動機づけ面接(Motivational Interviewing,MI)とはクライエント中心かつ目的志向的な面接のスタイルによってクライエントのアンビバレンスを探り,それを解消する方向に行動の変化を促していく技術である。近年はさまざまな領域に応用され,その効果を示すエビデンスが蓄積されてきた。
この論文ではMIの説明と,実例の呈示,MIのエビデンスのレビューを示し,今後,MIを学ぼうとする人に対する導入になるようにした。
Motivational Interviewing (動機づけ面接,以下MI)とはクライエント中心かつ目的志向的な面接のスタイルによってクライエントのアンビバレンスを探り,それを解消する方向に行動の変化を促していく技術である。文献に登場するのは,1983年に問題飲酒に対するアプローチとしてである。MillerとRollnickによって 1991年に基本的な考えとアプローチ,臨床的な手続きがまとめられた。
PubMedとPsychINFOにてタイトルにこれらの言葉がある文献を2006年3月時点にて検索すると,MIは241件である。MIに関連する論文数をグラフに書くと上昇中であることが分かる(図1)。対象は当初のアルコール問題から現在はプライマリケアや公衆衛生にまで広がっている。一方,医学中央雑誌で日本語文献を検索するとMIは4件である。日本での普及は遅れていることがわかる。
MIは欧米ではよく知られている。MIのトレーニングを行うトレーナーの世界規模の組織があり,Motivational Interviewing Network of Trainers (MINT)と呼ばれている。2006年10月現在,日本人のMINTメンバーは2名であり,著者はそのうちの一人である。
著者はもともとアルコール依存症の臨床に携わっていた。当時のスタイルはいわゆる久里浜方式であり,患者に対する面接のスタイルは直面化を強制するものであった。腹部を触れながら,大げさな態度で“この肝臓はもう石の様だ,女性化乳房もある。断酒するしかない,3ヶ月の入院,”と宣言するのが習わしであった。1995年の国際行動・認知療法学会でのSobell夫妻のアルコール乱用に対する認知行動療法のワークショップで初めてMIについて耳にした。しかし,このときにはそれきりで,臨床のスタイルは同じであった。
2000年5月のアメリカ精神医学会に参加した。薬物依存シンポジウムでの聴衆との雑談からMIが評判になっていることを知った。2001年薬物依存患者の比較研究のためにハワイ大学に滞在した。矯正関連職員を対象にしたワークショップに参加した。テーマはMIだった。ハワイ大学はアメリカ国立薬物依存研究所(NIDA)の研究グループに参加して認知行動療法(Matrix model)をすることになった。ロサンゼルスのMatrix InstituteにてJeanne Obertのワークショップを受けた。基本はMIであった。これは,MIを本格的に学ぶべきだと考え,William Millerに連絡をとった。研修ビデオを取り寄せ,MIの本を読んだ。2001年から菊池病院においてMatrix modelに準拠した薬物依存治療プログラムを立ち上げ使うようになった。このときが,MIを薬物依存の患者に実際に使い始めたときである。2003年クレタ島にてトレーナーになるためのトレーニングを受け,MINTに加わった。病院スタッフにMIを教えるようになった。
MIに関する文献資料が必要だと考え,Millerらによる治療マニュアルを翻訳した。翻訳は著者のWEBサイトに掲載している(http://harai.main.jp/puroto/puroto1.html)。訓練用DVDが必要だと考え,「動機づけ面接トレーニングビデオ 日本版 【導入編】」を作成した。2004年に国際行動認知療法学会が神戸で開かれた。MIのワークショップとシンポジウムをMINTのメンバー(米国のSusan Butterworth,ドイツのUlfert Hapke)と一緒に開催した。このときからMIのワークショップを日本国内の要望に応じて開くようになっている。30分程度のものから丸一日のものまで年に数回行っている。
