神経症の主張性訓練に関する研究及び治療技術の開発. 岡本財団研究助成報告集. vol. 2, p. 175–179.1989

原井宏明. 神経症の主張性訓練に関する研究及び治療技術の開発. 岡本財団研究助成報告集. vol. 2, p. 175–179.1989

平成2年5月31日
研 究 報 告 書
所属機関 国立肥前療養所
所在地 佐賀県神埼郡東脊振村大字三津160
氏名 原井 宏明
研究課題名:
神経症の主張性訓練に関する研究及び治療技術の開発

はじめに
この研究の目的は、神経症に対する主張性訓練の研究・開発を行うものである。
神経症に悩む患者は、他人との付き合い方にも問題があって、社会適応を阻害されていることがある。社会恐怖の患者では、対人場面自体が不安を惹き起こして適切な行動がとれないことが主症状であり、また、他の神経症でも、主症状以外に、不適切な対人行動が見られることがある。中川1)は、強迫神経症の治療予後について、対人関係の障害がある場合は、無い場合と比べて有意に劣るとしている。従つて、神経症の治療では、多くの場合、対人関係に対しても治療が必要である。
こうした対人関係の障害に対する治療では、対人場面での適切な行動を患者が学習していないと考えられる場合、行動を修正したり、適応的な行動パターンを新たに獲得させる訓練を行う。神経症の患者は、高い不安のために対人場面において、自己主張が不足していることが多いので2)、主張性を高める方向で行動の修正が計られる。この訓練は、主張性訓練、または対人技術訓練と呼ばれ、最近注目されだした。
実際の治療は、(1)対人技術の評価と、治療の目標行動の設定 (2)モデリング、行動リハーサル、プロンプティング、ホームワーク、認知修正法などによる治療 (3)治療の効果の評価 からなっている。治療前後の評価法としては、面接、セルフレポート、家族など親しい人による評価、対人場面での行動観察などが利用されてきた。評価は、対人技術の3要素の、(1)表現要素:話の内容、音声要素、非言語性行動、(2)受容要素:注意、解読、環境と文化的慣習の知識、(3)相互バランス:反応タイミング、話題転換、社会的強化子、について行われる。
本研究では、臨床に役立つ客観的な対人技術の評価法と、それを利用した治療法を開発することを目的として、次の二つの研究を行った。
1)対人技術の評価法の開発
主張性の評価に質問表と主張性を求められる対人場面でのロールプレイテストを用いた。ロールプレイテストでの表現要素を評価する方法として、注視点測定装置(アイカメラ)を用いた。また、この測定法を神経症者と正常者に適用し、評価法としての有用性を検討した。
2)患者への主張性訓練と1)による評価法の適用
対人緊張の強い神経症の一患者に、1)の方法による評価と主張性訓練を行った。また、実際の治療におけるこの評価法の有用性を検討した。
1.研究1
対象と方法
対象と方法については、われわれが、厚生省精神・神経疾患研究委託費(心身症の診断および治療予後に関する研究)3)4)において報告しているものと同様である。ここでは、概略を述べる。
1.対象
対象は、神経症と診断された患者33名および、18才から20才の女子学生の33名である。
2.質問表による評価
CMI、EPI(Eysenck Personality Inventory)、RAS(ラーサス自己主張質問表)5)を用いた。RASは、スコアが高いほど主張性が高いとされる。
3.ロールプレイとアイカメラによる測定
主張性が必要とされる対人場面をビデオスクリーンに写し、それに対して被験者にロールプレイを行わせた。この間、被験者の上半身像と音声をビデオテープに記録し、注視点をアイカメラ(竹井機器製)により測定した。
ロールプレイで使用した場面は、自慢(自分のアイデアで会社の業績が伸びているときに友人とお茶を飲んでいる場面)、感情の表現(早朝のセールスマンの来訪の場面)、批判に対する自己防衛(セールスの仕事で上司から叱られる場面)の3場面である。被験者は、あたかも自分が実際にその場面にいるように、またいつもの自分が出るように、返事をしたり、振舞ったりするよう求められた。検査終了後、被験者に自覚的不安について、5段階で報告させた。注視時間は、(1)プロンプト中 画面上の人物の話を聞いているとき、(2)潜時中 画面上の人物が話終えた直後、(3)反応中 被験者が発語反応をしている最中、(4)反応後 被験者が発語反応を終えた直後、の4部分に分けて検討した。
アイカメラとは別に、画面上の人物が話終えてから、被験者が話始めるまでの反応潜時、被験者が話している時間の反応時間も測定した。
研究1のまとめ
神経症者群は、RASのスコアで-3以上の高主張性群、-3未満-21以上の中主張性群、-21未満の低主張性群の3群に分けて検討した。神経症者群と正常者群の心理テストの結果を表1に、アイカメラの結果を表2と図1に示す。
結果をまとめると次のようになる。
1)正常者群、神経症者群のいずれにも、話を聞いている間(プロンプト中)は短く、話をしている間(反応中)は長いという注視時間変化の一定のパターンが認められた。注視時間が長いときは、被験者は話し相手を見つめ、短いときは、目をたびたびそらしていると考えられる。
2)神経症者の潜時中と反応中の注視時間は、RASによる主張性が高いほど長い傾向があった。
3)被験者が話始めるまでの反応潜時は、神経症者の方が正常者より長い傾向があった。

