MI-3の翻訳 印刷中 訳者前書き・後書き、原著者による前書き 草稿 2018

著者からMI-3日本語版に寄せて

1983年に最初の動機づけ面接(Motivational Interviewing, 以下MI)の論文を発表したとき、ここまで来るとは思わなかった。何と言っても論文に書いた事はノルウェーの心理士たちとの話し合いから生まれてきた単なるアイデアに過ぎなかった。実際、雑誌編集者が原稿を出版したいと言ってきたときには驚いた。論文のアイデアの証拠になるような科学的データはなかったからだ。

それから35年がたち、なんらかの形でMIに関わる統制研究(対照群との比較研究)が900以上の公刊されている。今はMがなぜ、どのようにして効くのか、そしてどうすればMIを身につけられるようになるかもわかってきた。MINT(Motivational Interviewing Network of Trainers,動機づけ面接トレーナーネットワーク)の中で使われている言語は50以上であり、トレーナーは3,000人以上である。私としてはこうした発展に驚きと好奇心を感じ、それがずっと続いている。何が起こっているかと言えば、臨床家がこの方法を認識できることであり、惹きつけられることである。もしかして皆は昔からこの方法を知っていたのだろうか?どうやってMIが文化の壁を越えてアジアやアフリカ、中東、南米にまで広がっていったのだろうか?

私はこうなった理由の1つは、人が支配や自分の見方を他人に押し付けることの限界に気づくようになってきてからだと信じている。しばしは援助する側は言葉にはしないまでも、こんなことをほのめかす「あなたが必要なものを私は持っています。そしてそれをこれからあなたに差し上げます。」 これは欠損モデルである。まるでこれから援助しようとしている相手が何かとても大切なものを欠いているかのようにみなして、こちら側の仕事は欠いているものを入れ込むことである。これはエキスパートモデルでもある。「私はあなたのどこが悪いのかを知っており、そしてそれをどうやって治すのかを教えてあげる。」 これは急性期医療においては適切なモデルであり、例えば感染症や骨折を治すような場合には向いているだろう。しかし、本当に必要なことが人の行動やライフスタイルを変えことである場合には、このモデルが役にたつ事はほとんどない。何をすべきなのか、何が悪いことなのか、どのように人生を生きるべきなのか、そしてそのために何をすべきなのかを他人から指示されて喜ぶような人はほとんどいない。このようなやり方は防衛性を引き出し、指示に従うことを嫌にさせる。変化はわずかしか起きないか、援助する側が本当に意図していたことの反対の方向に変化してしまうことまである。これはカウンセラーにとっては欲求不満の種であり(治療者や教師、コーチ、親にとっても)、結果的に言われた通りにきちんとやらないから上手くいかないのだと相手を責める傾向も出てくる。

MIのような人を中心にしたアプローチでは感じ方が違う。人は自分自身の行動を自由に選択できると気づいている。臨床家は専門性を提供できるが、相手を変える事は仕事ではない。ここにあるメッセージは「あなたにとって必要なものはあなたが既に持っています。それを一緒に探しましょう」である。MIは臨床家の肩の重荷を下ろすようだ。説得しようと試みるのではなく、相手の変化の動機づけ自体にフォーカスを当てながら、選択と可能性について話し合うようにする。これはレスリングとは違い、お互いが独立したパートナーとして一緒にダンスをするようなものである。臨床がもっと楽しく、業務では無いように感じる。

さらにもっと良いことには、このやり方は人の変化を援助する上で役に立つとする優れた根拠をもっている。MIは他の治療の代わりに行うようなものではない。むしろ、実際の臨床では何か他の治療をしながら、同時にMIも行うのである。もしあなたが行動療法家なら、MIは行動療法をするときのやり方である。もし糖尿病療養指導者であるなら、MIは指導業務をするときのやり方である。

今、ニューメキシコ州アルバカーキで原井医師の訪問を歓迎しながら、この緒言を書いている。彼はこの本の翻訳者であり、他のMI本も翻訳している。彼はMIを日本において知らしめ、使えるようにするために多くの仕事をしてきた。翻訳者の仕事は単なる技術的なことではない。芸術的なものである。これは単に言葉を訳すだけでなく、他の言語や文脈の中であるアイデアをどのようにして表現するのがベストなのかを探すことである。優れた翻訳者は粘り強く頑固なところもあるが、原著者の曖昧さや一貫性のなさ、直訳では意味をなさない特定の文化に依存した慣用句に寛容である。今、これを読んでいるあなたは原井医師の翻訳技能から得るものだけではなく、彼が臨床家としてもトレーナーとしてもMIを内側から理解しているという事実からも得るものがあるだろう。

