第5章 - 覚醒剤使用障害の医学的側

  1. 覚醒剤使用障害の治療
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本章では、様々な形態の覚醒剤(例:コカイン、クラック、アンフェタミン、塩酸メタンフェタミン [MA] 使用者で、救急外来(ER)やその他の医療場面に現れた人、あるいは居住型もしくは外来の物質使用障害治療プログラムに参加している一方で専門医療を必要としている人の間で、一般的に見られる症状、愁訴、その他の医学的後遺症 [続発症] について記述する。本章の目的は、医療関係者が、急性、慢性覚醒剤中毒、あるいは覚醒剤の長期使用後の退薬の様々な段階において起こりえる障害を認識し治療し、そして、これらの障害を別の医学的・精神医学的症状から鑑別するのを援助することである。また、医療施設と適切で総括的な物質使用障害治療/リハビリプログラムとの連携を確立、確保することにも重点を置いている。

1989年から1992年の間に4都市の病院内ERで記録されたコカイン関連の連続来院患者555名のメタ分析の中でSchrank は、覚醒剤使用に直接関連する重篤な合併症は、後遺症全体の中でほんのわずかな割合を占めるにすぎない、と結論付けた (Schrank, 1993)。死亡は比較的まれで、4名のみであった。その中では、心筋梗塞、頭蓋内出血、虚血性脳卒中、腸梗塞、肺性気圧外傷は見られなかった。コカイン使用者が救急外来を訪れたもっとも一般的な理由は、心肺症状(通常は胸痛か動悸)、精神状態の異常から自殺年慮に至るまでの多種な精神症状、発作やせん妄を含む神経障害であった。

患者の大部分は複数の障害を抱え、その多くは静脈注射による物質使用に関連していた。発作、高熱、致死の可能性もある不整脈、中毒性せん妄に対しては、早急な医学的介入が必要であった。しかしほとんどの場合、患者は簡単な評価、観察、支持的ケアによく反応した。薬理学的介入を必要としたのは、555症例中の4分の1以下であった。Schrank は、外傷患者や産科患者において、複数物質の同時使用やコカインなどの薬物の存在を認知することの重要性を強調している。

コカイン使用者に比べてMA使用者は、脳血管障害、急性心臓虚血および心臓麻痺、高熱、発作などの急性疾患によってERにやってくる確率は、かなり低い。MA使用者の主要症状は、意識混濁、妄想、パラノイド反応、幻覚、自殺念慮を含む異常な精神状態に関連していることが多い。慢性MA使用者の間では、MAの生理的影響に対する耐性が急激に形成されることが、MA使用者において心臓合併症が比較的まれであることを説明しているかもしれない (Heischobar and Miller, 1991)。

毒性、嗜癖、その他の薬害反応

コカインおよびMAの正確な臨床的影響は、使用された薬物の薬理特性と純度の複雑な組み合わせ;薬物の使用頻度と投与経路;使用者の中毒あるいは退薬状態と過去の薬物体験;その他の合併する身体および精神疾患などによる。ここには、別の物質使用や人格特性、薬物反応に関する期待なども含まれる。これらすべての要因は、薬物の影響を仲介するだけでなく、使用者の物質乱用あるいは依存に対する感受性にも影響を与える (Ellinwood and Lee, 1989; Gold, 1997)。

投与経路

覚醒剤の摂取方法、すなわち投与経路は、用量や効果のスピード、程度を作用する。投与経路はまた、薬害反応および嗜癖を形成する可能性にも影響を及ぼす。コカインおよびMAの主要投与経路は、経口摂取、経鼻吸入(鼻からの吸い込み)、静脈内注射、気体の吸入(喫煙/吸入)である。これらの覚醒剤はまた、経膣、経直腸投与および舌下投与も可能である。

一般的に、喫煙と静脈内注射での使用は、同等に強力な反応を急速に引き起こす。一方の経口摂取および経鼻投与は、ゆっくりとした到達メカニズムであり、血中濃度はゆるやかにゆっくりと上昇し、主観的反応もそれほど強くない。実際、初回通過時の肝臓での生体内変換によって、用量の70から80%が代謝され薬物の効果は著しく減少するため、この国でコカインが経口摂取されることはほとんどない (Gold and Miller, 1997)。クラック・コカインを喫煙すると、高密度の用量が急激に脳に到達する。耐性を形成していない比較的薬物経験の少ない被験者に、単回投与をし、その主観的効果と被験者の血漿濃度の間の密接な相関関係を報告した研究がいくつか存在する (Ellinwood and Lee, 1989; Gold and Miller, 1997; Volkow et al., 1997a)。到達システムの効率が高くなるほど、快楽も悪影響の強度も増すことになる。 図5-1 では、コカインおよびMAにおいて異なる投与経路による、一般的な反応時間の違いを示した。

薬物の投与経路の違いは、覚醒剤の危険な影響や嗜癖の可能性にも、ある程度影響を与える。MAの経口摂取は、使用者をMAの心筋毒性から防御すると考えられており (Cook et al., 1993)、 またこの経路による最大血中濃度は、それほど高くなく、なだからなカーブで頂点に達することが、嗜癖形成確率の低い原因だと考えられている (Gold and Miller, 1997)。さらに、低い用量を保ち、最大血漿濃度と薬物効果の開始がゆっくりで、退薬影響がまったくあるいはほとんど存在しない場合、コカインが嗜癖を形成する確率は少ないようである。経口摂取と、経鼻吸入もある程度、このゆっくりとした害の少ない影響の基準を満たしている (Gold, 1997)。

静脈内投与は、経鼻や経口投与よりも中毒性が高い。しかし一般的に使用者の観点からは、吸入がもっとも急速で、もっとも好ましい摂取方法とみなされている。クラック・コカインやアイスMAの喫煙では、注射針の使用に伴う危険に煩わされることなく、もっとも高い最大血中濃度ともっとも強力な主観的効果を得ることができるからである (Cho, 1990; Cook, 1991; Gold, 1997)。別の研究者は、アイスの喫煙は、静脈注射と同じように強力な「ラッシュ」は引き起こさないようだ、と報告している。子宮内暴露が、成体に対するコカインの強化特性に変化を及ぼす、少なくとも実験室では、コカインの自己投与を増加させる、という指摘もされている (Gold and Miller, 1997)。

異なる薬物投与経路はまた、異なる副作用を引き起こす。静脈注射使用者は、薬物使用の準備過程(すなわち、混合する/製造する)に関連する疾患やHIV感染、肝炎、結核、肺感染症および肺炎、細菌性あるいはウイルス性心内膜炎、蜂巣炎、外傷性膿瘍、敗血症、血栓症、腎梗塞、血栓性静脈炎を含む、未消毒の注射針の使用、共用による疾患を発現することが多い (Sowder and Beschner, 1993; Gold, 1997)。

経鼻吸入は、副鼻腔炎、嗅覚の喪失、鼻閉、鼻粘膜の萎縮、鼻血、鼻中核の穿孔あるいは壊死、嗄声、嚥下障害などに関連する。クラック使用者は、のどの不快感や黒い痰をともなうひどい咳を訴える (Gold, 1997; Gold and Miller, 1997)。MAの静脈注射使用は、その他の投与経路に比べると、重篤度のより高い医学的および社会的障害に関連づけられる (Sowder and Beschner, 1993)。

図5-2 では、静脈注射によるMA使用者と非静脈注射によるMA使用者の間の、使用とその結果起こる問題点を比較した。MAは鼻粘膜や肺の炎症を引き起こすことから、使用者たちはこれら経路による影響を認識し、投与経路に変化をつけているようである (Center for Substance Abuse Treatment [CSAT], 1997)。また、アンフェタミン含有のダイエット薬の長期服用でさえ、虚血性大腸炎や肺水腫を引き起こす (Sowder and Beschner, 1993)。

コカインとMAの違い

コカインとMAの間の大きな違いは、反応の速さと効果の継続時間である。多くの人が求めるMAの効果は数時間継続するが、コカインの効果は数分で消失する。この事実は、薬物の選択や使用者が用いる投与パターンに、重要な影響を与える。クラック・コカイン喫煙による血漿濃度は、頂点に達するのも降下するのも急激である。一方のMA喫煙による血漿濃度は、頂点に達するのは比較的急激だが、代謝に時間がかかるため、降下はゆっくりとしたものになる。薬物の効果を持続しようとする恒常的反復使用は、コカイン使用者においてより多く見られるが、退薬に関してはMA使用者において長くなる (Cook, 1991; Gold and Miller, 1997)。 図5-3 は、コカインとMAの違いを挙げたものである。

コカイン/クラックの血漿濃度は、頂点に達するのも降下するのも急激で、終末半減期は56から60分である。MAの血漿濃度もまた、急激に頂点に達するが、高濃度をはるかに長時間保つ (Cho, 1990; Cook, 1991)。正常な被験者において、コカインの血漿半減期は40分から90分に分布する (Rowbotham, 1993)。

コカインの生物学的半減期は比較的短いので、効果を維持するためには反復投与が必要となる (Gold and Miller, 1997)。それとは対照的に、代謝と排泄が完了する前のMA反復投与は、大量薬物の体内蓄積を引き起こし、嗜癖の可能性を増加させることにもなる (Cho, 1990; Cook, 1991)。

クラック・コカインと喫煙可能形態のMAに対する嗜好が増加しているその他の要因には、入手しやすさと価格が含まれる。クラックは、コカイン塩酸塩粉末よりも通常安価で入手しやすく、初めての喫煙では、時には「全身オルガスム」と表現されるような、非常に強力だが短時間のラッシュを引き起こす (Gold, 1997)。アイスは1回の投与量にすると、他の形態のMAよりも安価なので、また陶酔感が数時間継続することもあるので、 もっとも「お買い得」な形態のMAといえる。作用開始までの時間が短くなるほど、また脳や受容体部位に達する薬物の濃度が高くなるほど、乱用の危険性は増加する (Cornish and O'Brien, 1996) 。このため、覚醒剤使用の増加に関して現在懸念されているのは、喫煙可能型製剤(クラックとアイス)に関してと、両薬物の継続的静脈注射使用に関するものである。

投与量

MAおよびコカイン誘発性の副作用、中毒反応は、用量依存的でもある。用量が増加すると、副作用のプロフィールは軽度な興奮からより強い反応、場合によっては精神病にまで進行する (CSAT, 1997)。 望まれる陶酔効果に対する耐性が急速に形成されるため、覚醒剤使用者は消えていくラッシュを追いかけて、用量や使用頻度をエスカレートさせるのが常である。初めての使用が経口あるいは経鼻であった場合、使用者は静脈注射投与や吸入といった、より急速な反応速度と、最大血漿濃度を約束する方法に切り替える傾向が見られる (Ellinwood and Lee, 1989)。

慢性MA使用者は、4時間ごとに1回1g以上の用量で24時間の間に渡って、1日最大15gの薬物を摂取することもある。従来の用量は10mgなので、150mgから1gの用量は、慣れない使用者にとっては大変な毒性である (Cho, 1990)。しかしながら、覚醒剤の毒性と過量摂取に関しては個人差がかなり大きい。致死量や血中濃度について、一般的な範囲は確立されているものの、反応は予測不可能である (Gold and Miller, 1997)。

初めての使用者の間で、コカインの50%致死量(LD50)は1.5mgである。MAのLD50については、まだ具体的に確立されておらず、その毒性については個人差が著しい。たとえば、30mgの用量が重篤な反応を引き起こすこともあるが、そうかといって400から500mgの用量が致命的になるとは限らない。これまでに報告されている死亡者の組織内濃度は、1 g/mL から14 g/mL以上までのばらつきがある。血中濃度については、27 g/mL から最小0.6 g/mL までの幅がある (Mori et al., 1992)。

薬物の純度

使用される覚醒剤の純度もまた、吸収の速度、吸収率、効果に影響を与える。薬物の純度が高いほど、効果は大きくなる。押収される経口あるいは経鼻摂取用のコカイン塩酸塩の純度は、だいたい20%から80%の間である。静脈注射用のコカイン製剤の純度は、7%から100%と幅広い。喫煙用のフリーベースあるいはクラックについては、40から100%である (Gold and Miller, 1997)。 押収されるMAの大部分は、純度40から70%である (Burton, 1991; CSAT, 1997)。

混ぜ物によって重量を増すために、コカインに混和物が加えられる。あるいは、値段が安く、同じような味で同じような効果がある商品に変えることによって、ディーラーは利益を増やし、顧客も満足させられる。通常、コカインの混和物が深刻な健康問題を引き起こすことはないが、これらを完全に無視することもできない (Schrank, 1993)。 重量を増すのには、マンニトール、乳糖、キニーネ、ブドウ糖やその他の不活性化合物が加えられることが多い。味と効果のためには、カフェイン、リドカイン、別の覚醒剤、麻酔剤、幻覚剤が使われる (Schrank, 1993; Gold, 1997)。

非合法MAの製造過程は粗雑な場合が多く、健康に深刻な影響を及ぼすような不純物や汚染物質が多く混入するような状況である。ごく最近まで、街で売られるMAの大部分は、フェニル‐2‐プロパノン(P2P)から製造されたものであった。この合成法では、酢酸鉛が化学試薬として用いられる。この最終生成物中の大量の鉛は、肝炎、腎炎、脳症の症状を引き起こすこともある (Allcott et al., 1987)。 静脈注射MA使用者の間で、合計14症例が関与した1977年と1988年のオレゴン州における2度の鉛中毒発生では、P2P製造過程に使われた酢酸鉛が原因とされた。ひとつの症例では、重量にして60%の鉛が検出された (Irvine and Chin, 1991)。

