動機づけ介入は、プラス方向の行動変化を促進するアプローチで、比較的新しいものではあるが、その有望性は評価されている。このアプローチは、クライエント中心カウンセリング、認知療法、システム理論、そして変化の超理論モデルtranstheoretical model of change (Miller and Rollnick, 1991)などを源に生まれた。今日までに、動機づけ介入は様々な種類の問題、クライエント集団、設定において有効に用いられてきた(第2章参照)。また、本来は過剰飲酒者や過剰喫煙者を対象に開発されたものではあるが、その方法論は一般的に応用可能と思われる。これまでに動機づけ面接や動機づけアプローチを用いた短期介入に関する多くの比較臨床試験が実施され、有望な結果が示されている (Bien et al., 1993; Noonan and Moyers, 1997)。
多くの革新的治療アプローチの例にもれず、動機づけ介入に関しても、いまだ回答を得ていない疑問がたくさん存在する。とりわけこの概念は、誕生から比較的短期の間に進化してきたことも関連するかもしれない。これらの疑問の多くは、現在進行中の幅広い計画一覧の中にすでに課題として含まれている。その他の疑問は、臨床応用に関するより現実的な問題といえる。また、これらの疑問の大部分は複雑で互いに絡みあっているので、これらを解きほぐして回答を見つけるのは、困難な作業である。
追加研究が必要と思われる疑問、課題のいくつかを以下に挙げる:
- 動機づけ介入における有効成分は何か?
短期介入における共通要素を特定し、動機づけアプローチにより根本的な要素を加えよう、という試みがなされてはいるが。しかし、別々の要素を分配し、どの要素が最も重要か、あるいはどの組み合わせが最も有効かを特定するような体系だった研究はなされていない。このアプローチについての議論では、例えば、聞き返し、体系的フィードバック、矛盾の発展、決断バランス、などはそれぞれのある程度卓越性が主張されてはいる。しかし、この疑問に対して、単純な回答はおそらく存在しない。クライエントによっては、モデルのある側面に対して、別の側面に対するよりもよい反応を示すだろうし、変化の過程の異なる時点で反応するだろう、というのが利用である。
- 動機づけ介入の標準化は可能か?
有効成分に関する第一の疑問から必然的に派生するのは、動機づけアプローチを訓練マニュアルにうまく統合することは可能か、という疑問である。こうしたマニュアルがあれば、臨床家に基本的な要素について教え、モデルへの忠実度をモニターするために利用できるからである。このようなプログラムの一例はすでに存在する。国立アルコール乱用・アルコール依存研究所 National Institute on Alcohol Abuse and Alcoholismから出版された Project MATCH マニュアル(Miller et al., 1995c).である。
- 動機づけ介入によって最もメリットを受ける、または最もメリットが少ないクライエントはどんなタイプか?
ここには、医療費抑制への関心から、「動機づけ介入のみを与えればよい」と結論付けてしまう危険性がある。現時点では、短期動機づけカウンセリングに誰が反応し、誰が反応しないのか、そしてその理由について、知られていることが少なすぎる。短期動機づけ介入に関する研究の約半数は、アルコール問題に関する治療を求めていない一般医療設定における過剰飲酒者を対象にしたものである。その他に、動機づけ介入がそれに続く治療の有効性を高める、という研究もある (Bien et al., 1993; Noonan and Moyers, 1997)。Project MATCH では、4セッションの動機づけ強化療法と12セッションの外来治療と比較し、全体として同等の長期的効果が見られた。ここでは、依存がより重篤なクライエントには、より長期の治療が功を奏することを示唆する若干の証拠も示された(Project MATCH Research Group, 1997a)。短期動機づけ介入のみが必要なのは誰で、より集中的な治療が必要なのは誰かを予測するには、時期尚早である。
- 動機づけ介入における、定義・測定可能な標準的効果は何か?
動機づけアプローチは、物質使用のパターン、 功を奏する治療への紹介、治療へのコンプライアンス、規定の治療の無事終了など、様々な要素に影響を与えるべく、用いられてきた。どんな効果が期待され、測定可能であるかについては、研究評価によって特定されなければならない。動機づけ介入おける課題のひとつは、現時点では研究において効果の規模が一定でないことである。同様に、介入のターゲットが、医学的または治療的アドバイスへのコンプライアンスにあるとき(例:処方された通りに薬を飲む、エクササイズやリハビリプログラムに定期的に参加する、など)、どの程度の効果が期待され、その効果はどのくらい持続するのであろうか。これに関連して、もし長期的な効果があるとしたら、それに先立つ効果によってそれを予測できるだろうか、という問題もある。
- 臨床家のどういった特性が、動機づけ介入の有効性に影響するのか?
