この中には気分の変化を主な特徴としてもつ精神疾患がまとめられている。感情障害と呼ばれることもある。機嫌や感情,気分の変化自体は病的ではないが,それが何週間も続いたり,変化の頻度が高かったり,季節的な変化があったりするときに精神疾患と判断される。本来の状態から気分が低下または高揚している期間をエピソード (病相)と呼ぶ。大うつ病エピソード(いわゆるうつ病),躁病エピソードが代表的である。
うつ・躁は統合失調症に並んでよく知られている。病気の起こる状況や患者の性質は様々であるので,そうした状況に従って様々な名前が発案されることがある。例えば,青年期無気力症や思春期周期性精神病, 5月病,無気力症候群,空きの巣症候群,マタニティーブルー,荷下ろしうつ病,引っ越しうつ病,退行期うつ病,仮性痴呆,仮面うつ病などなどである。しかし,これらに本質的な差はない。
人が一生の間にうつ病にかかる率は 4〜9%であり,統合失調症よりも遙かに数が多く,小学生から老人まで男女を問わずに見られる。気分障害は単独で起こることは少ない。アルコール依存症やパニック障害,人格障害,摂食障害などとの合併が多い。うつ病の場合にはストレス耐性が低下する。不登校や成績低下,職業上・家庭生活上の問題はほとんど全例に見られる。思春期から青年期男女の死因のトップは自殺である。自殺の多くは背景にうつ病があると考えられる。
精神科を受診する患者の中で最も多いのが気分障害である。一方,見過ごされることの多い疾患である。確実に有効な治療があることを考えると,こうした見落としや不十分な医療は残念である。
現在気分障害と呼ばれる状態は多数の古文書に描かれている。旧約聖書サウル王の物語や古代ギリシャのヒポクラテスによるマニア・メランコリア, BC30年ごろのセルルスによる黒胆汁,などのうつの記載がある。
1899年ドイツのEクレペリンは,フランスのJPファルレの循環精神病,Jバイヤルジェの重複型精神病の考えを引き継ぎ,躁とうつの気分の周期的変動を繰り返すが,人格の変化は来さない精神疾患を躁うつ病と呼んだ。彼の記載は現代の双極I型障害の診断基準とほぼ同じである。
1957年スイスのRクーンがイミプラミンの抗うつ効果を発見した。イミプラミンは現在でもうつ病治療の主役である。80年代から炭酸リチウムい躁うつ病の気分変動を押さえる働きがあることがわかり,現在はリチウム以外にカルバマゼピン,バルプロ酸などの気分調整剤が使われるようになった。
気分障害はフルオキセチン (商品名プロザック)に代表されるSSRIのような新しい抗うつ薬の開発やATベックの認知療法,行動療法,Gクラーマンの対人関係療法などの精神療法の試みなどが活発に行われている領域である。
診断基準も著しく変化している。20年前には分裂病は広い範囲の病気を含み,うつ病・躁うつ病はごく限られた存在であった。その境界線は医師毎に異なり,診断の食い違いを生んだ。1980年のDSMIII(この中では感情障害と称される)からは気分障害の範囲が広くなった。気分障害の自然経過や治療転帰がわかるにつれて経過を元にした細かな診断が付けることが可能になった。DSMIIIでは気分障害は9個に分類されていた。1994年のDSMIVでは20以上になり,更に経過によって細分されている。
気分障害は重い体の病気や人格障害,不安障害にしばしば合併しておこる広い概念である。長期経過追跡研究の結果,気分障害についての理解はこの 20年間に大幅に進み,教科書は大きく書き換えられた。症状の時間的経過が治療法の選択や予後予測に役立つことがわかり,季節性気分障害やラピッドサイクラー(急速交代型),双極II型障害,気分変調性障害などの新しい疾患概念が加わってきた。一方,エピソードのきっかけとなったストレスや症状の特徴は治療方法の選択や予後予測に役立たない。死別などの重大なストレスの後に起こった大うつ病エピソードでも薬物療法により回復する。過去には神経症性と内因性という分類やうつ病になりやすい性格(メランコリー親和型など)があったが,これらの概念は臨床には無用である。
統合失調症と対比して予後の良い病気とされていたが,一概には言えない。過半数の患者は再発を繰り返す。大うつ病エピソード患者の多くは 1年以内に軽快するが,2,3割の患者は2,3年以上かかる。
