原井宏明 2011 動機づけ面接とACT ~MI ACTing? 私はACTしているのか?(草稿)

武藤崇 編 ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)ハンドブック pp. 289–310 東京: 星和書店

1.     はじめに

1-1           動機づけ面接とACT

Motivational Interviewing (動機づけ面接,以下MI) (William R. Miller & Rollnick, 2002)とはクライエント中心かつ目的志向的な面接のスタイルによってクライエントのアンビバレンスを探り,それを解消する方向に行動の変化を促していく技術である。1983年に初めて文献に登場する(William R. Miller, 1983)。Acceptance and commitment therapy (以下ACT) は1994年に登場する(Hayes & Wilson, 1994)。どちらも近頃,日本でも知られるようになった。文献からみればMIの方が10年ほど古い。PubMedとPsychINFOにてタイトルにこれらの言葉がある文献を2006年3月時点にて検索すると,MIは241件,ACTは67件である。MIに関連する論文数をグラフに書くと上昇中であることが分かる(Fig.1)。医学中央雑誌で日本語文献を検索するとMIは4件,ACTは0件である。

MIとACTの両者をキーワードでもつ文献を検索したところ,ヒットしたものはなかった。従って,本章のテーマは他にはないユニークなものであり,現時点でMIとACTの関係についてのコンセンサスはない。著者の個人的意見ということになる。著者はMIに関しては日本で始めてのトレーナーである。本章ではMIの説明,実例の呈示,ACTの考えがMIにとってどのよう役立つかについて述べる。

1-2           著者について

行動療法に触れる

著者は精神科医である。1986年に肥前療養所に就職し,山上敏子臨床研究部長の下で行動療法を学ぶようになった。1988年から世界行動・認知療法学会に参加している。この学会に参加する理由のひとつはワークショップである。強迫性障害に対するエクスポージャーと儀式妨害(Exposure and Ritual Prevention, 以下ERP)をEdna Foaから1988年のエジンバラ会議にて学んだ。帰国してすぐに主治医として担当していた不潔恐怖,手洗い儀式の患者に使った。結果は成書の通りだった。このワークショップの資料は現在も利用している。David Barlowからパニック障害に対する内部知覚エクスポージャー(Interoceptive exposure)を1992年のゴールドコースト会議にて学んだ。広場恐怖の患者に運動負荷のエクスポージャー課題を使うようにした。Linda Sobel & Mark SobelからMIを1995年のコペンハーゲン会議にて学んだ。このときは帰国しても使うことはなかった。誰に何がどうできるのか分からなかった。

MIをする

2000年,薬物依存患者の日米比較のためにハワイに2ヶ月滞在した。結果を発表するため同年5月のアメリカ精神医学会に参加した。薬物依存シンポジウムの聴衆からMIが評判になっていることを知った。2001年再びハワイに滞在した。矯正関連の職員を対象にしたワークショップに参加するとテーマはMIだった。ハワイ大学はMatrixプログラムという薬物依存治療法の臨床試験をすることになった。ロサンゼルスのMatrix InstituteにてJeanne Obert(Obert et al., 2000)のワークショップを受けた。やはりMIであった。MIを本格的に学ぶべきだと考え,William Millerに連絡をとった。研修ビデオを取り寄せ,MIの本(William R. Miller & Rollnick, 1991)を読んだ。2001年から菊池病院においてMatrixプログラムに準拠した薬物依存治療プログラムを立ち上げ使うようになった。このときからMIを薬物依存の患者に実際に使い始めた。2003年クレタ島にてTraining for New Trainerを受け,MIトレーナーの組織(Motivational Interviewing Network of Trainers, 以下MINT)に加わった。勤務先の病院の薬物依存治療スタッフにMIを教えるようになった。MIに関する文献資料が必要だと考え,Millerらによる治療マニュアルを翻訳した(Handmaker, Miller, & Manicke, 1999)。翻訳は著者のWEBサイトに掲載している(http://homepage1.nifty.com/hharai/TIP/35/tip35_chap1.html)。訓練用DVDが必要だと考え,「動機づけ面接トレーニングビデオ 日本版 【導入編】」を作成した。2004年に国際行動認知療法学会が神戸で開かれた。MIのワークショップとシンポジウムをMINT(Motivational Interviewing Network of Trainers, MIトレーナー団体)のメンバーに声をかけて企画した。米国のSusan ButterworthとドイツのUlfert Hapkeが応じてくれ,ワークショップを開催した。このときからMIのワークショップを日本国内の要望に応じて開くようになった。30分程度のものから丸一日のものまで年に数回行っている。

