2001精神療法の今日的課題を考える 短期で戦略的であることとは? 行動療法

原井宏明. 精神療法の今日的課題を考える 短期で戦略的であることとは? 行動療法. こころの臨床ア・ラ・カルト. vol. 20, no. 1, p. 30–34.2001

あなたはこの小論に何を期待しますか?

このページに目を止めていただいて,ありがとう。この特集全体の趣旨・読者層からあなたを想像してみよう。

  1. 精神療法について関心がある。いろんな治療法に関心があり,新しいものが出てくると期待する。みんな効果があるようだ。きっと同じ病気でも患者の性格によって合う治療法,合わない治療法があるのだろう。いろんな精神療法を勉強すればきっと私や私のクライエントにピッタリ合う治療法に出会うと思う。
  2. 行動療法についてよく知らないが昔から名前は聞いたことがある。目新しくはないが,最近,よく耳にするようになった。英語の治療ガイドラインには必ず行動療法,認知行動療法がでてくる。昔の行動療法からずいぶん変ったのかもしれない。とりあえず最近のトレンドをかいつまんで知りたい。
  3. いろんな精神療法と薬物療法があるが,それぞれに向き不向きがある。使い分けも必要だが,薬物といろんな精神療法の良いところをとりいれた折衷療法が一番良いだろう。
  4. 臨床研究デザインの進歩については知らない。RCT(Randomized Controlled Trial, 無作為割付比較試験),コホートスタディ,EBM,コクラン共同計画は知らない。

さて,この小論では,上記の1~4のクライテリアを満たしている方を対象にして,次のことが分かってもらえるようにしたい。

分かって欲しいポイント

  • どの精神療法でも多分,効く=プラセボ・支持的精神療法の実証された有効性
    300もある精神療法はエビデンスがない,時代遅れといわれても多分効果はある。患者に親切・丁寧に対応し,患者がキチンと受診するようにすれば,薬がプラセボでも精神療法が祈祷であっても治療は無治療と比べれば大変有効である。治療前と治療後を比べるだけであれば,どんな治療方法でも著効例は必ずある。
  • 同じ病気でも患者によって合う治療・合わない治療がある=わからない!
    薬物療法も含めて治療反応性の予測の研究が多数行なわれている。今のところ,どんな人にはどんな治療が一番良く効くかは,治療をやってみるまでは分からないというのが主な結論である。
  • 無作為割付比較試験(RCT)=治療が有効であるかどうかを決める厳密な基準
    臨床研究の方法が進歩して,効果があるかどうかについて厳しい判定ができるようになった。現在は適切なコントロール群をおいた厳密な介入研究(RCTなど)においてプラセボ・支持的精神療法よりも効果が勝さらなければ有用性がないと判断する。
  • 行動療法の生産性=評価方法・治療技法・組み合わせを生み出し,消していく
    認知行動療法の総称で内科の病気や健康人も含むさまざまな問題に適応されている。また特定の問題に合わせた治療パッケージ(治療技法のマニュアル)が多数開発されている。行動療法の技法の中にも有用性がないために,振り落とされた技法がある。
  • 行動療法の基本的な考え方は変らない
    これらの基本的な考え方は行動療法なので,行動療法の基本的な教科書を読んでおくことは勉強になる。行動療法を勉強したくなって欲しい。
  • いわゆる神経症と呼ばれていた疾患の知識の大幅な変化
    この領域はこの20年間の医学知識の変化が激しい。治療を行うためには治療技法の前に最新の医学知識を学ぶことが必要である。

行動療法の特徴

さて,今回の特集では,1)行動療法が得意とする対象・禁忌とする対象,2)見立ての仕方,3)治療導入と治療契約,4)主な治療技法,5)患者との関係の特徴,6)治療の終わり方と治療にかかる期間,8)薬物療法との関係,をまとめることが求められている。これらは,行動療法が当時主流の精神療法であった精神分析に対するアンチテーゼとして始まった1950年代には明確に書くことができた。そうした必要のなくなったこの20年間では私にもはっきりまとめることができない。

