1.1回目の治療
E&RP法を行うことに同意したら、短時間で階層表を作成し、患者の気持ちが変わらないうちにすぐに1回目のE&RP操作を行う。
a.暴露刺激の選択
- 暴露刺激として何を用いるかを患者と相談して病院用階層表の中から選ぶ。
E&RP操作は弱い刺激強度から始めた方が無難といえるが、恐怖が時間の経過と共に弱まるということを患者にはっきり体験させるためには、始めから中等度以上(SUD 50以上)の強さのところから始めた方が良い。それがうまくいけばその後の家庭での治療もやり易くなる。しかし、始めから無理やり強い恐怖刺激を押しつけると、そのセッション内で恐怖反応が弱まりにくいというだけでなく本人や家族の反感をかい、その後の治療の継続に、支障をきたすことがあるので慎重を要す。実際には、患者がこれ位ならE&RPできるという最大のSUD項目を用いる。
- 暴露刺激の呈示の前に患者に覚悟の程をたずね、武者ぶるいを起こさせ、意気込みをもたせるようにすると良い。それらは恐怖の拮抗作用を持つ。恐怖刺激にいやいや直面させるよりは迎え撃つ態度を持たせた方が良い。
- 暴露操作をしたが実際には思った程の恐怖が起こらなかったという場合がある。その場合はすぐに上の方の項目で再度、暴露操作を行う。その際、“案ずるより生むが易し 幽霊の正体見たり枯尾花”という格言を与える。
- 初回の治療セッションで用いる暴露刺激の数は、洗浄強迫では1つだけにした方が良い。しかし確認強迫では複数の刺激状況に次々に暴露させた方が効率が良い。
b.洗浄強迫の治療
- まず治療者が患者の目の前で洗浄強迫惹起刺激(不潔恐怖であれば洋式トイレの蓋や便座など)を両手でさわり、その手で自分の髪、顔、腕、服にさわり、ニッコリ笑う。(モデリング)
- 次いで同様の事を患者に行うよう指示する。患者がこわごわ、へっぴり腰でやる場合は、しっかりさわるよう指示し、場合によっては患者の手をつかんで強くさわらせる。
- 両手で全身をさわらせた後、“もう、しっかり汚れたからね”と確認する。
- 今やっている事は汚さになれる訓練であることを再度強調し、やっていることの意味を再確認させる。
- 恐怖刺激が小さな物体である場合は、それをずっと手に持たせても良い。
- 暴露後は、手を洗いたくなっても我慢するように指示する。(言語による反応妨害)
c.確認強迫の治療
- 確認強迫惹起状況でまず治療者が次のような事をやってみせる。(モデソング)例えば、電気製品のスイッチを入れた後それを切る。ガスに火をつけた後それを消す。ソファに座った後、確認せずにその場を立ち去る。
- ついで同様の事を患者に指示する。
- 行為の後疑惑が起こっても、振り返ったり、確認したりしないように指示する。
- 疑惑を放置する訓練であることを再度強調する。
- 確認強迫が起こる状況が多くあれば、複数の行為、状況に次々に暴露させる。例えば、火をつけて消した後電気をつけて消し窓を閉めさせるなど。
- 暴露後、患者が立ち止まったり確認行為をしたそうなそぶりを見せた後は、言語指示により、場合によっては患者の身体をひっぱってもその場を離れさせる。(身体的反応妨害)
- 万一、わずかでも確認行為が見られたならば再度、暴露操作をやり直す。
- 治療者が側にいると強迫症状が起こらないという場合は、患者一人でやらせる。その際、確認行為をせずにその場を立ち去ることを指示しておく。
- 症状が交差点や車の運転中、買物中にしか起こらないという場合は、病院外でE&RP操作を行うことも考える。
d.治療中の対応の仕方
- 暴露操作後は治療終了まで患者を診察室に居させる。
- 治療中は本を読んだり親と雑談させたりせずに治療に集中させる。
- 暴露直後と以後10分(あるいは5分)毎に、患者の状態を記録する。自覚的恐怖、不快感の強さ(SUD)、強迫欲求の強さ、心拍数、表情や仕草。
- SUDの変化がわからないという人の場合、10分前と比べ少しは楽になったかどうかだけでも良い。