MIの臨床実践を楽しんでほしい。それは行きている間、ずっと続く学習のプロセスであり、言葉の微妙な綾を操る技を磨いてくプロセスでもある。私の最大の望みは本書の中で示す視点が、対人援助の仕事をもっと人間的なものに変えることを促すことである。

William R. Miller, Ph.D.
2018年2月
アルバカーキ、ニューメキシコ州 アメリカ合衆国

訳者まえがき 上巻に寄せて

この本は英語版で言えば第3版になるが、日本語版で言えば第2版といえる。松島・後藤訳「動機づけ面接法 基礎・実践編」1の改訂版が本書である。読者がすぐに気づく変化は、タイトルが「動機づけ面接法」から「動機づけ面接」に変わったことだろう。「正したい反応」が「間違い指摘反射」へ、「振り返り」が「聞き返し」へのような大きな用語の変化がある。「チェインジ・トーク」が「チェンジ・トーク」のような単なる表記上の変化もある。これは前版から訳者が変わったことが原因である。松島・後藤訳で動機づけ面接(Motivational Interviewing、以下MI)を勉強していた読者にとっては用語上の混乱を感じることだろう。用語の変化は行動療法家からスタートしてMIトレーナーになり、原著者と親交を結び、さらに一般書の翻訳家としての顔も持つようになった訳者としてのこだわりを反映している。前版の読者には混乱をお詫びするとともに、本書での訳語選択には十分な理由があることも理解していただきたい。

原著者自身による前版からの変化も大である。そしてそれは根本的なものである。4つの一般原理がなくなり、「抵抗」は維持トークと不協和に分解された。従って、この本は単なる改訳版・改訂版ではなく、まったく新しい本である。さらに版を重ねる本にはよくあることだが、この本も太った。前版は上下合わせて624ページだった。今回は700ページを遥かに超える。しかも、前版にはあったMillerとRollnick以外の共著者による各論は省かれている。

ある程度MIを知っている人なら、こんな大著を改めて読んで勉強する必要があるのだろうか?と思うかもしれない。答えはイエスである。MIを2003年から実践している訳者が保証する。前版とは重複する部分はほとんどなく、新しい学びを発見できるはずだ。

まったく新しい内容をいくつか取り上げよう。4つのプロセス「関わる」「フォーカスする」「引き出す」「計画する」が最も大きい。その結果、III部「フォーカスする➖戦略的方向性」において、前版でも扱われていた内容に対して独立して明確なフォーカスが当てられた。断酒や禁煙のように目標行動が入り口の時点で固定されている状況以外で働いている人にとっては第8章の「フォーカスの3つのシナリオ」の考え方は救いになるだろう。第11章では情報のやり取りのなかで治療者の個人的経験を開示することも扱っている。形にはまったMIになっている人にとっては自由度が増した感じを受けるだろう。第17章「中立性を保ったカウンセリング」はMIが扱う変化の範囲を広げている。読者はチェンジ・トークの意味自体を改めて見直すだろう。

構成も変わった。その例をあげよう。6章から12章の中でジュリアのケースがMIの実践事例として取り上げられている。ジュリアの主診断はうつ病であり、途中で認知行動療法か抗うつ薬という選択肢が提示され、患者は認知行動療法を選ぶ。本の中ではうつ病にMIをどう使うかという議論はないがーうつ病に対する心理療法としてのエビデンスをMIがもっているわけではないからーうつ病を扱うようになったことは前版までの嗜癖に対する心理療法から変化したことを象徴している。

訳者として一番思い入れがあるのは、第27章「動機づけ面接の実証的エビデンスとその進化」である。研究に関連した部分は日本語になっても、理解しにくさは変わらない。効果サイズなどのEBM用語だけでなく、ABABデザインなどの行動療法に独特な研究方法まで出てくるのだが、原著は元になった研究論文をそのまま引用するだけで解説がなかった。英語の話者も消化不良を起こしているはずだ。他言語の話者は言うまでもない。私のMINT仲間のなかで本書をスウェーデン語などに翻訳出版している人がいるが、彼らがまさにそうだった。私は翻訳者という立場を逆手にとり、論文の引用部分を翻訳文ではなく解説文に変えた。研究方法論や生物統計学に対してアレルギーがある人に対しても研究者が新しい発見をするときのワクワク感を伝えたい。それが実現しているならば国立病院の臨床研究部長、行動療法の学会誌編集委員長であった訳者にとって最高の幸せである。

