強迫性障害の治療ガイドライン

強迫性障害について

強迫性障害(Obsessive Compulsive Disorder :OCD)は古くから認識され,著しい生活障害をきたす疾患である。家族を巻き込んで家庭内暴力が起こったり,引きこもりになったりする。臨床例で自然寛解することは少なく,10年以上の病歴になることが多い。強迫神経症やZwangと呼ばれていた時代には難治性精神疾患の代表格であった。現在も重症度と慢性経過,発症年齢の類似性から,統合失調症に誤診される。特に攻撃的な強迫観念や心の中の儀式が主症状である場合は診察室内での問診だけでは鑑別しにくい。言語回避や途絶が起こるからである。一方,OCD自体は抗精神病薬に反応しないこと,有病率が統合失調症よりも高いこと,行動療法とセロトニン再取り込み阻害剤(Serotonin Reuptake Inhibitor; SRI)という有効な治療があることから,早めに診断し,治療に結びつけることが患者の将来を大きく左右する。
本論文における疫学や治療成績の統計はNICEガイドラインとUpToDateに基づいている(Ciechanowski & Katon, 2010; NICE, 2005)。

疫学・OCDスペクトラム

一般人口の1〜2%に見られる。発症は幼児期を含む全ての年代で起こりうる。発症年齢のピークは二峰性があり,10歳前後と21歳である。男女比は等しい。女性は妊娠中・出産後に発症することがある。過半数は生涯の内に一度はうつ病を合併する。トゥレット症候群の患者の多くはOCDの診断を満たす。発症から受診までの間には数年かかることが普通である。
OCDに対して有効な治療が身体醜形性障害にも有効であることから,過食症と身体醜形性障害,さらに心気症や抜毛症,強迫的爪咬み・皮膚摘み取りもOCD類縁疾患に含まれるようになった。まとめてOCDスペクトラム障害と呼ばれる。身体醜形性障害は一般人口の0.5〜0.7%に見られる。

病因・病態生理学

特定の病前の人格傾向はない。強迫性人格障害との直接の関連はない。遺伝負因が認められる。強迫症状を引き起こす刺激に決まったパターンがあること,犬や猫,鳥にも強迫性障害がみられることから,進化生物学的な病因が想定される。セロトニンの脳内投与によりレスポンデント条件づけの効果を変えることができることや,三環系抗うつ薬の中でセロトニン作用のあるクロミプラミンのみが抗強迫作用をもつこと,機能的脳イメージング研究の結果などから,セロトニン動作性ニューロンの機能異常や前頭前野-帯状回-大脳基底核の間を結ぶ回路の機能亢進が強迫症状と関連しているとされる。

臨床症状と診断

強迫観念と強迫行為,強迫観念のきっかけ刺激に対する回避が見られる。強迫観念の内容は多様である。特定の考えやイメージ,感覚の繰り返しであり,楽曲のフレーズであることもある。落ち着いている時は,強迫観念は自身の心の産物だと患者は自覚している。嫌悪感や不快感,罪業感,不合理感を伴うことが多いが,収集癖のように渇望感を伴うこともある。いずれも「何かしなければ」という動機づけになる。

強迫行為は常同・儀式行動の繰り返しである。洗浄や身繕い・身だしなみ行動,整理,呪文,視覚や記憶の確認が多い。強迫行為の結果,身体症状が生じることがあり,これらはOCDを疑う有力な理由になる。難治性の皮膚炎や爪の変形,脱毛症などである。受診受付時や会計時の確認行為も目立つ。
強迫観念・強迫行為を病的と判断するためには,頻度やかかった時間を評価する必要がある。一般に正常範囲と思われるものの3倍以上であったり,日常生活や対人関係を妨げていたり,数年にわたって次第に頻度や時間が増えてきているならば,OCDと診断できる。
強迫観念・行為・回避は次の四つに大別できる。

表1 代表的な強迫観念・行為・回避

強迫観念 強迫行為 回避
排泄物や体液による汚染,
不潔・感染・混入恐怖
洗浄行為 手袋などのプロテクター使用,
公衆トイレ回避,食事制限
見落とし・不完全さによる将来の
取り返しのつかない災禍と責任
身だしなみ行動,確認強迫,
保証要求,就眠前儀式
代理儀式(他人にやらせる),
寝込み,責任回避
侵入思考・思考恐怖,
「悪を考えることで 実際に
悪をなす」,加害・罪業感
おまじない,気ぞらし,
ステレオタイプな言動,
頭の中での良いイメージを
思い浮かべ思考を中和する
会話回避,引きこもり
すっきり感への拘り,
正確さ・対称性
物の配置や順序の
視覚・触覚確認
衣類や場所の画一化,
変化への抵抗