- 治療中、治療者はできるだけ患者に安心感を与えるように振る舞う。患者が不安そうだったり、“大丈夫か”と聞いた時などは、“大丈夫”と安心させる。また患者のつらさに同情すると共に治療を最後まで続けるよう激励する。
- 恐怖、不快感 が下がってきたら、“時間がたてば楽になってきたでしょう。こんな風にやっていくと慣れが起こるんですよ。”と説明する。
e.治療時間
- E&RP操作は原則として恐怖、不快が十分弱まるまで行う必要がある。SUDがゼロになるまでやる必要はないがSUD 50→30程度の減少は必要である。
- 治療前に、恐怖が十分に弱まるまでE&RP操作をしようと言っておくと、不自然に早くSUDが下がることがあるので好ましくない。
- 初回のE&RP操作では、始めから、2時間位続けましょうと長い時間を言っていた方が良い。
2時間といっても、それ以前に恐怖が十分に弱まれば、そこで終了しても良い。しかし30分以内で大きく減少するのはむしろ要注意である。初回は少なくとも1時間はやった方が良い。
- 2時間で恐怖、不快が弱まらない場合は更にE&RP操作を延長する。その場合も下がるまでとは言わない。恐怖が弱まるのに5時間かかった例もある。
- 心拍数を測定している場合は、心拍数が暴露開始時よりも上がった状態で終了してはならない。
- 何時間E&RP操作をやっても全くSUDが変わらない人がいる。そのような人は強迫行為をしたい、すべきだという気持ちや考え、あるいは、嫌い、イヤだという気持ちとSUDを混同しているか、始めからE&RP法に拒否的な人かである。前者であれば、恐怖、不快感を素直に評価するよう指示するとともに心拍数、表情、仕草など恐怖の他意的指標の変化を患者にフィードバックしてみると良い。後者であれば、症状や治療法について再度の話し合いが必要である。
f.治療後の説明と指示
- まず患者の努力を賞賛し、その努力のつみ重ねが病気を克服するものであることを述べる。
- 恐怖の特性(時間の経過と共に弱まる)を患者、家族と共に確認し、再度、E&RP操作の意義と目的を説明する。
- 家庭でのE&RP操作の重要性を強調する。週1回の病院での治療だけでは不十分であり、強迫神経症が治るかどうかは、実際に生活している家庭でE&RP操作をどの程度行うかにかかっていることを説明する。
- 家庭でのE&RP操作のために家庭用階層表の中から暴露刺激状況を選ぶ。
- 家庭でのE&RP操作を始める前に、その日病院で行ったE&RP操作をそのまま家に持ち込ませ、家庭での治療の第一歩とさせる。洗浄強迫者であれば、治療後家に帰っても手洗浄、入浴、着替え等をせずに、病院で汚れた身体のまま家でもしばらく生活させる。できれば病院で着用していた服のまま床に就かせると良い。どうしてもいやという場合には夜の入浴、就寝まで続けさせるが、その場合でも病院での暴露刺激が家の中に広がるように生活させる。翌日以降も病院で汚させた衣服を着て生活することをすすめる。
g.初回治療の重要性と留意点
初回治療はそのセッションの治療効果そのものよりも、恐怖、不快が時間と共に弱まるという体験を患者にさせることと、患者と家族にE&RP操作のやり方を教えることに大きな意義がある。
- 強迫行為をせずに我慢していると恐怖が弱まるということが患者に体験的に理解させれれば、以後の治療は容易になる。しかし、不本意に強い恐怖刺激に暴露せれたり、恐怖が強いままセッションが終わったりすると以後のE&RP操作がやりにくくなるばかりでなく、ドロップアウトの危険も出てくる。治療がうまく行くか否かは初回治療の結果にかかっていると言っても過言ではない程、初回治療の比重は大きい。したがって初回治療は万難を排し、必ず成功するように努力するべきである。そのためには暴露刺激の選択と治療時間に留意し、治療時間を長くとれるように準備しておくことが必要である。
- 治療を通して、患者が恐怖の特性、治療原理、治療操作の意味を体験的に理解できるように、治療中、あるいは治療後、セッションを振り返りながら説明をよく行うことが大切である。