  • 行動療法が得意とする対象
    精神科患者だけでなく,内科疾患の患者,学校,職場,矯正施設など人が関わること全て。禁忌はない。これらは治療パッケージの開発・臨床研究の進歩に伴って対象が広がっているので,もはや誰にも行動療法の適応の全ては把握できない。例えば私の場合,行動療法家と言っても成人の不安障害の治療ができるだけで,発達障害の行動療法は分からない。
  • 見立ての仕方
    実際の臨床では診断基準や構造化面接,質問紙,家族面接など患者や問題に合わせて使えるものはなんでも使う。行動療法らしいところは,行動観察やセルフモニタリング,行動分析,累積表示などである。患者が最初に来た時は,主訴が曖昧でどこから手をつけたら良いのか分からないようなことがよくある。行動療法には,治療理論や価値観にこだわらずに,治療をしやすいところ,変えやすいところから変えていく,問題を変えやすいように扱っていく,という哲学がある。曖昧な主訴に対して,治療の対象となる行動を特定し,その行動の経時的な頻度を測定していく具体的な技法がある。何がまずいのかわからずに悩んでいた患者が,治療者との最初の面接で問題をずばり言い当てられる,などということは行動療法では起こらない。行動療法の進み方は段階的である。ステップバイステップという言い方をよくする。
  • 治療導入と治療契約
    これは行動療法独特というより,患者や問題に応じて変るものである。患者または家族に治療計画や利点と害について説明し,同意と協力を得ることは,薬物療法を含めた介入方法全てに共通することである。
  • 問題解決への介入法(主な治療技法)
    たくさんある。これからも増えていく。教科書として最後に上げているベーラック・ハーセンの行動療法事典は技法を集めた事典であるが,500項目以上ある。
  • 治療の終わり方と治療にかかるおおよその期間
    さまざまである。1950年代の行動療法は,患者個人に合わせて治療計画をたてて行うもので特定の期間は想定されていなかった。この10年は特定の問題に合わせて治療パッケージが作られるようになった。期間はそれぞれによって違う。特定の恐怖症に対する一日エクスポージャーのように1日だけで終えるもの,慢性精神分裂病に対するAssertive Community Treatmentのように,ずっと続けるものもある。
  • 薬物療法
    どの技法を選ぶのか,薬物と精神療法ではどうなのか,という最初から決まっているような理論的立場は行動療法にはない。薬物療法の立場から見れば薬物の効果を決める要因の一つはコンプライアンスであり,行動療法は服薬を遵守させるのに有効な技法である。実際の臨床で治療法を選択するときに一番良質な情報は患者が受けた過去の治療歴である。治療反応性の最も良い予測因子は過去の治療反応性だからである。過去に薬物によく反応した人は薬物が第1選択になる。過去にどの薬物にも反応しなかった人は行動療法単独を選ぶべきである。また,患者の価値観・好みを治療方法選択の基準に加えることも必要である。

行動療法の発展の特徴

行動療法の発展の仕方には他にはない特徴がある。

  • 評価方法・技法を新しく生み出す生産性がある。治療以外に行動のアスセスメント,変化のアセスメントはそれ自体が独立した行動療法の一分野であり,発展を続けている。既成の治療技法をまとめて一つの課題に特化した治療パッケージを開発することが最近,盛んである。
  • 一つの技法が新しく開発されると,それがどのように有効なのか,臨床試験を行ってきた。

治療パッケージは次々に新しいものがでてくる。SSTは耳慣れていると思うが,BT-STEPS,MATRIXになるとどうだろうか。それぞれ,臨床試験を経てこれから広まろうとしている強迫性障害,薬物依存の治療パッケージである。

技法が開発されると,それに対して臨床試験が行われる。行動療法の新しい技法として一時は大変注目されたEMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing)を例に取り上げて見よう。

私自身がEMDRについて初めて知ったのが,1992年に行われたオーストラリアでの国際行動療法学会においてであった。技法自体が新しくでてきたのは久しぶりのことであったので,国際学会の中でも関心が高かった。ある技法が有用であると認められるためには,それが他の技法に比べて勝ることを創始者以外の人間によって証明されなければならない。

MedlineのClinical QueryをEMDRで検索してみると,合計5件ある。EMDRを受けた群と従来の技法であるエクスポージャーを受けた群,プラセボ精神療法である支持的面接の群,治療なしで待ってもらっているだけの群との間を比較する臨床試験の報告があった。EMDRは治療なしよりも良いが,現実エクスポージャーには劣っていた。今のところ,臨床研究の中でEMDRが他の治療法よりも有用だとしているのは,創始者のShapiro自身やサポーターが書いたものだけである。

このよう運命をたどったのはEMDRだけではない。例えば,系統的脱感作は行動療法から生まれた最初の有効な技法であるが,さまざまな臨床試験の結果,筋弛緩は不要であり,エクスポージャーが適切に行わればそれで良いということが分かってしまった。恐怖症の患者に第1選択としてもちいる治療法ではなくなってしまった。繰り返しになるが,EMDRや系統的脱感作が無効という意味ではない。有効だが,他に優れたものや効果は同じだがよりシンプルな治療法がある,ということである。

このようにダイナミックに新しい治療法,そしてそれらの組み合わせを生み出し,そして有用性のないものは振るい落としていくという生産性が行動療法の強さである。

EBMの勉強

人は臨床試験とやらよりも自分の直接体験を信じるし,長患いしている人は新薬・画期的な治療とか聞くと受けたくなる。例え,怪しい治療法であっても,とりあえず全部受けておかないと気がすまないという人もいる。そこまで行かなくても,例えば風邪を引いた時,医者からこの薬だけ飲んでれば治りますよ,と言われても,ビタミン剤やドリンク剤,ハーブ湯や卵酒を試みてみるものである。こうした民間療法のようなアカデミックには正当と考えられていない治療を代替療法と呼ぶ。精神療法についても正当と考えられる治療法と民間療法のような治療法があるのは同じである。ドイツではAlternative psychotherapyと総称して,Past Life Recoveryなどの精神療法が認められている。このセラピーは乳児,さらに胎児期の記憶を呼び覚ましていくことである。精神療法が人を惹きつけるのは,効果があるからだけではない。過程が神秘的で効果が不明であることも魅力の一つである。それはそれでニードがある。

