクニックや原理に重点を置くことを試みた。しかしながら、覚醒剤使用障害の治療という“科学”が生まれてようやく10年というところであり、第一線の嗜癖問題専門家によって開発・支持されてはいるものの、実験による根拠はあまり持たない一連のテクニックや原理についても検討し、総合的に扱うことなった。本著においては、これら治療上の示唆や提言について、実験に裏付けられたものと現時点の多数意見に基づいたものとを、区別している。

本TIPの目的は、コカインとMAの乱用に関連する物質使用障害の治療に対する理解を促進することである。下記にまとめられたコンセンサス・パネルの提言は、研究と臨床経験に基づくものである。科学的根拠に裏付けられるものについては後ろに(1)と示され、臨床に基づく提言は(2)と記されている。前者に関しては、後のガイドラインの詳細を紹介する部分において、引用元を本文中に示した。本TIPでは、性差別および文章の不自然さを避けるために、一般例の中で[三人称単数代名詞]の「彼he」 と 「彼女she」を交互に用いることにした。

本TIPでは、コカノキの葉からの派生物(コカイン塩酸塩とそのフリーベース型の“クラック”)と合成アンフェタミン、とりわけ違法製造によるMA(およびその煙の形で吸い込む“アイス”)が“覚醒剤”の範疇に含められている。もちろんその他にも、より広範囲に使用されている覚醒剤(例:カフェイン)や重大な健康問題を引き起こすもの(例:ニコチン)も存在するが、これらの物質に関連する問題についての広範囲な議論は本著の範囲外とする。

提言の概要

近年の医療保険制度改革により、現在覚醒剤依存に関して助けを求める個人の大部分は、体系的外来治療プログラムに参加することになっている。これに対応して本著でも、体系的外来治療プログラム設定を前提として、覚醒剤依存患者の治療に最適と思われる治療戦略およびテクニックの提言を提供している。しかし、これらの戦略およびテクニックの大部分は、治療設定や治療の方向性の枠を超えて、あらゆるタイプのプログラムへ組み入れることが可能である。

心理社会的治療アプローチ

一般的に定着している「学習」という心理学的原則と組み合わされた心理社会的治療アプローチは、覚醒剤使用者の治療において適切かつ効果的である。これらのアプローチの一環した効果を確保するために、コンセンサス・パネルとしては、治療者間の差異を最小限に抑えるべく入念に作成された治療マニュアルを用いることを提言する (2)。治療マニュアルによって、治療者がクライエントに一貫したサービスを提供する可能性を高めることができる。しかし、治療過程においては、治療者の臨床判断や柔軟性もまた非常に重要である。

コンセンサス・パネルは覚醒剤使用者に対して報酬管理のアプローチを用いることを推奨する (1)。その特に成功例している形がコミュニティー・強化・プラス・クーポン制アプローチで、そこではカウンセリング、技能訓練、職業訓練が陰性の薬物検査(例:尿検査での「シロ(潔白)」結果)に対する報酬と組み合わされている。

再発予防

再発予防では、クライエントに以下のことを体系的に指導する:

  • 物質への渇望にどう対処するか
  • 物質を断固拒否するためのスキル
  • 関係ないと思われるような決断が、どのように後の物質使用の可能性に影響するのか
  • 問題対処および問題解決のスキル全般
  • 物質使用エピソードが生じた場合、本格的な再発予防のための戦略をどのように用いるのか

コンセンサス・パネルは、このアプローチを覚醒剤使用者へ用いることを提言する (1)。

研究に裏づけられているその他の介入法

以下の方法が覚醒剤使用者に対して適切な介入となりえることが、研究によって示唆されている:

  • 女性クライエントが、子供の何人かまたは全員を伴って居住型治療に参加すること許可する (1)
  • 支持的・表現精神療法 (1)
  • フローチャートなどの方法を用いてクライエントの思考、行動、感情と物質使用との関係を図式化する“ノードリンク・マッピング" (1)
その他の心理社会的治療モデル

その他にも覚醒剤使用障害の治療に対する多くの心理社会的モデルおよびアプローチが記述され、中には広く用いられているものもある。そこには以下のものが含まれる:

  • クライエントが家族・パートナー・親しい友人など物質不使用のサポート要員のしっかりとしたネットワークを構築するため、個人精神療法を受けるネットワーク療法 (2)
  • 鍼治療 (2)
  • 治療コミュニティー(最も一般的なタイプの長期居住型治療)(1)
治療への関与を最大にする
治療を便利なものにする

治療への関与を最大にするためには、プログラムは便利な治療を提供する必要がある。クライエントにとって便利な場所でプログラムを提供することは、治療からの脱落率の低さと関連している。 (1)治療はクライエントにとって便利な日にちや時間帯に提供されるべきである。(2)プログラムは、夜間に訪れても安全とされる地域で、公共交通機関でアクセスできる場所に位置すべきである。 (2)

治療参加のためのサポートを提供する

交通手段、住居、財政問題などを含むクライエントの具体的なニーズに対処する。 (1) 現実的な障害には、施設でのサービスによって解決できるものもあるが、下請け機関との契約を通じたり[他機関への]紹介したりすることが必要な場合もある。これらには施設内での託児サービス、一時収容施設への紹介、ランチのためのクーポン券、該当する経済援助、健康保険に関する書類記入の援助、傷病手当金の申請などが含まれる。 (2)

最初の問い合わせ電話に迅速かつ積極的に対応する

治療を求める覚醒剤使用者の間では、治療に対するアンビバレンスが一般的に見られるので、“否認状態”にある使用者を“選別・排除”することはむしろ逆効果で、治療開始を遅らせることになる。 (2) 初めての面接は、クライエントが最初にプログラムに連絡を取ってきてから24時間以内にスケジュールされるべきである。 (2)

アセスメントとオリエンテーション
初期アセスメントは簡潔に

初期アセスメントは簡潔で、重点的かつ非反復的でなければいけない。 (2)

明確なオリエンテーションを提供

個人は、覚醒剤使用障害の治療に関する詳細で明確、かつ現実的なオリエンテーションを必要とする。クライエントは治療過程、治療プログラムにおける規則、参加の際に彼らに対して期待されること、逆に彼らがプログラムから何を、またどのくらいの期間で得られるか、についてしっかり理解する必要がある。 (2)

クライエントに選択肢を与える

唯一の選択肢として治療を割り当てられる場合に比べて、クライエントが選択肢の中から自分でひとつの治療を選んだ場合、嗜癖の治療はより効果的となる。したがって、クライエントに選択肢を与え、最も好ましくで有望な治療アプローチや戦略について共に協議することが重要である。 (1)

重要な他者を関与させる

可能な限り、治療目標をサポートする家族や重要な他者を治療過程に関与させるべきである。 (2)

共感的な懸念を伝える

カウンセラーは、温かく、友好的、魅力的、共感的、そして率直かつ中立的でなければならない。スタッフの権威主義的あるいは対立的な態度は、暴力の可能性を大いに増大させる。 (2)

治療プラン

治療過程が以下から構成されると考えることは、治療戦略をまとめるために役立つ:

  • 治療開始期間
  • 薬物不使用実現期間
  • 薬物不使用維持期間
  • 長期の薬物不使用支援プラン

コンセンサス・パネルでは、12から24週間の治療とそれに続く何からのサポートグループへの参加を提言する。 (2)

クライエントは、いつプログラムに参加するのかを書いた予定表を自分で保管し、また治療に関与する可能性のある家族にも1部渡しておくべきである。これらの[治療]サービスを臨機応変に、または必要に応じて提供するという形は、適切ではないようである。 (2)

治療開始

覚醒剤不使用状態の初期は、抑うつ、集中困難、記憶の悪さ、怒りっぽさ、疲労感、コカイン/MAへの渇望そしてパラノイア(特にMA使用者に関して)などの症状に特徴付けられる。これらの症状の期間は人によって異なるが、一般的にはコカイン使用者の場合で通常3日から5日、MA使用者の場合は10日から15日続く。 (2)

治療開始後数週間は、比較的単純で明解なプライオリティ[優先事項]が存在する。

治療への参加を確立

開始から2、3週間は、たとえ1回の面接時間が30分かそれ以下であっても、クライエントは1週間に複数回の通院をスケジュールすべきである。 (2)