強迫症状自体は他の精神障害でも見られること,他者の目があるときなどは一時的に強迫行為を押さえることができることなどから,経過や合併症状,診察室外の日常生活での行動を考慮して診断する。手袋をしたり,単独行動や外出を避けたりするようになる。通常は強迫観念・行為が非合理的であるという認識が患者にあるが,観念に圧倒され合理的かどうかの判断ができない場合もある。こうした例は統合失調症と誤診されやすい。また,侵入思考・思考恐怖の患者は自発的に症状を訴えることを避ける。症状を話すこと自体で災禍が起こると感じるからである。質問紙を用いて次のような質問に答えるようにさせると役立つ。

不快な考えが意に反して頭に繰り返し浮かんできて,それらを取り除くことができないことがありますか?

無意味と分かっているのに,繰り返してやらないと気が済まない行動や習慣がありますか?

重症度評価

半構造化面接で評価するものとしてY-BOCS(Yale Brown Obsessive Compulsive Scale)(Goodman 1989)が最もよく使われている。強迫観念・強迫行為を要した時間や障害程度,不快感,内省,制御について10項目を0〜4で評価するものである。多くの臨床試験では16点以上の患者を対象としている。OCD専門の医療機関における重症度の平均は28点前後である。

表2 Y-BOCS 短縮版

強迫観念
  なし 0点 軽度 1点 中等度 2点 重度 3点 最重度 4点
観念に占め
られる時間
0時間/日 〜1時間/日 1〜3時間/日 3〜8時間/日 8〜時間/日
社会的障害 なし 軽度 なんとか
自分でやれる
重度 無能力
苦痛 なし 軽度 中等度 重度 苦痛のため
何もできない
観念に
対する抵抗
いつも抵抗して
いるか,抵抗の
必要がない
大抵,
抵抗している
少しは抵抗する しばしば,
従っている
完全に強迫
観念に支配
されている
制御の程度 完全な制御 十分な制御 相当な制御 僅かな制御 制御不能
合計点
強迫行為
  なし 0点 軽度 1点 中等度 2点 重度 3点 最重度 4点
行為に占め
られる時間
0時間/日 〜1時間/日 1〜3時間/日 3〜8時間/日 8〜時間/日
社会的障害 なし 軽度 なんとか
自分でやれる
重度 無能力
苦痛 なし 軽度 中等度 重度 苦痛のため
何もできない
行為に
対する抵抗
いつも抵抗して
いるか,抵抗の
必要がない
大抵,
抵抗している
少しは抵抗する しばしば,
従っている
完全に強迫
行為に支配
されている
制御の程度 完全な制御 十分な制御 相当な制御 僅かな制御 制御不能
合計点
全体の合計

0〜7点=閾値下 8〜15点=軽症 16〜23点=中等度 24〜31点=重症 32〜40点=最重症

治療

過去20年に治療研究が進み,現在では確実な治療方法が確立されている。行動療法とセロトニン再取り込み阻害剤(Serotonin Reuptake Inhibitor:SRI)が有効であることが確立している。行動療法の技法の中でエクスポージャーと反応妨害(Exposure & Response Prevention :EPR)が用いられる。ERPと薬物,プラセボとそれぞれの組み合わせによる治療の反応率を比較した12週間のランダム化比較試験では,ERP+Clomipramineによる反応率が70%,ERP単独が62%,Clomipramine単独が42%,プラセボが8%であった(Foa et al., 2005)。コクラン共同計画によるメタアナリシスで行動療法による症状軽減を他の通常治療と比較したところ,SMD(standardized mean difference)が-1.24(95% CI -1.61 to -0.87)であり,行動療法の効果が証明されている(Gava et al., 2007)。行動療法とSRIの効果は患者の年齢とは関わりなく,小児でも有効である(Geller et al., 2003)。

