草稿:強迫性障害の診断と鑑別-強迫観念の捉え方-、2017 Depression Strategy うつ病治療の新たなストラテジー 第7巻2号(2017年6月発行)

はじめに

2008年に九州の国立精神科病院から、なごやメンタルクリニックに移ってきた。名古屋駅のホームを見下ろすビルにある、平成5年に開設された不安症専門のクリニックである。着任して驚いたことがある。それまでの電子カルテを調べると強迫症の診断がついている患者の数は数人以下だった。初診の患者で主診断が強迫症になっている例は年間で0か1だった。数人の医師が勤務し、月に1000人近くの患者が受診するクリニックである。これは過少診断だと言っても良いだろう。

強迫症の見逃し・誤診は専門のクリニックでも多い。そうなる理由の一つに、強迫症に対する精神医療関係者の理解が教科書レベルに留まり、教科書にないようなものに対しては強迫症ではないと思ってしまうことがあるだろう。DSMの著者もその点を憂慮している。病識が欠如し、妄想的であっても精神病性障害とすべきではないと念を押している。

ここでは観念に対する分類について、教科書的な定義ではない、機能主義的な定義を提案する。教科書的記述には当てはまらない観念であっても、強迫の診断がつけられるようになるだろう。強迫を行動で捉えることによって新しい見方ができる。阻止の随伴性という行動分析学の見方を示したいと思う。

観念を分類する

三省堂の大辞林によれば、観念とは;

  1. 物事について抱く考えや意識。 「彼とは義務の-が違っている」 「経済-に欠ける」 「時間の-がない」 「固定-」
  2. あきらめること。覚悟すること。 「もうだめだと-した」
  3. 〘哲学用語〙 〔idea〕 主観としての人間の意識内容。思考の対象となる心的形象。表象。心理学では具体的な映像・心像を伴わないものをいう。 → イデア
  4. 〘仏教用語〙 仏教の瞑想法の一。精神を集中し,仏や浄土の姿,仏教の真理などを心に思い描き,思念すること。 「一心に極楽を-するに他の思ひ出来れば/今昔 15」

語源としては;

(1) 「華厳経」で④ の意で用いられた語。その後西周(にしあまね)が「生性発蘊」(1873年)で英語 idea やフランス語 idée の訳語とした。 (2) 類義の語に「概念」があるが,「概念」は同一の性質を持つ事物に共通する,言葉で表された意味内容の意を表す。それに対して「観念」はある物事を意識したり思考したりしたときの,主観的な意識内容を表す

精神医学用語としての強迫観念は、③哲学用語としての観念の一つに入ることになる。人の脳裏にはさまざまな観念が思い浮かぶ。日本精神神経学会の用語集から“観念”を検索すると強迫観念以外に次のような“観念”が出現する(日本精神神経学会・精神科用語検討委員会, 2008)

観念貧困、観念奔逸、観念連合、固着観念、支配観念、優格観念、妄想様観念、妄想観念

精神神経学会の会員なら当然知っておくべき用語である。さて、どれだけの人が理解し、区別できると言うだろうか?

強迫観念だけに限れば、ある程度の例示がある。OCDの重症度を評価する心理検査であるYale-Brown Obsessive-Conpulsive Scale(Y-BOCS)(NAKAJIMA et al., 1995)には症状リストがあり、そこで強迫観念を次のようなカテゴリーに分けて例示している。

攻撃的、汚染、性的、宗教的、対称性や正確さ、身体

さらに、その他として、

何でも知り、かつ覚えておかなければならないという考え

話したくないことを口に出してしまうのではないかという恐れ

適切な言葉を使っていないのではないかという心配 (他7つ略)

DSM-5では強迫症を次のように定義している(American Psychiatric Association, 2014)。

強迫症は強迫観念および/または強迫行為の存在で特徴づけられる。強迫観念は繰り返し生じ持続する思考,衝動,イメージであり,侵入的で望ましくないものとして体験される。一方,強迫行為は繰り返される行動または心の中の行為であり,本人はそれを強迫観念に対応して,あるいは厳密に守らなければならないある決まりに従って行わなければならないように感じている。

さらに

病識の程度は,障害に関連した信念に関して, 「病識が十分または概ね十分」「病識が不十分」「病識が欠如した・妄想的な信念を伴う」の幅をもっている。強迫症および関連症の症状が「病識が欠如した・妄想的な信念を伴う」の特定用語に該当する場合,これらの症状を精神病性障害と診断すべきではない.

