歴史的には強迫性障害は恐怖・不安が主体であると考えられていた。強迫行為は不安によって起こる回避行動であり,強迫行為によって不安が一時的に減弱し,強迫行為は負の強化を受けていると考えられていた。このため患者特定の刺激によって起こる不安反応を消去することが治療の中心と考えられていた。しかし,系統的脱感作のような不安を軽減する技法のみでは強迫性障害を治療することはできなかった。
行動療法が強迫性障害を治療できるようになったのはMeyer (Meyer,V , 1966)が1966年にE&RPを始めてからである。これ以降,E&RPを構成する各部分の効果を調べる研究が行われ,エキスポージャーと反応妨害の組み合わせが治療に必要なことが明らかになった。研究の初期はエキスポージャーには恐怖刺激によって起こる不安反応を軽減する働き,反応妨害には強迫行為を軽減する働きがあると考えられていた (Steketee,G et al , 1982)。
現在の強迫性障害の診断基準では不安の存在は必須項目ではない。自発的な観念や行為の反復を制御できないことが強迫性障害の主体であると考えられている。強迫症状を引き起こす刺激に決まったパターンがあること,犬や鳥に強迫性障害に類似した病気をもつものがあることから,強迫性障害には生物学的な準備性があることが想定される。この準備性を進化生物学から説明することが試みられるようになった (Rapoport & Fiske , 1998)。セロトニンの脳内投与によりレスポンデント条件付けの効果を変えることができることや,三環系抗うつ薬の中でセロトニン作用のあるクロミプラミンのみが抗強迫作用をもつこと,機能的脳イメージング研究の結果などから,セロトニン動作性ニューロンの機能異常や前頭前野-帯状回-大脳基底核の間を結ぶ回路の機能亢進が強迫症状と関連していると考えられるようになった。E&RPもこれらの働きと関連づけられるようになってきている (Baer , 1996)。
E&RPの開発以降も強迫性障害について様々な研究が行われている。しかし,洗浄強迫などではE&RPの治療効果が当初から高く,E&RPを効果の点で上回る治療法は出てきていない。現在の研究はE&RPが容易に行えるようにしたり,難治性の患者に対する工夫を行ったりすることに向けられている。
E&RPは本来,治療の方向を示すものである。しかし,この10年間の臨床研究の中で扱われるE&RPは治療パッケージになっていることが多い。Foa (1988)が示すような,1)比較的高い恐怖刺激から始められる段階的現実エキスポージャー,2)入院などの制限された環境の中での数時間から1日にわたる厳密な反応妨害,3)セッションを週に2〜3回,合計10回程度行う,といったパッケージが一般的になっている。こうした傾向は強迫性障害以外の精神障害に対する心理社会的治療の研究開発についても同様で,治療法をマニュアル化したり,様々な治療技法を集めて特定の精神障害や問題に対するパッケージとしたものが多い。BT STEPSなどのように新しい治療法として命名されているものは,こうした既成の治療技法を組み合わせたパッケージであることに気をつける必要がある。多数例を対象にしたRCTが研究の主流になり,治療者間の差異を統制する必要があることが,こうした傾向の理由と考えられる。
E&RPには次のような問題がある。1)入院などの方法で環境を制御する必要がある,2)治療に患者が積極的に参加する必要があり,患者に対して動機付けを行う必要がある,3)観念が主体で,強迫行為がなかったり,確認のような心の中でのみ行われる強迫行為の場合には反応妨害が行いにくい,4)習熟した治療者が行う必要があり,どこでも誰でも行えるわけではない。
米国においても,E&RPはどこでも受けられる治療ではない。1996年のアメリカ精神医学会の大会に参加した精神科医に,E&RPを施行できるか・施行できるところへ紹介できるか,を問うたところ,Yesと答えたのは10%以下であった (Baer & Greist , 1997)。
米国では患者教育用資料が出版され (NIH , 1994),サポートグループや治療の相談窓口(Anxiety Association of America, Obsessive-Compulsive Disorder Foundation)が活動している。日本語では飯倉 (飯倉 , 1998)による小冊子がある。
治療者の付き添いなしで患者一人で反応妨害を行うのは困難とされている。これを解決する工夫として患者用のセルフヘルプマニュアルやコンピューターを利用したものがある。その一つにBT STEPS (Baer & Greist , 1997)がある。これは患者が治療中に必要な指示を電話で受けるものである。24時間体制でコンピューターが患者の必要に応じたメッセージを自然音声で応答するようになっている。
強迫性障害のかなりの患者は症状の不合理性に気づかず,自分の思考のうちどこからどこまでが強迫観念なのか分からずにいる。Foaら (Foa & Kozak,M , 1995)によるDSMIVのフィールドトライアルは,1)30%の患者が不安を抱くことがらが実際に起こりうるものとおおむね信じている,2)5%の患者が強迫症状の不合理性に全く気がついていない,を報告している。E&RPを始める前に,患者自身の強迫観念や行為に対する考えを修正することが必要になる。
セルフモニタリングや言葉での教示は広く用いられる。これだけで済む場合も少なくない。強迫行為と拮抗する行為を行わせることで反応妨害をする方法(ハビットリバーサル)や取り決めをポスターにして良く見えるところに張り出す方法(パブリックポスティング),治療行動を強化するための随伴性マネージメントなどの工夫が患者や問題に応じて用いられる。
強迫行為が確認などの心の中での行為である場合には,外部からの強迫観念を起こす刺激を多種類用意しそれを続けて提示する方法が使われる。新しい刺激のたびに起こる強迫観念のために心の中での強迫行為が行えなくなる。
強迫観念のみの患者では,強迫観念を繰り返し口にしたり,書いたり,カセットテーププレーヤーを使って繰り返し聞かせたりする方法(Semantic Satiation)が使われる。
一次性強迫性緩慢の患者 (Takeuchi et al , 1997)では強迫行為を減らしても日常生活の改善につながらない。モデリングやペーシング,プロンプティングが行われる。
治療の数ヶ月後にブースターセッションを行ったり,電話によるサポートを行ったりすることが行われる。E&RPによる治療の後に再発予防を意図したセッションを付け加えた比較試験がある (Hiss et al , 1994)。20人の患者に15回のE&RPのセッションを行い63%の改善が得られた。この後4回の再発予防のセッションを行う群とプラセボ治療の群に無作為割付を行った。6ヶ月後のフォローアップで再発予防群は87%が改善を維持していたが,比較群は50%だった。
強迫性障害と同様に習慣や行為が反復されることが主な症状になっている精神障害に,物質関連障害と神経性大食症がある。これらの精神障害に対してE&RPと類似した治療が試みられている。酒 (Drummond & Glautier , 1994)や嗜癖性薬物に対する渇望や過食の衝動 (Jansen et al , 1992)を引き起こす刺激に対してエキスポーズし,続いて起こる飲酒や過食を妨害することが行われる。Cue exposureと反応妨害と呼ばれることもある。
強迫性障害の認知モデルについてvan Oppenら (1994)がまとめている。
Oppen & ArntzによるE&RPを行った群と認知療法を行った群を比較したRCT (Jansen et al , 1992)があり,認知療法の効果はE&RPに劣らないとしている。しかし,被験者が少ないこと,E&RP群の改善率が他の報告より低いこと,他の研究者による追試がないことから,信頼性は不十分である。E&RPに認知療法を付け加えることの意義はまだ研究段階にとどまっている。
Last updated: 01/20/2008 08:03:21
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