治療の実際

  1. 強迫性障害の治療
  2. 専門家の皆様へ
  3. 治療の実際

はじめに

強迫性障害に行動療法を行う場合は,習熟した行動療法家が行うことが勧められる。一般精神科医を念頭に置き,薬物療法については具体的に,行動療法については紹介する際の参考になるようにした。特定の恐怖症については,行動療法が第1選択である。習熟した行動療法家が行うことが勧められる。患者が受診する際や精神科医が紹介する際の参考になるようにした。

総論

診断・評価

DSMIVまたはICD10に従って診断を行う。両者の間の診断基準自体の差異は小さく,実際の臨床で診断をつける際にはどちらに従っても診断が異なることはほとんどないと考えられる。

DSMIVの診断基準は評価者間一致率の高いものが選ばれており,必ずしもその精神障害に頻度が高いものや重要性で選ばれているわけではない。実際に診療を行う場合は診断基準以外に記載されている随伴症状,経過,家族歴,鑑別診断が参考になる。

強迫症状は他の精神障害でも起こる。横断面の症状のみでは判断しがたい場合が多いこと,強迫性障害発症の後にうつ病エピソードが起こる場合があるので,詳細な病歴をとる必要がある。またチック障害や抜毛症,身体醜形障害,神経性大食症,心気症,病的賭博,病的嫉妬を合わせてOCD Spectrum Disorderと呼ばれ,これらも強迫性障害に準じて治療できることがある。半構造化面接で評価するものとしてY-BOCS(Yale Brown Obsessive Compulsive Scale)(Goodman 1989)がよく使われている。

他の疾患の合併
1. 身体疾患

強迫性障害は脳炎や頭部外傷などの後,出現することが知られている。患者が心気的で身体疾患に対する懸念を拭いきれない場合は,専門医の診察を受けさせて重篤な身体疾患がないことを納得させる必要がある。

既知の一般身体疾患から生じた不安障害で,その身体疾患が安定している場合(陳旧性脳梗塞や頭部外傷など)や,特定不能の不安障害は,原発性の不安障害に準じた治療でよいと考えられる。こうした例の治療の指針になる確実なデータはない。

2. 物質関連障害

BZ系薬物による治療歴がある場合,薬物依存が起こることがある。物質使用障害が寛解していない場合は,他の治療が行えない。断酒・断薬を最初の治療目標にする必要がある。断酒・断薬後もBZ系薬物は禁忌になる。一般的な教育・指示で物質使用障害が寛解しない場合は,専門的な施設へ紹介することが勧められる。

3. 気分障害

うつ病エピソードの合併が多い。生涯にうつ病になる率が強迫性障害では約40%である。診断・治療は治療が容易なところから行うと治療が進めやすい。うつ病は薬物療法に反応しやすいので, うつ病エピソードが疑われる場合は,抗うつ薬による治療を優先する。強迫性障害はセロトニン性抗うつ薬に反応するので鑑別が困難な場合でも治療には支障がない。過去の病歴の中で躁病性エピソードがあった患者については躁転に気をつける必要がある。

4. 人格障害

特定の病前性格はない。強迫性障害と強迫性人格障害が混同されることがよくある。構造化面接を用いた研究では強迫性障害の約6%に強迫性人格障害が見られると報告されている(Baer 1990)。

診察

回避行動が高度な場合は,恐怖刺激から長らく遠ざかっているため患者自身にも何が怖いのかがよくわからない場合がある。こうした場合には,診察室や病院の中を実際に使ってexposure testを行うとよくわかる場合がある。一旦診察室から患者と共に出て,他の人がいる待合室での患者の様子を観察したり,その場での患者の話を聞くとよくわかる場合がある。不潔恐怖の場合は,机のほこり,ドアのノブなどに触ったらどうなるか,また治療者が代わりに触ってみて同じことをあなたがしたらどうなるか,などと聞いてみるなどの工夫がある。