MAの秘密製造過程は過去12年の間に、P2P法からエフェドリン・ベースの方法へと、その後さらにプソイドエフェドリンおよびフェニルプロパラノミン加工へと移行した (CSAT, 1997)。これら2つの合成法の主な違いは、用いられる化学原料物質である。

より新しくより好まれるエフェドリン法は、1995年の製造では89%を占めた。この方法によると、MA合成がより簡単になり、管理がそれほど厳しくない材料を用い、P2Pの化学反応に比べて臭いの発生が少なく、より強力で向精神効果の高い形態のMA(P2P法ではデキシトロ(右旋性)とレボ(左旋性)立体異性体が均等なのに対して、活性度の高いデキシトロ立体異性体の割合が高いMA)を産出することができる (Burton, 1991; Cho, 1990; CSAT, 1997; Drug Enforcement Agency [DEA], 1996)。さらに、デキシトロMAは、中枢神経系に対する力価がレボMAの4倍である (Sowder and Beschner, 1993)。したがって、現在製造されているMAは特に強力な効果をもつ。

非合法MAはまた、加工過程での過失に加えて、偶発反応による副産物や試薬の残留よって、有毒な可能性をもつ汚染物質が混入しているいることもある。秘密ラボの多くは、未公開の手書き情報やインターネットを通じて処方を手に入れた、正規の教育を受けていない未熟な薬屋によって経営されている。コカインの場合と同様、汚染物質の大部分は、製品を薄めるために意図的に使用される増量剤で、乳糖、リドカイン、プロカイン、カフェイン、キニーネ、重炭酸ナトリウムなどが含まれる。

非合法MAに含まれるその他の不純物が、危険な中毒反応を引き起こすこともある。確認された汚染物資の中には、マウスにおいて発作を引き起こす高い力価値を持つことが示されたものもある。その他の試薬や有機副産物、ここには水銀も含まれるが、による中毒も疑われているが、実証はされていない (Burton, 1991)。

使用パターン

覚醒剤使用の効果はまた、薬物投与の時間的パターンや使用者の経験歴、慢性性も反映している。コカインあるいはMAの初期試験的使用の動機について、使用者の記述は多種多様である。そこには、幸福感や陶酔感を高めたい、意識レベルや活力を増したい、自分に自信を持ちたい、性欲や感応性を高めたい、疲労を払拭したい、パフォーマンスを高めたい、体重を減らしたい、酔っていると感じずにもっと飲酒したい、などの願望が含まれる (Hando and Hall, 1997; Sowder and Beschner, 1993)。 一定期間ごとに覚醒剤を投与するのみにとどまる使用者もいるが、大部分は望まれる効果、とりわけ陶酔感に対する耐性が急激に形成されることに気づき、同様の効果を得るために用量を増やすことになる。

低量覚醒剤の試験的使用の後には、深刻な身体的、心理的、社会的影響が続くわけだが、さらに大きな懸念を呼んでいる自己投与パターンが二つ存在する。第四版精神障害の診断と統計マニュアル (DSM-IV) (American Psychiatric Press, 1994) はこれらを (1) 間に2日以上の不使用期間を持つが、次第に用量が増加しより強力な投与経路に移行していき、最終的にはビンジングに至ることが多い、エピソード的使用 (2) 投与量に大きな変動はないが徐々にエスカレートしていく、毎日あるいはそれに近い使用、とに分類している。実際のところは、強迫的使用者はMA使用者全体のほんの5から10%にすぎず、アンフェタミンではさらにその割合は少ない (Cho, 1990)。

その薬理特性の違いから、MA使用者は通常毎日のように薬物を投与するのに対して、クラック・コカイン使用者は短期間の間大量の薬物をビンジし、ビンジとビンジの間には不使用期間が存在する (CSAT, 1997; King and Ellinwood, 1997)。 図5-4 は、コカインおよMAビンジにおいて、異なる時間的パターンによる、血漿濃度の急速な上昇と維持を示したものである。半減期が長いアンフェタミン/MAとは対照的に、コカインで高血漿濃度を維持するには、静脈注射か喫煙を急速に反復する非常に強迫的なパターンが必要となる (Ellinwood and Lee, 1989)。

最大の行動的病理、およびもっとも重篤な医学的影響は通常、MA、コカインの喫煙あるいは静脈注射による大量の強迫的ビンジの後に見られる (Ellinwood and Lee, 1989)。 以下の段落では、この危険な「ハイの推移」パターンが確立される際に生じる一連の段階と、それらの段階に付随する副作用 ( Ellinwood and Lee, 1989; King and Ellinwood, 1997 で描写されているように)について記述する。これらの段階に関する知識は、開業医が、物質使用歴を解釈し、急性中毒、退薬、あるいはさらに慢性的使用パターンの特定の段階において、どのような影響が付随するかを理解するのに役立つ。

中毒
覚醒剤使用段階
  • 中毒、単回投与段階。
    覚醒剤単回投与の早期では、覚醒剤の血漿濃度と緊密に対応する形での、陶酔感とエネルギーの増加が見られる。静脈注射や吸入など、最高薬物濃度へ上昇を急激に引き起こす投与経路によって、より高いレベルの陶酔感が得られる。覚醒剤の吸入(喫煙)あるいは静脈注射によって得られるラッシュは、非常に報酬的かつ強化的である。薬物使用に関連する引き金に対する古典的条件付けは、通説ではこの初期段階に生じる。
  • 強化、用量と頻度エスカレート段階。
    陶酔感を引き起こす効果に対する耐性が形成されるに従い、使用者は、当初のもっとも激しいラッシュ感覚を再現しようと、覚醒剤投与の用量と頻度を増やす傾向が見られる。また、さらに急激な反応を得られる投与経路に変更することもある。この段階では、用量が高いほど効果も大きくなるという発見とともに、断続的投与が長くなっていく。
  • ビンジングを伴う維持段階。
    高用量および頻用のパターンは、使用者が完全に消耗するか、覚醒剤の供給が切れるまで数時間から数日に渡って継続する、より強迫的なビンジングへと至ることが多い。ビンジングはコカイン使用者の場合で通常12時間から18時間継続し(しかし2,3日あるいはそれ以上続くこともある)、MA使用者になるとそれよりもはるかに長く、3日から15日間継続する。ビンジング中に到達する高いレベルで持続する血漿濃度は、多大な病理的影響を呈する。ビンジングは、覚醒剤の血漿濃度の上下に伴う頻繁な気分変動を特徴とする。常同的行動、思考によってその他(薬物以外)の関心事は排除され、使用者は内在的感覚のみに集中し、社会的活動から引きこもり、直接的な薬物の効果のみを追求することになる。ほとんどすべての活動は、薬物を獲得し使用するために向けられる。また、薬物が使用される場面も、どんどん制限されるようになる。
「クラッシュ」および退薬症候群段階
  • 初期クラッシュ段階。 ビンジングは、連続するいくつかの段階から構成される「クラッシュ」とともに終結する。コカイン使用の場合、ビンジング後比較的短い間隔でこれらの段階は立て続けに起こるが、MA使用の場合はより長期で激しいものとなる。覚醒剤使用中止直後の抑うつ、不安、興奮が始まり、常習的使用の原因となる激しい薬物渇望がそれに続く。使用者は数ヶ月に渡って、間にクラッシュがはさまるビンジングの反復サイクルを繰り返すこともある。アイス製品からの退薬はより長期で、ビンジング後の「ハイからの降下」時期には、怒りっぽく神経過敏な状態になる。使用者は、短気で言動が予測不可能なため、危険な時期といえる。この「ツィーク [動揺] 」期は、使用者の長期に渡る睡眠不足によってさらに悪化する。この時期のツィーカー [動揺期の使用者] は、どんなに薬物を投与しても陶酔感を再現することができないため、非常にイライラしている。ツィーカーは一見すると中毒者には見えないが、急速眼球運動、簡潔だが震える発語、勢いはあるがギクシャクした動き、などが見られる。ツィーカーの思考は散漫で、偏執性妄想の対象に支配されていることもある。
  • 中期クラッシュ段階。
    疲労、エスカレートする抑うつ、精神的および身体的エネルギーの低下を伴う快感消失症の時期に続いて、不安と興奮が出現する。しばしば不眠を伴う激しい睡眠への欲求が、通常薬物に対する渇望に取って代わる。クラッシュのこの時期では、使用者は睡眠を誘発、延長するために、アルコール、ベンゾジアゼピン系薬剤、アヘンなどを使用する場合もある。中期クラッシュ段階は、しばしば24時間から36時間も継続する長期睡眠とともに終結する。この間、あらゆる治療や介入の試みは不適当である。
  • 後期クラッシュ段階。
    後期クラッシュ段階の傾眠期の後には、激しい空腹感とともに覚醒する場合が多い。
  • 長期化する退薬段階。
    クラッシュ段階(あるいは初期退薬)の後で使用者は、疲労、身体的精神的エネルギーの欠如、抑うつ、快感消失症、周囲への関心の減少など、覚醒剤中毒とは逆の症状を経験する。これらの症状は、クラッシュ直後の12時間から96時間の間に激しさを増すか、あるいは数週間に渡って増悪と寛解を繰り返すことが多い。この段階の深刻で執拗な抑うつは、自殺年慮や自殺企図につながることもあり、使用者にとって大きな懸念である。快感消失症と情動不安はMA使用者の場合、通常6週から18週の間に消散する。遷延性退薬段階では、薬物渇望期間が再出現することもある。これらの渇望は、条件付けによる環境的引き金によって誘発されることが多く、薬物不使用状態を維持することのみによって根絶できる。
覚醒剤効果に対する耐性/感作

覚醒剤の慢性使用者は、薬物使用開始からほんの数週間後に、当初得られた効果の多くに対する耐性を形成し始めることが多い。つまり、同等の効果を得るためには、より多くの投与量が必要となる、あるいは同じ投与量を保つならば、得られる効果は著しく減少することを意味する (American Psychiatric Press, 1994)。特に、覚醒剤の陶酔効果に対する耐性は急速に形成され、大部分の覚醒剤使用者にとって、用量の段階的増量の明らかな原因となっている。もちろん、より強力な効果を経験したい、という願望も用量増加の原因のひとつではある。数週間後に体重減少が止まることから、MAのヒトにおける食欲抑制効果に対しても、耐性が形成されることが示される。多くの使用者が生存することから、MA大量投与による心臓毒性効果に対しても耐性が形成されるようである。実際、覚醒剤中毒の初期症状の多くは、慢性使用とともに消失する。すなわち、血圧は正常にとどまり、悪心や嘔吐もほとんど見られない。慢性使用者の代謝パターンは、使用歴の短い使用者と同様のパターンを示していることから、この耐性はMA代謝の増大によるものではないことがわかる (Angrist, 1994)。

興味深いことに、慢性高用量覚醒剤使用者はまた、薬物に感作されるようになる。これは精神運動性覚醒剤に特徴的な、独特の現象である。感作とは、基本的には耐性の逆であり、嗜癖過程の初期段階で、同様の反応を引き起こすのに必要とされた用量よりも低い量で、好ましくない作用を引き起こすようになる。覚醒剤の、ヒトにおける精神病誘発作用に対する感作も、ある程度存在するようである。慢性高用量使用に続いて、ひとたび精神病エピソードが経験された後には、より低い最小限のコカインあるいはMA投与でも、再び精神病エピソードが誘発されるようになる。この際、薬物摂取後のエピソード開始はより急速になり、精神病エピソードの継続期間も最初のエピソードよりも長くなる。感作を形成した覚醒剤使用者が薬物使用を再開した場合、ほとんど瞬間的にパラノア、精神病状態、常同思考が再発する (Angrist, 1994; CSAT, 1997)。 覚醒剤依存における感作過程については、本章の中毒性精神病の節で詳しく述べる。

臨床症状と医学的管理

既述のように、覚醒剤中毒の急性症状の強度と継続期間は、通常、脳内の最高血漿濃度の高さとそれに達するスピードに相関している。覚醒剤急性中毒は、軽躁あるいは躁状態によく似ている。低用量では、リビドー [性欲] が刺激され性的パフォーマンスが高まる。高用量では、自発的射精とオルガスムが得られる。用量を増加した場合、判断力の低下、無分別な言動、性的アクティング・アウト [行動化] やその他の奇妙な行動、あるいは精神の変容が見られる場合が多い。急性覚醒剤中毒は、発作、意識混濁、ジストニー、呼吸抑制、胸痛、不整脈を引き起こすことが多い (Gold and Miller, 1997) (see Figure 5-4)。