向精神性物質の使用を中止し、尿検査スケジュールを導入する

治療プログラムの開始と同時に、クライエントを強制的で入念かつ頻繁な尿検査スケジュールに乗せるべきである。治療の進行とともに検査の頻度を徐々に減らすことは可能にしても、このスケジュール自体は治療過程全体を通じて継続しなければならない。標準臨床検査法の検出限界を超えないよう、3.4日ごとに尿サンプルを提出させる。 (2) セルフヘルプグループへの参加は強く推奨されるが、必須ではない。

精神病理学的コモビディティを査定

治療開始後2週間の間に、別の精神障害の存在可能性について査定することは重要であり、存在が確認された場合は、投薬を含め適切な治療を開始する。 (2)

覚醒剤関連の強迫的性行為を査定

覚醒剤使用と様々な強迫的性行為の間の関連が、研究によって明らかになってきた。これらの行為には、乱交、AIDSのリスクを伴う行為、強迫的自慰行為[マスタベーション]、強迫的なポルノ鑑賞、普段は異性愛嗜好の個人の同性愛行為などが含まれる。治療を効果的にするためには、これらの問題について率直かつ非批判的立場で話し合う必要がある。 (2)

覚醒剤の“退薬”症候群を改善

脳が神経生物学的に“回復”するためには、適切な睡眠と栄養摂取が不可欠なことをクライエントに指摘する。クライエントに、よく眠りよく食べ、そして徐々に運動のプログラムを始める「許可」を与えることは、長期的に見て有効な行動パターンを確立する助けとなる。これらの行動パターンは、クライエントがより明瞭に考えられるようになり、治療初期における自分の努力が報われていると感じられるようになる過程を促進する。 (1)

薬物不使用を開始

構造とサポートを確立する。1、2週間の初期治療への取り組みの後、焦点は薬物不使用状態を達成することに絞られる。薬物不使用状態を開始しているクライエントとそれを維持しているクライエントの間に明確な境界線があるわけではないが、開始期間は2−6週間の間に生じることが多いようである。 (2)

構造とサポートを確立

適度に達成可能な短期目標を直ちに設定すべきである。そのような目標の例としては、薬物の完全不使用状態を1週間保つことが挙げられる。 (2)

簡潔なカウンセリング・セッションを頻繁に持つことは、即刻物質不使用を達成するという短期目標を強化するとともに、クライエントとカウンセラーの治療同盟を確立するのにも役立つ。各セッションでは、過去24時間以内の出来事が吟味され、次の24時間をうまくやりすごすためのアドバイスが提供される。 (2)

二次的薬物使用に対処する

大部分のクライエントは、二次的物質の使用と悪影響または強迫的使用とを結び付けて考えていない。その結果、これらのクライエントには、別の薬物の使用と自分の覚醒剤嗜癖とのつながりを同定するための援助をする必要がある。 (2)

クライエントは物質に関連するすべての物を破棄しなければならない。 (2) 家族、薬物に関連しない友人、12ステップのスポンサーなどがこの課題を手伝うのがよい。

回避戦略を導入する

クライエントは、ディーラー[薬物密売人]やその他の覚醒剤使用者との接触を絶ち、覚醒剤使用と強く結びついているハイリスクの場所を避けるため、具体的な実行プランを作成すべきである。 (2)

クライエントの教育を提供

クライエントを、覚醒剤使用に関連する学習および条件付け要因や、認知障害や物忘れなど覚醒剤やその他の物質の影響について指導する。 (2)
薬物不使用を先導するためのその他の方法には、以下が含まれる:

  • 引き金、誘発因を同定する (2)
  • 引き金や誘発因に対する実行プランを作成する (2)
  • 家族の参加を求める (2)
  • 社会的サポートシステムを確立する (2)
  • 薬物乱用に関連した強迫的性行為に対処する (2)
初期のつまずきに対処する

初期のつまずきは、深刻な失敗ではなく、むしろ単純な過ちとみなされるべきである。起こってしまったときは、カウンセラーとしては、クライエントとの間に短期の達成可能な目標に関して、言語的あるいは行動的合意を作成することもできる。 (2)

薬物不使用状態を維持する
覚醒剤使用に関する機能分析を指導する

機能分析の中心となる構成要素は:

  • クライエントに、かれらが覚醒剤を使用する確率が大きくなるような種類の環境、状況、感情について考察するよう指導する
  • クライエントが、即効的だが長続きはしない覚醒剤使用のプラスの影響について、考察するよう勧める
  • 多くの場合遅延性の覚醒剤使用のマイナスの影響について、クライエントが見直すよう働きかける (2)
再発予防テクニックを指導する