クライエントと同様に臨床家も個人的特性を持っている。これらの特性は、どのくらいモデルに対して忠実になれるか、そして[モデルに対して]どんな期待を持つかにマイナス、またはプラスの影響を及ぼす。例えば、医学的・権威的な声色で短いアドバイスを提供する臨床家や、慎重な訓練を受けていない臨床家は、動機づけ面接のスピリット[精神]は傷をつけ、これによって研究結果にはマイナスの影響を与えてきたのかもしれない(Noonan and Moyers, 1997)。動機づけ面接は、すべての臨床家に適するアプローチではない。
- 段階に応じた介入は適切か?
準備性の初期段階にあるクライエントは、行動変化に重点を置いた介入よりも、動機づけに重点を置いた介入によりよい反応を示す、という研究がある(Heather et al., 1996b)。これは、異なる戦略が異なる変化の段階において最適となることを示唆している。別の疑問は、ある種の動機づけ戦略は、特定の変化段階 (Perz et al., 1996)、または特定の母集団(Obert et al., 1997) のみにおいて適切なのか、というものある。実行指向型治療は、実行段階のクライエントに対してより効果的であろうか。実行段階のクライントに動機づけ面接と行動変化療法を与えたところ、その効果は同等であった、という研究が2つある(Heather et al., 1996; Project MATCH Research Group, 1997a;)。どの介入法が、どの段階の、またはどのような集団のクライエントにより有効なのか。将来学ぶべきことは、たくさんある。
- 評価が安定している規模の大きい物質乱用治療に比べて、動機づけ介入はどのくらい効果的で、コスト有効性が高いのか?
少なくともひとつの臨床試験は、成人マリワナ使用者の間で、その使用を減らす、または非使用状態を達成し維持するための援助法として、動機づけ面接はより規模の大きいサポートグループに劣らないことを示している(Noonan and Moyers, 1997)。同様に、Project MATCHでは、動機づけ強化アプローチを、2つのより長期の治療法と比較して、低いコストで全般的に同等の治療効果を示した。動機づけアプローチが、ある種のクライエントに対しては現実的かつコスト的に適切な介入法である、と断言するには、このタイプの研究の追試と改良試が必要である。
- 文化や背景(状況)は動機づけ介入にどんな影響を与えるか?
Project MATCH では、アフリカ系アメリカ人、中南米系アメリカ人、非南米系白人の外来患者において、動機づけ強化療法、およびその他2つの治療アプローチに対する反応に違いは見られなかった(Project MATCH Research Group, 1997a)。しかし、大部分の研究でもそうであるが、ここでは民族的背景が自己特定式で、またあまりにも単純に定義されている。「エスニック・グロス」とも呼ばれる非常に雑なカテゴリー化によって、グループ内の異質性が無視されており、今後民族性の影響に関するより緻密な分析が必要とされる(Longshore and Grills, 1998)。文化変容のレベル、言語、そしてカウンセラー・クライエント間の調和なども、動機づけ介入の過程と効果に影響を与えるはずである。
- 動機づけ介入を指導するには、どのような訓練とサポートが必要か?