- 家庭でしか強迫症状が起こらない人の場合でも、できるだけ治療者の目の前で強迫症状が惹起できるよう努力すべきである。工夫すれば、程度は弱いが症状を惹起できるということは少なくない。惹起できた強迫症状が家庭で起こるものよりも程度の軽いものであっても、初回のE&RP操作としては十分である。また仮に病院では全く強迫症状が起こらない人の場合でも、家庭でのE&RP操作のために病院でやり方を教えリハーサルを行う必要がある。
2.2回目以降の治療
a.質問事項
- 毎回の治療セッションの始めに、前回の病院での治療セッション後家に帰るまでの間に強迫行為をしなかったかどうか、またその間SUDや強迫欲求がどう変化したかを聞く。家に帰ったときに気持ちが楽になっていたというのであれば、恐怖、不快は時間の経過に従って弱まるという事が更に実証されたことになる。
- 次いで前回来院時から今回来院時までの間、どの程度家庭におけるE&RP操作がなされたか、そしてその結果はどうであったかを聞く。家庭での治療的実践ができなかった場合は何故できなかったかも聞く。
- 強迫症状全般の変化を聞く。
b.E&RP操作
- 病院でのE&RP操作のやり方は1回目の治療と同じである。モデリングも効果があれば行う。
- 暴露刺激の上げ方
セッション終了時のSUDやセッション内でのSUDの下がり方よりも暴露操作直後のSUDが参考となる。何週間か同じ恐怖刺激によるE&RP操作をやってみて、暴露直後のSUDが大きく下がってくればその次の週からは上の恐怖状況でのE&RP操作に進んで良い。例えば、ある恐怖刺激による初回の暴露操作直後のSUDが50であったものが、何回かの同一恐怖刺激によるE&RP操作により、あるセッションで暴露直後のSUDが30位にまで下がっていれば、次のセッションからは更に上の恐怖刺激を用いたE&RP操作を行って良い。
- 上の恐怖刺激に進む時は必ずしも治療開始前に作成した病院用階層表の1つ上の項目に移る必要はない。治療前に作成した階層表のSUDは治療の進行によって当然変わるものであり、項目の順番が入れ変わることも珍しくない。E&RP操作をSUD 50の項目から始めたのであれば、上の恐怖刺激に移る場合もその時点でSUD 50に相当する刺激状況でE&RP操作を行うと良い。
- 適当な刺激状況がなければ、新たに刺激状況の追加を行う。
- 患者が熱心で理解が良い場合は、一気に階層表の最上位でのE&RP操作をすすめても良い。
- 洗浄強迫の場合でも、何回かE&RP操作を行った後は暴露操作時に複数の恐怖刺激を用いても良い。“ついでに”といって、他の汚い物にもさわらせる。
- 2回目以降のE&RP操作でも治療時間は長い方が無難であるが、そのうち、患者の大体の反応パターンがわかり、治療時間も決まってくる。ただしどんなに早く慣れが起こる人であっても最低30分間はE&RP操作を続けた方が良い。
- 毎回、治療の前、中、後に治療操作の意味を繰り返し説明し、恐怖に慣れることの重要性を強調する。
- 来院の頻度は通常、週1回とするが、家庭での治療実践が十分なされれる人では2週間に1回の来院でも良い。逆に、家庭での実践が不十分な人では週2〜3回の来院が必要となる。
- 病院でのE&RP操作は病院用階層表の上位を用いたE&RP操作でSUDが下がり、我慢して強迫行為を抑えているという感じがなくなるまで行う。
- 病院用階層表の上位によるE&RP操作が終わっても日常生活状況で強迫症状が多く残っている場合は、病院での治療は家庭でのE&RP操作実践を高める指示を出すことが主になるが、洗浄強迫者では家庭にある強迫症状惹起刺激を病院に持参させ、それを用いて病院でE&RP操作をすることも必要となる。
c.患者の心配への対応
E&RP法を行っていると患者からいろいろな疑問や心配が出される。
- 強い恐怖刺激への暴露、強迫行為の禁止指示に対し、患者からそこまでやる必要があるのかという疑問が出ることがある。それに対しては、日常生活でハプニング的に強い恐怖刺激に遭遇した時に恐怖が再感作され、今まで良くなっていた恐怖、強迫症状が悪化することがある。また、そのようなハプニングがなくても十分な治療をしておかなければ恐怖の戻りがあることを説明し、強い恐怖刺激でのE&RP操作が治療として必要であることを説明する。