ACTに触れる

ACTに触れたのは2004年のことである。8月にAkihiko Masudaが菊池病院でACTについての講演を行った。興味を持ち,ACTの本の翻訳についてMasudaに相談したところ,武藤助教授を紹介された。2005年11月の米国行動認知療法学会にて,Steven C. HaysによるACTのワークショップを受けた。著者がACTから受けた影響は先に述べたものとはかなり違う。ACTに触れることは言語行動に関する行動分析とルール支配行動に関する基礎的研究の臨床への応用について考える機会になった。これは最後に詳しく述べることにある。

2.     MIとは

行動療法を第一,第二,第三世代に分けるとすれば,MIは第二世代である。第二世代が第一世代やACTと異なるのは,臨床的観察から得られたものを帰納したものであり,理論的背景が貧弱であることである。特定の疾患や問題に対する認知行動療法の治療パッケージは一般的に,その疾患や問題に対する病因論的認知モデルを持っている。しかし,この認知モデルは,記憶や思考に関する実験的な認知科学理論とは無関係に発生したものであり,基礎的研究の裏付けが乏しい。MIはアルコール依存症の臨床的観察から生じた疑問から始まったものである。言語や動機づけに関する基礎的な学習や認知科学の理論から生じたものではない。実際,MIの多くの文献には“動機づけ”に関する理論的考察が欠落している。しかし,理論抜き実践のみという治療法では,一つのまとまったものとして認めるには不十分である。とりあえずの説明のために,いくつかの認知理論が援用されている。当初は認知不調和理論やProchaskaとDiClamenteのStages of Changeモデル(Ginsburg, 2001)とMIが関連づけられることが多かった(William R. Miller & Rollnick, 2004)。応用行動分析については,Truaxがロジャースの面接資料をもとにカウンセラーの発言とクライエントの反応の間の随伴性を分析した研究が1966年にある(Truax, 1966)。これ以外に言語に関する行動分析の理論がMIを含むカウンセリングに用いられることははまだない。

MIが誕生した経過は次のようになる。Millerらが1970年代にアルコール依存症の患者を対象にした行動療法の効果検証研究を読書療法を統制群として行った。読書療法と飲酒の1年後転帰に違いが見られなかった。このようなNull studyは別の研究でも繰り返し見られた。そこで治療者毎の違いがあるのではないかと考え,治療者毎に飲酒転帰を調べると,かなりの個人差が見られた。面接中に見られる治療者とクライエントの発言内容と飲酒転帰の関連を調べた。その結果,治療者からは直面化やアドバイスがなく共感的である場合に,クライエントからは情動の表出があり協力的で変化の必要や希望,計画を具体的に述べている場合に,飲酒転帰が良い,と分かった(W. R. Miller & Joyce, 1979)。飲酒転帰の良いクライエントの発言の特徴として,現実と目標そしてその間の葛藤の正確な記述があること,そしてチェンジトーク(Change talk)と呼ばれる自己動機づけ発言がある。チェンジトークは5種類に分類することができ,1)Desire 変わりたいという願望,2)Ability 変わる能力があるという,3)Reason 変わると良いことがあるという,4)Need 変わる必要があるという,5)Commitment 変わる計画・これからすることについて言う,がある。治療者の発言については五つの原則,1)共感,2)矛盾を広げる,3)言い争いを避ける,4)抵抗を手玉に取る,5)セルフエフィカシーをサポートする,としてまとめられている。

