認知行動療法事典:介入技法 動機づけ面接(草稿)

動機づけ面接(Motivational Interviewing;MI)はアルコール依存症に対する行動療法のRCTを行っていた米国のWilliam R. Millerが見出したものである。RCT自体は失敗に終わった。コントロール群は読書療法を受けた。これだけでも行動療法群と同等な酒量軽減効果が得られたのである。対象や治療場面などを変えても同じ結果だった。依存症患者には不合理な認知があるから・スキルが足りないから、だから認知修正すれば良い・スキルトレーニングで補えば良い、このような欠陥モデルに基づくやり方はことごとく読書療法に敗れた。一方、治療者ひとり一人を見ると同一のマニュアルを使っているはずなのに治療結果には大きな差があった。マニュアルの良し悪しよりも、どう患者と接するかのほうが治療結果に大きな影響を与えていたのである。患者が治らないのは治療者側に原因があった! これは病気が治らない理由を患者側に求めるのが普通だった当時としては画期的な見方である。Millerはこの知見を論文にまとめ(Miller, 1983)、それに目をつけたのが英国のStephan Rollnickだった。シドニーで二人は意気投合し、本にした。本は現在第3版(Miller & Rollnick, 2012)になっている。エビデンスの蓄積に従ってMIの概念も変わり、今は4つのプロセスとして概念化されている。

MIの定義

患者自身の内発的動機づけを治療者が積極的に引き出し,関わることによって,行動変化が生じるようにする特定のコミュニケーション・スタイルである。ゴール志向的でありながら,クライエント中心のカウンセリング・スタイルをもち続ける。患者の矛盾した行動に寄り添いながら,隠された感情や背景を探り,矛盾を解消して前に進むようにしていく。

非指示的を旨とするクライエント中心アプローチと比べるとMIはフォーカスとゴールが明確である。MIでは患者が自らの行動についての何らかの決定に辿り付けるように誘導する。患者が決断に迷い,堂々巡りを繰り返すことをそのまま放置することはない。患者が自ら判断し,コミットすることの大切さを治療者が強調し,決めやすいように選択肢を提示したり,情報提供したりする。

一般的な認知行動療法とも違う。MIは特定の認知モデルをもたず、“動機づけ不足”を病理的とはしない。同一診断名・重症度の患者の間でも変化への準備性はさまざまであり、また患者がすべき行動は一つだけではなく、そして一人の患者の中にさまざまな変化の段階が共存するのが普通である。MIは人をこのように矛盾と両価性に満ちた存在とみなしている。

治療者はこのような人としての患者に対して,批判や評価,モデルへの当てはめをしない。矛盾や葛藤に対して共感し,それも患者の自律的な選択行動として受け入れ,明らかな矛盾や認知の偏りがあっても治療者から教育的に指摘したり正しいやり方を教え込んだりすることはない。気づくのは患者本人の仕事であり,治療者はそれを助けるガイドである。

現実の医療でMIだけを使うことはあまりない。MIによって患者が自らの矛盾や葛藤に気づき,解決策を求めてきた時、それを提供すること自体はMIではないが臨床家としては果たすべき義務になる。提供するものは薬物療法やCBT,ケースワークなどになるだろう。

MIのエビデンス

MIのエビデンスは動機づけが必要な全ての領域に及んでいる。系統的レビューは200以上ある。主な対象にはアルコールや覚せい剤などの嗜癖領域,気分障害や摂食障害,強迫症などの精神疾患がある。また,糖尿病などの生活習慣病や性感染症予防のような公衆衛生領域にもエビデンスがある。関節リウマチ患者における薬物アドヒアランスの向上など,身体疾患の治療にも役立つ。司法領域にも応用できる。薬物事犯や性犯罪などは再犯が多い。こうした犯罪は厳罰化しても刑期が長くなるだけで,再犯予防にも治安維持にも役立たない。矯正施設でMIを使うと再犯を減らせる(McMurran, 2009)。

四つの基本的スキルOARS

  • O(Open Ended Question, 開かれた質問):患者が先入観なく自由に自分の行動や感情を話せるように促す。
  • A(Affirmation, 是認):変化の方向につながる発言を患者がしたら,是認する。矛盾した発言や,表面的にはネガティブな発言の中から是認できるポイントを発見し,認め,変化の発言を強化する。
  • R(Reflective Listening, 聞き返し):オウム返しのような単純な聞き返しから,増幅した聞き返しや両面をもった聞き返し,リフレーム,比喩などのさまざまな複雑な聞き返しを使う。単純な聞き返しの場合も戦略的に使うことで,患者の複雑な感情が浮き彫りになる。
  • S(Summarize, サマライズ):出てきた話をまとめ,今どこにいるのか,これからどこに行こうとしているのかを患者と治療者の間で共有できるようにする。話を聞く側の患者が次のステップに進みやすいようにする。

MIのスピリット

  • 協同:Collaboration, 治療者は患者に対するガイド役として振る舞う。
  • 受容:Acceptance, 人はそれぞれ固有の価値観をもっている。治療者と違っていて当然である。違いを受け入れ,患者が自ら判断することをサポートし,変化に向かうことを是認する。
  • 喚起:Evocation, MIをMIらしくさせている部分である。治療者が戦略的に患者から変化に向かう発言が生じるように働きかける。
  • 慈悲:Compassion, カウンセリングでも医療行為でも最終的な目標は患者の福祉である。治療者の野心や利得,研究の進歩など,患者の利益とは無関係なものは他に置く。

MIの四つのプロセス

  • 関わる:患者と治療者間の作業同盟
  • フォーカスする:話の対象を特定のものに絞る。
  • 引き出す:患者自身から変化への動機づけを引出す。なぜ・どうやってそうするかについての患者自身の考えや感情を活用する。
  • 計画する:動機づけが高まると患者はなぜ変わるのかよりも、いつ・どのように変わるかについて考え始める。この時に情報や助言が必要になる。適宜,情報を提供し,それをもとに患者の判断をさらに引き出していく。

MIの習得

習得に関する研究が多いこともMIの特徴である。次のようなエビデンスがある、1)治療者の教育歴や過去のトレーニングがどのようなものであってもMIの使用には支障がない、2)マニュアルではなく文脈に合わせて行う方が良い、3)人並みの共感・言語能力があれば職種や学歴,経験を問わず,誰でも身につけられる、4)実際に行えるようになるためには合計で数日間の集団ワークショップ参加と1年程度の個人レッスン(スーパービジョン・コーチング)が必要である(原井, 2012)。

【さらに詳しく知るための文献】

Miller, W. R., & Roll. (2019). 動機づけ面接〈第3版〉上・下. (原井宏明, 岡嶋美代, 山田英治, & 黒澤麻実, Trans.). 東京: 星和書店.

 

【参考・引用文献】

McMurran, M. (2009). Motivational interviewing with offenders: A systematic review. Legal and Criminological Psychology, 14(1), 83–100. https://doi.org/10.1348/135532508X278326

Miller, W. R. (1983). Motivational interviewing with problem drinkers. Behavioural Psychotherapy, 11(2), 147–172.

Miller, W. R., & Rollnick, S. (2012). Motivational Interviewing, Third Edition: Helping People Change (Applications of Motivational Interviewing) (3rd ed.). Guilford Press.

原井宏明. (2012). 方法としての動機づけ面接. 東京: 岩崎学術出版.

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