気分障害の原因は分からない。血縁者に気分障害の患者がいると気分障害の発症リスクが高くなるので,遺伝負因があることは確かである。双極性障害には特にその傾向が強い。双極性障害の有病率は国を問わず同程度 (0.3〜1.5%)である。一方,うつ病性障害は環境の影響を受けやすい。国によって有病率に0.3〜19%という大きな差がある。
幼少期に両親と離別するなどの離別体験があるとうつ病のリスクが高くなこと,一定の世代 (第2次大戦前後に出生した世代)にうつ病が多く見られるなどのことからうつ病については環境要因が大きいことが想定される。
気分障害の診断に重要なのは経過である。患者と一度面接するだけでは診断は決まらない。患者や家族,以前の治療者,学校の担任などとも連絡をとり,過去の病歴が分かってから診断がつくし,それらのことが分からないならば,治療を続けるうちの経過に注目し,それに従って診断を変更していくことに気を付けなければならない。
診断をつけるときには,状態像の診断として
を判断する。それぞれの病像について重症度や幻覚・妄想の存在 (精神病性),非定型症状(体重・食欲の増加,過眠など)の存在などを評価する。
うつ病は高血圧治療薬や脳梗塞,アルコールなどによっても起こるので身体の検査が必ず必要である。
次に過去の経過を調べて,これらのエピソードの回数,起こり方,エピソードの持続月数などを調べて,
(気分変調症)
軽いうつ病エピソードが2年(小児・青年については1年)以上続くもの。抑うつ神経症や神経症性うつ病,抑うつ人格と呼ばれていたものである。心因性やストレス性,性格と思われていることが多い。洞察志向型の精神療法が用いられることが多かったが,このタイプの精神療法は無効であることが分かっている。大うつ病と同じように抗うつ薬によって回復する。
I型障害
躁病エピソードを示すもの。大うつ病性障害と異なり,躁病エピソードが生涯に一度しかない症例は例外的なので,回数では分類しない。
II型障害(軽躁病エピソードを伴う反復性大うつ病)
軽躁病エピソードを示すもの。実地臨床では大うつ病性障害と考えられていた患者が途中で軽躁状態になり診断がこちらに変更されることが多い。
これらの診断分類のそれぞれについてエピソードの頻度,時期,経過の特徴などから,間歇期の回復の有無,季節性,急速交代型などを評価する。
気分障害は治療法が確立されている。大うつ病性障害単一エピソードの患者の中には短期間で改善するものもあるので支持的に経過を見守るだけでよいものもある。反復性のものや躁病性障害,気分変調性障害は症状の遷延や再発が起こりやすいので積極的な治療が必要になる。
治療の中心は抗うつ薬と気分調整薬による薬物療法である。認知行動療法と対人関係療法に効果があることが分かっているが,日本でこれらの治療を系統的に行えるところは少ない。薬物の効果が現れるまでに最低でも 2週間以上かかること,副作用が最初から出現することなど,抗うつ薬療法は途中で患者が中止する例が多い。症状が改善するまでの間の患者に対するサポートが重要である。
三環系抗うつ薬と四環系抗うつ薬,選択的セロトニン再取り込み阻害剤などの抗うつ薬が用いられる。十分量を2週間以上服用する必要がある。一旦軽快しても6ヶ月以内は減量するとすぐに再燃する。この後も服用を続ければ大うつ病エピソードの再発を予防できる。反復性の患者や症状が重度である患者に対しては回復した後も薬物維持療法が必要である。
頭部に交流を通電することにより人工的な痙攣を起こす電気痙攣療法も抗うつ薬と同等に有効である。2週間以内に急速に効果が現れること,内臓障害やアレルギーがある患者でも安全であるという利点がある。
約2割の患者は十分量の抗うつ薬を2ヶ月服用しても回復しない。こうした場合には電気痙攣療法や炭酸リチウムなどによる抗うつ薬増強療法が行われる。
炭酸リチウムやバルプロ酸,カルバマゼピンなどの気分調整剤が用いられる。これらは再発予防効果もあるので,躁病エピソードが回復した後も継続する必要がある。三環系抗うつ薬を双極性障害の患者に投与すると高い頻度で躁病を起こす。双極性障害のうつ病エピソードに対しては選択的セロトニン再取り込み阻害剤や電気痙攣療法を使うことが望ましい。