常識的には妄想と判断できる観念でも強迫観念とすべきだとDSMは主張している。しかし、ならば、自己臭妄想や自己視線恐怖、恋愛妄想は強迫観念に入るのか?と普通の精神科医なら思うだろう。余裕があれば強迫観念について最近の論文を調べてみると良い。自生思考や侵入思考、反復思考、Mind Wanderingなどの新しい概念に出くわすだろう。自生思考は自動思考とどう違う?思考吹入と侵入思考の違いは?調べ続けるうちに“強迫観念”強迫になってしまいそうだ。

観念を分類することによって定義することはおそらく不毛である。では分類せずに、強迫観念を定義するとしたら、どうしたらいいのだろうか?何が他の思考や衝動,イメージと強迫観念を分けているのだろうか?

観念の機能

起きている間中、人間は意識し、思考している。ではその意識や思考の目的はなんだろうか?何の役にたっているのだろうか?機能は?徹底的に機能をもとにして考える立場を機能主義と呼ぶ。強迫症はどのような機能を果たしているのだろうか?潔癖症なら環境をきれいなままに保つ機能があるはずだ。鍵確認なら空き巣に入られない、縁起恐怖なら天罰を受けないという機能があるだろう。機能主義に立つ心理学のひとつが行動分析学である。

読者はオペラント条件づけをご存じだろうか?正の強化・負の強化については優格観念よりは知っている人が多いだろう。言い換えれば好子出現による強化、嫌子消失による強化、嫌子出現による弱化、好子消失による弱化である。表にまとめると次のようになる。

表1 4つの基本随伴性

出現 消失
好子 強化 弱化
嫌子 弱化 強化

現代の行動分析家はこの基本随伴性に「阻止の随伴性」を追加している。行動をすることで環境側の勝手な変化が阻止されるような随伴性のことを言う。たとえば自分一人だけの部屋の中の環境維持行動を考えてみよう。部屋には鉢植えの観葉植物があるとする。水を与えれば土が濡れるのだが、このことが“水やり行動”を強化しているわけではない。水を与えた直後に植物が成長するはずがない。もちろん植物がお札を言うわけでもない。水やり行動は直後には何の変化ももたらさないから、好子や嫌子は出現も消失もしていないと考えるのが妥当である。一方、もし水やり行動がなくなったとしたらどうなるだろうか?植物はいずれ枯れてしまい、美しい葉を見て心が癒やされるという経験は得られなくなってしまう。好子が消失するのである。そこで、この場合の水やり行動は、好子の除去を阻止する随伴性によって強化されていると考えることができる。

奥田によれば、阻止の随伴性(奥田, 2012)P111とは;

①われわれが注意を集中し続けてそれを止められない、②われわれの運動機能を儀式的に維持する、③強迫行為に従事する行動を促進する、などの特徴も持っている。BF・スキナー博士は、数多くの実験研究を通して、「過剰に活発な行動」というのがあると述べている。つまり、OCDの患者が持つ症状(不潔強迫、確認、疑念、儀式など)とセットになっている強迫行為は、「過剰に活発な行動」と見ることもできるだろう。治療者や支援者は、ついつい患者の生理的な状態や症状(恐怖や不安の訴えなど)に注目しがちなのだが、強迫行為そのものを行動随伴性から明らかにしたほうが生産的である。強迫行為のいくつかを、行動随伴性の図式に当てはめてみよう。

図1 鍵をかけたかどうか確認する強迫行為が強化される随伴性

この図のように、鍵をかけたかどうか何度もドアノブを回して確認する強迫行為について、不安の低減などの心的モデルを使用しなくても、行動分析学のシンプルな行動随伴性でとらえることができる。もちろん、この行動は他にも鍵のかかったドアノブや「よし!(鍵がかかったので泥棒には入られないだろう)」などの好子が直後に得られ、不安などの嫌子が直後に消失するものなので、基本随伴性のいくつかも

同時に行動に影響を及ぼしているだろう。

 

私たちを取り巻く環境は不変ではない。新築のマンションですら毎日わずかずつ劣化していき、メインテナンスを怠れば、いつかは倒壊する。現状を維持し続けるためには人の積極的な行動が必要なのである。このような行動を維持している仕組みが阻止の随伴性である。そして、阻止の随伴性が強迫を起こすとしたら、強迫症がもつ機能は現状維持だということになる。

妄想と強迫観念の区別

潔癖症も極度になれば周りからは修正不可能な妄想的なレベルに達する。ある女性は2歳の我が子が感染症で死ぬことを恐れ、外出から帰るたびに子どもの口元や手足をアルコール綿で拭くことを繰り返していた。子どもの手や口元は爛れ、見かねた親が子供を無理やり引き離すまでに至った。傍目からは虐待にしか見えないが、本人は「外気には中国からのPM2.5や得体のしれない菌など、誰も知らない有害物質で満ち溢れている、それを除去しなければ子どもが死ぬ」と主張する。被害妄想のようにも見える。しかし、機能を考えてみると区別は簡単である。