恐怖状況を網羅している質問紙(Fear survey schedule (Wolpe 1964),Fear Questionaire (Marks1979)など)も役立つ。

病歴・家族歴

強迫性障害が初発後すぐに精神科を訪れることは珍しいと思われる。精神科を受診するまでに長く経過していることが多いので,それまでの病歴・治療歴を知ることが診断と治療計画作成に役立つ。

遺伝的家族負因があることが知られている(John 1994)。親族についての知識が診断の補助になる。

治療

に治療の大まかな流れを示す。に治療のガイドラインを示す。

説明

診断と,治療法があること,予後を伝え,重篤な精神病性障害に進行することもないことをよく説明して患者に安心感を与える必要がある。

薬物が有効なのは十分な量を十分な期間服用したときのみである。抗うつ薬の場合は効果がわかるまで3週間以上かかる。前治療で抗不安薬による治療しか経験したことがない患者の場合,薬を減らそうとしたり,頓服使用しようとしたりする。不十分な効果しか得られず,患者が薬物に不信感を持つ原因にもなる。事前の十分な患者教育と投与開始後から効果が現れるまでの期間のサポートが薬物療法に必要である。

治療計画

抗不安薬による薬物療法はその場の状態が対象になるので,特に禁忌が無ければ初診日から開始できる。抗うつ薬も副作用に患者が耐えられる見込みがあれば,初期から可能である。

行動・認知療法ではin vivo exposureが主体になって行われる。これはイメージなどではなく,現実の事物・刺激に患者の不安反応が減弱するまで十分な時間接触させる方法である。行う際には,十分な治療計画が必要である。初診日当日は恐怖対象をよく調べ,不安階層表(hierarchy)をつくる。不安階層表とは恐怖対象をその強度に従って順序つけたものである。初診日当日では患者が答えられない場合が多く,次回の受診日までに宿題として恐怖対象を記載してくるように指導する。可能ならば初診日からセルフモニタリングを指導し,患者自身が自分の恐怖対象がわかるようにする。セルフモニタリングで患者が自分の状態を把握できるようになるまで時間がかかる。

不安階層表ができあがり,患者がSUD(Subjective Unit of Disturbance)で自分の不安水準を評価できるようになったあと,exposureの計画を立てる。exposureのセッションは週に2回以上行うことが望ましい。1回以下であると恐怖刺激に対する不安反応が馴化しない。exposureの対象となる刺激はできるだけ現実の生活で遭遇するものに近い方がよい。不安階層表のどの刺激からどのようにしてexposureを行うのか,頻度,一回のセッションにかける時間(通常でも1時間以上,1日以上かける場合もある)患者単独で行うのか治療者などが補助するのかなどの計画を立てる。

Exposureの開始

これらの計画をプリントにまとめ,患者自身の努力が必要であることを説明する。患者の同意が得られたら,計画に従って治療を行っていく。Exposure中に新しい恐怖対象や回避行動が見つかったり,exposureの時間に過不足があることがわかったり,実生活でたまたま外出の必要ができたり,不安階層表で強度の高い刺激が実は低いことがわかったりするので,開始後も臨機応変に対応する。

維持療法・再発予防

薬物療法を行う場合は中断後の再発,再燃は必至である。パニック障害と強迫性障害,社会恐怖は慢性に経過するので,長期にわたる維持療法が必要になる。行動療法の場合は,exposureの方法を患者自身が身につけるので再発は少ないとされるが,再発予防のプログラム,数ヶ月後にexposureのセッション(booster session)をもうける場合がある。

治療

クロミプラミンを投与する。初期投与量75mgから開始し,150mgまで漸増する。パニック障害やうつ病と比べると強迫性障害の患者は抗コリン作用による身体症状に強く,早い増量が可能である。RCTでのプラセボ群での反応率が低いことが示すように,低用量で効果が発現することはまれである。反応が乏しければ,更に増量を試みる。能書上は日量225mgまで可能である。患者が服用可能な量まで増やす。抑うつ気分・強迫観念に対して効果が期待できる。