再発予防テクニックは以下のカテゴリーに分類される:

  • 再発過程とそれを阻止する方法についての心理的教育
  • ハイリスク状況と再発危険信号[警告徴候]の同定
  • 対処スキルおよびストレス管理スキルの育成
  • 万が一再発した場合、それに対処するための自己効力感を高めること
  • 陶酔感の想起と薬物使用をコントロールできるかどうか試してみたいという願望に対抗すること
  • 健康的な余暇活動・娯楽活動を含むバランスのとれたライフスタイルを築くこと
  • つまずいた場合でも本格的な再発にエスカレートしないよう安全に対処すること
  • 尿モニタリングおよび/または酒気検査による、つまずきまたは再発に対する行動的義務を確立すること(2)

ハイリスク状況に関する自己効力感を高める

クライエントがひとたびハイリスク状況を同定、管理、回避すること学んだ後は、これらのスキルを現実世界で用いることに自信があるかどうかを、ロールプレイやその他の治療テクニックを通じて、カウンセラーとクライエントがs判断すべきである。 (2)

陶酔感の想起とコントロールを試したい願望に対抗する

陶酔感の想起や選択的記憶を含む、いわゆる「戦争体験談」は強力な再発要因なので、回復グループでは強く戒められるべきである。 (2)

医学的側面

以下の提言は、医療関係者が、急性あるいは慢性中毒や退薬の異なる段階にある醒剤使用者の間で生じる問題について、認識することを援助するものである。

コカイン使用者が救急外来を訪れるもっとも一般的な理由は、心肺症状(通常は胸痛か動悸)、異常な精神状態から自殺年慮に至るまでの精神的愁訴、発作やせん妄を含む神経障害などである。

MA使用者が提示する主要症状は、意識混濁・妄想・パラノイド反応・幻覚・自殺念慮を含む精神状態の異常に関連していることが多い。慢性MA使用者の間でこの薬物の生理的影響に対する耐性が急速に形成されることは、このグループでの心臓合併症が比較的まれなことを説明しているかもしれない。 (1)

初めての使用者の場合、コカインの50%致死量[半数致死量] (LD50) は1.5g である。MAの LD50 については明確にされておらず、その毒性については個人差が著しい。例えば、30mgの摂取が深刻な反応を引き起こすこともあるが、400から500mgの用量が致命的になるとも限らない。 (1)

覚醒剤中毒の管理

合併症の伴わない中毒の場合は、症状が消退するまで数時間、落ち着いた環境での経過観察とモニタリングが必要とされるのみである。

覚醒剤は、身体の身体の体温調節メカニズムに影響を及ぼすと同時に、血管の収縮は熱を保存するので、運動活動や暖房が効きすぎの部屋は副作用を増悪させる。

不穏状態がエスカレートし、パラノイアまたは精神病状態(現実との接触を失う)に近づいていることが示唆される場合は、薬理的介入が適当と言える。ロラゼパム (Ativan) またはジアゼパム (Valium) など即効性のベンゾジアゼピン系薬が、不安や興奮の高いクライエントの鎮静に有効である。 (1)

致命的にもなりえる過量摂取の管理
  • 鎮静化して動きを鈍くし、興奮を鎮めること、およびアイスパックを体に当てたり、噴霧送風テクニックや冷却用ブランケットを使ってクライエントの体を急激に冷やすことによって、高体温を管理する。 (1)
  • 静脈内投与を開始するために拘束が必要な場合は、体温損失妨害を避けるためにメッシュタイプのブランケットを一時的に用いる。 (2)
  • 管理されていない[未治療の]高血圧は、フェントラミン (Regitine) またはドーパミン(Intropin) の静脈内投与による管理が可能である。 (1)
  • てんかん重積状態のような発作は、ジアゼパムかその他のベンゾジアゼピン系薬の静脈内投与で対応する。ジアゼパムはコカイン摂取直後に投与した場合に最も有効で、発作が始まってからの投与では有効性が落ちる。 (1)
覚醒剤退薬の管理

覚醒剤に特徴的な退薬症候群の中で最も危険なのは、本人または他人に害を加えることである。退薬に関連する情動不安や抑うつは、覚醒剤使用者において特に激しい場合が多く、自殺のリスクも高くなるため、細心の管理が必要となる。 (1, 2)