2.研究2
対象と方法
入院中の神経症患者に対し、1)研究1による対人技術の測定、2)主張性訓練を行った。
症例:38歳の男性で、主訴は対人恐怖、確認強迫である。
現病歴:
元来、きちょうめんでおとなしかった。15歳頃から、人から見られるのを苦痛に感じるようになった。また、同じ頃から、スイッチ・ガス栓の開閉、履き物の着脱、テストの記入などの際に確認を何度も繰り返すようになった。18歳の時、研究施設に就職した。20歳の時、事務所に配置替えになり、数人の職場で机を向かい合わせてデスクワークをするようになってから、同僚の視線が気になるようになり、会話することもできず、緊張感、下痢、耳鳴、微熱などが見られるようになった。精神科を受診したが、これらの症状は改善せず、勤務の配置替え後も変わらなかった。37歳頃、将来が心配になって、自信がなく、気持ちが沈み、興味・意欲・仕事の能率の低下が起こった。精神科で、抗うつ薬を投与され、抑うつ症状は改善された。しかし、対人恐怖や確認強迫は改善されず、当所を受診し入院した。
入院時現症:
患者は、強迫症状の他に、人と一緒にいるときの緊張感、人と話したりできないことに対する苦痛を訴えた。面接中でも、視線を合わせず、うつ向いている事が多く、声音や表情の変化が乏しく単調な話し方だった。会話中に、瞬き・おくびを繰り返した。話し相手の態度をよく見ておらず、一方的に話す事が多かった。3人以上の場面では、緊張が強く、自分から話すことができなかった。人が集まるところは回避し、例えば、看護者に用事がある時は、看護者が一人でいるときにしか声をかけられなかった。道や廊下を歩くときは、他人と視線が合わないように、背中を丸めて歩き、知り合いに会っても挨拶する事はなかった。
治療:
強迫症状に対する行動療法と同時に対人技術のまずさに対する治療を行った。
1)対人技術の評価と治療目標行動の設定
対人行動を、研究1の評価法と、日常生活の観察、面接、により評価分析した。
(1)研究1の評価法による評価、分析
質問表の結果を表3、アイカメラの結果を表4に示す。訓練前では、RASのスコアが神経症者群の平均(-7.5)よりかなり低い。反応潜時、反応時間は、他の神経症者と大きな差がない。注視時間の変化の一定のパターンは3場面のいずれにおいても認められたが、潜時中・反応中の注視時間が神経症者群全体より短かった。従つて、話をしようとする際と話をしている際は、相手を注視できない傾向があると考えられた。
(2)日常生活の観察、面接による評価、分析
a)日常生活では、他人の前では、うつ向くか、他人に背を向けるかしており、通りがかりの人も患者の顔が見えず、話しかけにくい。また、患者から、話しを切り出すことがない。このために、患者は話しをする機会が少ないと考えられた。
b)患者は、話すこと自体は好んでおり、他人から話しかけられると、多く話す。しかし、話し中に相手の態度を見ておらず、相手が理解しているかどうかをかまわないため、一方的で、抑揚に乏しい冗長な話し方になった。
c)3人以上の中では、話しのタイミングをつかむ技術が乏しいため、患者は話しかけられない限り、自分から話さなかった。また、他人が話している間もうつ向いており、うなずく、合いの手をいれるなどの他人の話を聞く技術も乏しかった。従つて、他人から話しかけられる事も少なく、他人が話し合っている中で、患者一人が黙っていることが多かった。患者はこうした状況で苦痛を感じるため、3人以上の対人場面を回避していた。
d)対人場面では、瞬き、おくびがたびたび見られた。
(3)治療目標行動
上記の評価、分析から目標行動を次のように決めた。
項目     目標行動
a)視線   相手の目を見る
b)姿勢   背筋を伸ばす
c)話し方 適度な間と、聞き易い声の調子
d)内容   話しの筋道が通り、言いたいことははっきり伝える。
e)司会   相手の話を引き出したり、止めたりする。3人以上で話すとき、話に割り込む。
f)非言語行動 適度なジェスチャーがあり、貧乏ゆすり・瞬き・おくびがない。
2)対人行動の治療
実際の治療では、視線の合わせることの意義、合わせるタイミング、話すときの姿勢について患者に教示した。現実の対人場面では、視線を合わせることがほとんどなかったため、まず、鏡を利用して、鏡の中の自分に視線を合わせる事、表情をつくる事、姿勢を正す事を教示した。次に、患者、他の神経症患者、治療者の3人で話すセッションを設け、他人が会話しているときの割り込み方、自分から話題を出す方法、他人に話をさせる方法を、教示、プロンプト、行動リハーサルなどの行動療法の技法で治療した。
3)治療後の評価
二ヶ月後の現在、まだ治療中である。
(1)研究1の方法による評価
表3、4に質問表の結果、図2に治療前と後の注視時間の変化を3場面に分けて示す。
a)RASのスコアは治療前より高くなった。
b)ロールプレイでの潜時中・反応中の注視時間は短くなった。注視時間の一定の変化のパターンは、治療後の方がはっきりしている。
c)ロールプレイでの自覚的不安では、治療前より治療後に高くなった。治療前は、主に検査のため緊張したと述べたが、二ヶ月後は、3場面で職場の上司のことを思い浮かべたと述べ、非常に不安と報告した。これは、二ヶ月後では、場面の状況を患者がより現実に近く受け止めるようになったため、緊張が高まったと考えられる。
(2)日常生活の観察、面接による評価
視線を以前より合わせるようになったこと、姿勢が良くなったことが観察された。また、外出、他人への話しかけが増えた。