MA中毒に独特な特徴
  • 特に非合法ラボで粗雑に合成されたMAを喫煙する使用者の間では、独特のアンモニア臭、あるいは淀んだ尿臭がする。しかしアイスの喫煙の場合は、基本的に無臭である。
  • MA使用者は頻脈(急速な心拍)を呈することが多いが、通常は不整脈(不規則な心拍)を伴わない。コカイン中毒に比べて、MA中毒では心臓、肺、循環器の障害が少なく、とりわけ新しい形態のエフェドリン・ベースのデキストロMAは、レボMAとデキストロMAを均等に含有する古い形態に比べて、心臓、肺、血管への刺激の程度が低くなっている (Inaba et al., 1993)。
  • MA使用者は、内科的合併症よりも、乱闘や交通事故による外傷で救急医療室を訪れる場合が多い。
  • MAの作用は長期継続するため、MA乱用者はより頻繁な精神病的障害、より強力な中枢神経系(CNS)への影響、より多くの過量摂取を引き起こす。MAの作用継続性のため、慢性MA乱用(2週間以上)は慢性コカイン乱用よりも危険が多くなる。さらにコカイン使用者に比べて、MA使用者の薬物誘発性精神病は長く継続し、既存の治療に対する反応も鈍いようである。
  • コカイン使用者に比べてMA使用者には、多物質使用者ではなく単一物質使用者が多いようである(しかし、マリワナを使用する者は多い)。
  • MA使用者の間では、床の同じ場所で繰り返し掃除機をかけ続ける、繰り返し指の関節を鳴らし続ける、かさぶたをつつき続ける、機械を分解しては組み立てるのを繰り返す、などの執拗で反復的、強迫的な活動である常同行動が見られることもある。
コカイン中毒に独特な特徴
  • コカイン使用者はMA使用者よりも、重篤かつ致命的な身体的合併症(例:心臓不整脈、胸痛、脳血管障害 [脳卒中]、毒性発作、高血圧危機、高熱)を発することが多い。
  • コカイン使用者はまた、MA使用者に比べて複数の物質を使用する場合が多い。特に、アルコール、ベンゾジアゼピン系薬、あるいはアヘンの使用が多い。
覚醒剤中毒の管理

せん妄あるいは精神病が存在しない限り、急性MA中毒が医学的処置を必要とすることはめったにない。薬物関連の主訴とともにERを訪れるコカイン使用者の大部分は、薬物使用から数時間経過しており、特にコカインが静脈注射あるいは喫煙された場合は、最大血漿濃度もすでに正常に戻りつつあるはずである (Rowbotham, 1993)。

合併症の伴わない中毒の場合は、症状消退までの数時間、落ち着いた環境での経過観察とモニタリングが必要とされるのみである。一般的な処置には、心拍数、体温、血圧の上昇などのバイタルサインのモニタリング、興奮と外的刺激への過剰反応を鎮めるための静かで涼しい環境の提供、緻密な観察、などが含まれる。覚醒剤は、身体の体温調節メカニズムに影響を及ぼすと同時に、血管収縮には熱の保存効果もあるので、身体活動や暖房が効きすぎの部屋は副作用を増悪させる。安心させるための言葉は、通常患者の沈静に効果的ではあるが、不穏状態が増悪しパラノイアおよび精神病状態に近づいており、暴力の危険性が高まっていることが示唆される場合は、薬理的介入が適切となる。ロラゼパム (Ativan) あるいはジアゼパム (Valium) など即効性のベンゾジアゼパム系薬剤は、こうした患者の不安や興奮の沈静に効果的である (Ellinwood, 1975; Weis, 1997)。

覚醒剤過量摂取

耐性が急速に形成されるため、中毒性で致命的、亜致命的な症候群が、慢性高用量静脈注射覚醒剤使用者で見られることはほとんどない。覚醒剤過量摂取による死亡の大部分は、覚醒剤初心者か「ボディパッカー」など誤って大量薬物を摂取してしまった場合、あるいは子供である(Ellinwood, 1975)。(ボディパッカーは、通常南米において、米国関税を検知されずに通過するために、コカインが詰まった防水性のパケット [包み] を飲み込み、パケットが消化管を通過するのを待って回収する個人を指す。)しかし、覚醒剤の毒性量 [中毒量] には大きな変動性が見られ、個人差が大きく、体重への相関性も知られておらず、予測不可能と思われる。したがって、コカインあるいはMAの使用量は、反応の確かな予測指標になならない (Weis, 1997)。

覚醒剤の亜致命的過量摂取の症状には、めまい、振戦、意識混濁、敵愾心、幻、パニック、頭痛、皮膚紅潮、胸痛、動悸、心臓不整脈、高血圧、嘔、激しい腹痛、過度の発汗などが含まれる。覚醒剤の大量摂取は、高熱、心臓不整脈および心不全、不規則な呼吸、発作、卒中などを引き起こすことがある。中毒の場合、特にMA中毒では、攻撃性と精神病様症状の増加を特徴とする不穏状態も生じる (Weis, 1997)。 高体温症(過度の高熱)、重度の高血圧、痙攣、心血管虚脱は、生死に関わる状況を示す (Ellinwood, 1975)。

実験犬への静脈注射投与と、ボディパッカーが飲み込んだパケットが漏れていたり破れていたりした症例の観察によると、覚醒剤の致死量は、全般化痙攣発作と死で終わる一連の予測可能なイベントを引き起こす。心拍数、血、心拍出量、体温が急速に増加し、末期の全般化発作が始まる前には中毒性せん妄が観察される (Ellinwood, 1975; Rowbotham, 1993; Wetli, 1993)。

致死の可能性がある過量摂取の管理

生命に関わる病状、毒性薬物濃度を持つ覚醒剤使用者に対しては、主症状に対応する救命テクニックで治療に当たる (Weis, 1997)。発作やバイタルサインの急激な上昇などの急性神経症状には、即刻の介入が必要とされる。非薬物誘発性の症状を慎重に排除し、患者の多物質使用についても査定するべきである。覚醒剤過量摂取患者は、特に治療が各種薬物使用によっておびかされている場合は、入院を必要とする (Gold, 1997)。

覚醒剤過量摂取に対しては、アヘンに対するナロキソン (Narcan) や、ベンゾジアゼピン拮抗薬のフルマゼニル (Romazicon) のような、特定の解毒剤あるいは拮抗薬は存在しない。しかし、以下の処置が示唆される:

  • 必要に応じて専門家の診察を仰ぐ。
  • 鎮静化により動きを鈍くし、興奮を鎮ること、またアイスパックを身体に当てたり、噴霧送風テクニックや冷却用ブランケットを用いて、患者の体を急激に冷やすことによって、高体温を管理する (Ellinwood, 1975; Gold, 1997)。体温上昇の防止や修正など簡単な処置が、コカイン毒性による死亡を防止するのに非常に有効な手段となる (Rowbotham, 1993) 。重度で悪化する高体温には、ダントロレン (Dantrium) 投与も可能ではあるが (Weis, 1997)、これらの薬剤が生命に関わる高体温の冷却過程を、常に促進するとは限らない (Goldfrank and Hoffman, 1993)。
  • 静脈内投与開始のために拘束が必要な場合は、体温損失妨害を避けるためにメッシュタイプのブランケットを一時的に用いるようにする。
  • 適切な換気と酸素供給を確保する。
  • 未管理の高血圧は、フェントラミン (Regitine) あるいはドーパミン (Normodyne) の静脈内投与による管理が可能である。ラベタロール (Normodyne) による高血圧治療は臨床経験には支持されているものの、この薬剤の、アルファアドレナリン遮断薬としての有効性を裏付ける比較実験研究は存在しない(この薬剤は、ベータアドレナリン遮断効果の方が強力である)。血管拡張性ニトロプルシドやアルファアドレナリン遮断剤フェントラミンなど、即効性で管理も容易な降圧剤の使用が通常望ましい (Goldfrank and Hoffman, 1993)。
  • てんかん重積状態様の発作は、ジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬の静脈内投与で対応する。ジアゼパムは、コカイン摂取直後に投与した場合もっとも効果的で、発作が始まってからの投与では有効性が落ちる (Rowbotham, 1993)。ジアゼパムが効かない場合は、フェノバルビタールあるいはフェニトイン (Dilantin) を用いる (Schrank, 1993)。あるいは、コカイン誘発性発作を管理するために、ペントバルビタールを25mgまたは50mg 静脈内投与するのも可能である (Gold, 1997)。
  • 胸痛の訴えがある場合は、心筋虚血、心筋梗塞の可能性を査定すべきである。硝酸エステルは、コカイン誘発性心筋虚血における、冠状動脈の血管収縮を緩和するのに望ましい。プロプラノロール (Inderal) のようなベータアドレナリン遮断薬は、血管痙攣を引き起こす可能性があるので、用いるべきではない。コカイン介在性の血小板凝集を軽減するためには、禁忌の場合を除いて、アスピリンを投与するべきである (Goldfrank and Hoffman, 1993)。

不整脈に対しては、フェニトインを含む標準的治療を用いる。冷却や鎮静に反応しない心房性不整脈に対しては、カルシウムチャネル遮断薬あるいはベラパミル(Calan)、エスモロール(Brevibloc)、ラベタロールなどのアルファ/ベーター混合のアドレナリン遮断薬の慎重な使用が必要となる (Goldfrank and Hoffman, 1993)。 カテコールアミン過剰に対する反応として、コカイン使用直後に始まる心室性不整脈に対してリドカインは禁忌であるが、心筋虚血が示唆される心室性不整脈には適切である。重炭酸ナトリウムは、コカイン誘発性の広範囲な複合性不整脈に有効であることが実証されている (Goldfrank and Hoffman, 1993)。また、コカイン中毒性急性精神病症状の鎮静による管理は、新たな心血管系合併症にもよい影響を及ぼすと思われることも、注目に値する。

一般的にはフェノチアジン系薬、特にクロルプロマジン (Thorazine, Mellerial) は発作の閾値を下げるため、禁忌とされる (Gold, 1997)。ハロペリドール (Haldol) のコカイン誘発性の発作、あるいは死亡の防止における有効性は、臨床前研究で実証されていないが、MA誘発性精神病に対しては有効と思われる。ハロペリドールを、興奮と高体温を呈する人間の鎮静、催眠に用いる際の困難は、既に体温調整機能障害を持つが、急性興奮状態あるいは精神病状態を呈している場合の治療にも当てはまる。ハロペリドールは、コカイン使用に関連する急性ジストニー反応を促進、あるいは悪化させることもある (Goldfrank and Hoffman, 1993)。

覚醒剤退薬/禁断の症状

特徴的な退薬型症候群は通常、長期に渡る大量の覚醒剤使用中止後、数時間から数日以内に発症する。これらの症状は、 [覚醒剤の] 長期使用あるいは短期間のビンジングの後に出現するものである。今世紀の初めには、既に「コカイン・ブルー [抑うつ] 」に関する既述がされてはいた(Gawin and Kleber, 1986) ものの、 覚醒剤退薬やアヘンやアルコールに比べてはるかにはっきりしなかった、あるいはあまり研究されてこなかったことが、近年の調査で示された (Lago and Kosten, 1994; West and Gossop, 1994)。 (覚醒剤退薬でよく見られる兆候については、図5-5 を参照。)

数日のビンジング後の覚醒剤退薬症候群と、慢性的な高用量使用後の退薬を特徴付ける症状とを区別する臨床家もいる。2、3日間ビンジングをした覚醒剤使用者は、情動不安で消耗しており、24時間から48時間も眠る。この範疇のコカイン使用者は、興奮性を軽減するためにコカインと共にアルコール、マリワナ、ベンゾジアゼピン系薬、あるいはヘロインを使用するのが一般的である。より慢性で常用的な覚醒剤使用に続く退薬症候群は2日から4日で鎮化するが、ここには情動不安、興奮性、睡眠困難、激しい夢が含まれる (CSAT, 1995d)。

また、コカインからの退薬とMAからの退薬の重篤度の違いを強調する臨床家もいる。コカイン依存者の相当数は、臨床的に明らかな退薬症候群を経験しない。症状を訴える少数のコカイン使用者では、症候群は最終摂取から数時間あるいは数日内に始まり、クラッシュは3、4日継続し、その後軽減したり悪化したりする薬物渇望を伴う退薬症候群が、1週間から10週間持続する。コカイン使用者の気分状態は、数日から1ヶ月で正常に戻る。

退薬症候群は、使用中止直後の数日間にもっとも激しいようである (Cornish and O'Brien, 1996; Gold and Miller, 1997)。 MA使用を止めた場合、退薬症候群の身体症状は発現しないが、慢性使用者が薬物摂取を中止した場合には、いくつかの症状が生じる (国立薬物乱用研究所 [NIDA], 1998a)。 これらの症状は、ビンジングが終わって12時間から24時間後に始まる。クライエントは当初、MAへの激しい渇望を伴う抑うつと不安を感じる。

この段階の後には疲労と嗜眠が続くが、そこに不眠が混じる場合もある。長時間の睡眠から覚醒したクライエントは、激しい空腹感を感じ、執拗な快感消失症と情動不安を伴う場合もある。その他の症状としては、パラノイアや攻撃性が含まれる。MA使用の後の抑うつは、より深刻で長期化することが多く、これらは使用期間と摂取量に相関している (Gold and Miller, 1997; Gawin and Ellinwood, 1988)。

覚醒剤退薬の管理

覚醒剤退薬は医学的には生命に関わるものではなく、アルコールやバルビツール酸系催眠剤のような薬理的介入は必要ではない。段階的な退薬の必要性を示唆するような、生理的障害は報告されていないが、症状を軽減しサポートを提供するために、薬物療法を用いることは可能である。