薬物療法はマニュアル通り行えば,それなりの結果が得られる。一方,行動療法を行えるようになるためには数年間のトレーニングとスーパービジョンを受ける必要がある。最低でも,Y-BOCSによる評価を安定して行えるぐらいにOCDに習熟していなければ,ERPを成功させるのは難しい。ERPは儀式を完全に妨害しながら,患者を不快さに直面させることである。動機づけが十分な不潔恐怖・手洗い儀式の患者であれば,簡単な教示によって行わせることができるが,動機づけが乏しい場合,心の中の儀式がある患者は難しい。頭の中での良いイメージを思い浮かべ思考を中和するような行為は,患者の心の中だけで行われ,治療者はその存在に気がつくことも難しいからである。中途半端な反応妨害では結局はOCDを悪化させることになる。

ここでは,読者はOCDや行動療法に不慣れであることを前提にして,一般臨床家でも実践可能な治療について述べる。さらに,専門家に紹介するタイミングや紹介の仕方を説明する。

図に治療の大まかな流れを示す。

治療の大まかな流れ
ステップ1 OCDを説明し,希望を与え,自己治療を促す

OCDの患者や家族の多くはOCDと他の精神疾患との区別がついていない。OCDは統合失調症とは違うこと,治療すれば元の生活に戻れること,一方,うつ病やストレス疾患と違って休息や自然経過では治らないことを説明する。強迫観念と強迫行為について患者が自身の体験に当てはめて考えるように促す。強迫行為を行うことによって一時的な安心は得られるが,長期的には疾患を悪化させることを自分自身の病歴から理解させる。汚い場所を避けて,汚れたと感じたら手洗いをすることで,強迫観念が薄まり,日常生活をある程度は行えるが,長期的には強迫観念を悪化させていることを分かってもらう。「汚れた,嫌だと感じて洗いたくなっても,洗わずに日常生活を行うようにしてみる」と患者が述べるようになれば,症状は改善の方向に向かう。

最初に症状のセルフルモニタリングをさせるようにする。日記に強迫観念と強迫行為が起こった時間と回数を記入するように指導する。次の診察時に日記をチェックし,強迫行為にどのぐらい時間をかけているのか,どういう時に行い,どういう時は我慢できるのかを患者自身が自分で分かるように促す。

患者自身で行動療法が行えるように,わかりやすく書かれたセルフヘルプ本がある。

  • 成人向け
    強迫性障害を自宅で治そう!―行動療法専門医がすすめる、自分で治せる「3週間集中プログラム」エドナ・B. フォア, リード ウィルソン,ヴォイス (2002):3週間で行うEPRのプログラム。最後の患者体験談から読めば,治せるという自信がつく。さまざまなOCDの症状を扱っているためページ数が360ページを超えている。患者1人のために必要なところは全体の1/3程度。
    強迫性障害の治療ガイド,飯倉康郎,二瓶社 (1999)
    とらわれからの自由1〜5 OCDの会 (2005〜2009):行動療法によって治った患者の体験談。No2は家族の体験談が中心であり,「手助けをしない」という大事だが家族にとって難しい課題を理解する助けになる。
  • 小学〜中学生向け
    だいじょうぶ 自分でできるこだわり頭[強迫性障害]のほぐし方ワークブック(イラスト版 子どもの認知行動療法 3),ドーン ヒューブナー,明石書店(2009)
  • 子どもの親向け
    認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム,JSマーチ,Kミュール,岩崎学術出版(2008):教師にたいするアドバイスも含まれている。
ステップ2 当面の症状軽減

セルフモニタリングできれば,強迫観念と強迫行為の起こり方を行動分析できるようになる。一般に,状況(観念が起きやすい状況,仕事が立て込んでいない時や自宅でゆっくりしている時など)とトリガー(観念が起こる直前のきっかけ),強迫観念,情動,1回目の強迫行為,観念と情動の確認,2,3回目の強迫行為,終了のように一連の行動のチェーンがある。トリガーを環境から取り除く刺激統制や目の前に時計を置くなどによって儀式行為を短縮化することができる。根本的な治療にはならないが,一時的に苦痛や生活の障害を軽減することができる。たとえば一回の入浴に3時間かかっていたような患者であれば,セルフモニタリングで時間をチェックするだけでも2時間程度にはなる。

