今日は摂食障害の行動療法についてお尋ねします。以下のような意見がありますが、先生はどうお考えになりますか?
なんとなくまとまっている私の考えは、
「行動モデルでいうと"抑圧の爆発"なんて概念ないよな・・」
「でも、感覚的に言うと、"抑圧の爆発"ってありそうだよな・・」
「反応潜時がすごーく長い行動を治療対象とするなら
(例えば半年とか)行動モデルでは考えずらいだろうな・・」
などです。
摂食障害の治療ガイドライン,治療に関する比較臨床試験をmedlineで引けば相当数でてくると思います。
摂食障害の体重増加,食習慣の修正という点では行動・認知療法が出てくるはずです。こうした文献,エビデンスを勉強してみてください。
「○○の立場から…」とか「自分の臨床経験では…」だけにならないように。
> 1. 症状のみをなんとかしようとしていて、治療に深みが感じられない。
治療の深み,は治療の目標ではありません。
> 2. 入院治療における行動療法でPt.さんの行動を抑圧してしまうと、
> 退院してから、それらが一気に爆発してしまうのではないか。
症状代替symptom substitutionは60年代,行動療法が精神分析を批判する勢力として出てきたとき,精神分析から対抗してでてきた神話です。
ただ,症状をコントロールし,それをどう維持し,それが日常生活の変化にどうつながり,それが患者の福祉になるか,自然な強化を受けるか,の見通しをあなたははっきりさせていたでしょうか。
>3. 行動療法は自我が確立しているPt.さんが対象であり、未熟だと対象にならない。
自閉症や精神遅滞に対する行動療法を専門にしている人が聞いたら笑いますよ。測定以下のIQの人の自我は発達しているのでしょうか。
> ただ,症状をコントロールし,それをどう維持し,それが日常生活の変化にど
> うつながり,それが患者の福祉になるか,自然な強化を受けるか,の見通しを
> あなたははっきりさせていたでしょうか。
私なりに見通しはつけていましたが、検討はずれだったのかもしれません。
「目指している報告が日常生活の変化にどうつながり、それがPt.の福祉になるか否かといのは、誰がどのよな基準で判断するのか」という疑問があります。
例えば、現実検討能力が低下しているPt.さんと治療契約を結ぶ場合、治療の方向性は家族と相談していくことになるのかもしれませんが、家族も性格に偏りがあったらどうでしょう。実際に治療者がPt.と家族との間で治療目標にすることとは別に、治療者が密かに治療目標に思っていることがでてくるかもしれません。(例えば患者はその子供であり、子供は家庭内不適応を起こしている。子供を治療するためには、親教育もしなければいけない。しかし、親は性格が偏っておりそれを拒否している。治療者は親が親教育をうけたくなるようにモチベーションを高めようとする。しかしこのとき"親のモチベーションを高める"という治療目標は誰が望んだものでもない。これは治療者が勝手に考えた方向性であり、それがこの家族の福祉につながるかどうかというのは謎。)
> 自閉症や精神遅滞に対する行動療法を専門にしている人が聞いたら笑います
> よ。測定以下のIQの人の自我は発達しているのでしょうか。
本当にその通りだなと思います。だけどちょっとひっかかるのは、やはり人格のことです。
私は勉強不足で、新行動主義のころの理論をきちんと勉強していません。行動理論に基づく人格理解の仕方をよくわかっていません。だから、治療契約が結びずらい人(彼らの言う自我の発達が未熟または偏っている人)とどのような治療をしていくべきかがよくわかっていません。導入面接の仕方もよくわかっていません。治療目標のたて方がよくわかりません。勉強不足です。
人格障害に対する認知行動療法の本もパラパラとは読みましたがなんだかよくわかりません。
> 「目指している報告が日常生活の変化にどうつながり、
> それがPt.の福祉になるか否かといのは、
> 誰がどのよな基準で判断するのか」ということです。
治療が最終的に目標とするものをendpointを呼ぶことにします。endpointの手前に来るものは代理endpointと呼ぶことにします。
最後の最後はendpointは患者さんの満足だと思います。私のように職業として精神科医をしているものにとってはお金を払ってくれる人だ,とも思います。
患者さんがすべて自費で払っていれば患者さんが満足することだし,健康保険で来ていれば保険支払い者にも満足(例えば安く治療費を上げる)してもらう必要があるし,生活保護で来ている人には福祉事務所のケースワーカーにも納得してもらわないといけません。
しかし,患者さんが何で満足するか,保険支払い者が何で満足するか,福祉事務所のケースワーカーが何で満足するかは,それぞれのご当人にも,また治療者にもよく分かっていないです。それぞれのご当人が何で満足するのか,ご当人にもよくわかっていただくこと,も治療に必要な手続きだと思います。治療そのものとは言えないので,精神科管理・患者教育とでも呼ぶことにしましょう。そして,治療が進行してきてからでないと,やっぱり何で満足するのかが分からないことが普通です。
endpointも最初から確定されたものではなくて,一種の作業仮説で,治療の進行,患者の変化,情報の増加に伴って変化していくものだと思います。
> 例えば、現実検討能力が低下しているPt.さんと治療契約を結ぶ場合、
この場合は,治療者の考えたことは,1) 親のモチベーションが高くなる,は代理endpoint,2) 代理endpointが実現すれば,子供の適応が良くなるだろう,3) 子供の適応が良くなれば,親が微笑むだろう,4) 親が微笑むというのが最終的なendpointだろう,という作業仮説です。このような代理endpointの設定は治療者が患者や家族と話し合って決めて行きます。患者や家族が自分で作業仮説を立ててくれたりしません。
作業仮説が正しいかどうか,それぞれのステップが実現可能かどうかはやってみなくてはわかりません。
> やはり人格のことです。
人格とは,思春期ころから一定して見られる行動特徴のようにDSMに書いてあります。例えば分裂病と違うのはエピソードや寛解憎悪がないこと,思春期ころから固定して見られるということだけで,人格特性と呼ばれる対人行動の特徴を,他の,例えば摂食障害の食事行動とは特別に扱う必要はないはずです。
もし,あなたが上記のように,"わかっていません"とおっしゃるなら,人格障害のない人の,問題行動についても,治療のし方も,導入面接も,目標の立て方も,分かってないはずです。(意地悪な言い方ですが)
治療上の指示に従わないということを問題にするなら,受療行動(病院に来る,薬を飲む,時間を守る,診察待合室ではおとなしく待っておく)を目標行動にすることになります。
あなたにとってのendpointは何? 代理endpointは? 一生懸命勉強して何がどうなるの?
楽しくなるように勉強しましょう。