特徴的な覚醒剤退薬症候群の中でもっとも危険なのは、本人あるいは他人に害を与えることである。退薬関連の快感消失症および抑うつは、覚醒剤使用者の間で特に深刻になる可能性があり、自殺の危険性も高まるため、細心の管理が不可欠である。コカイン誘発性の抑うつは、通常かなり急速に、およそ数時間で消散する。抑うつは、薬物使用に起因する実際の状況によって悪化することが多い(例:クライエントは、コカインのビンジングによって自分の全財産が「パー」になったことや、継続する薬物依存のために、自分の人間関係が損なわれていることについて不安になる)。

一方、大量のMA使用に続く退薬関連性抑うつは、より長期に及ぶ。退薬のツィーキング段階の大量MA使用者は、興奮性パラノイア、極端な欲求不満、激しい薬物渇望の再発などを特徴とする不安で神経過敏な反応を示し始める。自殺念慮が高い場合もあり、容易に暴力が誘発される状態である。

アイスの持続的ビンジング後に訪れるツィーキング効果は、特に危険である。クライエントが世話人の身振りを誤解して、嫌悪感を抱くこともある。安全な設備内での拘束、鎮静が必要とされる場合もある。ストレス軽減テクニックなどのアプローチは、害を防ぐために標準的に使用されるべきだが、医療関係者としては、興奮と頻脈をコントロールするためにベンゾジアゼピン系薬(例:ジアゼパム)を用いることも可能である(暴力に関するさらに詳しい議論は、別項を参照)。

診断済みあるいは未診断の臨床的うつ病を合併するクライエントの場合、コカインはその症状を悪化させる。これらの個人では、コカインの使用後快感消失症および/あるいはパラノイアが増悪する可能性が大きい。ここでは、選択的セロトニン再摂取阻害薬(SSRI)による治療が有効となる。 (Gold, 1997)。

ツィーキング段階において継続する興奮と睡眠困難は、抗うつ薬トラゾドン(Desyrel)を用いて対症療法を施すことが可能である。この薬剤のドーパミン作動性特性は、クライエントの鎮静に有効である。Benadryl もまた、その鎮静特性とMA使用にしばしば伴うドーパミン作動性障害(例:皮膚のそう痒および過敏性)に対する効果から、用いられる。しかし、乱用性/依存性が高い薬物の使用は、慎重になされるべきである。これらの集団は、この種の薬物の転用あるい転売に非常に心をそそられるので、通常治療施設外使用のための処方箋は渡すべきではない。

ツィーキング段階の後MA退薬者は、通常「クラッシュ」し1度に数日間眠り続けるが、これはビンジングの継続期間と摂取量に左右される。精神状態や危険行動の可能性のアセスメント目的で、この傾眠を妨げるのはかまわない。この長期睡眠からの覚醒直後に、クライエントの持続的快感消失症および不安、抑うつなどの精神症状について評価をするべきである (Weis, 1997)。 この傾眠状態の最中、および睡眠不足が解消されるまでは、覚醒剤使用者の治療への積極的な参加あるいは治療プログラムへの紹介後のフォローアップは、現実的に期待できない。

覚醒剤退薬中の薬物渇望に対しては、様々な薬物療法が用いられてきた(例:ブロモクリプチン、アマンタジン)が、症状の緩和する、クライエントを「潔白」に保つ、あるいは再発を防止する、などの効果は実証されていない。

長期物質不使用段階中、あるいは覚醒剤使用終結の8から9ヶ月後に、「コカイン夢」が生じることがある。これらの夢は通常、実際の薬物使用やハイの経験を鮮明に想起させるものである。夢を見ている間にクライエントは、実際に汗をかくなどの中毒症状を経験する。これらの強烈な夢の中では、薬物使用者が薬物を失くす、あるいはこぼしてしまう、またはクラック/アイスの喫煙を拒否する場面が出てくる場合もある。その際には、クライエントが薬物を使用しないことを潜在意識下で選択しており、これは治療における進歩を表わす、ということをクライエントに納得させ、これらの夢を治療的に利用することが可能である。さもなければ、これらの夢が薬物渇望を高め、再発の可能性を激化させることにもなりかねない。これらの夢を経験するのは、主に静脈内注射によるコカイン/MA使用者と、クラックあるいはアイス喫煙者である。

覚醒剤使用者は、退薬症候群をアルコール、ベンゾジアゼピン系薬、アヘンなどで自己治療することが多いため、これらの薬物が継続的あるいは大量に使用されていた場合は、それらの退薬症候群も出現する。その際は、置換投与あるいは、症状緩和のためのその他の手段の具体的な管理が必要となる。

慢性覚醒剤使用障害の症状

経験が少ない使用者における、コカイン摂取後の覚醒剤過量摂取あるいは急性心筋梗塞による死亡の報告がされている一方で、初めての使用者の間では、あらゆる摂取量レベル、投与経路において様々な身体的、精神的合併症が観察されている。しかし、覚醒剤誘発性の深刻な身体的、精神的合併症の大部分は、慢性の大量使用によるものである。

覚醒剤の主観的効果、および心血管への影響に対する耐性が急激に形成されるため、慢性使用後の合併症は複雑なものとなる (Rowbotham, 1993)。コカイン毒性は、ほぼすべての臓器系に影響を及ぼし、その中でも心血管系、脳、肝臓、肺においてもっとも深刻な変化が発見されている (Majewska, 1996)。 慢性MA使用とコカイン使用の後遺症 [続発症] の間には、わずかな違いがいくつか見られるものの、胸痛、発作、パラノイド反応、自殺願望などの副作用は双方sにおいてほぼ同じである。慢性MA使用者では、コカイン使用者よりも頭痛、重度の抑うつ、幻覚などが多く見られるようだが、地域標本における証拠は確かなものではない (CSAT, 1997)。

図5-6 は、慢性覚醒剤使用者に見られる一般的で、時には深刻になりうる症状について要約したものである。次項では、覚醒剤誘発性の内科的、精神医学的合併症について詳述し、これらの疾患の管理に関しても若干解説する。Schrank は、頻繁に見られる合併症に対するER処置についてより詳細に明らかにしている (Schrank, 1993)。 図5-7 は、慢性MA使用および慢性コカイン使用に特徴的な指標を示したものである。

内科的合併症の同定と管理

心臓血管系への影響

カテコールアミン過剰から生じる心毒性は、コカイン、MA双方の使用者の間で観察されている。MAは、コカインよりもカテコールアミン上昇作用が大きいため、MA使用者では心臓への影響がより顕著である。しかし心筋梗塞による死亡数は、近年MAの吸入(喫煙)あるいは静脈内注射が増加する以前は、比較的少なかった (Cho, 1990; Cook et al., 1993; CSAT, 1997)。

覚醒剤、とりわけコカインは、異なる形態の不整脈、冠攣縮性狭心症、心筋虚血、心筋梗塞、心筋症 [心筋ミオパシー] を含む、事実上あらゆる心疾患と関連付けられている (Cornish and O'Brien, 1996; Gold, 1997)。心筋梗塞および頻脈性不整脈による死亡の症例報告では、通常の心臓疾患のリスクファクターを持たない健康な若年成人の間で、あらゆる摂取量レベル、投与経路における死亡例が記述されている。しかし、既存の動脈疾患は高熱や興奮と同様に、反応を悪化させ、突然死の可能性を増加する (Ellinwood and Lee, 1989; Gold, 1997; Schrank, 1993)。 頻脈、高血圧、血管破裂、不整脈、動脈硬化性病変は、 [覚醒剤使用によって] 心筋虚血および梗塞へと進行するのが一般的である (Majewska, 1996)。心臓麻痺を伴う覚醒剤誘発性心筋症患者は、通常は適切な医学的介入によって命のとりとめることが多い (CSAT, 1997)。 不整脈を含む心臓への影響を治療するための、最適な薬理的アプローチに関しては、議論が分かれるところである。リドカインは、以前用いられていたが、発作の閾値を下げることから心室性不整脈には禁忌である (Goldfrank and Hoffman, 1993)。 しかし特定のカルシウムチャネル阻害剤(例:ニフェジピン、ジルチアゼム、ベラパミル)からは効果が期待される (Gold, 1997; Schrank, 1993)。

呼吸器/肺への影響

コカインクラック喫煙者は、呼吸困難あるいは激しい胸痛で治療を求める場合が多い。この場合、コカイン誘発性の肺出血、肺障害、肺炎、肺水腫、喘息、気胸、縦隔気腫、心嚢内気腫が考えられる (Cornish and O'Brien, 1996; Gold, 1997)。喫煙や奇異な薬物デリバリーメカニズム(口移し吸入)による発作的な咳が、気道内圧の突然の増加が肺胞破裂と胸腔、縦隔あるいは皮下組織内への自由大気の流入を引き起こし、肺性気圧外傷が生じることもある。しかし自由大気の量は通常わずかであり、経過観察のみで自然に治癒する場合が多い。縦隔気腫で嘔吐が存在する場合は、食道破裂の可能性を考慮すべきである (Schrank, 1993)。 コカインはまた、薬物誘発性の脳内髄質中心の阻害から来る、呼吸不全による突然死を引き起こすこともある (Gold, 1997)。

大葉性および非大葉性肺炎と同様気管気管支炎も、クラック喫煙に付随することが多い。気管支痙攣もこれら喫煙者の主訴のひとつであり、通常喘息の病歴があるクライエントに見られる (Schrank, 1993)。 クラック肺は、高熱を伴う激しい胸痛と呼吸困難という肺炎の症状を呈するが、該当する肺レントゲン所見は存在しない新しい症候群である。抗炎症剤によって症状は緩和されるものの、疾患自体は標準的治療に反応しない。クラック肺のクライエントは、酸素欠乏あるいは出血のために死亡に至ることもある (Gold, 1997)。

肺水腫は、コカインとMA使用者双方において死亡因として観察され、 [これらの薬剤の] 肺の奥深くへの吸い込みによる既存疾患の悪化 (Nestor et al., 1989) や、薬物に加えられた混和物に反応して形成された肉芽腫 (CSAT, 1997)が、様々な程度でその原因になっていると考える。MA使用者の間の慢性閉塞性肺疾患は、肺静脈血管床の段階的収縮、肺繊維症、肉芽腫形成などを伴う肺静脈の血栓症に起因すると考えられている (CSAT, 1997)。

脳血管系合併症

覚醒剤の大量および慢性使用、特により急速な投与経路による使用に起因すると思われる神経障害に重点を置く研究が、近年増えてきている。発作、虚血性脳卒中、クモ膜下および脳内出血など、コカインおよびMAが引き起こす非常に重篤な脳血管系障害のいくつかは、長年知られてきた。その他の神経系合併症としては、視神経症、全脳虚血、心筋梗塞後の水腫 [浮腫] が含まれる。最新の脳画像テクニックによって、これまでは検出したり、あるいは疑ることさえできなかったような様々な程度の脳萎縮症や脳病変が、多くの慢性コカイン使用者の間で実証されるようになった (Cornish and O'Brien, 1996; Schrank, 1993; Majewska, 1996)。

発作は、コカイン使用の合併症として広く知られている。発作は、急速な配達経路による摂取の直後に起こるが、常に用量に依存するとは限らない。慢性使用は、個人の反応を過敏にする [SG1] (発火する?)こともあるが、これについてははっきりと実証はされていない (Daras, 1996; Gold, 1997)。コカイン誘発性の発作は、 継続時間も短く残存効果もほとんど残さないが、発作が長時間に及んだ場合は、非常に重篤な状態にもなりえる(前述の過量摂取の管理の項を参照) (Schrank, 1993; Cornish and O'Brien, 1996)。

脳内出血および虚血性脳卒中は、覚醒剤使用者では比較的まれであるが、クラックおよびアイスの使用者の間では比較的多く見られる。これらの脳内出血に見舞われる者の少なくとも半数は、動静脈奇形や脳動脈瘤などの潜在的な変態を抱えている。こうした変態自体も外科的介入を必要とするものだが、恐らく覚醒剤誘発性の高血圧が、これら変態の破裂を引き起こすと思われる。コカイン誘発性の高血圧および血管痙攣は、その他の症例にも関連しているようである。

コカエチレンを産出するアルコールとコカインの同時使用の毒性の役割(後の討論を参照)についても、研究が進められている (Schrank, 1993; Daras, 1996)。 MA誘発の壊死性血管炎は1970年以来記録されてきたが、CNS脈管炎はその原因要素か否か、というのも未解決問題のひとつとして存在する (Miller et al., 1993)。 中毒中に頭痛を訴えるコカイン使用者については、頭蓋内出血の可能性査定が必要である (Ellinwood and Lee, 1989; Daras, 1996)。

近年実証されてきた慢性コカイン使用者の神経的欠陥、特に基底核および前頭皮質における欠陥は、双極性障害、統合失調症、また痴呆・無気力・抑うつ・社会的脱抑制を伴う発作、卒中あるいは外傷による前頭皮質の変性など、様々な神経的/精神的障害で見られるものに類似である(Majewska, 1996)。 動物実験では、反復的な高用量MA投与に関連する継続的、おそらく恒久的なCNSの変化が確認されている。若年での神経毒性 [への暴露] は、覚醒剤使用者における、パーキンソン病のようなジストニー性障害や舞踏病性(choreoathetoid )障害の早期発症の素因となるかもしれない。これらの障害はすべて、慢性使用者の長期ビンジングの終わりに出現する波打つような不随意全身運動が関連しており、神経弛緩薬の使用とは無関係である (CSAT, 1997; Gold and Miller, 1997)。