その他,OCDに伴ううつ状態や不眠,焦燥,皮膚疾患については適宜対処療法を行う。Y-BOCSが30点以上であるような重症者,強迫行為に対する抵抗や制御の程度が3以上である患者は,強迫行為を行なおうとする衝動が無意識的で圧倒的な力として体験されており,短時間でも強迫行為を遅らせることは不可能である。このような患者が強迫行為を繰り返している最中は,行為を妨げる人に対して暴言・暴力を振るうことがある。同居者に避難を指示したり,鎮静剤や行動抑制が必要になることがある。家族は本人を1人にすると自殺など大変なことが起こるのではないかと不安がることがある。強迫行為を行っている最中は強迫行為以外のことを患者が行うことはない,と保証するようにする。

ステップ3 薬物療法
薬物の選択と用量

OCDに対して即効性のある治療はない。現在,ランダム化比較試験で効果があるとされている薬剤は全てSRIであり,そして効果が判定できるのは10〜12週後,高用量が必要になる。うつ病やパニック障害よりも長期間・高用量を要する。
Fluvoxaminneなら200mgから300mg,Paroxetineなら40〜60mg,Sertralineなら100〜200mg,Citalopram(本邦未発売)なら20〜60mg,それぞれ一日量が必要である。嘔気や下痢,口の渇き,眠気などの副作用が初期から見られるため,低用量から徐々に漸増していく必要がある。Clomipramineなら100〜250mgが必要である。口の渇きや眠気,便秘,痙攣,不整脈などの副作用があり,これも低用量から始める必要がある。長期にSRIを使用した場合の問題点として,性機能障害(射精困難,無オルガスムス症)と離脱症状(中止後発現症状)がある(原井宏明, 岡嶋美代, & 正木美奈, 2010)。十分量の薬剤を12週間投与して効果が得られない場合は,他の薬剤に切り替えると効果が得られる場合がある。Clomipramineは大量服用の場合の安全性の観点からは,使用を避けた方が良いが,効果の発現の早さ・効果の大きさについては他よりも優れている。他のSRIを試した後に試みる薬剤になる。

継続治療

SRI投与後に症状の改善があった後に中止すると約半数が再発することから,減量には時間をかける必要がある。1,2年間は治療必要十分量のまま継続する方が良い。

薬剤の併用

SRI単独では効果があったとしても,症状軽減の程度は平均40%ぐらいである。効果が不十分なとき,SRIに他の薬剤を併用し,効果の増強を期待することがある。HaloperidolとRisperidoneの場合は増強が得られる。チック障害を伴うようなOCD患者については特に効果が期待できる。一方,OlanzapineとQuetiapineについてはない。同様に抗不安薬や2種類以上の抗うつ薬の併用による効果の増強もない。
症状が著しく,家族への暴力も見られる場合に種々の薬剤をとりまぜて併用する場合があるが,一時的な鎮静と行動抑制は得られたとしても,OCD自体の軽減にはつながらない。薬剤の併用を行ったとしてもOCD自体の症状軽減が60%以上になることはなく,また抗精神病薬による体重増加など他の問題が生じてくる。行動療法が可能なOCD専門医療機関に紹介することを考えた方が良い。

ステップ4 治療の切り替え

行動療法は不快さに自ら直面していくことである。患者自身が独力で行動療法を行えるのは一部に限られる。SRIの効果ははっきりしているが,それは無治療と比べるからであり,薬の効果は「切り札」と呼べる程ではない。SRIを投与された患者166人の長期経過をみた研究では,部分寛解した患者が47%,完全寛解した患者が12%であった。部分寛解した患者も薬物を中止すると,48%が再発した(Eisen et al., 1999)。行動療法を独力で行えなかったり,薬物療法の反応が不十分であったり,薬物中止後に再発したりするなどして,患者が更なる改善や薬物療法以外の治療を希望する場合にはOCDに対する行動療法の専門施設に紹介すべきである。

OCDに対する行動療法の専門施設への紹介

行動療法は薬物療法よりも改善率が高い。また効果不十分だった薬物療法も行動療法と併用すれば効果を増強できる。一方,OCDに対する行動療法の専門施設は数が限られ,地元には施設がない場合が多い。また,改善率や治療期間,対象にできるOCD症状などについて治療者毎のバラツキが大きい。たいていの行動療法家が不潔恐怖と洗浄強迫行為の患者を治療できるが,侵入思考・思考恐怖と心の中の強迫行為の儀式の患者は治療できない場合がある。また行動療法専門の施設に紹介された患者の中でも1/4程度は結局,行動療法を最後まで行えない(岡嶋美代 & 原井宏明, 2008; 原井宏明, 2005)。患者が行動療法を受けるかどうか迷う場合は次の表を用いて説明することができる。