まとめ
対人行動及びその際の注視点の評価を行った。その結果、注視点の測定によって対人技術を評価できること、および、対人場面での注視時間の変化が一定のパターンを持つことがわかった。従来、客観性に乏しいデータに頼らざるを得なかった対人技術の評価法にとって、アイカメラによる注視点の測定を加えることは評価法を信頼できるものにさせ得る。また、対人恐怖を主訴とする患者に、われわれが開発した評価法を用いて、対人技術の評価を行い、実際に主張性訓練を行った。この評価法は、主張性訓練を行う上で有用であると考える。

研究協力者
免田 賢 国立肥前療養所
中島 勝秀 九州大学医学部神経精神医学教室・
国立肥前療養所非常勤研究員
川口 弘剛 九州大学医学部神経精神医学教室
山上 敏子 国立肥前療養所

この研究の一部は、厚生省精神・神経疾患研究委託費(心身症の診断および治療予後に関する研究)にもよっている。
参考文献
1)中川彰子:強迫神経症の予後予測因子に関する研究.岡本記念財団昭和63年度研究助成報告集:63-67 1989
2)Wolpe,J.:The practice of behavior therapy.
New York,Pergamon Press,1969
3)山上敏子他:神経症の病態と社会(コミュニケーション)技術に関する研究,厚生省精神・神経疾患研究委託費(心身症の診断および治療予後に関する研究)昭和63年度研究報告書:66-72,1989
4)山上敏子他:心身症者の眼球運動の特徴,厚生省精神・神経疾患研究委託費(心身症の診断および治療予後に関する研究)平成元年度研究報告書:115-122,1990
5)Rathus,S.A.:A 30-item schedule for assessing assertive behavior.Behavior Therapy,4,393-406 1973

1989 Okamoto

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