動機づけ面接(Motivational Interviewing, MI)とは

  1. 精神療法・行動療法
  2. 動機づけ面接について
  3. もっと詳しく (動機づけ面接とは)

動機づけ

 人はさまざまなやり方とさまざまな理由で変る。こうした変化についての心理学は幅広く,かつそれ自体が魅力的な課題である。ある意味で,実際のところ,心理学自体が変化についての学問である。

 治療者として,我々は個人的な問題に立ち向かっている人々が変ることを動機づけする事柄に大変関心を覚える。明かに自らや周りにいる人々を傷つけるような行動であるのに,そうした行動の一定のパターンからまるで泥沼にはまったかのように離れられないという問題を抱えた人がしばしばいる。古くから言われる嘆きに:“わたしは自分のしていることが, 分からない。なぜなら, 私は自分の欲することは行わず, かえって自分の憎むことをしているからである。”(ローマ人への手紙7章15節, 日本聖書協会1978)というのがある。

 この問題が一番はっきり現れるのは,いわゆる“嗜癖行動”についてである。たとえば,アルコールや他の薬物乱用,摂食障害,病的賭博,その他の強迫的繰り返し行動がある(Miller, 1980; Peele, 1985)。これらの嗜癖行動はOrford(1985)が“過剰な食欲”と呼んだものに相当する。嗜癖行動を定義するような特徴は長期的な害悪を受けるという犠牲を払いながら, 短期的な強化を求めることにある。しばしば, 人はこうした行動の悪い結果に気が付いていて,さらには嗜癖行動を止めたい,制御したいと決意を固めているが,しばらくたつと再び,元の良くやっていた嗜癖行動のパターンに戻ってしまう。嗜癖行動は慢性,再発性の状態なのである(Bonwwell, Marlatte, Lichtenstien, & Wilson1986. Marlatte & Gorndon1985)。

 この問題は嗜癖行動だけに限定されるようなものではない。神経症の中心的な特性は,フロイトとその弟子たちが述べたように,自分自身を追い詰めるような性質にある。心配性や,優柔不断,自己評価,自己主張,マイナス思考などの問題がある人たちの動機づけを高めるための解説書やセルフヘルプの本は無数にある。宗教的な面では,罪の概念はしばしば,目先の満足感と高次元の価値との間の葛藤を強調する。

 動機づけ面接の中で重要なことは,人がアンビバレンスにとらわれてしまうことはどのようにして起こるのか,とらわれた人たちの変りたいというやる気を援助者がどうやったら強めることが出来るか,をはっきりと理解できるようになることである。

動機づけ面接が役立つとき

 動機づけ面接を活用できるのは,カウンセラーや心理士,聖職者・宗教家,ソーシャルワーカー,医師,看護者そしてその他多くの変化を必要とする対象者と治療的関わりをもつ人々である。この本で述べた原則やアプローチは営業や教育,人事管理などにも幅広く応用が出来る。狙いは治療的場面にある。論点や例示は表面的には嗜癖行動に向けられている。なぜなら,治療や研究がこの領域を中心にしてきたからであり, また問題飲酒者への対応をする中で,動機づけ面接のコンセプトが形成されてきたからである。けれども,このアイデアやアプローチは嗜癖に限らない幅広いクライエントや問題に対応するときにも役立つ事を期待している。

 動機づけ面接とは,クライントが自分から積極的に問題に取り組んだり,変化の決意をすることを援助できるようにデザインされたアプローチである。来談者中心カウンセリングや認知療法,システム理論,説得に関する社会心理学から取り入れた戦略から成り立っている。動機づけ面接のセッションは一見すると来談者中心カウンセリングそのもののように見える。しかし,カウンセラーは明確な目標と方向を保っている。そして,機敏に機会を捕らえて介入しようとする。この意味では,この方法は,指示的方法と非指示的方法の要素を併せ持っている。この方法は,幅広いさまざまな方法と統合させることが出来る。そして,他のアプローチや治療法に動機づけする場合の前段階として利用することも出来る。例えば,行動療法や認知療法,12ステップグループへの参加,処方薬の服用などを動機づけするなどがある。