表3 行動療法と薬物療法のメリット・デメリット

  メリット デメリット
薬物
療法
苦痛が少ない
うつや社交不安,心配性,
月経前緊張症などOCD以外の
他の症状も改善する
症状改善は50%程度

薬を止めると元に戻る
何年と受診を続ける必要があり,
薬代がかかる
行動
療法
症状改善は70%程度
薬物なしで行動療法を行い,独力でも行える
ようになれば受診が不要になり,再発もない
治療中の苦痛は高度
2,3ヶ月間の毎週〜隔週の受診が必要
健康保険外の費用がかかることがある
1/4程度の方はできない

専門施設は,ネットで“強迫性障害 行動療法 医療・心理機関リスト”などのキーワードを用いて検索すれば探し出すことができる。大半の施設が予約制になっており,予約受付から初診まで1,2ヶ月かかることがある。

筆者の施設では2ヶ月間に数回受診することで寛解基準まで到達することを目指した外来集中集団プログラムを行っている。ERPは土日を利用して集中的に行う。治療者が朝から夜まで付き添い,2日間に駅コンコースや商店街などを利用して,公衆トイレやコンセント,鍵,忘れ物などに対するエクスポージャーを行う。そしてこの二日間は強迫行為が禁じられる。短期集中的に行うことによって治療が早く進み,集団で行うことによって同時に種々の強迫症状に対して治療することと,仲間意識を利用した行動療法への動機づけができる。OCDに関して1ヶ月に十数名の新患を受け入れており,1ヶ月程度の待ちで受診することができる。

文献

Ciechanowski, P., & Katon, W. (2010). Overview of obsessive-compulsive disorder. In D. S. Basow (Ed.), UpToDate. Waltham, MA.: UpToDate.
Eisen, J. L., Goodman, W. K., Keller, M. B., Warshaw, M. G., DeMarco, L. M., Luce, D. D., et al. (1999). Patterns of remission and relapse in obsessive-compulsive disorder: a 2-year prospective study. J Clin Psychiatry, 60(5), 346-351; quiz 352.
Foa, E. B., Liebowitz, M. R., Kozak, M. J., Davies, S., Campeas, R., Franklin, M. E., et al. (2005). Randomized, placebo-controlled trial of exposure and ritual prevention, clomipramine, and their combination in the treatment of obsessive-compulsive disorder. Am J Psychiatry, 162(1), 151-161.
Gava, I., Barbui, C., Aguglia, E., Carlino, D., Churchill, R., De Vanna, M., et al. (2007). Psychological treatments versus treatment as usual for obsessive compulsive disorder (OCD). Cochrane Database Syst Rev(2), CD005333.
Geller, D. A., Biederman, J., Stewart, S. E., Mullin, B., Martin, A., Spencer, T., et al. (2003). Which SSRI? A meta-analysis of pharmacotherapy trials in pediatric obsessive-compulsive disorder. Am J Psychiatry, 160(11), 1919-1928.
NICE, N. I. f. H. a. C. E. (2005). Obsessivecompulsive disorder: Core interventions in the treatment of obsessivecompulsive disorder and body dysmorphic disorder (Vol. 31). London: National Collaborating Centre for Mental Health.
岡嶋美代, & 原井宏明. (2008). 不安障害-update-強迫性障害 心療内科, 12(6), 457-464.
原井宏明. (2005). 行動療法の治療成績. In OCDの会 (Ed.), とらわれからの自由 No.1. 熊本: OCDの会.
原井宏明, 岡嶋美代, & 正木美奈. (2010). 薬をどう使い終わればよいか -抗うつ薬も止めるのが難しい−. 精神科治療学, 25(3), 347−352.