クロミプラミンの効果が発現するまでには6〜8週を要する。患者がクロミプラミンに反応するかどうかを見極めるには10〜12週まで投与を継続すべきである。高用量が必要である。反応する患者でも完全寛解に至ることは少なく,部分的な改善にとどまる(Goodmanら1992)。この点もうつ病やパニック障害に抗うつ薬を用いる場合とは違うことを留意する必要がある。

薬物療法の効果が不十分な場合は,行動療法を行える施設へ紹介する必要がある。また,不潔恐怖と洗浄強迫行為・回避行動を主症状とし恐怖・回避対象が限定されている場合は,行動療法のみで寛解する場合がある。

行動療法ではexposureとritual (response) preventionが用いられる。これはFoa(1978)によるものである。強迫観念や強迫行為のきっかけとなる刺激を特定し,その刺激に意図的に十分な時間触れるようにし(exposure),その間やその後しばらくの間の強迫行為や儀式,回避行動をおこなわいようにする(ritual prevention)ものである。広場恐怖に対するexposureと異なり,一つのセッションに時間がかかり,途中での不快感・強迫行為の衝動が強い。また,ritual preventionが不徹底な場合は強迫症状をかえって悪化させる。このため,この方法を行うには習熟が必要である。

2〜3時間のセッションを10回程度,2〜3週間の間に行うことで十分な効果をあげることができる。1セッションに1日以上の時間が必要な場合は,儀式の禁止を患者一人では達成できない場合があり,この場合,入院治療が行われる。

薬物を中断した場合の再発率はパニック障害やうつ病より高い。長期の維持療法が必要になる。通常は初期に用いた最高量をそのまま継続する。薬物の場合でも行動療法の場合でも,多少症状が残る場合が多い。病歴が長い場合は人並みの生活をした経験が乏しく,症状が軽減しても社会に適応しがたい場合がある。外来通院し維持服薬を続けている患者に対して適切なカウンセリングを行い,強迫性障害とつきあいながら生活を楽しめるように援助する必要がある。

表. Journal of Clinical Psychiatryによる(March 1997)

A. 臨床場面で推奨される治療の第1選択

初期治療の戦略と治療順序
年齢についての配慮 思春期前の児童: 軽度またはより重度にはCBTを最初に行う
思春期: 軽度にはCBTを最初;より重度にはCBT+SRI
成人: 軽度にはCBTを最初;より重度にはCBT+SRI,またはSRIのみ
治療の全体的な効果,早さ,維持についての配慮 軽度: CBTのみ,またはCBT+SRI
より重度: CBT+SRI
患者の耐性,受容性についての配慮 軽度: CBTのみ,またはCBT+SRI
より重度: CBT+SRI,またはSRIのみ
CBT戦略の選択
強迫観念・強迫行為 E/RP (Exposure/ response prevention)
E/RP + CT (cognitive therapy)
特異的な症状に対する対策 不潔・汚染恐怖,対象性保持儀式数を数える/反復,ためこみ,攻撃衝動 →E/RP
几帳面さと道徳的罪悪感,病的疑惑 →CT
CBTの集中度 段階的 (1週おき):ほとんどの患者で推奨 (通常13-20セッション)
集中的 (毎日):早さが必要な場合,または段階的CBTに反応しない,きわめて重度な場合
特異的薬物療法の選択;SRIの使用
(Fluvoxamine ・Fluoxetine ・Clomipramine ・Sertraline ・Paroxetine)
推奨される治療タイミング 平均的なSRIの量に十分反応しない場合:最大量を4〜9週間投与
最大量を更に4〜6週間投与しても十分反応しない場合:他のSRIに変更
治療抵抗性
CBTのみに反応しない・部分的 SRIを追加;方法を変えてCBTを追加
SRIのみに反応しない・部分的 CBTを追加;または他のSRIに変更
CBT+SRIに反応しない 他のSRIに変更
CBT+SRIに部分的反応 他のSRIに変更
方法を変えてCBTを追加
他の薬物で効果増強
2〜3種のSSRIを使用したが
反応しない
clomipramineを試す
CBT+3種のSRI(内一つはclomipramine)に反応しない・部分的 他の薬物で効果増強(随伴症状に従って薬物を選択)
方法を変えてCBTを追加
維持療法
長期薬物療法を行うのは 適切なCBTを行っても3〜4回の軽度/中等度再燃が起こった場合,または2〜4回の重度の再燃が起こった場合
薬物の中止方法 毎月のCBTを行いながら1,2年後に段階的な漸減(減量は25%ずつ行い,次の減量は2ヶ月後まで待つ)
外来受診の頻度
CBTのみで完全寛解 3〜6ヶ月間毎月受診
CBTのみで部分寛解 3〜6ヶ月間毎週または毎月受診
薬物で完全または部分寛解 3〜6ヶ月間毎月受診