コカインを含む覚醒剤使用者の間では、脳の老化および痴呆の特徴でもある、多数の認知欠損も観察されている。これらの認知欠損は、薬物依存個人における、早期の脳老化あるいは脳萎縮の可能性を示唆するものである。ここには、注意、集中力、問題解決、抽象概念、計算能力、新規学習、短期記憶、などにおける障害が含まれている (Majewska, 1996; Cornish and O'Brien, 1996; Gold, 1997)。残念ながらこれら欠損について記述した研究には、回答者の病前成績 [派フォーマンス] に関する適切なデータを欠くものが多い (Daras, 1996)。

筋肉および腎臓毒性

骨格筋を破壊する疾患である急性横紋筋融解が、リスクファクター(すなわち、高熱、興奮、発作、高血圧、中毒性せん妄あるいは昏睡、急性腎不全)を全く持っていなかった使用者の間で診断されていることから、コカインおよびMAは筋肉毒性を持つと考えられる。?? どの経路による薬物投与であっても筋肉壊死は起こりえるので、覚醒剤中毒クライエント、特に筋肉痛や圧痛を訴えるクライエントについては、横紋筋融解の存在を考慮すべきである。コカイン関連の障害を訴えるクライエントの4分の1において、軽度で通常は無症候性の横紋筋融解が見られた。横紋筋融解の診断基準は、クレアチンキナーゼ濃度の正常値の5倍以上への上昇である (Goldfrank and Hoffman, 1993; Schrank, 1993)。

軽度の横紋筋融解が腎臓合併症を引き起こすことはないが、高熱、発作、せん妄あるいは昏睡を伴う患者については、腎障害および腎不全は注意すべき可能性である (Schrank, 1993)。コカインおよびMA使用に起因する横紋筋融解が腎不全を引き起こした、という報告もされている (Scandling and Spital, 1982)。 肝障害が伴うことはまれで、おそらく特異体質反応と思われる (CSAT, 1997)。

胃腸系障害

腹痛、悪心、嘔吐を経験する覚醒剤使用者もあり、おそらく軽度の腸管虚血を示唆している。白血球数の上昇、代謝性アシドーシス、ショックを伴う重篤な腸梗塞も観察されている。激しい腹痛、腸閉塞症、あるいは発作の突然開始が、「ボディパッカー」によって飲み込まれたパケットが漏れている、あるいは破れていることを示唆している場合もある (Schrank, 1993)。下痢と血便を伴う腹痛という形で表れる「コカイン結腸炎」という症候群も観察され、おそらく広範性消化管出血と組織壊死が示唆される (Goldfrank and Hoffman, 1993)。

感染症

既述の通り、コカインあるいはMAの静脈内注射は、様々な感染症と関連している。未消毒の薬物用具は特に、HIV/AIDSやB・C・D型肝炎の血行性感染の原因となる可能性が高い。そして、慢性使用者にはつきものである栄養失調が、感染に対する抵抗力をさらに低下させる。注射によるコカイン使用者は、その他の非経口薬物使用者に比べて、感染性心内膜炎のリスクも高い (Daras, 1996)。

覚醒剤の脱抑制効果と初期の催淫効果は、ハイリスクで無防備な性行為の実践と関連している。精力的かつ長時間に渡る性行為あるいは肛門性交は、組織や避妊用コンドームを破壊することが多く、性病感染の可能性も高くなる (Cornish and O'Brien, 1996)。

生殖機能および胎児/新生児に対する影響

妊娠女性の覚醒剤使用は、出産や胎児、新生児、幼児の成長に対する悪影響と関連付けられてきた。コカイン使用の妊娠女性の間では、子癇前症、自然流産、胎盤早期剥離などの確率が高いことが観察されている。また、毒性効果によって、妊娠週令のわりに出生時体重や頭囲が小さくなるだけでなく、胎児の脳梗塞を引き起こすこともある。数箇所の施設における最新の研究では、MAおよびコカイン使用女性と出生前に薬物暴露を受けたその子供たちの間では、これらの合併症の発症率がほぼ同じであることが示された (CSAT, 1997; Oro and Dixon, 1987)。

子宮内で覚醒剤暴露を受けた新生児は、授乳および睡眠パターンが貧弱で、振戦、筋緊張亢進などを現すことがある。これらの「神経過敏な」乳児をあやす困難さが、母親との緊密な絆の妨げとなり、しいては発達障害の原因となる場合もある (Gold, 1997)。覚醒剤出生前暴露を受けた幼児で推定される行動的、認知的欠陥について概説した一連の論文にもかかわらず、より最近のメタ分析では、コントロール群に比べて出生時体重の低さが確認されたのみで、胎児・乳幼児に及ぼす明確な影響は示されなかった (Rabin and Little, 1994; Cornish and O'Brien, 1996)。

これら初期研究の多くに見られる大きな問題は、妊娠女性の間では多物質使用が多々みられたことで、出生前暴露影響を単一薬物に帰属させるのは、非常に困難な点にある。さらに、IQ予測において家庭環境の影響を考慮していなかったことに加えて、母体の栄養状態、妊婦管理、社会経済的水準、母体の薬物使用の時期(妊娠1期から3期のどの時期に使用したか)の差異よる方法論的混乱も存在していた(CSAT, 1997; Cornish and O'Brien, 1996)。基本的には、母体の覚醒剤使用が乳幼児に及ぼす影響については、よくわかっていない。

覚醒剤の慢性かつ大量使用はまた、男性、女性双方において生殖機能および性的機能に影響を及ぼす。男性のおいては、女性化乳房(乳房の発達)、性的関心の喪失、性的無能、勃起の維持および射精における困難、などが報告されている。女性では、オルガスム到達の困難に加えて、無月経や不妊を含む生理周期障害が生じる (Gold, 1997)。月経不順や無月経の女性覚醒剤使用者は、妊娠はありえないと考えるが、彼女たちすべてが不妊なわけではなく、望まれない妊娠が生じる可能性もある。妊娠検査と避妊習慣を促すべきである。

HIV/AIDS および肝炎

特に静脈内注射や器具を他人と共有する個人の間では、覚醒剤使用が増加するにつれて、その結果としてのHIVおよびB・C型肝炎感染の可能性も増加する。HIVおよびその他の感染症は、主に汚染された注射器、注射針やその他の器具を、複数の個人で再使用することによって感染する。米国のHIV感染者のほぼ3分の1にとって、薬物の注射はリスクファクターであり、もっとも急速に成長する米国のHIV蔓延の媒介 [人口] となっている (NIDA, 1998a)。

研究によると、アヘンがリビドーを低下させるのとは逆に、MAおよび関連の精神運動刺激剤は、使用者のリビドーを増加させることがある。しかし、コカインの長期使用は、少なくとも男性においては、性的機能を低下させると考えられる (Rawson et al., 1998b)。さらにMA使用は、出血や擦過傷を生じるような激しい性行為と関連づけられている。アヘンやその他の物質使用者に比べると、MA使用者の間では、静脈内注射と性行為におけるリスクが組み合わさることから、HIV感染がより大きな問題になるはずである。そしてカリフォルニア州では、これが既に現実になってきている (NIDA, 1998a)。

心理的合併症の同定と管理

中毒性精神病

1938年にYoung と Scoville によって初めて記述されたアンフェタミン精神病は、通常短期で自然に緩和するパラノイド状態で、不安を喚起する強力な妄想、幻覚を伴うことが多いが、意識は明瞭で正常な思考過程は比較的損なわれない (Angrist, 1994)。覚醒剤誘発性精神病は、薬物中止後の退薬状態ではなく、使用者が中毒状態のときに生じるものである (Tinklenberg, 1975)。 この疾患は珍しくも特異体質性でもないが、通常は慢性で高用量のアンフェタミン、MA、コカイン使用の後で現れる。この薬物誘発性精神病は、コカイン使用者よりも、アンフェタミンおよびMA使用者の間で広く見られる。おそらくこれは、コカインではその半減期の短さゆえ、高血漿濃度を蓄積、維持することが難しいためだと思われる (Angrist, 1994; King and Ellinwood, 1997)。 しかし、比較的経験の少ない使用者や、時には低量摂取による急性中毒の後で、この疾患が報告されている。

この疾患に関する初期の報告では、毎日50mgのアンフェタミンの慢性的摂取が、精神病反応を引き起こす閾値 [用量] として記述されていた。しかし、より低い摂取量での症例が少なくとも10例報告されており、また単回摂取(通常は高用量)あるいは、薬物への短期暴露の後に生じた精神病反応に関する症例研究も存在する (Angrist, 1994)。覚醒剤使用者の研究では、精神障害を合併する、しかも病前から罹病していた患者数が驚くほど多い(ひとつの研究では、参加者の4分の1に既存の統合失調症が見られた)。このことから、一部の使用者では、覚醒剤の低量摂取が潜在する統合失調症を誘発し、それが覚醒剤誘発性精神病と誤って診断されると考えられる (Angrist, 1994)。

アンフェタミン誘発性精神病

通常、妄想および/あるいは幻覚を伴う中毒性パラノイド反応、あるいは中毒性精神病が、高用量MA使用の合併症である可能性を主張する研究者もいる。50人以下のクライエントを用いて、実験的条件下でのアンフェタミン誘発性精神病の前向き調査を行った研究が、少なくとも2つ存在する。Griffith らは、MAの高用量投与によって経験豊富な使用者の31人中25人から精神病症状を引き出すことに成功し、その内22人では明らかな精神病が観察された (Griffith et al., 1972)。 Bell の場合は、13人の被験者のうち11人が同様のアンフェタミン誘発性精神病を誘発し (Bell, 1973)、残りの2人では既存の統合失調症が発見された (Angrist, 1994)。治療中のコカイン使用者の調査でもまた、回答者の2分の1から2分の3が軽度でないパラノイド経験を持つことが示された (Angrist, 1994)。

しかしながら、覚醒剤誘発性精神病に対するこれらの各調査アプローチには、方法論的問題が存在し、それゆえ結果は説得力のないものになっている。これらの問題とは、まず、この疾患の前向き研究がなされた際、薬物経験のあるボランティア参加者(これは道義上の理由からと思われる)の覚醒剤に対する過敏性や耐性については、知られていなかった(観察されなかった)。次に、やむを得ないことではあろうが、明確な結論を引き出すには参加者の数が小さすぎた。最後に、厳格な実験室条件にもかかわらず、少なくとも参加者の一部は薬物使用の継続に成功していた。症例報告によるデータについても、別の難点が存在する。それは、病前の薬物使用歴および精神状態がはっきりしないことと、回答者による報告が正確ではない可能性があることである (Angrist, 1994; CSAT, 1997)。

中毒性精神病の発症

一部の研究者、臨床家は、覚醒剤誘発性精神病の発症を進化過程と記述する。パネル・メンバーでは、MA使用者は、さらに大々的な慢性使用によって本格的精神病を発現する前の、短期で一時的な精神病エピソードを経験している状態である、と捉えている。MA使用者は、これらの初期精神病作用を認識しており、アルコール使用や薬物使用を減らすことによって自己治療を施し、これらから逃れようとする場合が多い。複数の論文の中で Ellinwood らは、MA誘発性精神病の進化を、徐々に発展する異常行動として記述している。中程度の用量から始まって、環境に関する強い好奇心と探究傾向が、例えば、雑誌記事中の終止符から暗号の証拠を見つけ出そうとしたりする(Ellinwood et al., 1973)。

この「発見」に対する熱狂は、時間経過と用量増加にしたがって「世界を見張っている」から、見張られているという感覚に移行していく。行動パターンが固定的、常同的になり、やがて激しい猜疑心とともに、環境的引き金を誤って解釈する精神病反応、パラノイド妄想に至る。幻視は、クライエントの周辺視野において、ようやく垣間見て認識できるかどうかという物体に対する過剰反応ともいえる。同様に幻聴も、単純な物音を聞くことから始まる。精神病の次の段階では、クライエントは現実との接点を失くし、被害妄想を持つようになる。長期間のビンジングの後で消耗している場合は、刺激に対する過敏性と意識混濁によって、パニックや突然の暴力、あるいは殺人までが引き起こされる場合もある (King and Ellinwood, 1997)。

中毒性精神病の症状

DSM-IV (American Psychiatric Press, 1994) では、「知覚障害」を伴うコカイン中毒と、妄想あるいは幻覚(どちらが傑出した特徴かによる)を伴うコカイン誘発性精神障害を区別している。前者では、薬物使用者は現実吟味を損なっておらず、幻聴、幻視、幻触が物質に誘発されたものであり、外的現実を実際に表現しているのではないことを認知している。パラノイアが手におえなくなる以前の悪化が進む状態で、一般的に見られるもうひとつの症状は、常同行動である。これは、ラジオなど小さな機器の分解と組み立みたてといった行為を継続、反復し続けることで、興奮と不安をいくらか軽減する効果があるようである。クライエントは、この行為が無意味であることを認識しているが、これを止めると怒りっぽくなり欲求不満に陥る (King and Ellinwood, 1997; Tinklenberg, 1975)。 覚醒剤の慢性高用量摂取が継続するにつれて、最終的に大量の薬物使用が、パラノイド反応、あるいは病識を全く持たない精神病を引き起こすまで、ほとんどの使用者は社会的交流から引きこもり、別の奇妙な行動を開始する。