クライエントに共感的に接し,傾聴し,クライエント自身がもつ動機づけを引き出すことがMIであるが,それだけでは,MIはロジャースのクライエント中心療法の一バージョンに過ぎない。しかし,MIが一般の心理療法ではなく行動療法である。それは明示的な操作によってクライエントや治療者の言語を行動として評価し,研究の対象とし,その結果を用いて面接の方法と訓練の方法を洗練させてきたことにある。MIは動機づけという構成概念についての理論的考察には立ち入らなかった。そうではなく,治療者を操作する手順を定義し,頻度や強度を評価し,治療者行動を独立変数として,クライエントの反応を介在変数として,そして治療転帰を最終的な従属変数とした研究を積み重ねたのである。

このようなMIの研究のツールの基本となったものがMotivational Interviewing Skill Code (MISC) (Moyers, Martin, Catley, Harris, & Ahluwalia, 2003)である。MIには多数の効果検証研究があり,その結果はメタアナリシスの形でまとめられており(Hettema, Steele, & Miller, 2005; Rubak, Sandbaek, Lauritzen, & Christensen, 2005),この結果によればMIのトレーニングを受けたカウンセラーによる面接は伝統的な通常の面接をさまざまな領域で凌駕している。そして,これらのMIのトレーニングを受けたセラピストの面接内容の品質保証に使われているものが,MISCである。表1に抄訳を示す。これを読むことによってMIの面接スタイルが求めているものが分かる。MISCは http://www.motivationalinterview.org/ にて入手できる。全訳についてはhttp://homepage1.nifty.com/hharai/mi/ にて入手できる。

3.     MIの実際

新しいやり方を人に伝えるときに一番良いのは言葉による説明よりも実際にやってみせ,そして人にやらせることである。SobelたちのワークショップでMIについての講義を聞いただけでは著者には何も伝わらなかった。分かったと思えるようになったのは自分でさまざまな場面で実際に用いるようになってからである。本章ではMIについて言葉で説明するのではなく,実際の面接場面のやりとりを示すことによって示すことにする。面接についてMISCによるコード化を行なっている。面接内容とコード化の結果を見ることによって,MIに沿った治療者の発言とはどのようなものであるかがわかる。

3-1 GADのクライエントに対するMI

これはGADの患者に対する面接の記録のサンプルである。初診時の主訴は“気分がすぐれない,気持ちが落ち着かない,不安・イライラ感”であった。症例は,フルタイムで勤務している45歳の女性であり,中学生の二人の息子がいる。次男は過去に医師からADHDと診断されている。現在は受診や服薬はしていない。不登校はなく,学校で目立つことはない。日常の身辺整理や清潔保持は不十分であり,忘れ物が多い。本人は次男の日常生活態度を常に心配している。夫は会社員,家族4人で暮らしている。兄弟の喧嘩は日常茶飯事である。構造化面接(MINI)によってDSM-IV診断がつけられており,GAD以外には小動物に対する特定の恐怖がある。また他の精神障害や身体疾患の既往はない。昔から心配性だったと述べる。HAM-Aでは29点である。

以下は,通常のある日の面接である。Tはカウンセラー,Cはクライエントを意味し,番号は発言順である。右側にMISCによる治療者発言のコーディング結果を示す。MISCはクライエントの反応については薬物依存の患者を想定している。このケースではGADの患者であることから,懸念や心配,アドバイス要求は-(変化に抵抗)にコードするようにした。変化への意思,自己コントロールの表明,受容を+にコードするようにした。

 