強迫性緩慢に対する治療

強迫性緩慢とは,目標に向けた行動開始と固執行動の抑制が患者に困難な,比較的珍しい変異型OCDである(Takeuchi 1998)。こうした患者は通常,手洗いや髭剃りや食事などの日常の仕事の実行が遅く,遅刻の常習犯である。繰り返し儀式は,恐怖や不安,不完全感疑惑と関連しているとは限らない。特別に回避している恐怖対象や観念があるわけでもないのに,繰り返すこと自体をやめられないでいる。一部の患者はパーキンソン病様の動作緩慢を示すが,殆どの場合は,行動自体は正常の速度である。相手がいるときの会話や球技をしているときのボールに対する反応には特別の遅れはない。

患者を“緩慢”にするのは,現在取りかかっている課題を終了すること遅延である。今行っていることをやめて次に移るという,踏ん切りがつかないのであり,頭の中に浮かぶ観念のためではない。患者はそうしたい儀式行動が途中で中断されると不快感を感じ,儀式をやめるときに“すっきり感”,“やり遂げたという感じ”を感じられるまで,繰り返してシャワーを浴びたり,引き出しを開けたり,数えたり,触ったり,物を整頓したりする。終わらそうとして儀式を急いでやるのではなく,無意識に儀式行動を繰り返しているようであり,時には儀式で余計な時間を費やしているのを心配しているように見えないこともある。

緩慢はERPではあまり改善しない。多くの認知行動療法家は,治療者支援モデリング,シェイピング,限度設定,および儀式短縮化訓練をこのような患者に用いる。

残念ながら,治療者の支援を止めると,すぐにもとの状態に戻るのが普通である。成人・小児のいずれにおいてもこのOCD亜型の治療ができるようになったときが,認知行動療法による革新が成熟した時であるということで殆どの臨床家と研究者の意見は一致している。

SMR(slow mindful repetition,意識を傾注して行うゆっくりとした反復)

緩慢儀式は一般に無意識に行われる。患者は自分の強迫行為に良く注意していると報告するが,実際には運動意図の認知的側面(運動行為の“起こしたい意志”の部分と定義される)や運動儀式に伴う視覚的あるいは運動感覚的なキューには殆ど注意を向けていない。むしろ,想起した結果や随伴感情および解決への希望,ならびにこうした認知感情プロセスに付随する認識に注意が向けられている。例えば,患者が何時間もプラグを差し込んだり取り外したりしている間,自分はプラグの操作という行為に注意していたと報告するかもしれない。しかし,この行動の機能分析を行うと,患者は実際には家が火事で焼け落ちるなどの将来のリスクやプラグに触れている手などの感覚,まわりの状況などとは全く無関係のものについての感覚や思考に注意を向けていたことがわかる。FoaとWilsonは,儀式妨害の手段として,儀式を意識してゆっくりするプロセスについて説明しているが,この手法を緩慢のと結びつけてはいなかったし,この手法の認知的あるいは注意力訓練的側面を重視してもいなかった。

Marchたちは,緩慢の関連の繰り返し儀式のための認知行動テクニックを開発した。彼らはそれをSMR(注意を傾注して行うゆっくりとした反復)と呼んでいる。SMRは,選んだ儀式の繰り返し1回分を極めてゆっくりと行いながら,運動意図と感覚運動的キューに意識を集中して注意するよう患者を訓練することを意味する。自分の儀式に注意しているとこうした患者は言うが,実際には患者は破滅的な思考に集中しているか無意識に数えながら白昼夢を見てさえいるということを思い起こされたい。

SMRはこのプロセスを次のようにして中断させる:

  • 何が実際に起こっているのかに自分が注意を払っているのではなくOCDが生んだ思考に耽っていることを認識するよう患者に教える。
  • 思考と感情および行動を,必ずしもそれに反応しないでよく観察するよう患者に教える。この形式の注意力訓練では,患者に,認知面,感情面,および運動面で起こっていることに一瞬一瞬注意するよう指示する。このようにして,OCD思考に耽ったままでいるのではなく現実に存在することに注意することを患者に教える。患者は単に,何か感情,感覚あるいは思考が注意の領域内に生じたことに気づき,それが何であれ存在しているものが必ずいつかは退いて行くことを認識する。
  • 次に,運動動作と感覚運動フィードバックによく注意するための瞑想テクニックを患者に教える。このテクニックは,ヴィパッサナー歩行瞑想法と呼ばれることもある。歩行瞑想法では,瞑想者は,動きの意図と,動きが実際に起こっているというフィードバックを出す感覚運動キューによく注意しながら極くゆっくり歩く。できるだけきめ細かく注意するために,歩行という行為を極めてゆっくりと行う。例えば,10m歩くのに20分かかることも珍しくないし,同じテクニックの別の応用では,お茶をすするのに2,3分かかることも珍しくない。緩慢の治療では,特別な儀式を1回極めてゆっくりと行いながら,その儀式に伴う運動意図と感覚運動キューによく注意するよう患者に教える。1回分の儀式が終わったら患者にその儀式をさせないことによって儀式妨害を手順に組み込む。この形式の治療の鍵は,RPの重視ではなく,RPに先行する自覚練習にある。
文献