精神療法の種類はとても多い。多くは治療パッケージであり,一部は一種のブランド化している。治療パッケージとトレーニング,資格認定制度,学会までの一セットになっているものもある。MIはこれらと違い,特定の治療技法のパッケージではない。さまざまな人間同士のコミュニケーションのスタイルであり,そして,その特定のスタイルのなかで行動の変化を起こす要素をまとめたものである。従って,MIだけのの特異的技法やMIだけが効く特異的疾患はない。精神療法はMIの使い方の一つにすぎない。MIは薬物療法や他の精神療法と併用するときにその真価が発揮されるが,これもMIらしさの一つである。
MIの定義をRollnickの記載を参考にして,以下にまとめる。これは直訳ではなく日本の実情に合わせて翻案されている。
MIとは,アンビバレンスをクライエントが探り解消することを援助することで行動の変化を引き出すための,指示的かつクライエント中心のカウンセリングスタイルである。他の非指示的なカウンセリングと比べると,MIは焦点を絞り,目標志向的である。アンビバレンスの探索と解消が中心的な目的であり,カウンセラーは,このゴールを求めて意図的に指示的である。
MIによく使われる面接技術があるが,技術を集めてもMIにはならない。MIの習得の過程では技術を集中して学ぶ時期があるが,技術に集中しすぎればMIの中核にあるスピリットを見失う。MIのスピリットと技術の区別ができることがMIがわかることと言える。臨床的な状況はさまざまであり,技術にも種々のバリエーションがある。一方,状況が違っても技術が変わってもMIのスピリットは変わらない。MIのスピリットをまとめれば,1)患者と治療者の共同作業,2)患者に“させる”ではなく,患者が“する”ように引き出す,3)患者の自律を尊重する,になる。具体的には次のようになる。
このように考えると,人々をターゲットにして用いるテクニックやテクニックの組み合わせがMIであると考えるのは不適切である。MIにおける“動機づけ”とは,動機“漬け”ではない。また,MIは個人カウンセリングの場面だけに限定されない。MIとは幅広い対人交流の場面での,指示的部分とクライアント中心の部分の微妙なバランスでつくられた動的な対人関係のスタイルのことなのである。そしてこのバランスは変化を引き起こすものについての実証的研究によって導かれ形作られたものなのである。もし,これらがトリックや操作的なテクニックになってしまったとすれば,それはMIではない。
一方,MIは練習すれば習得が可能なスキルであり,MIのスタイルに特徴的で訓練によって習得可能な治療者行動がある。これらの中の代表的なものを上げる。
これらの中にはMIから始まったものが数多くある。飲酒者チェックアップはアセスメントを基盤とした,問題飲酒者への短時間介入法として開発された。飲酒関連行動に関する包括的なアセスメントと,その結果を系統的に患者にフィードバックすることを含む。アセスメントの戦略は他の問題領域に合わせてつくられる。患者にとって意味のある個人的なフィードバックを提供し,それが正常データと比較することができるようになっていることが重要である。MIはこのフィードバックの時のカウンセリングスタイルである。しかし,一切の型にはまったアセスメントなしでMIを行うこともできる。同様に,MIのような対人交流なしでアセスメントのフィードバックを提供することもまた可能(例:郵便による結果送付)である。そのような形式のフィードバックだけでも行動の変化を起こすことができることを示すエビデンスがある。
METとは4回のセッションで行うチェックアップ介入の応用の一つである。これはアルコール乱用と依存に対する多施設共同で行われた精神療法を比較したRCTであるProject MATCH にて開発された。この試験ではMETの他に認知行動療法と12ステップ促進療法(Twelve step facilitation)が開発され,比較されている。METは2回のフォローアップセッション(6週目と12週目)を一般的な2セッションのチェックアップにつけ加えたものである。他の二つの介入法は12セッションを12週間にかけて行う集中的なものであった。MIはMETのなかでカウンセラーが主に使う方法である。