- 徹底したE&RP操作により、ルーズな人間になることを心配する人もいる。そのような人に対しては、もともと几帳面な人の場合、どんなにE&RP操作をしてもだらしないルーズな人間にはならないこと、また、いつでも適応的な行動を再修得できることを伝え安心させる。
- 治療の途中段階で強迫状態恐怖と呼べる状態が現われることがある。例えば、今は治療により手を洗わずに済んでいるが、また洗い出したら前のように止まらなくなるのではないかという不安である。しかしこの不安は一過性であり、治療が進めば自然に消失するので特に問題となることはない。
- 洗浄強迫者の場合、家庭のE&RP操作により家の中が汚されることで罪悪感を持つ人がいる。この場合、患者の家族がE&RP法に同意し、家の中が汚染されることを許せば本人の罪悪感もとれ、家庭での治療が容易になる。
d.適応的標準行動の教示、指導、訓練
- E&RP法で恐怖、不快が弱まり、強迫行為が減少した場合、治療の仕上げ段階として、患者に適応的で標準的な確認・洗浄行為のやり方を教えることが必要となる。どのような状況でどのようなやり方が適応的で標準的なやり方なのかを教示する。例えば手洗浄であれば、その状況としては、食事前、用便後、帰宅後が普通で、回数としては1日数〜10回程度という事を教え、簡単な手洗いの仕方をモデリングで教える。その際、治療者の教えが偏っていないという印象を与えるために、予め看護婦と打ち合せをしておき、看護婦にも同じ意見を述べてもらうようにすると良い。手洗いで石けんを用いる状況や洗濯の仕方、確認の方法などについても同様である。
- 本来適応的であるが過度に入念で儀式的となっている行動が患者の問題となっている場合には、簡単で標準的なやり方を教え、それで切り上げさせる訓練をする必要がある。例えば、歯磨き、洗顔、用便などが問題となっている場合では、標準的なやり方を教え、モデリングし、患者の例でコーチする。その際、念入りな行動を少しずつ短くするのではなく、一気に標準的な時間まで短くし、それで済ませるように指導した方が良い。この場合も、気が済まなくても我慢して慣れることが必要であることを強調する。家庭での同様の訓練のために家族にも短縮化訓練のやり方を見せておく。
e.指示
- 病院でのE&RP操作を家庭まで持ち込むための指示。VI−A−1−f項と同じ。
- 家庭におけるE&RP操作のための指示。VI−B項で詳述する。
- 次回治療の予告
次回も同じ暴露刺激を用いる場合は問題はないが、より強い恐怖刺激へ移る予定の時はその事を予告すべきかどうか考える必要がある。患者が予告を受け、覚悟して来院する場合はその覚悟が治療的に働き、E&RP操作が予想以上にスムーズに行くことがある。(flooding in fanfasy の効果? 案ずれば生むが易し?)しかし予告がドロップアウトの原因となることもありうる。実際には、治療意欲のある人では予告し、怖がりの人では予告しない方が良いようである。
- 治療終了時の指示
通院治療を終了しても、当分の間は日常生活において気安め行為をしないという治療的態度を持ち続けることが必要であることを説明しておく。特に、強迫行為が弱まったとはいえ完全に消失していないケースでは、治療終了後も強迫行為をしないという反応妨害の努力は必要である。その意味では治療終了後も治療は続くと言える。
治療終了時、3ヶ月後と6ヶ月後のfollow upを約束する。follow upの日時を決めると患者はその期間、反応妨害努力を続けるので症状の改善は更に進ことが多い。
強迫神経症をE&RP法を用いて外来で治療する場合、病院でのE&RP操作だけでは治療としてはなはだ不十分である。それは病院で誘発される強迫症状が家庭で実際に起こるものよりも程度の軽いものが多いという事に加え、週1回程度の外来治療では強迫症状を弱める上でE&RP操作の絶対量が少なすぎるからである。したがって強迫神経症の治療のためには、家庭における十分な量のE&RP操作が不可欠となる。