覚醒剤誘発性の中毒性精神病の症状は、通常1週間以内に自然に緩和する (CSAT, 1997)。幻覚は、退薬から24から48時間以内に治まり、パラノアおよび妄想も続く1週間から15日に渡って減少していく。最初の24時間の後、クライエントは最高3日間もの間眠り続け、この段階では夢を見ることが多いようである (Ellinwood, 1975)。薬物誘発性精神病は、MA使用者の間の2から3週間に比べて、コカイン使用者の間では通常1日から3日と急速に消散する。アイスの使用者は、もっとも強烈で継続性の精神病を呈することが知られている (Sowder and Beschner, 1993)。

中毒性精神病は、典型的な様相をとることもあれば、非典型的な場合もある。症例検討によって、精神病クライエントの約80%がパラノイド妄想を、60から70%が幻覚を、12%が幻触(例:コカイン虫が皮膚の上を這い回っている)を、10%以下が幻嗅を、約7%が見当識障害を経験することが明らかになった。過度な活発性と興奮状態も一般的に見られる (Tinklenberg, 1975; Ellinwood, 1975; Angrist, 1994)。クライエントは見当識がしっかりし、正常な記憶と適切な意識レベルを持つことが通常である。クライエントは精神病エピソードについて、驚くほど鮮明に記憶している (Tinklenberg, 1975; Ellinwood, 1975)。思考障害は存在しても、普通は軽度で一時的なものである (CSAT, 1997)。

意識が混濁するクライエントはまれで、その場合は耐性を形成していないほどの高用量からせん妄状態に陥っている場合が多い。奇異な、通常は自己愛的な、性行為が存在する場合もあり、破壊的な感情の噴出、あるいは理由のない暴力行為を示す場合もある。ある研究者は、比較的薬物経験の少ない使用者と慢性アンフェタミン使用者の精神病反応を比較して、その症状に差異は見られないとした。しかし、慢性使用者がより体系的妄想を持つのに対して、数日に渡って高用量のビンジングをした個人では、体系化されていない妄想や幻覚、パラノイド観念がより多く見られることを主張する研究者もいる。動脈内注射による薬物投与が症状に変化をもたらすことはないが、精神病への進行がより急速となる (Angrist, 1994; CSAT, 1997)。

薬物感作の役割

覚醒剤誘発性精神病に関しては、解決されない問題がいくつか存在する。薬物不使用期間の後に薬物使用を再開した際に、以前に必要とされたよりも少ない用量で、以前よりも急速に、より頻繁な有毒性精神病反応が見られることに関して、薬物感作(発火?)の役割をめぐって意見の相違が見られる。また、退薬後に経験する抑うつが悪化することにおける感作の役割についても、見解は分かれている。この「逆耐性」のメカニズムは、完全には理解されていない。動物実験では、毎日の断続的な覚醒剤投与が感作を引き起こすことが示されているものの、ヒトにおけるアンフェタミン誘発性精神病の研究では、結果はそれほど明瞭ではなかった (CSAT, 1997)。 しかし、1991年のSatel らによる、連続的にある治療プログラムを開始した50人のコカイン依存クライエントに関する調査では、3分の2(68%)が中毒中および薬物使用直後のクラッシュの最中にパラノイド精神病を経験した (Satel et al., 1991)。

このパラノアについて報告された特徴は、感作過程に一致するものであった。パラノイド反応を現したクライエント全体を平均すると、パラノイド症状が徐々に出現するまでに、数年のビンジング使用を経験していた。そして、明らかなパラノイド妄想を経験する以前に、ビンジング中の不安が徐々に激化していった。いったんパラノイアが出現すると、(クライエントの半数は、パラノイド反応を改善するために不正売買による抗不安薬を使用していたにもかかわらず)その後はビンジングのたびにより強い反応が生まれるようになり、ビンジングの開始からこれらの妄想出現までの時間は、段階的に短くなっていった。パラノイド精神病を経験したクライエントの半数は、 [自分たちが] ものを隠したり「点検」したりするなどの奇異な行動にとりつかれていることを認識していた。また、約5分の2のクライエントは、想像上の襲撃者から身を守るために武器を確保していた。このパラノイアの平均継続時間は12時間で、97%の症例で、ビンジング後のクラッシュから覚醒したときにはほぼ完全に消散していた (Gawin and Khalsa-Denison, 1996)。

1991年のBradyらによる、55人の治療中コカイン依存クライエントの研究報告では、53%がコカイン性精神病を経験し、大部分はより少量の薬物で精神病が出現するようになり、その頻度も増し、発現までのスピードもより速くなっていった (Brady et al., 1991)。アンフェタミンの感作については、その証拠はあまりはっきりしないものの、コカインの精神病誘発作用への感作が起こることは確かである (Angrist, 1994)。

ストレス誘発性精神病

もともと覚醒剤に誘発されて起こった精神病症状の再発において、ストレス、アルコール使用、不眠など、その他の「誘発因」が果たす役割についてもまた、議論を呼ぶところである。

一部の研究者は、長期不使用状態後にアンフェタミンあるいはMAを使用再開した場合でなくとも、ストレスによって精神病症状(妄想・幻覚・パラノイア・自殺願望)の再発が引き起こされる、と報告している (NIDA, 1998a; Sowder and Beschner, 1993; Spotts and Spotts, 1980)。

しかしAngrist は、アンフェタミン精神病に続く、自然発生あるいはストレス誘発性精神病に関するこれらの報告に疑問を投げかけている。というのは、報告された症例では、物質使用が継続されていた可能性を排除するための尿毒性が十分にモニターされていなかったのと、別の精神障害が同時に発症した可能性が検討されていなかったからである (Angrist, 1994)。

中毒性精神病の継続期間

中毒性覚醒剤精神病の継続期間もまた、議論の的となっている。一般的には、合併症を伴わない覚醒剤誘発性精神病は、さらに薬物が摂取されない限り、急速に消散する。しかし、日本人研究者数名 (すなわち Tatesu, 1964; Nakatani, 1990; Iwanami et al., 1994 [Angrist, 1994 で言及されているように] )が、 慢性覚醒剤使用者において、退薬から最高1年後のアンフェタミン代謝産物がもはや存在してない状態でも、継続していた精神病について報告している。

Angristは、西洋の研究者の間では長期継続する精神病はほとんど見られず、日本で観察された継続性精神病は、覚醒剤によって潜在性統合失調症(あるいは双極性障害)が顕在化した症例、あるいはアンフェタミン使用前に既存の障害が存在したが診断されなかったケースではないか、と主張している (Angrist, 1994)。Angrist はアンフェタミンが長期継続する精神病を引き起こす可能性について、一部の個人にとっては合併症となるかもしれない、と結論づけている。しかし、報告された研究では、クライエントの病前状態がはっきりせず、尿毒性のモニタリングによる物質使用継続の可能性も排除されていないことから、この結論は立証されていない。

中毒性精神病の治療

中毒性覚醒剤精神病の治療では、迅速な体系的視診、継続的な経過観察とモニタリング、そして症状の管理が必要となる。不必要な刺激はすべて減らすが、適度な照明と十分な空間を備えた部屋を提供し、急激あるいは唐突な動きを避け、控えめな会話を徹底することによって、完全な感覚遮断は避けるべきである。臨床家は、症状は薬物誘発によるもので、すぐに消退することを伝え、クライエントを安心させる (Tinklenberg, 1975)。最初はクライエントを制御するための拘束が必要になるかもしれない。その際は、四肢への負担が最小限であり、呼吸が妨げられておらず、体温損失が阻害されていないことを、たびたび確認することが重要である。興奮は、非経口ベンゾジアゼピン系薬、通常ジアゼパムによる鎮静を施し、迅速にコントロールする。

急性意識混濁状態の鑑別診断を、即刻行う。頭部外傷、頭蓋内出血、あるいは甲状腺亢進の可能性も考慮すべきである。重要な他者からの情報は有益であり、毒性検査も診断を確認するのに役立つ (Schrank, 1993)。

急性覚醒剤誘発性精神病は、一般的には、病院の精神科か類似の施設で管理されるべきである。症状が軽度で神経弛緩薬に容易に反応する小さな精神病エピソードであれば、場合によっては、人員が豊富な、独立した薬物依存設備での管理も可能である。この際、二重診断治療の訓練を受けた経験豊富な人員が、十分確保できていることが条件となる。症候群としては統合失調症、軽躁、うつ病、強迫性反応、緊張病などの精神障害と非常よく似ているため、薬物誘発性精神病の診断を確認するための尿検査が推奨される。しかし、陰性の尿検査が必ずしも覚醒剤の存在を否定することにはならない (Ellinwood, 1975; Tinklenberg, 1975)。 どの施設に収容するかの判断は、病状の持続性、人員の適性と訓練、摂取された薬物 [の種類] を考慮してなされるべきである。半減期の長い覚醒剤を長期ビンジングによって大量に摂取したため、高血漿濃度が蓄積しているMA使用者は、特に精神病発現中には暴力に走る傾向が見られる。パラノイアのため、患者は自分に対する投薬治療に猜疑心を抱き、攻撃的になりやすい。そして、病院から離れた後は、服薬指示には従わないことが多い。

精神病を発現した患者が、継続的な入院や入院治療を必要とするかどうかの基準は、患者自身や他者への危害のリスクとともに、バイタルサインの上昇、深刻な自殺念慮、自然消散の通常期限を超えた継続的な心理・認知障害、あらゆる内科疾患の重篤度、などである。ここでいう内科疾患には、重篤な心臓疾患、梗塞の病歴、併発するアルコール・バルビツール酸系催眠薬あるいはアヘン依存、糖尿病など慎重なモニタリングを必要とする疾患、が含まれる (Tinklenberg, 1975)。 内科的危機が解消する、あるいは患者の精神状態が24時間以上安定して、神経弛緩薬なしで自己鎮静できる状態になるまで、退院を考慮するべきではない。ハワイにおいて、実験的に塩酸ブスピロン (Buspar) が軽度の残遺精神病に対する治療に用いられたが、常用量よりも高量(60mg以上)で用いると効果が高くなるようである。この薬剤は比較的安全ではあるが、クライエントがベンゾジアゼピン系薬乱用歴を持つ場合は適切ではない。

攻撃性と暴力

アンフェタミン/MA乱用に関連して認識されている大きな問題は、突然で激しい暴力の可能性である (Miczek and Tidey, 1989)。MAと犯罪や闘争的行動との関連も取りざたされてきた (Sowder and Beschner, 1993)。 一部の調査だけでなく、法執行機関関係者、精神科医あるいは薬物使用者たち自身による逸話的報告では、覚醒剤は、攻撃性や理由のない暴力行為と結び付けられている。アンフェタミン中毒の最中に、殺人などの暴力行為を犯す使用者も少なくない。しかし、攻撃性、暴力に及ぼす覚醒剤の影響は複雑であり、矛盾するものでもある。この問題の性質と範囲に関しては、大きく意見が分かれている (King and Ellinwood, 1997; Miczek and Tidey, 1989)。

1987年の臨床観察および調査結果の再考察においてMiczek は、アンフェタミンの影響に関する異なる描写を見出した (Miczek, 1987)。一部の調査では、刑務所人口および未成年犯罪者の相当の割合が、アンフェタミン中毒の最中に犯罪を犯していることが示された。しかし、その他の研究においては、未成年犯罪者および敵愾心が強い人物の中で確認されたアンフェタミン使用者は、ごく少数であった。残念ながらこれらの研究では、符号標本に欠けていることと、薬物投与の用量と頻度に関して、不確かな情報を含む口頭による自己報告に頼っていることから、信頼性は乏しいものとなっている。激しい暴力行為は、慢性高用量使用者においてより顕著だということかもしれないが、いずれにしても、アンフェタミンと、過度に暴力的な行為、あるいはその他の攻撃的社会行動の確率の高さを結び付ける報告は存在しない (Miczek and Tidey, 1989)。

ヒトにおける覚醒剤関連の攻撃性、あるいは暴力に関するしっかりとした比較実験研究は非常に少なく、 [存在する研究] 結果は同様に両価的である。初期のコカインあるいはアンフェタミン研究では、行動的副作用としての攻撃性増加にまったく注目していなかった、あるいは気づいていなかったと思われる。実際、特定の覚醒剤(すなわちRitalin)の低量(10から30mg)投与については、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)と診断された5歳から14歳の子供における有効性がよく知られ、緻密に研究されてきた。これらの障害は、攻撃的破壊的であり、過敏で過活発な行動を呈する。マウス、ラット、リス、サル、ネコにおいて、アンフェタミンと隔離、苦痛、脳刺激を組み合わせて、誘攻撃性を誘発した動物実験もあるが、結果はまちまちであった。

攻撃性と防衛反応を決定する最重要要因は、状況、種、これらの行動についての以前の経験、用量、刺激の慢性性、だと思われる。たとえば、繰り返し侵入者に対峙している動物にアンフェタミンを投与した場合、攻撃的行動の相当な増大を引き起こす。もっとも重要なのは、一部の動物においては、攻撃性に対する二相性の線量効果があるかもしれないことである。すなわち、低用量でも、そして常同症と引きこもりに妨害されるようになるまでは、高用量でも、攻撃性は高められるのである (Miczek and Tidey, 1989; King and Ellinwood, 1997)。