プライマリケアにおいて,40分程度のシングルセッションで行う受診をしていない過剰飲酒者に対するアプローチである。プライマリケアにおける医療従事者にとって短時間の接触の間に動機づけ面接の原則を応用することが容易ではない。Rollnickらは即座にできる具体的なテクニックでMIのスピリットと実際を示すことができることを期待してこの技法を開発した。実際に,期待通りに,効果が得られているかどうかの実証は不足している。
ブリーフ・インターベンションとは大量飲酒者を対象とした1,2回で終結するカウンセリングである。アルコール専門医療だけでなくプライマリケアや一般内科でも使うことが勧められている。ブリーフ・インターベンションはMIと混同されることが多い。これは,“ブリーフ動機づけカウンセリング”(Brief motivational counseling)のような用語が導入されたことも原因である。
ブリーフ・インターベンションの有効性を説明するために,共通する有効成分を見いだす研究が行われた。その一つの結果が,MillerとSanchez が1994年に提案したFRAMESという略語であらわされるものである。Fはフィードバック(Feedback)の利用,Rは変化を実行する責任(Responsibility)が当人にあること,Aは助言(Advice)提供,Mは変化の選択肢を当人が自分の判断で選ぶメニュー(Menu)として呈示すること,共感的な(Empathic)カウンセリングスタイル,そして,自己効力感(Self-efficacy)の強化,である。これらの要素の多くはMIとあきらかに一致している。しかし,助言提供などは一致しない。一般的なブリーフ・インターベンションとMIを混同してはならない。
MIにおいては,“動機づけ”という言葉は変化への準備性を高めることに主な焦点がある時のみに使用するべきである。さらに言えば,“動機づけ面接”という用語はここまで述べた定義とスピリットに十分な注意が払われているときのみに使用すべきである。直接的な説得や専門的権威,指示的な助言提供が介入法の中に含まれているのであれば,それを“動機づけ面接”と呼べない。
コミュニケーションのスタイルに注目した方法は他にも数多い。こうしたものに,クライエント中心療法,や“アクティブ・リスニング”,“解決志向アプローチ (Solution Focused Approach)”,“ナラティブ・セラピー”など,数え切れない。これらとMIは技法や,考え方,実際の面接場面が良く似通っていることがよくある。実際,患者の行動が変化するときは,どのような立場の人間がどのようなカウンセリングを行ったとしても共通するメカニズムが働いているのだろうと想像される。
これらの他の方法と,MIの違いを述べるとすれば,MIは他の方法であるような特徴的な方法がないということである。解決指向的アプローチでは,“ミラクルクエスチョン”がある。問題は,問題に焦点をあて過ぎ,ソリューションイメージを思い描いていないからだ,とする。ナラティブ・セラピーにはポストモダニズムという人間に関する哲学的洞察がある。MIは特定の解決状態の回答や人間に関する哲学を持たない。
クライエントに共感的に接し,傾聴し,クライエント自身がもつ動機づけを引き出すことがMIであるが,それだけではMIがこのように知られることはなかっただろう。MIが一般のカウンセリングではなく,独立して知られるようになったのは,これが行動療法であり,介入研究を重ねてきてことによる。それは明示的な操作によってクライエントや治療者の言語を行動として評価し,研究の対象とし,その結果を用いて面接の方法と訓練の方法を洗練させてきたことにある。MIは動機づけという構成概念についての理論的考察には立ち入らなかった。そうではなく,治療者を操作する手順を定義し,頻度や強度を評価し,治療者行動を独立変数として,クライエントの反応を介在変数として,そして治療転帰を最終的な従属変数とした研究を積み重ねたのである。
