治療のレビュー

  1. 強迫性障害の治療
  2. 専門家の皆様へ
  3. 治療のレビュー

はじめに

強迫性障害は過去15年間に研究と治療が著しく進歩した。様々な治療法のRCT (Randomized Controlled Trial無作為割付比較試験)のデータが集積され,適切な治療を行えば大半の患者が軽快することが明らかになった (Barlow & Lehman , 1996)。エキスポージャーと反応妨害(Exposure and Ritual Prevention以下E&RP)が1960年代後半から行われるようになってから,行動療法は強迫性障害に対する中心的な治療としての地位を確実にしてきた。

一方,日常行われている臨床に目を向けると抗不安薬が主剤として処方されたり,分裂病と混同されている例を見かける。今後の精神医療の課題は臨床試験によるエビデンスに基づいて実地臨床が行われるようになることである(厚生省 , 1999)。このためには治療ガイドラインや系統的レビューが役立つ。

この論文ではガイドラインや系統的レビューを集めて強迫性障害の治療についてまとめた。

治療の名称

行動療法と認知行動療法,認知療法の分類には混乱がある。恐怖や強迫症状の引き金となる刺激に長時間触れさせ,その間の強迫行為や回避行動を妨害する治療法をE&RPと呼ぶ。行動療法の最新のレビュー論文ではexposure & ritual preventionと呼ぶものが多い (Greist , 1996, Marks , 1997)。この方法が主に用いられた場合は行動療法と呼ばれている。Beck, A.T.の認知理論に従ったものは認知療法と呼ばれている。これ以外の技法は分類がまちまちであった。ガイドラインのように行動療法専門家以外に読まれることを意図したものは全部まとめて認知行動療法と呼ぶことが多かった。治療法の開発に関する論文ではE&RPを主体にしたものとE&RP以外の方法の開発を目指した認知理論の研究者によるものに別れていた。この論文ではE&RPを主体にしたものを行動療法,そうでない場合は原則として認知療法とした。

薬物についてはクロミプラミンと選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI,Fluoxetineなど)が検討されている。論文中はこれらを一括してセロトニン取り込み再阻害剤(以下,SRI)と総称した。

展望の方法

Medlineを1991〜1999年4月について検索を行った。強迫性障害と治療,レビュー,ガイドラインをキーワードとして検索を行った。ガイドラインとメタアナリシスはすべて検討するようにした。レビューについては最新のものを選んだ。 治療ガイドラインには次のようなものがあった。

児童・思春期について;

  • 米国児童・思春期精神医学会が公式にまとめたもの (Anonymous , 1998)
  • ヨーロッパ児童・思春期精神医学会のガイドライン (Thomsen , 1998)

成人について;

  • Journal of Clinical Psychiatry誌がExpert Consensus Guideline Seriesの一つとして発刊した治療ガイドライン (Anonymous , 1997)

薬物療法についてクロミプラミンとSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitorセロトニン再取り込み阻害剤)の比較試験を比較したメタアナリシスが3本あった (Greist et al , 1995, Piccinelli,M et al , 1995, Stein et al , 1995)。

精神療法と薬物療法を比較したメタアナリシスが3本あった。Cox (1993)らはSRIと,E&RPを比較した。van Balkom (1994)らは抗うつ薬と行動療法,認知行動療法,それらの組み合わせを,自己評価(患者自身によるもの)と他者評価について比較した。Kobak (1998)らはSRI 5種類とE&RPを比較した。

治療ガイドラインを発刊した二つの学会誌が児童・思春期の強迫性障害治療についての系統的レビュー (March , 1995, Thomsen , 1996)を行っていた。