2版から3版で大きく変わった反面、MIそのものは変わってはいない。訳者自身は英語版第2版を元にしてMIを学び、2004年には最初の日本語版MIトレーニングビデオを作成した2。今、見直すと、14年前の自分の風貌に驚くが(若い!)、同時にMIができていることについても驚く。MIができてること自体は今も変わらないが、昔の方がより基本に忠実であり、デモンストレーションとして見るならば14年前の方が最近のものよりもわかりやすい。当初想定されていたよりもMIが幅広い領域に応用されるようになり、それに合わせて本書も改定を重ねた。幅広い領域に当てはまるようにMIを記述しようとした結果である。逆にいえば狭い領域に対して具体的にMIをどう使うか、という観点からすれば前版の価値は今も失われていないと言えるだろう。

最後に訳者自身のことに触れたい。この10年間、翻訳者として私もずいぶん変化した。読点の数を数えれば一目瞭然である。2008年に出した「認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム3」には句点3946個、読点が8121個ある。2013年に出した「医師は最善を尽くしているか4」で句点が5000個、読点が5979個、2016年の「死すべき定め5」は句点は5824個、読点が6019個である。読点/句点比は2.1、1,2、1.0と確実に下がっており、私は読点過剰症候群を克服しつつある! もちろん翻訳者としての変化はそれだけではない。たとえば第1章BOX1.2の動詞リストは原著の翻訳ではない。「原著者が日本語で書くとしたらこう書くだろう、と思える訳文にし、原文の表面ではなく、原文の意図に忠実であろうとすること6」が実際にできるようになり、そして、そうすることが実はMIの複雑な聞き返しと同じだと気づくようになった。原著者に対して「正確な共感」としての書き返し-MIの正式用語ではないが、私は個人的に書き言葉において「聞き返し」に対応する用語として「書き返し」をよく使う-が翻訳なのである。

訳者としては自分自身の過去の訳書はもちろん、前版よりも読みやすくなっていることには自信をもっている。どの章からスタートしてもよい。どこか開いてチェックしていただきたい。

文献

  1. Miller WR, Rollnick S. 松島義博,後藤恵(訳),動機づけ面接法 基礎・実践編. 東京: 星和書店; 2007.
  2. 原井宏明. 動機づけ面接 トレーニングビデオ日本版 導入編. 2004.
  3. J・S・マーチ, K・ミュール, 原井宏明, 岡嶋美代(訳). 認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム. 東京: 岩崎学術出版; 2008.
  4. Gawande A. 医師は最善を尽くしているか 医療現場の常識を変えた11のエピソード. 東京: みすず書房; 2013
  5. Gawande A. 死すべき定め―死にゆく人に何ができるか. 東京: みすず書房; 2016.
  6. 山岡洋一. 翻訳とは何か : 職業としての翻訳. 日外アソシエーツ; 2001. p281.

訳者後書き

訳者はその領域のエキスパートか?

日本では、そして他の翻訳文化が一般的な国でもそうだと思うが、翻訳者が翻訳を担当した領域のエキスパートとみなされることが多い。私の知る限り、これは臨床心理学と他の人文関係の本では一般的なようだ。これは私にとっては興味あるアイデンティティの混乱を起こしてくれる。

翻訳者としての私の代表作はAtul GawandeのBeing Mortal, 邦題「死すべき定め」である。この本を翻訳することになった理由は前作の「医師は最善を尽くしているか」を翻訳したからであり、私がGawandeの文章に惚れたからでもある。「死すべき定め」は物書きとしての私にとってのベストセラーになった。そして面白いことが起こった。何人もの読者が私を末期医療やエンド・オブ・ライフ決断の専門家だと勘違いするようになった。

本書(以降、MI-3とする)に関しては、事情は全く違う。読者が私をMIのエキスパートだと見なす理由は山ほどある。そしてその理由はこの翻訳を出すべき責任を私に担っていることも示す。しかし、結局、原稿を手に入れてから出版に至るまで5年を費やすことになった。私の空約束にもしびれを切らさず、今まで待っていただいた臨床家やトレーナー、そして星和書店には心からお詫びを言いたい。言い訳がましくなるが、翻訳者としての私にとって、Gawadeの方が心理療法の教科書などよりもはるかに翻訳動機づけになったのである。本書をそっちのけにして、Gawandeを先に訳したのは、読者が私に翻訳する責任があると思う理由と全く同じ理由である。私は内容を既に知っている、日本人MINT仲間も原著に目を通して知っているはずだ、と私は思っていた。Gawandeはそうではない。「死すべき定め」を出したとき、Gawandeは日本語Wikiになかった。