1.洗浄強迫の治療
家庭でのE&RP操作は病院でのE&RP操作の項(VI−A−1−f)で述べたように、病院でのE&RP操作を引き継ぎ、それを家庭に持ち込むことから始まる。更に、それに加え以下に述べる治療操作を行う。
a.段階的なE&RP法
- 家庭でのE&RP操作で用いる暴露刺激は、患者と相談しながら家庭用階層表の中から決める。一般に、家庭でのE&RP操作は病院におけるそれよりも困難なことが多く、家庭治療での暴露刺激の強度は、その週、病院で用いた暴露刺激のSUDよりも弱いものを用いざるを得ない。特に家族の協力がなく患者が一人でE&RP操作を行わねばならないケースでは本人の意見を尊重する。
- 暴露刺激の数は始めのうちは1つの方がやり易いが、ある程度治療が進めば複数の刺激を用いても良い。
- 実際のE&RP操作としては、階層表の中から決められた恐怖刺激(例えば、受話器、スリッパ、ゴミ箱など)にさわらせ、その後一定時間、手洗いをせずに我慢させる。
- E&RP操作の時間は1〜2時間の間で予め決めておく。治療時間は治療初期や暴露刺激のSUDが高い場合は、長めの方が良い。
- E&RP操作中は、できるだけ普通の生活(水仕事を除く)をそのまま続けさせるようにする。これは手を介して暴露刺激(汚れ)で室内を汚染させる意図を持つ。しかしE&RP操作中は何もさわりたくないという人の場合はそれでも良い。
- 治療中、家族に対し“大丈夫か”“汚くないか”など保証を求めないように患者に指示しておく。また家族に対しては、患者が尋ねても“約束で答えられないことになっている”と返事し、安易な保証をしないように指示する。保証を求めることも手洗浄などと同じ強迫行為であり、これもさせないようにすべきである。
- 毎回、E&RP操作直後と終了時のSUDを記録させる。
- E&RP操作はできれば午前中と午後の2回行った方が良い。日中は患者が一人になりやりにくいという場合は、家族が一緒に居る時間帯(例えば夫の出勤前や帰宅後)に行わせると良い。また、夫の休日も利用できる。
- 決められた時間のE&RP操作が終わっても、どうしても手洗いをしたいという気持ちが強い場合は、水仕事をする際についでの手洗いを認める。
- その日の決められたE&RP操作時間外でも、その日用いた暴露刺激よりも低い恐怖刺激に遭遇した時にはできるだけ強迫洗浄行為をしないように指示する。しかしこれはある程度治療が進まないと困難なことが多い。
- 洗浄、消毒のためアルコール綿や石鹸の使用が激しい人では、E&RP操作時間外で、まずそれらの使用を全面的にやめ、水洗いだけにすることをすすめる。
- 恐怖が強い患者の場合、階層表の低い項目でE&RP操作を行っている段階では、日常生活で極端に強い恐怖刺激に遭遇しないように配慮した方が良い。例えば、便所掃除などは他人に代わってもらった方が良い。これは階層表の下位で治療をしている時に、他方で恐怖の感作が起こることを防ぐためである。
- 少なくとも次回来院までの1週間は、毎日同じ暴露刺激を用いてE&RP操作を行う。1週間、同一刺激でのE&RP操作でも十分の慣れが起こってなければ、同じ刺激でのE&RP操作をその後も行わせる。暴露直後のSUDが低く、E&RP操作終了時の手洗い欲求が軽くなっていれば、その項目で慣れが起こっていると判断され、上の項目に進むことになる。その際、家庭用階層表の見直しを行い、必要があれば追加、修正を行う。
- 洗浄強迫者の中に、病院ではフラディングができるのに家庭では弱い恐怖刺激下でさえE&RP操作ができない人がいる。この原因が家を聖域化することによるもの、つまり、家の外ではどんなに汚れても良いが自分の家(部屋)だけはきれいでなければならないという信念に基ずいている場合は、家庭でのE&RP操作はできない。そのような人では本人が強迫症状のため生活が一層困難となり、治療上どうしても家(部屋)を汚す必要があるという事を納得するまで待つしかない。