このTIP で述べてきた臨床アプローチは、一連のコツやテクニックというよりは、動機づけスタイルのカウンセリング、というべきものである。臨床家によって、その動機づけカウンセリングの有効性も異なる(Project MATCH Research Group, 1998b)。動機づけ介入法の指導への要求が高まる中、考慮されるべき質問には、以下が含まれる:この動機づけアプローチを指導する際、「テクノロジー・トランスファー(技術移転)」の側面とは何であろうか。治療中および治療後のクライエントの反応に影響を与えるように、カウンセラーの実践行動を変えるには、どのような形式の訓練が最も効果的であろうか。動機づけ介入を指導する際、どの側面が最も重要であり、その指導にはどのような方法が最も効果的か。いずれにせよ、既に確立された臨床実践を変えるためには、一度のワークショップ・プレゼンテーション以上のものが必要だと思われる。最も有望と思われるのは、これからアディクション治療の専門家を目指す人向けの訓練の中に、このアプローチを取り入れることであろう。
2つの診断名を持つ入院患者の動機づけ面接
私が動機づけ面接(MI)に興味を持ち始めたのは、我々のチームが精神科病棟から退院した2つの診断名を持つ患者のアフターケアへの参加率を改善しようとしていた時でした。この種の患者に対する動機づけ介入の有効性に触れた文献がほとんどないことは、大きな驚きでした。そこで、我々のチームは、2つの診断名をもつ患者に対するMI の有効性についての研究を行うことにしたのです。まず患者の半分を、標準型治療(ST) に振り分けました。この治療は、入院患者用の標準精神科治療で、チームがアフターケアの重要性を説明して励ます、という標準退院プランも含まれていました。残りの半分には、STに加えて動機づけアセスメント、入院時に[アセスメント]結果のフィードバック、それから退院直前に1時間の動機づけ面接を与えました。
結果は、二つの診断名を持つ患者のうち、MI 群では退院後最初の外来予約に現れる確率が、ST 群に比べて、2.5倍高くなりました(Swanson et al., 印刷中)。これは、事実上何の修正も加えられていないMIの有効性を示唆するものです。介入アプローチは、動機づけが非常に低い患者に、特に有効のようのようでした。これは、これらの患者が自分たちのアンビバレンスについてより語る傾向があって、我々としてはMIをアンビバレンスを解消するのに最適な方法として捉えているから、というのが理由かもしれません。他にも我々が学んだこととして、患者にどうしてアフターケアに参加しないのか、と聞くことは驚くべき効果を持ちます。これが治療者と患者の間のラポールの強化につながるからでしょう。どうも患者に、我々はアフターケアの重要性について話すだけではなく、それに対する患者のアンビバレンスについて喜んで話し合準備がある、ということを伝える意味があるようです。
患者はまた、アフターケアに参加しない理由について直接問いたださないことに対しても驚いていました。例えば、患者が「もうよくなったのだから、アフターケアは必要ない」と言った場合、我々は「しかし、よくなった状態を保つには、治療を続ける必要がありますよ。」とは言いません。その代わりに、自由回答形式の質問(例:「よくなったのは何のおかげだと思いますか。」または簡単に「それについてもう少し話してください。」)を用いました。または増幅した聞き返し amplified reflection (例: 「また治療が必要になることは、二度とないということですか。」または、より脆弱な患者に対しては「治療を続ける必要があるかもしれないのは、どうしてでしょうか。これを考えるのはつらいことかもしれませんね。」)仕事の時間を削られる、とか家族が嫌な顔をするなど、患者がアフターケアを続けることの具体的なデメリットに言及した場合は、自由回答形式の質問または聞き返しで同様に反応しました(例:「あなたにとって仕事はとても大切で、何者にも邪魔されたくないみたいですね。」)。たいていの場合、このような質問と反射によって、最終的には患者自身が、自分の最初の反抗的な発言に反発するようになります。たいへん難しい患者までもが、アフターケアの考えを受け入れるよう自分を説得することなりました。しかも、彼らは我々が及ばないほどうまくその説得をやってみせたのです。MIは我々がその過程を援助するための最高の手段を与えてくれます。ここで、最も重要なことは、実は何をしないか、ということでした。具体的にはクライエントと言い争う、もしくは彼らのアフターケアに対する(時には)非論理的な考えに対して、治療の観点から異論をはさむことさえしてはいけないのです。代わりに、我々は動機づけの芽が生じるのを待ち、患者がそれ以上の治療を求める側に立って、自分自身を説得するようになるまで、その芽を見守るのです。
Michael V. Pantalon, フィールド・リヴューワー[現場批評]
結び
このTIPでは、多数の動機づけアプローチについて討論してきた。現時点までの文献証拠は、短期介入でさえクライエントの動機づけに影響を及ぼし、重要な進歩を引き起こす、という非常に勇気付けられるものである。しかしながら、我々はこれらのアプローチがどのように、また、なぜ有効なのかについて、そして、様々な母集団に対する医療サービスの中に、どのように組み入れたらよいのか、について理解し始めたばかりである。これらの前途有望な治療法の将来は、これらを取り入れ、クライエントにとってより有効になるように改良し、評価する、臨床家と研究者の独創性にかかっている。