  内容 コーディング
T1 この1週間はどうでした? 開かれた質問
C1 先週金曜日に兄弟喧嘩が激しかった。長男が次男に殺すぞ,という。 0
T2 ”殺す”と言う言葉を聞くと誰でも不安になりますね。長男は次男に凄く怒っていたということですね。 言い換え クライエントの感情を反映
C2 次男が長男のいうことを聞かなかったんです。それが原因で。 0
T3 次男は長男にいつも逆らうのですか? 増幅した聞き返し
C3 長男が飲もうと思って冷蔵庫で冷やしていた缶ジュースを次男が勝手に飲んでしまったんです。もうそれで,長男が逆上して。またお前が,と。 0
T4 缶ジュースがもとで殺し合いになると思われたのですね。警察を呼ばれたのですか。 パラグラフを続ける
C4 いいえ,警察を呼ぶまではなかったんですけど。でも,しかし,先生,最近,中学生の事件が良くあるのをご存知でしょう。新聞によくでますよね。うちの子どもたちも必ずやると思います。いつか。テレビやニュースを見ると本当に起こるんじゃないかな,と思います。 心配 –
T5 なるほど,ということは,殴り合いの喧嘩から,お子さんが大怪我をし,いつか新聞の一面に載るということですね。 増幅した聞き返し
C5 まだ怪我までは行かなかったけれど。不安で不安で包丁か何かでも,もちだされでもしたときには,えらいことになるなとおもって。心配でたまりません。どうしたら喧嘩を防げるでしょうか?先生,何か良い方法はありませんか? 心配 アドバイス要求 –
T6 分かりました。つまり,長男が包丁で刺そうとしたのですね。 パラグラフを続ける
C6 いいえ,そうじゃないけど。でも,長男がバットを持出して振り回したんです。バット殺人があるでしょう。 心配 –
T7 そうですか。長男がバットで弟を殴ったのですね。 パラグラフを続ける
C7 いいえ,次男がバットを出してきたんです。長男が「殺すぞ,死んでしまえ,お前はいらん,出て行け,馬鹿,アホ」と言って,次男を足で蹴ったり,殴ったり,していました。次男はしばらく殴られていましたが,しまいにバットを持出して,振り回しだしたんです。 0
T8 そのバットで,ガラスが割れたり,壁に穴があいたり,大変なことになったのですね。 パラグラフを続ける
C8 そこまではなくて。長男をとめようとして,バットを持出して,振り回したんです。物には当たってはいないんですけど,でも,母親の私にも当たりそうだったんです。私が二人を止めに入ったから。なんとか。 0
T9 次男さんは他にはどんなことを? 開かれた質問
C9 本や雑誌をばらばらにしたり,投げたり,洗濯物を投げたり。 0
T10 もう見境いなく,手当たり次第に投げたり,壊したりしたということですか。 増幅した聞き返し
C10 いいえ,考えて投げていました。誰も怪我はしませんでした。でも,だけど,母親の私が止めに入らないといけなかったんです。 0
T11 まとめると,ジュースのことから兄弟が喧嘩し,兄が弟を殴り,弟がそれを止めようとしてバットで脅した,誰も怪我していないし,壊れたものはない。今回はお母様がおられたから良かったけれど,今度はきっと殺人が起こる,と思っておられるのですね。 サマライズ
C11 はい,長男の様子がおかしくて,勉強している時間は誰も部屋に入るなと言うんです。野球部で14人の部員と仲良くしていて,友達も多かったんです。とても明るい子だったのに,最近,親とも話をしなくなりました。塾の友達としか話をしなくなったんです。夏休み前と様子が変わってきました。笑顔もないし,拒否的だし,食事はするけれど,家族と一緒には食べません。 心配 –
T12 長男の様子が夏休みで変わってきた,これからもっとひどいことが起こると思うのですね。 サマライズ
C12 ええ,長男がバットをとりあげて,包丁を持出したりするだろうと思います。こんなことは普通のことではありません。 心配 –
T13 200人の同級生の中で兄弟げんかをするのは,あなたのところだけだ,昔の人はしなかった,と思うのですね。 増幅した聞き返し
C13 ええ。うちは特別だと思います。 心配 –
T14 そうすると,特別に危険な家族である,そこで,殺人が起こらないようにしたい,というのが一番の目標ということになりますね? コントロールを強調する
C14 はい。喧嘩がなければと思います。 変化の希望 +
T15 喧嘩をすれば殺人になる,と思われるのですね。 パラグラフを続ける
C15 はい 0