表2 妄想と強迫観念の機能

機能
一般的な被害妄想 積極的に環境を変えようとする。

自分の考えの正当性を周囲に訴え、周囲を動かして環境を変えようとする。中国大使館に出向いて大気汚染を止めろと要求する。外に出るときには街頭にアルコールを噴霧し、事前に殺菌する。子どもに事前に抗生物質などを飲ませて有害物質や菌に対する抵抗力をつけさせる。

この女性の強迫観念 環境を変える行為はしない。子どもの口の中と自宅の中の清潔環境を現状のまま維持することにのみ力を注ぐ。

なぜ、そのような行為をしているのか?と問いただせば、被害妄想をもつ統合失調症の患者も、強迫症の患者も同じように本末転倒な論理を展開するだろう。しかし、実際の行動の機能をみれば違いは明らかである。

観念以外の強迫

人の意識や思考を抽象度に基づいて分類すれば、感覚→観念→概念ということになるだろう。抽象的な概念に関する強迫観念は比較的知られている。「天罰を受けるかも」のような強迫観念における天罰を観念とは呼ばない。一方、強迫は感覚にも生じる。最後に強迫感覚の例を示そう。

症例は40台の男性、旅行会社で営業をしている。主訴は以下のようなものである。

グラスやペットボトルから水分を飲むときに、ゴクッと喉が鳴らないと気が済まず、納得できるちょうど良い鳴り方になるまで何度も飲むことを繰り返してしまう。途中で邪魔が入ったりするとパニック状態になり、いてもたってもいられなくなる。最近は、パニックを回避するため、ゴクッとなることがそもそも生じないゼリー飲料等で水分を取っているが、十分ではなく、辛い。最近は、自宅近くにある交差点の歩行者信号からのメロディーも気になるようになり、水分摂取の際にたまたま聞こえて来たりすると、ゴクッという喉の鳴りを確認し直したくなる。その結果、自宅でもお茶や水を飲めなくなってきた。

前医はこの症例を広汎性発達障害と診断していた。しかし、小学校のころから成績が優秀で、クラスでも人気者、健康優良児だった。地域の一番の進学高に入り、国立大学を卒業している。仕事でも有能で、話もうまく、トップの営業成績をあげている。社会性から考えれば申し分ない人である。前医はこだわりだけをとらえて発達障害と診断したようだった。

書類や鍵で無用な確認をすることはない。つまり通常考えるような強迫観念はない。細かく聞いていくと、飲水行動だけでなく、ほかのところでも、例えばパソコンの電源やスマホのバイブレーション設定、ベルトの締め方、枕の位置に至るまで細かなところで儀式的な行動があった。感覚強迫というべきなのだろう。一方、全体として本人のプライベートな空間、自分の皮膚に触れるもの、自室や鞄などについて変化が起きないように常に感覚を維持する努力をしているようだった。阻止の随伴性から考えれば、自分のプライベートな感覚・触感が普段と変わってしまうことを阻止しているとようだった。

終わりに

本稿を読んで読者は強迫観念とは何か?についてさらに混乱したかもしれない。残念だが完全な分類と定義はそもそも不可能だと観念してほしい。30年前に購入した精神医学事典から強迫観念についての解説を引用する(牧原, 1985)。

たえず心を占め,意識して除去しようとしても取り除けないような観念。妄想とは一応その観念の不合理性を理性的には本人が自覚していることから理論上区別されているが, 実際には区別の困難な場合も多い。強迫観念が生じても,とくに精神的な活動を妨げず,まもなく消える場合は,正常者にもみられるが,病的な場合は精神活動が束縛され,多大の苦痛を本人にもたらす。

30年の間に、精神医学は強迫観念の定義について進歩し、一般の人にもわかりやすくすることができたのだろうか?私としては心もとない。

引用文献

American Psychiatric Association. (2014). 強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群. In 日本精神神経学会, 高橋三郎, 大野裕, 染矢俊幸, 神庭重信, 尾崎紀夫, … 村井俊哉 (Trans.), DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル (pp. 233–261). 東京: 医学書院.

NAKAJIMA, T., NAKAMURA, M., TAGA, C., YAMAGAMI, S., KIRIIKE, N., NAGATA, T., … YAMAGUCHI, K. (1995). Reliability and validity of the Japanese version of the Yale-Brown Obsessive-Compulsive Scale. Psychiatry and Clinical Neurosciences, 49(2), 121–126.

奥田健次. (2012). メリットの法則行動分析学・実践編. 集英社新書. 東京: 集英社.

日本精神神経学会・精神科用語検討委員会. (2008). 精神神経学用語集 (改定6版). 東京: 新興医学出版社.

牧原浩. (1985). 強迫観念. In 精神医学事典 (pp. 127–128). 東京: 弘文堂.

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