- そのような信念は持ってないが、家の汚れと病院の汚れを区別し、家庭でのE&RP操作ができない人の場合は、家庭の恐怖刺激を病院に持って来させ、それを用いて病院でE&RP操作をすると良い。例えば、ゴミ箱を拭いたタオルをビニール袋に入れて持って来てもらうなどを行う。
b.全反応妨害法
前に述べたように、段階的なE&RP法では治療セッション外でも、その日用いた暴露刺激よりも弱い刺激状況では強迫行為をしないよう患者に指示する。その場合、E&RP操作が階層表の上位にある刺激状況でなされていれば、治療セッション外での反応妨害指示は、結局、家庭生活の大半において強迫行為をしないという指示と同じになる。
全反応妨害法は治療の始めからこれを行わせようとする治療法である。即ち、一切の強迫行為をさせずに毎日の生活を送らせ、一気に慣れを起こさせようとする治療法である。日常生活の中で恐怖状況を避けず、しかも一切の強迫行為をしなければ、患者は当然強い恐怖刺激にくり返し暴露されることになる。その意味では全反応妨害法はフラディング法でもある。この治療法は、治療意欲があり、しかも病院でフラディング操作ができる人で適応となる。
- どんな物にさわっても、用便の後でも、食事の前でも手洗い等の洗浄行為をさせない。食事の支度の際、自然に手に水がかかるのは良いが、わざわざ汚さを落とすための家事は禁止する。
- 下着は毎日着替えても良いが上着は一週間は同じものを着用させる。入浴は許可するが風呂場での洗浄強迫は禁止する。
- 治療の開始前に、一週間手洗いをしなくても病気になることはないという保証は与えておく。
- 家族にも理解、同意を得ておく。
- 効果がハッキリ出るには2〜4週間の全反応妨害期間が必要であるが、治療開始時は“とりあえず3日間やってみよう”と短期間の治療をすすめ、その後、1週間、2週間と治療期間を延ばしていくと良い。2〜4週間を1クールとし、症状の改善度に応じて何回かくり返す。
- この治療法は、恐怖は左程強くないが手洗いをすべきか否かの迷いが強く、結局洗ってしまって後悔するという患者に特に良い適応となる。このような患者では、全反応妨害指示により、強迫行為をすべきか否かの迷いがなくなり楽になるという面がある。
- 十分慣れが起こってから、改めて常識的な手洗い状況と簡単な手洗いのやり方を教示する。
2.確認強迫の治療
- 確認強迫惹起状況がたくさんあり、しかもそれら状況間でSUDに差がある場合は、洗浄強迫の治療と同じように家庭用階層表から暴露刺激を選択し、E&RP操作を行なう。暴露方法としては段階的暴露の場合もあるしフラディングの場合もある。
- E&RP操作を行なう場合は、一回の治療セッションで同じ程度の強さの刺激状況に次々に暴露した方が効率が良い。例えば、部屋の中の電気製品のスイッチ、コードのプラグ等を全部、一回のセッションで治療に使うなど。
- 家族が側に居ると強迫症状が起こらないという患者では、患者一人でE&RP操作を行わざるを得ない。そのようなケースでは、患者が一人で E&RP操作を行いうる状況を如何に見つけ、作るかが治療のポイントとなる。
- E&RP操作は、決して単なる日常生活での確認行為の妨害ではなく、治療のための意図的な暴露と反応操作である。それは、わざわざ不自然に惹起されたものであるため、日常生活の中で自然に遭遇する確認状況と比べ SUDが低いことが多い。実は、その点が狙い目なのである。日常生活の中で一人ではとても反応妨害ができそうにない状況でも、治療として意図的に同じ確認状況を作ることによりE&RP操作が可能となる。
- 確認強迫ではE&RP操作を可能にするには階層表の工夫が必要である。E&RP操作の難易度は単に確認状況(確認対象)だけによって決まるものではなく、さまざまな要因が影響する。例えば、同じ外出の際の火元確認といっても、同伴者の有無、外出先、外出している時間、火を使って外出するまでの時間などによってSUDは少しずつ変わってくる。遠方への外出の際には確認行為をRPできない人でも、10分位の近くへの外出であればRPできることがある。また、投函の際の確認強迫にしても、他人宛の手紙ではRPできないが自分宛の手紙を出す訓練ではRPできるということもある。このように、ある状況での確認強迫に対しE&RP操作を行おうとする場合は、確認強迫の程度に影響する要因をできるだけ多く明らかにしておくことが必要であり、それらの要因を細く調整することにより無理のないE&RP操作が可能となる。