このようなMIの研究のツールの基本となったものがMotivational Interviewing Skill Code (MISC)である。MIには多数の効果検証研究があり,その結果はメタアナリシスの形でまとめられており,この結果によればMIのトレーニングを受けたカウンセラーによる面接は伝統的な通常の面接をさまざまな領域で凌駕している。そして,これらのMIのトレーニングを受けたセラピストの面接内容の品質保証に使われているものが,MISCである。これを読むことによってMIの面接スタイルが求めているものが分かる。MISCは http://www.motivationalinterview.org/ にて入手できる。和訳は http://harai.main.jp/koudou/koudou3.html にて入手できる。
ある意味では,MIは患者が現実と“直面”する方向に向かうようにしている。しかし,この方法はもっと攻撃的な直面化のスタイルとは大きく異なっている。具体的に言えば,治療者が次のようなことを行っているときは,MIをしているとはみなさない。
このようなテクニックはMIのスピリットに反している。
MIは行動療法であり,実証的なエビデンスが集積され,それによって変化してきている。これらのエビデンスのメタアナリシスの概略を紹介する。この論文では,MIと無治療,他の治療法を比較した無作為割り付け比較臨床試験(Randomized Controlled Trial, RCT)が,アルコール問題は31,薬物乱用は14,喫煙は6,HIV感染リスク行動は5,治療アドヒアランスは5,公衆衛生は4,ダイエット・運動は4,あった。他に,ギャンブルや摂食障害,人間関係について1つずつあった。平均的な治療セッション数は2回程度,合計2.2時間であった。MIが使われた状況は,専門医の外来クリニックや入院病棟,学校,地域医療センター,一般開業医,産院,救急救命室,ハーフウェイハウス,電話カウンセラー,刑務所など様々であった。領域別にEffect Sizeを計算したものを図2に示す。
全体では,3ヶ月後の効果がフォローアップ(6ヶ月以降)では低下していることがわかる。治療アドヒアランス,ダイエット・エクササイズでは増加している。これらは,MI単独の治療ではなく,他の治療にMIが付け加えられる形で行われている。
Effect sizeについては次のようなことが分かっている。
これらをまとめると,MIは他の治療法に対するアドヒアランスを高める方法として期待できること,またマニュアル通りに行うとMIの効果がかえって悪くなることが分かる。
症例は,40代,男性会社員である。受診時主訴は対人不安であった。
家族歴:妻,20代の長女,高校生の長男と暮らす
兄:アルコール,肝硬変,静脈瘤破裂にて死亡
久里浜式アルコールスクリーニングテストを行ったところ,6.2点(アルコール依存症疑い),ブラックアウトとコントロール不能,離脱症状が見られた。この結果をフィードバックした。以下,Cは患者,Tは治療者の発言である。括弧ないにMISC(Motivational Interviewing Skill Code)コーディングによる,治療者行動の大まかな評価を示す。
C1 確かに飲みだすとその夜のことを覚えていません。朝酒をすることもあるにはあるけど。でも,先生には食道はまだ普通と言われたから。兄のことを知っているから,あそこまでは飲みませんよ。人前に出るときとか,緊張するときとかだけに飲むだけです。量のコントロールもできます。まあ家では,いろいろあるけど。
T1 自分では止められるが,家のいろいろのせいで飲んでいるということですね。(言い換え)
C2 そう。
T2 とするとあなたはアルコール依存症ではない?(増幅した聞き返し)
C3 不安になるから,仕事,家のこと全部ひっくるめて,飲まないとしょうがないです。
T3 飲まないとやっていけない?(言い換え)
C4 飲むと落ち着くから。
T4 酒がないとやっていけないということですね。(増幅した聞き返し)
C5 自宅では1合だけにしています。
T5 そうですね。そして,この間の同窓会でも?(増幅した聞き返し)
C6 同窓会ではビールだけにしました。濃いのは飲まないようにした。