読者へのお願い

MIのトレーナー・翻訳者として読者にいくつかお伝えしたいことがある。

読者がもしMIと4つのプロセスについてよく知っていて、すでにMIを回りに教えているなら、第6部から読んでもらいたい。第23章はいわば著者の内幕暴露のストーリーである。第24から26章はMIを教えるときのスタイルを変えてくれるはずだ。第6部はMIについてのメタ会話のようになっていて、MIを他の無関係そうなもの、たとえば職員同士の人間関係にも応用できるようになっている。

第28章「動機づけ会話を評価する」は逐語のコーディングに関しての章である。現在のコーディングの標準は本書が出版された後の2016年に一般公開された、MITI4になっている( Moyers TB, et. al. The Motivational Interviewing Treatment Integrity Code (MITI 4): Rationale, Preliminary Reliability and Validity. J Subst Abuse Treat)。本格的にコーディングをしようという読者は本書よりもMITI4を使うと良いだろう。Softening sustain talk(維持トーク減弱)などの新しい全体尺度が取り入れられている。
翻訳者としては原著にさまざまな表現のブレや不統一があるのが気になる。たとえばOARSのような頻繁に出てくる概念に関して、最初の章ではasking Open questions, Affirming, Reflecting, Summarizing、後ではOpen questions, Affirmations, Reflections, Summaries、用語集ではOpen question, Affirmation, Reflection, Summaryである。Clientがpatientやspeakerになるような表現のブレも多い。Clinicianがtherapistやcounselor、listenerになるのも同じである。こうした部分はクライエント・臨床家のように統一し、一つの本としてまとまりがあるようにした。また、原著の各章の冒頭には他の本からのさまざまな引用があるが、相当数で出典が間違っている。翻訳者としては名著からの引用については独自に翻訳するのではなく、既に出版された翻訳書から引用してくるのが筋である。出典探しには大いに悩まされた。さらに、原著は著者が2人いるためだと思われるが、元の英語の文章スタイルにはっきりとした違いがある。これも気になった。

しかし、Terriのように翻訳などしたことがない英語を母語にする話者に尋ねると、私が気づくようことには気づかなかったし、気にもしなかったという。考えてみると日本人だって日本語を使う時に「あなた」が「先生」や「君」、「お前」、「そこの人」になっても気にしないはずだ。英語では全部Youだが、では日本語から英語に翻訳する人は二人称の表現のブレを気にするのだろうか?

MIの概念はすでにあちこちで日本語にされている。私自身も日本語のよる本を出している。MI自体が「動機づけ面接」なのか「動機づけ面接法」なのか呼び名が別れている。読者がもし臨床家やトレーナーならば、こうした表現のゆらぎ、ぶれ、不統一は気にしない欲しい。そもそも原著者が不統一をおこしていて、英語の話者はそれに気づかないでいるのに、なぜ日本人が気にしなくてはならないのか?用語にこだわるのは翻訳者だけでよい。MIは表現がどうであってもMIである。どんな場所でもどんな用語をつかっていても、MIを知っている人はそれがMIだとすぐに気づくはずだ。

翻訳上のお断り

同様な概念、たとえばまた一部、同じ意味の文章が繰り返し出てきたり、日本人にはとても理解ができない比喩がでてきたり(おそらく英語を母語にする人でも理解できないと思われるものがある)している。こうした部分は思い切って意訳にした。文言を付け加えた部分もある。
下手な訳者のよる訳本は原著を参照しなければ意味が取れない日本語になっていることが多いが、この本に関してはそのような部分が少ないと思う。しかし、もし不完全だったり、意味がとれない部分があるとすれば(本当にあると思うが)それは訳者の責任であり、原著者の責任ではない。そうした部分を見つけたなら、今後の参考にしたいのでぜひ教えていただきたい。

後書きの後書き

それにしても、この後書きをアルバカーキでテリー・モイヤーズの家で書くことになるとは思わなかった。ビル・ミラーとアコマ・プエブロに行ってみたり、カロリーナ・ヤーネご夫婦とランチしたりしながら過ごしている。私の話はまずこの本の翻訳のことである。みなさんMIの人ばかりで、昔からの知り合いだから、誰もプレッシャーをかけてはこない。翻訳は大変な仕事だと同情もしてくれるが、5年もかかっているとなると同情してもらえる立場に自分がいるとはとうてい思えない。