- E&RP操作では1日2回は行った方が良い。治療時間は洗浄強迫のE&RP操作ほど厳密に決める必要はない。E&RP操作後その場を離れるだけでSUDが急速に弱まるものも多い。しかしSUDが弱まるのに時間がかかるケースでは、操作時間を長くとる必要がある。
- 火元の確認だけは例外的に1回は許可する。この場合治療は再確認の反応妨害ということになる。
- 階層表の下位でE&RP操作を行っている段階では、できれば日常生活場面で強い確認強迫惹起状態は避けた方が良い。
- 確認強迫が、必ず何か所かを一定の手順で行う一連の儀式となっているケースでは、まず、その中から明らかに不必要だと本人がわかっている項目から省略(反応妨害)させていくと良い。そして、最後に残った確認状況に対し改めてE&RP法を行なう。
- 確認欲求に打ち負かされないための工夫として、疑惑が起こり確認したくなっら“ストップ”と大声で自分自身に命令したり、ゴムバンドで手首をはじくことも役に立つ。また暴露後は、すぐにその場を離れたり、次の動作、仕事に移る方が良い。
3.強迫行為短縮化訓練
病院で指導した短縮化訓練(VI−A−2−d)の家庭における訓練である。
- (1) 家族が治療者となり、病院で教えられた簡単な手順、時間で訓練を行なわせる。その際、時間が来れば“ストップ”と言って止める。
- 自分一人でやる場合は、時計を側に置いてやらせる。
- この訓練も、日常生活とは切り離し、治療として時間をとって行なわせる。
4.記録
家庭でのE&RP操作の結果と症状全体の経過を記録させる。
- 家庭でのE&RP操作では、洗浄強迫の治療では暴露直後と治療終了時の SUDを、確認強迫の治療では決められた暴露状況でのE&RP操作ができたか否か、また、何十分後に疑惑がゼロになったかを毎回記録させる。
- 強迫症状全体の経過記録としては、洗浄強迫では回数、症例によっては持続時間を記録する。水道使用量やガス使用量の変化も症状の大ざっぱな変動を知る上で役に立つ。(ただし季節要因を考慮に入れる必要はある)。確認強迫では回数、時間を記録するが、余り頻回に起こっているものでは、時間や日を区切って記録させても良い。
- 数字を書き込めば良いだけの記録用紙を作っておくと便利である。
- 強迫症状が複数ある場合は、現在治療対象としてない強迫症状の変化も記録しておく必要がある。
5.治療時間
- 実生活で強迫症状が十分に弱まるまで家庭でのE&RP操作を続ける必要があることは言うまでもないが、強迫症状が一旦、弱まったかのように見えても自然にぶり返したり、ハプニングを契機に悪化したりすることがあるので、治療終了の時期は慎重に決める必要がある。
- 家庭用階層表の上位におけるE&RP操作でSUDが下がり(30以下)、我慢して強迫欲求を抑えているという意識がなくなるまで治療を行なった方が良い。
- 家庭でのE&RP実践がよくなされ、治療に積極的な患者では、本人が“もう大丈夫、あとは一人でやれる”と思った時点で通院を中止にしても良い。
6.家庭でのE&RP操作における工夫と留意点
如何にして家庭でのE&RP操作の実践を増やすかがこの治療法の最大のポイントであり、そのためには今まで述べてきた事に加え以下の工夫、留意が必要である。
a.指示の出し方
- E&RP操作の指示は具体的で細かい内容のものとする。例えば、今週は両手で家のゴミ箱のフタにさわり、そのまま1時間、手を洗わずに家の掃除をすることが毎日の課題であるという風に出す。
- 指示は1週間に1つか2つと少ない方が良く、宿題、課題という感じで出す。その際、指示内容を紙に書いて渡すと良い。