T6 飲みすぎないように押さえたということですね。それが普段からできているということですね?(増幅した聞き返し)
C7 ‥‥翌日はのみました。
T7 自宅で?(閉ざされた質問)
C8 飲んだら,翌日はどうしても飲んでしまいますね。
T8 飲みたい気持ちが強くなった,ということですね。(感情を聞き返す)
C9 仕事や家のことでいろいろ考えていると,つい。
T9 飲みたくなる?(パラグラフを続ける)
C10 飲んだら,翌日,酒がさめてくると不安になって,飲んでしまう。
T10 飲み会のとき,量を抑えていて,翌日になると飲みたい気持ちが強くなり,家では飲みたいという気持ちに負けてしまう?(感情を聞き返す)
C11 そう。
T11 飲みたくないと思っても飲みたい気持ちの方が勝ってしまうのですね。(感情を聞き返す)
C12 前日に,いろんなことを言ったんじゃないか,迷惑をかけたんじゃないかと自分でいろいろ考えてしまう。そして飲みたくなる。
T12 そして,飲むと落ち込むのですね。(感情を聞き返す)
C13 ええ。
T13 外で飲むと翌日憂うつになって,また飲みたくなる,ということですね。(感情を聞き返す)
C14 はい,でも,会社での誘いは断っている。同窓会だけはと思って飲んでしまった。飲みたいという気持ちに負けた。
T14 飲みたいという気持ちはそれぐらい強いのですね。(感情を聞き返す)
C15 家で一杯だったらいいかな,と。
T15 外で飲むのはいけないが,家なら大丈夫ということ。(両面をもった聞き返し)
C16 はい,家で一合ずつ,飲むつもり
T16 一合以上は良くない,ということですか。(言い換え)
C17 家でなるたけ飲まないようにしようと思う
T17 というと?それは?何か理由でも?(開かれた質問)
C18 体の面もあるし,
T18 他には? (開かれた質問)
C19 毎日別に飲まなくてもいいかな,と思うし
T19 体の面,飲む必要はない,他には?(サマライズ 開かれた質問)
C20 いろいろストレスが溜まると1合くらいと思う。
T20 飲みすぎなければいい?(パラグラフを続ける)
C21 ええ
T21 過ぎなければ飲んでいるほうがいいということですね。(両面をもった聞き返し)
C22 理想的には,飲んでいないのが一番いい。
T22 毎日いろいろあり,そのとき,飲みたいという気持ちがあり,理想的にはそういうときにも飲まないほうがいいと思っているのですね。(サマライズ)
C23 ええ,家でのストレスが強くて。
T23 毎日すごい,家でのドラマがあるのですか?(増幅した聞き返し)
C24 ちょこちょこ,とあります。
T24 例えば?(開かれた質問)
C25 母親と娘の口げんかとか,意見の食い違いとか。
T25 激しい喧嘩があるのですね。(増幅した聞き返し)
C26 それほどでもないけど,口げんかと,それに拍車をかけて,息子の部活の世話があって。
T26 奥さんと娘さんの口げんかと息子の部活の世話,他には?(サマライズ 開かれた質問)
C27 毎日ではないか,いろいろ重なると飲みたくなる。
T27 この二つが飲みたくなる原因ですね。他には?(開かれた質問)
C28 金銭的なこともある。
T28 経済的に苦しい?(言い換え)
C29 子どもが高校生だから,負担が大きい。今月は足らないといわれると飲みたくなる。
T29 まとめると,娘,息子など子どものことで飲みたくなるのですね。(サマライズ)
C30 はい。
T30 飲むと子どものこともお金も何とかなる,ということですか。(両面をもった聞き返し)
C31 飲んでもなんにもならんですね。ただ気持ちを落ち着かせるだけ。なんともならん。先が開けんですね。
T31 酒で解決できないとよく分かっていらっしゃる。これから,どうなるといいのですか?(サマライズ 開かれた質問)
C32 第一には娘が仕事したら,なんとか。前よりは,手がかからなくなったけど。
T32 他には?(開かれた質問)
C33 そうですね,そんな感じ。
T33 娘さんが働いてくれたら,ということですね。他にどうなるといい?(聞き返し 開かれた質問)
C34 他にはない。娘が仕事である程度稼いでくれたら。