注:CBT:認知-行動療法,SRI:セロトニン再取り込み阻害剤 clomipramine, fluoxetine, fluvoxamine, paroxetine, sertralineを言う,SSRI:SRIの中でclomipramine以外

B. 心理社会的治療の第1選択

認知-行動療法
OCDについて、CBTはexposureとresponse prevention (E/RP)と認知療法(CT)の併用を示す
患者が受け入れない場合をのぞき,可能ならばCBTはOCDのすべての患者に推奨される
SRIのみに対して患者が反応しない・部分反応の場合に追加する
薬物の副作用に患者が耐えられない場合,妊娠している場合,身体疾患のために薬物が禁忌である場合はCBTのみを用いる
CBTが有用である他の精神疾患を合併している場合,特に合併疾患によって修飾されている場合に用いる
exposureとresponse prevention (E/RP) 不潔・汚染恐怖,対象性保持儀式,数を数える/反復,ためこみ,攻撃衝動には特に有用
認知療法 几帳面さと道徳的罪悪感,病的疑惑には特に有用
治療の形態と集中度
形態

毎週の個人治療セッションと宿題,または治療者補助による診察室外テクニック(in vivo)

家族療法を追加することが適当な場合がある

頻度 合併症のないOCDの患者の治療には13〜20セッションが通常必要
集中度

段階的(1週おき):多くの患者に推奨

集中的(毎日):早さが必要な場合,または段階的CBTに反応しない,きわめて重度な場合

維持療法スケジュール 3〜6ヶ月間毎月のブースターセッションを行う

C. 身体的治療の第1選択

SSRI(fluoxetine, fluvoxamine, paroxetine, sertraline) CBTと併用,または中等度から重度の成人患者に対して単独で使用
CBTのみで反応しない・部分反応の場合に追加
Clomipramineの前に使用する Clomipramineの抗コリン作用,心血管系,性機能,鎮静,体重増加が問題になる場合に使用
SSRIが有用である他の精神疾患が合併している場合に使用
Clomipramine 2〜3種のSSRIが無効な時に使用
SSRIに反応しない・部分反応の患者に追加
SSRIのような不眠,アカジシア,嘔気,下痢を起こさない
三環系抗うつ薬が有用である他の精神疾患が合併している場合に使用
D. 合併疾患のあるOCDに対する治療
合併疾患 妊娠 CTBのみ
心疾患 CBTのみ;またはCBT+SSRI
腎疾患 CBTのみ;またはCBT+SSRI
トウレット障害 CBT+従来の抗精神病薬+SRI
注意欠陥/多動性障害 CBT+SSRI+中枢刺激剤
パニック障害,社会恐怖 CBT+SSRI
大うつ病性障害 CBT+SRI(重度の場合はSRIを最初に行う)
双極性障害 CBT+気分調整剤のみ;CBT+気分調整剤+SRI
反抗/行為/反社会性 CBT+家族療法+SRI
分裂病 SRI+神経遮断剤
  1. 強迫性障害の治療
  2. 専門家の皆様へ
  3. 治療の実際

Last updated: 01/20/2008 08:03:21
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