別の研究では、ヒトの攻撃性おけるアンフェタミンの影響をより明確に示している。日本での最近の研究では、MA使用者はアルコール依存あるいは正常なコントロール群に比べて、言語的、物理的攻撃性および衝動性に関する検査の得点が高かった (Mukasa, 1990 [ Sowder and Beschner, 1993 の中で言及] )。それより以前の研究では、参加者は、競争相手に現金の報酬を与える、あるいはホワイトノイズ [白色雑音] の刑罰を与えることができるという課題において、5から10mgのアンフェタミン投与によって、参加者の攻撃性が増加した。それに対してカフェインでは、この攻撃的行動の頻度は減少した (Cherek et al., 1986 [cited in King and Ellinwood, 1997] )。

アンフェタミンの暴力に対する影響に関して、もっとも有益な解釈はおそらく、覚醒剤は暴力行為と具体的な、しかし複雑な関連を持つ、というものであろう。慢性の中-高用量MA使用、特に静脈内注射やその他の急速な投与経路で摂取された場合、暴力行為あるいはその他の形態での暴力が引き起こされる場合が多い。これらは、MAの行動的影響と心理的影響の相互作用(例:活発性過剰、興奮性、情動不安性、パラノイド妄想思考)と性格要因や社会環境が組み合わさった状況で生じるものである (King and Ellinwood, 1997)。言い換えると、高用量のアンフェタミンを常用している個人の一部には、特にパラノイド妄想を経験している場合は、激しい暴力を示す傾向があるかもしれない。しかし、それがどのくらいの頻度で起こるのか、あるいはどんな環境/性格特徴がこの反応を促進するのかについては、よくわかっていない (Miczek and Tidey, 1989)。

攻撃的行動の予防

コンセンサス・パネルでは、慢性MA使用者、特に精神病あるいは前精神病エピソードの最中にある場合は、衝動コントロールの低さ、パラノイア、判断力不足、誇大化の組み合わせが、暴力への自然な設定を形作ることを指摘する。MAは入手しやすく低価格なこともあって、長期作用性の薬物と継続するハイとの組み合わせが、暴力に傾きやすい傾向を伴うより深刻な/激しい退薬反応を引き起こす。アイスのビンジング後でクラッシュ直前のツィーカーは、挑発されなくても攻撃的に反応し、対立は暴力反応の可能性を増大させる。

薬物誘発性精神病では、被害意識およびパラノイアの知覚に対応して、暴力の可能性が増大するようなので、この否定的で危険な反応を予防するための、正常な行動を管理するためのテクニックが不可欠となる。図5-8 に示したテクニックは、その有効性が実証されており、ER関係者だけでなく、救命士や警察官にも適用されるべきである。

覚醒剤使用障害者に見られる併発障害

覚醒剤使用者は、驚くほど多くの併発あるいは既存の障害を持ち、これらが鑑別診断を困難にし、治療を複雑にしている。近年研究者は、覚醒剤依存に対する脆弱性の潜在的な指標として、病前状態が持つ意味に、大きな興味を示すようになってきた。Majewska は、遺伝的、発達的、外傷的、神経毒性的要因による病前の神経欠損と、薬物嗜癖に対する脆弱性の間の疫学的相関関係を確立するためには、さらなる研究が必要であると指摘している (Majewska, 1996)。 より具体的には、前臨床研究および調査によると、AD/HD に見られる神経欠損、神経解剖学的異常、鉛中毒、アルコール依存、外傷性脳病変、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が覚醒剤嗜癖に対する脆弱性と関連する可能性が示唆されている。別の研究者 (Bauer, 1996) は、コカイン使用障害と併発することが多い一連の症状、あるいは障害をリストアップした。これらの相関現象は、コカイン乱用および依存の後遺症に関する研究のみならず、これらの障害を引き起こす潜在的リスクファクターに関する研究にも混乱を与える可能性があることを指摘した。これらには、非社会性人格障害、うつ病、その他のDSMの第1軸障害、複数物質使用、攻撃性、アルコール依存やその他の物質使用障害の家族歴、向精神薬の処方歴、発作、頭部外傷、HIV/AIDS、その他の主要内科疾患が含まれている。

続く項では、覚醒剤使用者の間でもっとも一般的な病前および併発の障害について記述し、治療上の注意についても一部言及する。

多物質使用

多種の合法、非合法精神活性性物質の同時使用は、よく見られる覚醒使用の相関現象である。これらの物質は、使用における陶酔後の段階で経験する、不快な症状を軽減するために用いられることが多く (Weis, 1997)、 覚醒剤中毒の特定の効果を長引かせる、あるいはそれに対抗するために摂取されることもある。気分状態や効果を滴定するために、異なる組み合わせの物質が用いられる (CSAT, 1997)。

コカイン使用者は、アルコール、マリワナ、アヘンを好む傾向がある。一般的にMA使用者の間では、コカイン使用者に比べてアルコールの使用は少なく、マリワナの使用は多い (CSAT, 1997)。 覚醒剤使用者の間では、タバコの喫煙はほぼ当たり前であり、通常ストレスを和らげるためである。スピードボーリングは、アヘンとコカインあるいはその他の覚醒剤との同時使用で、各薬物の影響を滑らかにすると考えられているため、多くの地域でいまだに流行している。精神障害対して処方された神経弛緩薬を服用しているクライエントの中には、これらの抗精神病薬の鎮静効果に対抗するために、覚醒剤を摂取する者もいる (Weis, 1997)。

様々な報告によると、コカイン使用者の62から90%がハイを長引かせ、ビンジングの終わりに出現する不快な興奮や不眠を軽減するために、アルコールの同時使用をしている (Gold, 1997; Gold and Miller, 1997)。しかし、コカインとアルコールの組み合わせは、特に危険だと思われる。 研究者は、これらふたつの物質が同時に使用された場合、コカエチレン、 [すなわち] ベンゾイルエクゴニン中のエチルエステルが肝臓中で形成されること、そしてこの代謝産物は肝臓にとっては特に有害であること、を明らかにした。コカインとアルコールを組み合わせる物質使用者は、両者を別々に使用するよりも、強い快楽を得られるかもしれないが、同時に、コカインとさらに強力なコカエチレンの両方の毒性の組み合わせに暴露することになる (Gold, 1997; Cornish and O'Brien, 1996) 。Mendelson らは、アルコール摂取とMA静脈注射の組み合わせが、使用者の主観的中毒症状を増大するだけでなく、深刻な障害になりえるような心臓血管反応も増加することを示した (Mendelson et al., 1995)。 また、Yamamura らは、この組み合わせが身体障害、精神障害の双方を悪化させることを報告した (Yamamura et al., 1992)。 コカエチレンの半減期(2時間)は、コカイン(38から60分)より長いため、この組み合わせに見られる蓄積および嗜癖効果は、致命的な心臓発作および卒中の確率を増加させる(コカイン単独使用に比べて突然死のリスクは約18倍となる)。

コカエチレンは、コカイン関連の高血圧を長引かせ、それによって小さな血管の頭蓋内梗塞の可能性を増大させる。さらに、コカエチレンは、コカイン使用者が経験するパニックおよび不安発作も増加させ、特にそれらの発作が、既にある期間持続している場合は、その傾向が顕著となる。コカエチレンが興奮性やより頑固な退薬症状を引き起こすことも、ある程度示唆されている (Gold and Miller, 1997)。暴力の喚起と興奮の激化におけるコカエチレンの役割についても、現在調査されている (Schrank, 1993)。

情動不安効果を軽減させるためのベンゾジアゼピン系薬とコカインの併用もまた、一般的に見られる。この組み合わせは、呼吸抑制を促し、精神状態の変容を長引かせるが、特にコカイン使用の前にジアゼパンムを摂取した場合は、発作のリスクは軽減する可能性がある (Schrank, 1993)。

覚醒剤使用者の間でのマリワナ流行は、その薬理特性による説明が可能である。マリワナは鼻粘膜の血管拡張を促すので、コカインによる血管収縮を軽減し吸収を助けることになる。コカインを吸い込む前のマリワナの喫煙は、陶酔効果が頂点に至るまでの時間を縮小し、バイオアベイラビリティ [生体利用効率] を高めることによって、最大コカイン濃度を高めるようである (Gold, 1997)。

精神障害

大部分の覚醒剤使用者は、精神障害を併発していると考えられている。治療を求めてきたコカイン使用者約300人に関する1991年の調査では、約70%が、アルコール依存、大うつ病、双極性障害、快感消失症、不安、恐怖症、非社会的性格、幼児童期のAD/HD、などの精神障害歴を持っていた (Rounsaville and Carroll, 1991)。 この調査に先立って少なくとも4つの研究が、PTSDに加えてこれらと一致する精神科診断名の大部分と、コカインのコモビディティについて、類似の結果を示した (Majewska, 1996)。調査の対照となった治療中コカイン使用者うち、半数もの人がうつ病の生涯診断を、20から25%が周期性気分障害を持っていた。また、これらのクライエントのかなりの割合が、境界性あるいは非社会性人格、PTSDあるいは残遺AD/HDを報告していた (Gold, 1997)。これらの精神障害は、一般人口に比べて覚醒剤使用者の間でより一般的であるといえる (Weis, 1997)。

通常は不安、恐怖症、AD/HDおよび非社会性人格はコカイン依存に先行することが多く、アルコール依存・うつ病・パラノイアには覚醒剤使用が続くのが一般的である。覚醒剤誘発性精神病の症状は、統合失調症の症状に酷似しており、コカイン/アンフェタミンの大量使用は、潜在性統合失調症の発現を促進すると思われるが、これらふたつの障害は深く相関しているわけではない (Majewska, 1996)。パニック発作は、コカイン使用の相関現象のひとつである。この障害のリスクは、コカインへの感作によって増大する可能性もある (Gold, 1997)。

併発する精神障害を覚醒剤関連の障害と区別するのは、容易なことではない。急性あるいは慢性覚醒剤中毒は、恐怖症、強迫症、パニックあるいは全般性不安からくるものと区別不可能な不安症状を引き出すこともある。覚醒剤誘発性精神病と統合失調症の症状の共通点についても、よく知られている。覚醒剤からの退薬が、別の原因による大うつ病からくるものと区別不可能な抑うつを引き起こすこともある (Gold and Miller, 1997)。覚醒剤誘発性の情動不安、抑うつ、パラノイア、不安と真性の精神障害とを識別するには、すべての覚醒剤使用を中止してから、少なくとも1ヶ月が必要となる。

覚醒剤使用障害の予後は、別の未治療精神障害(あるいは物質使用障害)が存在するとき悪化する。精神障害および薬物依存障害を併発するクライエント関しては、これら双方の治療が必要となる。通常は薬物不使用状態に伴って、精神障害も改善するはずである。別の嗜癖を回避するためには、低い抗コリン作用性と鎮静作用を持つ抗うつ薬、神経弛緩薬の使用が望ましい。鎮静催眠薬およびベンゾジアゼピン系薬は、これらのハイリスク集団においては慎重に用いる必要がある (Gold and Miller, 1997)。

内科疾患

急性か慢性かには関わらず、あらゆる既存の内科疾患は、覚醒剤中毒および退薬のストレスにより、複雑化し激化することが考えられる。特に危険な合併疾患には、発作、冠状動脈性心臓病、心臓あるいは甲状腺の障害、高血圧、呼吸器および肺の疾患などの病歴が含まれる。卒中のリスクファクターである高血、・腎不全、糖尿病が、コカイン/クラックの喫煙によって悪化することもある (Cornish and O'Brien, 1996)。

既に別の内科疾患のため服薬をしているクライエントには、その服用薬と覚醒剤が混ざることによって、特有のリスクにさらされる可能性がある。たとえば、抗うつ薬、高血圧の治療薬、抗精神病薬などと覚醒剤の混合がこれにあたる。これらの薬物の相互作用については、予測が困難である。

母体のクラックあるいはMA使用が、妊婦ケア中や分娩室において、妊娠、出産合併症、尿毒性の陽性反応、あるいは物質使用歴によって明らかになることもある。子宮内で覚醒剤の暴露を受けた新生児は、神経行動的障害を呈することもあるが、これらはアヘンあるいはアルコール暴露の新生児に見られるほど、顕著で危険なものではない。新生児における覚醒剤暴露の症状は、一時的なもので、即時的な介入を要するものではないと考えられる。しかし、通常これらの新生児は過敏で、怯えやすく、元気がなく、気分が不安的で、眠ってばかりいる。驚きの反応が目立ったり、CNSが不安定であったり、長時間なだめることもできず泣き続ける特徴も見られる。血管破裂の兆候を見せるケースも少数存在し、まれだが特に心臓、消化管、骨格系に先天性奇形が見られる場合もある。乳幼児突然死症候群のリスクは、わずかに高くなっている。

基本的な管理は、静かな育児環境で緻密に観察すること、優しく扱うこと、授乳パターンによく注意すること、母親とのプラスの絆を促進すること、などである。覚醒剤暴露新生児の査定、診断、管理についての情報は、TIP 5, 薬物暴露乳幼児治療の向上 Improving Treatment for Drug-Exposed Infants (CSAT, 1993) で見ることができる。