T34 ということは,あなたは娘さんが稼ぐまでは酒を飲むということですね。(サマライズ 増幅した聞き返し)
C35 そうですね。
T35 お酒は欠かせないという感じですね。(感情を聞き返す)
C36 同僚は三合のむというから。
T36 理想的には飲まないのがいい,一方娘のせいで飲むのを止められないということですね。(サマライズ 増幅した聞き返し)
C37 ...来月になったら,5日ぐらい酒を休んでみようかと思います。先生の話していた対人恐怖の薬を飲んでみたい。緊張が治るんだったら,来月から5日連休になるから,酒を止めて,薬を飲んでなんとかしたいと思う。
面接中一貫して,治療者は患者を批判せず,患者の言葉を聞き返し,患者の判断が変わるのを待っている。患者にとっては自分の話したことが整理され曖昧なところをそぎ落とされて,治療者から提示されている。これも一種の直面化である。患者はこの中で言い訳をしたり,他に話をずらしたりしている。治療者はそれを追いかけながらも,サマライズによって話をまとめ,本人が自分の飲酒に対してどう考え,行動するかというテーマから離れないようにしている。それが最終的に,本人の一時的断酒の決断につながっている。こうしたことが,本人への指示や命令によってではなく,本人自身の言葉として引き出されてくるように,治療者が選択的に応答している。これがMIである。
MIはある意味,効率が悪いように見える。本人がのらりくらり言い逃れしていることにも治療者は一言も批判めいたことを言わない。普通の診察場面ならば,本人に厳しく,断酒か飲むか選択を迫るところだろう。兄が飲酒のために早死にし,家族の不和があるなど,本人を責め立てる材料には事欠かない。論理たてて情熱的に攻めることが効果的だと信じている治療者も多いことだろう。しかし,アルコール依存症の治療転帰研究のエビデンスは逆を主張する。MIのスタイルが強制的なスタイルに勝るのである。
動機づけ面接(MI)について紹介し,実例を示した。カウンセリングのアウトカムと言語内容に関する研究を積み重ねながら,面接のスタイルによるエビデンスが集積し,人の行動の変化に影響を与える言語内容が分かってきた。これらの結果がMIであり,そして今わかっていることは,MIというブランドネームの下にマニュアル通りの面接を行うことが,最もMIらしくないということである。MIの創始者であるMillerとRollnickはMIがブランドネーム化することを警戒し,著作のなかでMIという用語を使わないようにしている。実際,Rollnickが書き,日本語に翻訳されているMIの本は“Health Behavior Change: A Guide for Practitioners”(健康のための行動変容―保健医療従事者のためのガイド)と題されている。
MIはジェネリックな方法であるから,類似した面接が多く,混同されることも多い。ブリーフ・インターベンションのように治療効果を説明するメカニズムに動機づけ面接のプロセスが含まれていることがある。技法に動機づけ面接から応用された行動の変化を促すための技法が含まれているもある。しかし,個別のメカニズムや技法に類似点があることと,全体が同じものであることは,全く別のことである。
カウンセリングのトレーニングとは縁がなく,MIはもちろん言語行動の理論を全く知らず,そして自然にMIのスピリットに沿った面接をしている人がいる。一方,このような方法にはなじめない,できない,と思っている人もある。MIのトレーニングと知識,実際の経験は前者には自分の面接内容の意味をチェックする道具を,後者には前者に近づく機会を与える。後者も一度,コツをつかむとさまざまな場面に使えるようになる。
MIのトレーニングビデオや資料をホームページから注文したり,ダウンロードすることができる。研修会も随時,行っている。この論文が人のコミュニケーションのあり方についての関心を高めることができれば幸いである。
図1 MIに関する年ごとの論文数の推移
図2 各領域におけるエフェクトサイズ
Revised: 2005/11/01
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