退薬中に興奮や不眠が続く場合も、抗うつ薬トラゾドン (Desyrel) を用いた対症療法が可能である。鎮静特性を持つため、ジフェンヒドラミン (Benadryl) を用いてもよい。 (1, 2)

慢性覚醒剤乱用/依存の一般的生理的症状
  • 極度な疲労—身体的かつ精神的消耗と途切れがちな睡眠パターンを伴う
  • 栄養障害—極端な体重減少、貧血、食欲不振、悪液質(身体の衰弱)
  • 乏しい衛生状態とセルフケア
  • 皮膚障害や二次的皮膚感染—そう痒、皮膚病変、発疹、蕁麻疹
  • 脱毛症
  • 筋肉痛/圧痛—横紋筋融解の徴候の可能性
  • 心血管系障害—MA毒性とMA製造過程での汚染物質によるもので腎肝障害を伴う
  • 持続性高血圧による腎障害を伴う高血圧発作[クリーゼ]
  • 呼吸困難—肺水腫、肺炎、閉塞性気道疾患、気圧障害、またはその他の合併症の可能性
  • 心筋炎、心筋梗塞
  • 頭痛、卒中、発作、失明
  • Choreoathetoid [不随意運動] 障害
  • 性行為の実行および生殖機能の障害
  • 脳出血や認知欠損に関連する萎縮の徴候を含む脳血管の変化
  • 虚血性腸疾患、胃腸に関する症状
慢性覚醒剤乱用/依存で一般的に見られる精神的/行動的症状
  • パラノイア—環境的手がかりの誤った解釈を伴う;妄想や幻覚を伴う精神病[状態]
  • 不安—絶望感とパニック障害に見られるような迫りくる不運に対する恐怖を伴う
  • 抑うつ—自殺念慮・自殺行動を伴う
  • 激しい不安
  • 摂食障害
慢性覚醒剤乱用/依存を示す特徴的な指標
  • スノーター[覚醒剤を鼻から吸い込む使用者]の間での鼻中穿孔および鼻血
  • 欠損歯、歯肉の出血や感染、虫歯を含む歯科的障害
  • マグネシウムおよびカリウム濃度低下を伴う脱水状態に関連する筋肉痙攣
  • 塩酸塩の吸引による口のまわりの皮膚炎
  • MA製造過程で使用されるアンモニア構成物質による尿の悪臭
  • 擦り剥けたような皮膚病変を含む様々な皮膚疾患
  • 脱水と食物繊維の不足による深刻な便秘
暴力のリスクを軽減する

医療関係者は、覚醒剤使用に伴うことが多いパラノイア、攻撃性および暴力に備えることが重要である。これら関係者がすべきことは:

  • 自分が誰かを明確に伝える、クライエントの名前を呼ぶ、彼らの心配を予測する、などによってクライエントが現実との接触を保てるようにする。 (2)
  • クライエントを静かで落ち着いた環境に置き、穏やかな刺激のみを与える。クライエントが閉じ込められていると感じないように、必ず十分なスペースを確保する。ドアはクライエントと面接担当者の双方にとって容易にアクセスできる状態にするが、クライエントがドアと面接担当者の間に入ることがないようにする。 (2)
  • クライエントの苦悩について気づいていることを伝えることによって、彼らの興奮状態や暴力へとエスカレートする可能性を伝える;わかりやすく簡潔な質問をする;繰り返しが多い反応を容認うす;非批判的な態度を保つ。 (2)
  • クライエントのいうことを注意深く聞き、非批判的な態度を保ち、進歩を強化することによってクライエントの自信を助長する。 (2)
  • 部屋から武器になりそうなものを取り除き、クライエントが武器を持っていないこと慎重に確認することによって、リスクを軽減する。 (2)
  • 必要に応じて強制力を行使する準備をしておく。そのために助けを借りるバックアッププランを用意し、化学的・物理的拘束がすぐに使用できるようにしておく。 (2)
  • 暴力の可能性を持つクライエントを管理するために、医療および救急スタッフがチームとして動けるよう訓練しておく。 (2)

覚醒剤乱用および依存症にしばしば併発する医学的・精神医学的障害がいくつか存在する。これらの状態について認識することは、覚醒剤障害の安全かつ効果的な治療のために重要である。これらの障害には以下が含まれる:

  • 循環系への影響
  • 呼吸器系および肺への影響
  • 脳血管系の合併症
  • 筋肉と腎臓の中毒
  • 消化器系の合併症
  • 感染症
  • 生殖器官/胎児の形成/新生児への影響
  • HIV(ヒト免疫不全ウイルス)/AIDS(後天性免疫不全症候群) および肝炎
  • 中毒性精神病
  • 攻撃性と暴力
  • 各種薬物乱用
  • 外傷
アセスメントと診断

診断は、DSM-IV (精神障害の診断と統計マニュアル・第4版)中のアンフェタミンまたはコカイン使用/乱用/依存の基準、およびそこで挙げられているその他の要素に基づいてされる。 (1)

過去30日に用いた物質および医薬品を含む、適切な物質使用歴が必要である。そこには、通常の摂取量・頻度・投与経路を含めた具体的な物質名、あるいは主に用いる組み合わせ;使用/乱用期間;最後に使用した時間と量、そしていつ症状・病状が始まりどのように進行してきたか、なども含まれる。 (2)

特殊な集団および場面

コンセンサス・パネルでは、治療における文化的能力とは、人種/民族的な感受性を超えて、性別、年齢、性的嗜好、犯罪活動、物質使用、内科および精神的疾患によって結びついた集団が持つ慣習やしきたりついて理解することにまで広げられるべきである、と強く認識する。よってコンセンサス・パネルは以下の提言をする:

  • カウンセラーは、クライエントの文化背景とその絡みの中でクライエントのニーズを理解し認識するために、文化的感受性および適性に関する訓練を受ける必要がある。 (1, 2)
  • 静注薬物使用者は、技能訓練、カウンセリング、HIV検査に加えて漂白剤消毒法の指導を含む、総合的HIV防止プログラムへのアクセスを必要とする。注射針交換プログラムも有益である。 (1, 2)
  • 同性愛男性クライエントと関わるカウンセラーには、この集団で一般的に見られる性的および社会的行動パターン(MA使用の流行を含む)とゲイコミュニティーで物質乱用と結び付けて考えられている偏見に関する知識が必要とされる。 (2)
  • メサドンや酢酸レボメタジル(LAAM)を含む麻薬代償治療中のクライエントについては、コカイン使用が主要な臨床問題である。これらのクライエントに取り組むのにもっとも効果的な方法は、報酬管理アプローチである。 (2)
  • 精神障害を併せ持つクライエントは、覚醒剤乱用および依存の水準が高い。これら個人の治療を成功させるためには、精神障害治療と覚醒剤障害の治療の間の綿密な調整が必要となる (2)
  • 刑事司法制度中にいる個人に対する治療は、急速に需要が高まっている領域である。裁判所および刑務所で治療を必要とする人口のうち、覚醒剤使用者が占める割合はかなり高い。 (2)
  • 田舎地域では、社会福祉機関間の連携を確立すること、柔軟な適用範囲や構造を持つ治療サービスを提供すること、移動出張所やサテライト出張所など従来型ではないサービス施設を用いることなどが、すべて重要な介入となる。 (2)
  • カウンセラーは、家庭問題・医学的問題・育児問題・学業成績など女性や青年期のクライエントに特有のニーズを認識するべきである。これら特殊な集団に手を差し伸べるには、一方の性に限定した治療グループや学校を基盤とした診療所などが役に立つ。 (1, 2)

結論

今日の覚醒剤使用障害の治療において、治療提供者は、科学的根拠に裏付けられたアプローチを治療最活動の最前線で用いる機会を与えられている。基礎研究および臨床研究における新しい成果は、覚醒剤使用障害治療システムの土台を築き、覚醒剤関連の臨床障害の治療に役立つまったく新しい組み合わせの戦略や手段を生み出してきた。

覚醒剤や脳機能に関する知識が増え続けるにつれて、さらに新しいアプローチが出現が期待される。

現在の研究活動においては、覚醒剤使用障害に対する薬物療法を確立することが最重要課題であり、近い将来これらの研究活動が我々に新しい選択肢を与えてくれることであろう。これらの新治療法が治療サービス提供システムに導入され主流ケアに統合されるに伴い、このTIPを含めたトレーニング・ツールを定期的に更新していくことは不可欠である。

  1. 覚醒剤使用障害の治療
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