毎朝3時ぐらいに起きてはテリーが起きてくるまで4時間ほどを使って翻訳を進めている。夜はテリーとテレビドラマを見ながらワインを飲んでしまって仕事にならない。昼は彼女の愛犬が遊びにくるので集中できない。などと言い訳ばかりしながら24章から後を2週間ほどで訳した。まあ自分でもよくやったと褒めておこう。

他の翻訳協力者にも大変お世話になった。原著の用語不統一などに愚痴をこぼしながら続けられたのは翻訳協力者のおかげである。5年かかった仕事だ。私1人だけだったら10年たっても終わらなかったはずだ。

原井宏明
2018年2月
アルバカーキにて

訳者まえがき 下巻について

わざわざこのページを開いて読んでいる方はどうしてそうしているのだろうか?物書きがでもある私がMIから得たことの一つは読者がどういう状況にいるのか考えながら書くようになったことである。読者の答えを想像してみよう。

  1. 最初に開いたページにあったから
  2. 訳者の考えに関心をもっているから
  3. 上巻を読み通して得るものがかなりあった。フォーカスするだけでも十分だったように思う。下巻まで読む必要があるだろうか?それとも読むのをやめて本来の仕事に戻った方が良いのか?

4つのプロセスの大筋を上巻で解説をした。その3つまでは上巻にある。下巻に入っているのは最後の「計画する」である。第V部「計画をする」は第2版においてPhaseII(第2段階)となっているものと重なっているが、重大な違いが一つある。「動機づけ面接法 基礎・実践編1 p202」から引用しよう。

移行:変化の計画を実行しようと決意することは,動機づけ面接をひととおり正式に終了したことを意味する。

第2版ではMIは治療の途中で終了し、次は他の治療法に移行することになっていた。断酒・断薬ならそれでも良いかもしれない。しかし、糖尿病などの生活習慣病や慢性に経過する精神障害では? 薬物療法や他の形式の認知行動療法が始まったら、MIの4つのプロセス・OARSは終了しても良いのだろうか?

第3版の答えは否である。MIをやめて他の治療にバトンを渡すことはしない。MIをそのまま続け、他の治療法と統合する。これは訳者自身の不安症に対する治療経験とマッチしている。第2版に従えば、不安に対する直面化、すなわちエクスポージャー療法に対してクライエントを動機づければMIは終了だった。しかし、訳者の経験ではMIが最も役に立った場面はエクスポージャーを行っている最中だった。上巻から引き続き読む方は、下巻の第V部「計画する」をぜひ読んで欲しい。読めば、第2版までの昔の考え方にはもう戻れないはずだ。

第VI部「毎日の実践における動機づけ面接」は第2版の第III部「動機づけ面接の学習編」1に相当する。ページ数が100ページ弱あり、第2版第III部の3倍以上になった。面接の具体例も豊富である。OARSはできる、MIの4つのプロセスも前から知っているという人にとってはこの第VI部がMIのスキルをさらに磨くための良い指針になるだろう。

24章はワークショップの限界について触れている。「筆者自身が行った2日間トレーニング・ワークショップの後に行った最初の評価では、参加者のスキルの向上はごくわずかしかなく、その程度では彼らが担当するクライエントに変化を起こせるところまではとても足りなかった。一方、筆者のワークショップはMIについてさらに学習しようという意欲を参加者から奪ってしまったのである」 これは訳者自身にも身に覚えがある。この章は自分自身の施設でのスタッフトレーニングには録画や陪席を必須にしようと決心させてくれた。

25章は認知症の患者にMIが使えるのかどうかを考察している。「クライエントはどのようなものであれ、まだ残存している尊厳と自律にしがみつこうという英雄的な努力をする」

ここを訳した時、ガワンデ「死すべき定め」2第3章「依存」のP68「高齢者自身は完全には囚われていない。大勢が抵抗している。どのナーシング・ホームでも介護施設でも,施設側の目標と人それぞれの生きがいの間でバトルが生じている~中略~私たちは彼らを”頑固”と呼ぶ。高齢者にとっては好みの言葉だ」を思い出した。

ここまで読んだら、26章:MIを職場文化にどう組み込むか?、27章:研究者のナラティブはもちろん、28章の最後まで読んで欲しい。ここにはMIの創始者、ミラーとロルニックの現在の思いがもりこまれている。第4版がどうなるかは、読者が考える番である。

文献

  1. Miller WR, Rollnick S. 松島義博,後藤恵(訳),動機づけ面接法 基礎・実践編. 東京: 星和書店; 2007.
  2. Gawande A. 死すべき定め―死にゆく人に何ができるか. 東京: みすず書房; 2016.

 

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