外傷

軽度から重度の外傷のために病院の救急診療部に現れる患者には、様々な種類の喧嘩や自己に巻き込まれた覚醒剤使用者が含まれる。喧嘩による手の骨折の割合は、特にMA使用者の間で高いようである。TIP 16, 入院外傷患者のアルコールおよびその他薬物スクリーニング Alcohol and Other Drug Screening of Hospitalized Trauma Patients (CSAT, 1995b) では、覚醒剤乱用を含む急性および慢性物質使用障害を持つ外傷患者を同定し管理する方法について、適切な情報が提供されている。そこでは、広く用いられているスクリーニング検査のいくつかについて記述されており、これらは病院関係者が、意識のある外傷患者の物質使用状況を判断するときに役立つ。また、物質使用、乱用、依存の可能性を示すような症状を持つ個人の、物質使用状況を判断するための臨床検査法も含まれている。

アセスメントと診断

診断は、DSM-IVで確立されているアンフェタミンあるいはコカイン乱用/依存の診断基準と、そこで挙げられているるその他の要素に基づいてすることができる (American Psychiatric Press, 1994)。治療費払い戻しのためには、国際疾病分類 International Classification of Diseases (American Medical Association, 1997)に基づく基準を反映させた診断が必要とされる場合もある。適切かつ正確なクライエント病歴、尿毒性検査あるいは類似の臨床検査、身体的兆候と精神状態についての臨床観察、などからの情報を得ることによって、診断に達する作業はかなり容易になる。

病歴

過去30日に用いた物質および医薬品を含む、適切な物質使用歴が必要である。そこには、通常の摂取量、頻度、投与経路を含めた具体的な物質名、あるいは主に用いる組み合わせ;使用/乱用期間;最後に使用した時間と量、そしていつ症状・病状が始まりどのように進行してきたか、なども含まれる。クライエントがビンジングをした場合は、これと以前のエピソードに関する簡単な記述も有益である。さらに病歴には、以前の発作、せん妄振戦、心臓および肺障害、パラノイド反応(妄想や幻覚を伴うも、伴わないものの両方)、その他の深刻な内科的、心理的疾患および精神科診断、そして現在クライエントが服用しているすべての医薬品も、含めるべきである。覚醒剤使用障害をもつ人々は、他のタイプの物質使用障害者たち(すなわち、アルコール依存)に比べて、遺伝的要素あるいは家族歴を持つ可能性は少ないが、身内における、その他の物質乱用あるいは精神障害に関する情報から、得られるものは多い。

ERで対面する患者に関しては、必要に迫られてのことだが、物質歴および病歴は簡潔で、現症状や主訴の原因となりえるもの、あるいは患者の管理と反応を複雑にする可能性のある内科的、精神的障害に焦点を絞ることになる。病歴を聴取する前に患者を内科的に安定させ、患者自身、あるいは他者に危害を与える可能性について査定する。患者は自らの症状や状態を誇張したり、却下したりする傾向があることを念頭に置き、できるだけ重要な他者を用いて、病歴の正当性を確認する。患者がせん妄あるいは精神病状態にある、あるいは反応できない場合に、付き添いの友人や重要な他者から、前後の事情について情報を聴取することは、特に重要である。物質歴聴取をするのに、症状管理を待つ必要がある場合もある。

物質使用障害を確定するために作成された、様々なスクリーニング検査は、病歴の補足となりえる。しかし、これらの検査は、急性精神病状態あるいは中毒状態の個人に施行された場合、信頼性は低くなる。これらスクリーニング検査の多くは、TIP 16, 入院外傷患者のアルコールおよびその他薬物スクリーニングAlcohol and Other Drug Screening of Hospitalized Trauma Patients (CSAT, 1995b) で記述されている。

尿毒性

クライエントが最近使用した物質を同定するために、尿検査あるいは毒性検査を用いることができる。この検査は、臨床家の個人的アセスメント、および観察を確認するために不可欠である。ベッド脇や患者の横に、より本格的な検定法を待たずに、素早く結果が得られる尿の免疫学的検査キット(検尿)を用意しているERもある。これらの結果については、病院設定での処理に6から8時間を要する追加的臨床検査によって、正当性を確認することが可能である。

検尿あるいは酵素波及免疫測定法 Enzyme Multiplied Immunoassay Technique (EMIT) の結果は、医療目的に用いるのが適切であり、分析過程の管理が確立されていないため、刑事告発のためには使用できない。物質使用を判定するための別のテクニックとしては、髪、血液、汗、皮膚標本の分析が挙げられる。しかし一般的には、尿検査が、個人における物質使用の標準判定法となっており、その他の検査は利用できないような医療場面であっても、尿検査は容易に利用できるようになうな状況である。尿検査はまた、血液標本を採取したりするその他の検査に比べて、安価でもある。 [物質] 使用とその時間/量を確認するためには、通常は定性分析と定量分析の両方が必要となる。大量の薬物が検出された場合は、覚醒剤の身体系からの排泄を観察するために、検定を繰り返し行うことも可能である。

尿物質検査では、物質の標準セットが検証されているわけではないので、医療関係者は、疑われる物質を検出する検査が含まれていることを確認しなければならない。また、どの毒性検査を用いても、特定の物質が摂取されたか、あるいは物質が摂取されたかどうか、を確実に判定することは不可能である。検出制限が広すぎるためかもしれないし、あるいはある種の物質は尿標本が採取される前に、完全に代謝されてしまうためかもしれない。また、陽性の結果が、最後に物質を使用したのがいつかを示唆するわけではない。一部の物質の代謝産物は、最終使用後数日から数週間に渡って検出可能であり、尿中の代謝産物を検出するには、物質使用後からしばらく時間が経過している必要がある (CSAT, 1995b)。

覚醒剤は、使用後薬24時間から48時間の間、尿中検出が可能である。単回投与の場合は最高3日後、反復高量投与の場合は、最高7日から12日後の検出が可能である (American Psychiatric Press, 1994)。MAに比べて、コカインは排泄が急速で、尿標本中の検出はより困難となる。しかし、EMIT 検査では、コカインの不活性代謝産物であるベンゾイルエクゴニンを、最終摂取の最高72時間後まで、尿中から検出することができる (Weis, 1997)。相当のコカイン使用歴を持つが無症候性の3人のクライエントにでは、最後のコカイン中毒から最高22日後まで、ベンゾイルエクゴニンが尿中検出された (Goldfrank and Hoffman, 1993)。処方薬および市販薬(例:ダイエット剤、かぜ薬)の多くは、フェニルプロパノラミンあるいはエフェドリンを含有している。これらは、アンフェタミン用のEMITあるいはRIA(ラジオイムノアッセイ、放射免疫測定)では陽性を生じる可能性がある物質である。アンフェタミン摂取を確認するためには、フェニルプロパノラミンあるいはエフェドリンに対しての交差反応性を持たない検査法が必要となる (Hawks and Chiang, 1986)。

身体的兆候と精神状態

バイタルサイン(体温、血圧、心拍数、呼吸数)のモニタリングから得られるデータを用いて、身体的兆候によって示唆される診断の正当性を確認する。さらに、急性あるいは慢性使用者について、あるいは退薬段階のものとして記載されているような身体的症状が観察された場合も、この確認の助けとなる。同様に、観察から得られる心理および精神状態に関するデータが的確な場合もあるが、精神状態を判定するための様々な検査法も存在する。

鑑別診断

診断過程においては、類似あるいは同一の様態をとる障害および疾患について、排除するか含めるかを検討する必要がある。既述のように、覚醒剤使用者の多くは、双極性障害、境界性人格などのような精神疾患を合併している。同様に、継続ケアと医療管理を最適なものとするためには、心臓発作や発作の原因を判定する必要がある。

合併する精神障害(二重診断)の鑑別診断がなされる前に、クライエントは一定期間、少なくとも3、4週間は物質を断つ必要がある。その間症候群および症状の治療に当たり、診断としては精神障害:特定不能(NOS)、としておく。物質使用と気分障害の合併が示唆される症状を持つクライエントの診断過程に関する、詳細情報は、TIP 9、 精神疾患とアルコールおよびその他の薬物乱用を合併する患者のアセスメントと治療 Assessment and Treatment of Patients With Coexisting Mental Illness and Alcohol and Other Drug Abuse (CSAT, 1994a) に見ることができる。

現行の研究によって、新型の脳画像テクニックの、薬物誘発性とその他の形態の精神病とを区別における有効性が実証された場合、これらのテクニックは、鑑別診断のための有望なアプローチとなるであろう。

治療プログラムと医療施設との連携を確立する

ERは、覚醒剤使用者が、医療システムおよび治療に初めて接触する場所である可能性があるため、治療の連続体を確立しサポートするための努力が必要となる。この治療連続体とは、物質使用者が必要とする、あらゆるサービスやプログラムの間の連携を意味する。治療構成要素の間の連携を確立し強化する責務は、病院のスタッフのみが背負うべきではなく、またそれを期待するのも非現実的である。 [全機関の] 協力と賢明な利己欲 [社会のためになる自己利益] が期待される。コカインおよびMA使用者は、治療システムに乗らない限り、より深刻化する身体、精神障害の治療を求めてERや病院のその他の部門への来訪を繰り返すだけである。覚醒剤使用障害および覚醒剤乱用/依存は、生涯的で再発する疾患であり、継続的な管理とサポートを必要とするのである。

したがって、治療プログラムが、病院との連携を確立する主要責務を負うべきで、そのためのアプローチがいくつか考えられる。もっとも模範的かつ成功の確率が高いアプローチは、物質乱用治療カウンセラーあるいは正看護師/ソーシャルワーカーを、病院などの医療施設に定期的に派遣することである。これらのスタッフは、覚醒剤関連あるいその他の物質使用問題を抱え、持続的な治療連続体へのアクセスを必要としているクライエントを同定し、選別し、励まし、フォローアップするのである。アウトリーチの専門家による直接訪問は、特にクライエントが一定期間入院している場合は、危機を経験することによって高まっている、治療開始への動機付けをサポートするのに非常に効果的である。危機は介入の機会を作り出すもので、クライエントにとって、別のライフスタイルの選択と長期的治療の必要性についての考慮が、普段よりもずっと受け入れやすい状態になっている。

物質使用障害治療のスタッフの作成、提供による、利用可能な覚醒剤使用および/あるいはその他の物質使用障害のための、治療施設のリストを配布することも、病院スタッフにとっては現実的なアプローチである。しかし、危機にあるクライエント、特にクラッシュの初期段階にある(そして非常に眠い)、あるいはパラノイドのクライエントの場合は、示唆される紹介に従う可能性はあまり高くない。

ある種の教育的資料、特に退薬症候群、薬物誘発性精神病、内科的合併症に関するものは、クライエントあるいは重要な他者が進んで読む場合は、有効となりえる。毎日接するクライエントを理解するためには、医師やその他の医療スタッフにとって、嗜癖過程に関する知識は必須である。したがって、連携および紹介メカニズムの確立と利用について学び、積極的にサポートするためにも、物質使用障害治療の領域におけるクロストレーニング [交差訓練] は不可欠である。病院で治療を受ける人たち全体の、少なくとも4分の1は、何らかの種類の物質使用に関連する問題を抱えている、と考えられている。

物質使用者における変化への動機付けは、判定が困難な場合が多い。しかし健康障害が、考慮段階から実行段階へと移る動機付けとなる場合もある (Prochaska et al., 1992)。 急性薬物エピソードによる入院患者と接する医療関係者は、薬物使用による障害があまりにも急性だったため、入院しなければならなかったという事実を、最大限に活用するのもよい。

病院ではしばしば、「フリークエント・フライヤー [頻繁に病院を利用する人] 」として知られる人々との対応を迫られる。これらは、物質使用に起因する内科および精神合併症のために、病院のERあるいは入院病棟への出入りを繰り返す人々である。これらの患者の経済的負担は重く、医療保険に加入していなければ、病院の治療費は回収不可能となる場合もある。病院と地元の治療施設とが協力して手配することによって、戸別の薬物 [使用障害] 治療が可能となる。

治療に対する同意を獲得する

クライエントの治療に対する同意を獲得し、クライエントの物質使用に関する情報を他者から収集し、継続ケアのための紹介を行い、医療保険会社からの払い戻しを求めるのも、病院のスタッフの仕事である。そのために、連邦および州の特別法の条項やクライエントの守秘義務を守るために42 U.S.C. 290dd-2 (1992) および C.F.R. Part 2 に制定された規則に精通していなければならない。中毒あるいは精神病状態のクライエントは、治療に対するインフォームド・コンセントを提供する能力が減少しているかもしれない。一時的であれ、血縁者からコンセントが得られた場合は、これは「身元が分かる情報開示」と見なされ、連邦ガイドラインの対象となる。クライエントを病院から別の治療プログラムに紹介し、予約を取り付ける場合も、スタッフは情報開示をすることになり、一般的には規定の情報を含むクライエントの同意書が必要となる (図5-9 参照)。

医療救急時に必要とされる情報は、特別に例外扱いとなる。生死に関わる様態を治療するために、必要と思われるクライエントの健康上あるいは治療に関連する事実を、医療担当者に提供することは可能となる。しかし、たとえばクライエントを救急ケアに移送するのに先立って、治療プログラムがこういった情報を病院に提供する場合、救急事態の性、どのような情報が開示されたのか、開示を行った担当者の名前や日時などに関する具体的なデータを、クライエントのカルテに記録しなければならない。同意書、守秘義務を含む連邦法に定められているその他の交信に関する詳しい情報は、TIP 19、アルコールおよびその他の薬物からの解毒 Detoxification From Alcohol and Other Drugs, (CSAT, 1995d) で提示されている。

  1. 覚醒剤使用障害の治療
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