理論的基盤

 動機づけ面接の理論的基盤は,二つの大きな領域にまたがる。嗜癖行動にはっきりと見ることができる,耽溺と呪縛の間のアンビバレンスと葛藤に関する理論が一つである(Orford, 1985)。困難を起こしているのにもかかわらず,問題行動を変えることが出来ないという現象は,嗜癖以外の問題にも広がっている。実際,アンビバレンスの結果,右にも左にもいけずに一箇所にとどまっているという現象はさまざまな局面で見ることが出来る。動機づけ面接のさらに一般的な概念的基盤は,“自己統制”に関する理論と研究である。(Kanfer, 1987; Miller & Brown, 1991)。動機づけ面接の戦略はこのひろい枠組みから理解することができる。これは,社会心理学,認知心理学,動機づけ心理学から原則を持ってきている。

何にでも,誰にでも,ではない

 コメントを幾つか付け加えておきたい。最初に動機づけ面接はさまざまにあるなかの一つのアプローチであり,クライエントと接するときの唯一の正しい方法というものではないということである。さまざまな問題やさまざまな人々にこの方法が有用である事を我々は見出してきたが,他の方法がより有効な人々も確かに存在する。どんな人にも有効な方法など有り得ない。そして,どんなクライエントにはどんな方法がマッチするのかということについての現在入手可能な知識は極めて不完全である。同様に,全てのカウンセラーがこの方法を上手に使えるとは思っていない。動機づけ面接を教えるに当たって,訓練を受けるカウンセラーのなかにもいろいろな人々がいて,この方法を学んだり,応用したりするレベルに差があったり,この方法に不快感を覚える人がいることを知った。この方法は,簡単に言えば,権威主義的・直面的・威嚇的なスタイルとは両極にある。臨床家によっては,動機づけ面接を容易に“認識”し,簡単に自家薬籠中の物に取り入れてしまう。また人によっては,この方法は欲求不満が残る,ペースの遅い,効率の悪い方法である。こうしたカウンセラー間の受け取り方の差は当然のことでもある。

 動機づけ面接について勉強する前に,みなさんに説明同意を求めたい。このアプローチは貴方を多分変えるだろう。この中で示したスタイルは,論争的説得を意図的に避けていて,クライエントの主観的な体験や見方には妥当性があるのだということを操作的に前提としている。この見方は,クライエントが気にかけることや意見,嗜好,信念,情動,スタイル,動機づけなどのさまざまな事柄について,黙認することとは違うが,聞き入り,認め,実際に受容することを含んでいる。我々の考えでは,これは,人をより成長させる変化であり,自己受容をさらに深める事柄でもある。ただしかし,この方法は人を不安にさせることもある。また,質問を続けながら,そして自分の理解を再評価しながら,他人の見方の妥当性と整合性をこの方法でとる程度までにオープンに受け止めつづけることは大変疲れることである。治療者が動機づけ面接をしながら,自分自身が変らないでいることは有り得ない。

最後に,注意を促しておきたいことがある。想像がつくと思うが,動機づけ面接が主張するところは治療者の個人的なスタイルが他人の動機づけや変化に大きな影響を及ぼすということである。ここで述べる原則と戦略は他の人の変化を促進することを援助することをはっきりと目指している。研究と経験は,これらのプロセスは大変強力である事を示している。このことが正しい限り,この変化を起こすパワーに内在するリスクと責任は,いったん,この方法をとろうとしたら,大変重要である事を自覚しておかなくてはならない。このプロセス自体に魅入られてはならない。この戦略とその影響に魅力を感じてしまう誘惑がある。人を変化させるパワーだけが関心事になった場合は,エネルギーは兵器になり,影響力は支配力になり,投資は強欲になり,治療は自己顕示の場所になる。我々の関心事は我々がどれだけ影響力をもつかではなく,患者がどうなるかにある。

 治療者は,さまざまな人生が変っていく瞬間に,人生を変える要因として,変化の傍観者として,密接にかかわっていくという特権をもっている。水や空気, 日の光が光合成に必須であるのと同じく,

 ここで述べる人間の過程は変化を引き起こす力がある。水や空気,光の供給によって植物の生長が変るのと同じように人間の成長も変る。読者には庭師の喜びを味わっていただこうと思う。庭師の喜びと目標は草花の命と成長をはぐくむために自分の技術を用いることにある。庭師自身は決して命と成長の源泉ではないが必須の参加者である。

  1. 精神療法・行動療法
  2. 動機づけ面接について
  3. もっと詳しく (動機づけ面接とは)
動機づけ面接とは

Revised: 2005/11/01
Page Top ▲