行動療法の進歩についてMarks (1997)とGreist (1996)が,認知療法についてJames (1995)が系統的レビューを行っていた。

これらの論文と個人的な臨床経験を元にしてレビューを行った。

展望文献のまとめ

集められた論文の結論は同じであった。

  • E&RPと,SRI,両者の併用のいずれもがプラセボより有効だった。SRIの中ではクロミプラミンが他の薬物に優った。またクロミプラミンの方が他の薬物よりも副作用が強いのに関わらず,脱落率が最も低かった。しかし,クロミプラミンと他のSRIを直接比較した試験では差がなかった。
  • SRIに反応する患者は50〜70%である(Dolberg 1996)。反応しない患者に対してクロミプラミンなどに他の薬物(抗精神病薬や炭酸リチウム,buspirone,fenfluramine)を追加する試みが行われている。結果は様々であり,評価の定まった付加薬物はなかった。
  • SRIの中断後の再発率は90%に及ぶ。 Dolberg(1996)は薬物の効果がある場合,急性期に用いた量と同じfull doseで維持療法を行う必要があるとしている。
  • 自己評価では行動療法がSRIに優った。他者評価ではSRIと行動療法,併用の間に差はなかった。
  • またこれらの結論は児童・小児や高齢者などの年齢に関わりなく当てはまる。
  • 治療開始時のうつ症状の有無は強迫症状の改善と関連がなかった。
  • 比較試験はないが治療抵抗性の強迫性障害の治療としては帯状回切裁術が上げられていた。
  • 児童思春期の患者ではA群β溶血性連鎖球菌による上気道感染後に強迫性障害を起こしている場合がある。抗生物質などによる治療が検討されている。
  • 実地臨床ではブロマゼパムなどの抗不安薬や抗精神病薬が処方されたり,行動療法以外の精神療法が行われたりすることが多いが,これらに効果があるとする根拠はなかった。

日本においても1983年からexposure & response preventionによる強迫性障害治療の症例報告(林田1983,1987, 浜副1985, 1987, 大森1991)がある。

行動療法の場合は,exposureの方法を患者自身が身につけるので再発は少ないとされるが,再発予防(Relapse prevention)のプログラムも開発されている(Hiss 1994)。

児童・思春期の強迫性障害については,Leonard(1989)が二つのRCTからクロミプラミン投与を推奨している。March(1995)はRCTはないものの,症例報告の結果からexposure & response preventionを推奨している。

行動療法について

今までのRCTの結果から次のようなことが分かっている。

  • 患者の約2割は行動療法を受けることを拒否する。
  • 行動療法を最後まで受けた患者の90%について,症状が最低30%低下する。患者の50%については70%以上低下する。Y-BOCS (Goodman,W et al , 1989)による評価では評価点が62%低下する。
  • 治療には12〜20回セッション,または2ヶ月以上が通常必要である。週に3回のセッションを行い3週間で終了する集中治療プログラムもある。
  • 児童・小児や高齢者などの年齢に関わりなく有効である。
  • 長期予後が良い。強迫症状の改善に伴い,社会適応なども改善する。ただし,過去にうつ病エピソードがあった場合,強迫性障害の回復と関わりなく再度うつ病エピソードが起こる可能性がある。
  • 良く訓練された治療者と患者の動機付け,患者が自分自身でE&RPを行うこと(ホームワーク),家族の協力が必要である。

行動療法の治療反応性を不良にする予測因子として,

  • 分裂病型人格障害,
  • 優格観念(over valued ideation),
  • 重篤な抑うつまたは躁,
  • コンプライアンスの不良,
  • 家族の重篤な問題,

必ずしも予後不良ではないが確認強迫は洗浄強迫より,治療に工夫を要し,改善が起こるまでに時間がかかる。

治療反応性

薬物療法の治療反応性予測因子としては1)発症年齢が高いほど良い,2)A群人格障害(分裂病型人格障害など)がある場合に不良であるとされていた(Ackerman 1994)。その他にははっきりしたものはなかった。

未解決の問題

有効な治療法が開発された結果,それに反応しない患者が改めて問題になるようになった。一次性強迫性緩慢や確認強迫の症例で改善が不十分な例がある。老人や小児思春期,合併例などに対する治療も今後の課題である。またチック障害や一部の身体表現性障害,一部の衝動制御の障害も強迫性障害の類縁であると考えられ,強迫性障害と同様な治療が試みられるようになっている。

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Last updated: 01/20/2008 08:03:23
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