Takeuchi T. Nakagawa A. Harai H. Nakatani E. Fujikawa S. Yoshizato C. Yamagami T. Primary obsessional slowness: long-term findings. Behaviour Research & Therapy. 35(5):445-9, 1997
March J, Mulle K. OCD in Children and Adolescents: A Cognitive-Behavioral Treatment Manual

市民フォーラムで用いたスライド

症状に対する治療と人生の価値 OCDを乗り越える力になるものPDF 症状に対する治療と人生の価値 OCDを乗り越える力になるもの

医師の仕事には2種類あります。
患者さんがして欲しいと求めるものにそのまま応じることと,患者さんの本来のニードを探り,それに応じるようにすることです。

この二つはしばしば対立していて,同時に2つをかなえることはできません。治療者の種類も,患者さんの種類も,いろいろあります。この2つはどちらも世の中には必要です。

強迫性障害の症状に悩む患者さんに,エクスポージャーと儀式妨害(ERP)を行うことは,後者に当たります。患者さんがして欲しいと最初に求めてくること,この嫌な観念と不安を今,取り払って欲しい,には一切応じないで,むしろ嫌な観念と不安に自ら飛び込んでいくように口説くことなのですから。そして,ERPをすることは患者さんの本来のニードを探り,それを実現することです。

でも,本来のニードとは何なのでしょう?強迫観念と儀式に苦しむ患者さんに,“あなたの本来のニードは?”と尋ねても,“そんな悠長なことは考えていられない,まずこの苦しみをとってからの話だ,”とおっしゃるでしょう。

それでも,なぜ患者さんは結局,ERPをすることを選択するでしょうか?

人間は,いつも選択をしています。選択や判断についての学問の一つが行動経済学です。この中に面白い概念があります。機会コストと言います。一般には,会社が資金や時間をある事業に投資すると,他の事業に使うことができません。見捨てられた事業に本来,力を利益を生む力があるとすれば,その利益が損失になります。損失はお金には限りません。女性が仕事と結婚を両天秤にかけるときがあるでしょう。仕事を選んだとしたら,それは愛情ある結婚という価値を犠牲にしたことになります。という私は大学に入るとき,建築と医学部のどちらかを選ぶ必要がありました。医師になり,ここで,こうして話すことによる名誉があるとしても,建築士としてずっと後世に残る建築物を残すことの名誉を得る機会を失ったことを差し引かなくてはなりません。ひょっとすると世界遺産に残るような建築物を残せたのかもしれなかったのですから。

強迫観念,儀式の一番の怖さは,不安や苦しさではありません。症状にとらわれている間に,失われる時間です。人間は,一つの時間に一つのことしかできません。嫌な観念と不安を取り払うことに没頭している間は,他のことができないのです。ある一つの選択をして,不安が下がる代わりに,他の選択肢を選ばなかった事によって,できないことができます。チャンスを失うという損失があるのです。

嫌な気持ちや不安をなくす,ではなく,強迫性障害を治す,という気持ちになることは,患者さんが,自分のチャンスを失っている,できないことがある,と気がつくことです。

精神医学にはDSMという診断基準があります。たいていの悩みには診断がつくようになっています。親子関係の問題や人生の局面の問題,という診断名も用意されています。しかし,なくしたチャンスというものには診断基準がありません。これは,一人一人の人生の中で,一人一人が自分で考えるものになります。それは,一人一人の自分の人生がどうありたいか,という価値観と言えます。

今回の講演では,この価値観について,お話しし,それを見つけることが,強迫性障害だけではなく,さまざまな病気の治療と結びついていることを行動療法の立場からお話します。

2010/07/14 掲載
Revised: 2007/03/20
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