しかし,あなたが医療に携わるプロフェッショナルならば代替療法ができるというだけでは満足できないだろう。自分が専門にしている治療法が,どんなエビデンスをもっているのか,もっていないのか,自分がどこまでできてどこからはできないのか,出来ない時はどこに紹介したほうがいいのか,こうした知識を持っている人,そしてその知識を患者に分かるように説明できる人がプロフェッショナルである。

私の症例を一つ挙げてみよう。抜毛症の8歳の患者が行動療法目的で私に紹介されてきた。私はMedlineなどを調べてみた。思春期前であれば,大半が自然寛解するとある。寛解しない10年以上の長期の病歴をもつ抜毛症に対してはセルフモニタリング,ハビットリバーサルという行動療法の技法が効果を上げている。薬物については,症例報告ではサートラリン,パロキセチン,トラゾドンなどの成功例の報告があるが,プラセボ対照RCTの結果は芳しくない。私は母親に対して「抜毛についてよく観察し,記録をつけてください。そのまま2,3ヶ月するうちに消える可能性が高いので様子をみます。どうしても何かすぐに治療ということであれば薬もあります。2,3ヶ月立っても良くならなければ,抜毛を止めるトレーニングをします。」と伝えた。薬は飲ませたくないというのが母親の希望だったので,そのまま様子を見た。2ヵ月後にはほぼ良くなっていた。

臨床試験やRCTなど治療方法を評価する上で必要な考え方をまとめて,Evidence Based Medicineと呼ぶ。プロフェッショナルを志す人にとって大切な知識である。ぜひ,次の本を買ってお読みになることをお勧めする。

古川壽亮 エビデンス精神医療EBPの基礎から臨床,医学書院 2000

ちなみにさまざまなエビデンスが一番あるのは精神療法の中で行動療法と総称される心理社会的介入である。EBMの教科書が推奨する治療法に関する信頼できる論文の検索方法である,Pubmedのclinical Queriesを使ってみる。それぞれはヒットする文献の数である。

Behavior therapy                      576

Cognitive therapy                     136

Cognitive behavior therapy      125

Morita therapy                          13

Psychodynamic                         8

EMDR                                      5

Psychoanalysis                         4

行動療法に関するエビデンスが多いことが分かる。エビデンスとはすなわち,行動療法のサポーターによる評価ではなく,公正な審判による評価である。行動療法を勉強する必要を感じていただきたい。

行動療法の勉強

特定の精神障害に特化した治療パッケージ,例えば,慢性精神病性障害に対するSST(生活技能訓練),強迫性障害に対するエクスポージャーと儀式妨害などについては優れたマニュアル・解説書がある。しかし,自分で治療方法を工夫する場合やマニュアルどおりには行かない患者に対応する時には,行動療法の基本からの知識が有用である。

以下に行動療法についての解説書を紹介する。10年以上の前のものもあるがその価値は失われていない。ある治療法について体系的に学ぼうとする時には,その歴史的発展を最初から追う形で学ぶことが役立つ。

山上敏子(編著)行動医学の実際 岩崎学術出版1987

ベーラック・ハーセン(編)山上敏子監訳  行動療法事典 岩崎学術出版1987

アイゼンク,H.J.(編)異常行動研究会訳 行動療法と神経症 誠信書房1965

ホフマン・フレーゼ 京都国際社会福祉センター訳 行動療法の理論と演習 ルガール社1978

ウオルピ,J. 内山喜久夫監訳  神経症の行動療法  黎明書房 1987

久野能弘.行動療法 ミネルヴァ書房 1993

行動療法の技法は分かりやすい。患者自身や素人でもわかるようなマニュアルが用意されているものもあるので真似ることはたやすい。行動療法の初心者にとって難しいのが,いつ,どこで,どのくらい,どの順番でその技法を行うかの判断である。エクスポージャーを用いる場合,それを行う順番である不安階層表が完全にできていれば,もう治療が終わったも同然と行動療法家の中ではよく言う。こうした判断は独学では学びがたい。スーパーバイザーや症例検討会が必要である。

一方,行動療法を適用する対象である精神障害の知識は大きく進歩し,変った。特に今まで神経症という呼ばれていた疾患については5年以上前の記載は不適切であると思っていたほうが良い。前述の教科書の中で症例が提示されているが,症例の診断,評価,最も適切な治療方法の選択肢に関する記載は現代の最新の知識からは間違っていると思っていたほうが安全である。対象となる精神障害について最新の知識を得るためには,Medlineや米国National Guideline Clearing House (http://www.guidelines.gov/),コクラン共同計画(http://cochrane.umin.ac.jp/),最新の英語の精神医学の教科書を調べることをお勧めする。Kaplan & Sadockの教科書は旧版の日本語訳が,カプラン臨床精神医学テキストのタイトルで,メディカルサイエンスインターナショナルから刊行されている。

 

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