精神科は人が行きたがらないところである。患者や家族は地元の病院を敬遠し,付近住民にとって精神病院は目障りである。かくして精神病院は人里離れたところに建設される。しかし精神疾患はとてもポピュラーな病気である。人口10万人あたりの入院数を見ると循環器系の疾患(高血圧など)と精神及び行動の障害が並んで259人で疾病分類の中では最も高い。次は新生物(癌)134人である。ベッド数から言えば日本の病院ベッド数(約170万)の中で精神科(約39万)がもっとも多い。
精神疾患の患者の治療・保護の目的で作られた病院を言う。医療法上,他の病院とは区別して扱われている。以前は脳病院,瘋癲院,癲狂院などと呼ばれていた。地域によっては保養院などの呼び方もある。精神科に対する抵抗を配慮して病院名に精神という言葉を入れている例はまれである。
外来診療所については診療科による特別な扱いはない。標榜する科によって診療報酬が異なる。精神科に対する抵抗がある患者も訪れやすいようにするために名称にクリニックなどのカタカナを取り入れたり,精神科医が院長である場合でも心療内科や神経科と標榜している場合が多い。この10年間に急増している。精神科を標榜する場合は健康保険の診療報酬上の外来精神療法について比較的高い報酬があるので患者数が30名前後で収支がとれるなどの利点があるためである。
記録に残る最古のものは491年にエルサレムに開設されたものとされる。8世紀頃にはイスラム圏において作られた。
1547年にロンドンでベスレヘム収容所が創立されたが,18世紀末までは治療を目的とした処置はほとんど施されなかった。1751年にロンドンに設立されたセント・ルーク収容所が精神病院の始まりとされる。
1793年にピセートル精神病院の院長になったPピネルはフランス革命のさなかに患者を鎖から開放した。その後,イギリスのWチュークやGヒル,Jコノリーらによる開放的処遇が発展した。20世紀にはいると産業構造の変化に伴う社会変動に伴い精神病院は閉鎖主義に逆戻りした。
向精神薬の開発以後,1960年代から施設症候群と呼ばれる精神病院入院自体が疾患に与える弊害と人権侵害が問題視されるようになり,脱施設化と呼ばれる精神病院の解体と地域精神医療が進んだ。イタリアではバザーリアらによる精神病院の全面的閉鎖などの急進的な改革が行われた。現在の先進国では精神病院入院は短期間・限定的が原則になっている。
日本では,平安時代に京都岩倉に精神障害者のための宿屋があった。最も古い公立精神病院は1875年に開設された京都癲狂院である。
1950年に精神衛生法の施行された。行政による資金提供があり,各地で精神病院建設ラッシュがあった。その多くが戦前の西欧で見られたような閉鎖的性格を持ち,人権侵害が見られた。
1960年末から欧米で脱入院化が行われ,精神病院が閉鎖されたのと対照的に日本ではまだ入院が多く,また多数の病院が病棟の出入り口に鍵をかけている閉鎖病棟であることが問題になっている。
一方,長期入院患者の高齢化,老年期痴呆患者の受け入れが進み,かなりの精神病院が老人病院化している。
十数年前には精神医療を行う場所は精神病院しかなく,精神病院には精神病性の患者しかいなかった。現在は外来クリニックが増え,外来患者のうち統合失調症は2割以下である。精神病院の中では分裂病が減少し,老人性痴呆の患者が増加している。精神病院の機能分化が進むようになり,病院毎に提供できる医療サービスが大きく異なるようになった。身体合併症をもつ精神疾患患者やアルコール依存症,老人性痴呆,精神科救急,児童思春期などの専門領域をもつ病院が存在している。
病院や外来クリニックの名前に精神という言葉をみるのはまれである。都道府県立の精神病院は心の医療センターという名が最近の流れである。
現在の精神病院は50,60年代の建物が改築され,一般病院と同様な病室と広いデールーム,デイケアや作業療法施設をもつものになってきている。意欲的な精神病院では精神科ソーシャルワーカーや作業療法士,心理療法士などのパラメディカルが活発に活動し,デイケアやナイトホスピタル,グループホームなどの社会復帰とリハビリテーションのプログラムを充実させている。こうした病院では慢性精神障害者の社会的入院(本人の病気は寛解しているが,住むところがないため入院を余儀なくされている)を減らし,専門的な治療を行えるようになってきている。
総合病院の中に精神科を設けることは身体疾患に起因する精神疾患に対して適切な治療を行うためにも精神障害者が身体疾患を合併した際に身体疾患に対して適切な治療を行うためにも大切である。また精神科に抵抗がある患者も総合病院の精神科なら受診しやすい。大学病院は規定上すべて,規模の大きな総合病院の一部で精神科を併設している。
外来診療所については診療科による行政上の分類はない。標榜する診療科目は院長の自由に任されている。精神科医が院長である場合でも心療内科と標榜している場合が多い。
1984年に起きた宇都宮病院事件をきっかけに日本の精神医療のあり方が国際的に批判を浴びた。強制的な長期入院,人権侵害,社会復帰に必要なサービスの遅れが特に批判された。その後の精神保健行政では精神障害者の人権擁護と社会復帰の促進が最大の課題になっている。
人権侵害の事例はまだなくならず,大和川病院事件や犀潟病院事件が記憶に新しい。法整備が行われてもその意図の通りに行われていないところがある。
先進国の中で見るとき日本の精神医療は特殊である。1990年の人口一万人あたりの精神科病床数は日本が30,米国が6.3,デンマークが7.1である。平均入院日数は325.5日,12.7日,17.2日である。入院日数については日本の次にスペインが107.4日であるに過ぎず,先進国では1ヶ月未満が当然である。日本は先進国の中で突出している。
精神科に限らず医療全般について医療費については健康保険制度により価格が一定しているが,提供されるサービスの質・内容については事前の予測が行えないほどばらついている。
心理士が働く場所として外来クリニックもその一つだが実態としては一人でスーパーバイザーもなく,雇用主である精神科医も精神療法のスーパーバイズをした経験がないことが通常である。精神医療サービスが収容中心から多様化してきたが内容の充実はこれからの課題である。