- 指示は家族同席のもとに出す。家族に対しては、本人が宿題を実践するかどうか見守り、場合によっては治療者として働くように指示する。また、本人が“大丈夫か”と保証を求めても保証を与えないように本人の前で注意しておく。
- 我慢、辛抱、勇気、努力という言葉による奨励を行なう。
b.患者の心構えについて
- 自分の努力で病気を治すという意識を持たせる。
- 地道な努力の積み重ねが大切であり、劇的な変化を求めないよう指導する。
- E&RP操作は慣れるための訓練、治療であるという意識をしっかり持たせ、やっている事の意味をよく理解させておく。
- E&RP操作はいやいややるよりは、覚悟し、意気込んで、武者ぶるいしてやる方が良いのでそのような態度をとるよう指導する。
- 治療中、辛抱、我慢という言葉を自分に言いきかせるようにさせる。
- くじけそうになったら病院でのつらいE&RP操作の体験を思い出させ、あれだけの事をやったんだからと自分で励ますようにさせる。
c.患者への対応の仕方
基本的には、患者に対しては暖かく、しかし厳しくという態度をとる。
- 患者が指示を守り、家庭でE&RP操作ができた時は賞賛し、更なる実践を激励する。まず、“良く頑張った。”と賞賛し次いで“つらかったでしょう”と同情しねぎらう。更に“その努力が病気を治すんですよ”と述べ“これからも頑張るように”と激励する。この4つをセットにして、毎日対応する。
- 患者が指示を守れなかった時は、実践しようとした努力は評価し、できなかったことを一緒に残念がる。次いで、何故実践できなかったかを検討する。その際、家庭でのE&RP操作の実際を詳しく報告させる。患者によっては、指示と似て非なることをやっている場合や、指示以上のことを勝手にやって失敗しているケースもある。時にはやり過ぎを抑えることも必要となる。
- E&RP操作によるSUDの変化、症状の変化を患者と共に検討し、良くなっている点を一緒に喜ぶ。記録をグラフ化して視覚的に改善が確かめられるようにすることも役に立つ。
- 治療初期では、患者は良くなった点よりもまだ続いている症状の訴えを多くするものである。このような時は、治療により良くなった点や本人が努力して抑えている症状などに目を向けさせ、E&RP操作の効果を認識させるようにもって行く。
- 治りが悪い時は、思い切ってフラディングを行なうようすすめるのも良い。
- 病院での治療後2〜3日は家庭での実践はできるがその後自然にできにくくなるという人の場合、来院間隔を短くすること以外に電話による激励を行なうことも効果がある。しかし、患者の方から治療者に自由に電話することを許可するとちょったした事で保証を求めてきたり、依存的になったりすることがあるので、原則としてこれは認めない方が良い。
- 治療が順調に進み、恐怖、強迫症状が弱まっても、患者に対し安易に“治った”とは言わない方が良い。本人に我慢しているという意識が少しでもある限りは、“よく頑張っている”と努力を評価した方が良い。
d.家族の協力
病院で首尾よくE&RP操作ができたからといって誰もが家で簡単にE&RP操作ができるわけではない。家庭での治療でどうしても家族の協力が必要な人も多い。
- 患者が青少年の場合は、特に母親の協力が重要である。母親が家庭で積極的に治療者の役割りをとる程治療効果は良い。
- 患者が既婚者の場合は、配偶者の協力が重要である。患者を実際に監視しなくても、患者がE&RP操作をやっているという事を配偶者が知っているだけでも効果がある。そのためにも治療導入時に配偶者を治療場面に同席させ、治療の目的とやり方についてよく理解、納得してもらっておく必要がある。
- 家族がより積極的に治療に関与しなければ家庭でのE&RP操作がなされないケースでは、配偶者が患者に対して弱すぎたり、優しすぎる場合や配偶者自身が強迫症状を持っている場合は配偶者は治療者として不適切である。その場合は、友人を治療者にしたり、配偶者の実家(本人の実家はダメ)で生活させながらE&RP操作を行なわせると良い。
- 夫婦不仲で、夫のさわったものが汚いという洗浄強迫者では、E&RP法適応用前に夫婦関係の調整あるいは別居、離婚といった問題解決が必要である。