T16 喧嘩をさせないために,いままでは説得をされたのですね。そして24時間監視するということをされた。他にはなにかありますか? コントロールを強調する 開かれた質問
C16 無理だけど二人をばらばらに引き離すというのもあると思います。 変化への楽観視 +
T17 整理すると,1 親からの説得,ただし,ご主人はしてくれない,2 二人をばらばらにする 3 お母様が監視する,ということになりますね。他には? サマライズ
C17 思いつきません。監視をずっとできたらいいけど。 0
T18 監視をしている間は喧嘩をしない,ということですね。 言い換え
C18 はい 0
T19 なるほど,良かったらこの2週間の喧嘩の頻度とお母様が自宅におられた頻度を教えてください。この2週間で喧嘩は何回ありました? 開かれた質問
C19 この間の1回です。 0
T20 お母様は日中はお仕事でしたね。昼間に家におられたのは? 開かれた質問
C20 1日だけです。  
T21 喧嘩があったのは,その日ですか。 開かれた質問
C21 はい 0
T22 そうですか。2週間のうち,喧嘩が一回,その日はお母さんが家におられた。そして,怪我は?喧嘩をして怪我をされたことは今までに何回ありました。 サマライズ
C22 わかりません。今度はなかったけれど。 0
T23 息子さんが怪我をされたことは? 閉じられた質問
C23 何回かあります。 0
T24 そのときはいつも喧嘩のときなのですね。 閉じられた質問
C24 そういうことはありません。 0
T25 まとめると,この2週間のうち,お母様が自宅におられる日に喧嘩があった,そして,怪我をしたことはあるが,それは喧嘩のない日のこと,ということになりますね。 サマライズ
C25 私が喧嘩をさせているということですか?先生は,私が悪いとおっしゃるんですか? 議論する –
T26 ご自分が喧嘩のたねになっている,としたら,それはとても受け入れられないことなのですね。 両面をもった聞き返し クライエントの感情を反映
C26 ええ。それは。(沈黙) 先生,実は,私は子どもが嫌いなんです。いつも私の怖がることばかりするので。ときどき,この家から蒸発したいとか,離婚したいとか考えます。親からも子どもから一時的に離れたほうが良いとすすめられています。子どもと離れて両親と私の三人で暮らせば平和で気分的には楽と思います。一方,子どもに何かあったら自分が不幸になると思います。嫌いだけど,子どもからは離れられません。 受容 +
T27 そうなのですか。子どもの声や姿をみないですんだら,どれだけ気が楽か,とよく思うのですね。事情が許せばそうしたい,と思うのですね。 言い換え コントロールを強調する
C27 はい。親から,そうしたらとよくそういわれるけど,でも出来ないんです。子どもから離れて実家に2,3日泊まることもできないです。 否定する –
T28 まとめると子どもたちと一緒にいるのは怖いことばかりでつらいので,離れて暮らしたい,一方,子どもたちに親としての責任も捨てられない,ということですね。夫や子どもたちと離れて暮らしたい気持ちを0~100とすると,どれくらいになりますか? サマライズ
C28 50です。 0
T29 子どもから離れてはいけない,子どもに対する責任を果たしたい,という気持ちを0~100とすると? 開かれた質問
C29 100です。 0
T30 そうすると,あなたの選択は,子どもたちに対する責任をとるということになりますね。そのためには,今の恐怖を受け入れるということですか? コントロールを強調する 閉じられた質問
C30 そうなりますね。そうですね。私としては,何もない平穏,無事な生活だったらいいのに,と良く思います。でも,自分にはいろんなことがつぎから次へ来るみたいです。これは,誰かのせいというのではなく,めぐり合わせなのでしょうね。いろんなことがあるのも仕方ないと思っています。 受容 +
T31 そうですね,嫌な事もめぐり合わせで起こってくることだ,あれこれしても仕方ない,と思うようにしよう,ということですね。そのように考えると楽になれる,ということですか? 言い換え コントロールを強調する
C31 はい,そうですね。気にしても仕方ないと思います。 受容 +
T32 なるほど,そうですね。他には気がかりはありますか? 開かれた質問
C32 いいえ,特にありません。ありがとうございました。ほっとしました。 0
T33 分かりました。ではまた次回の診察のときに。 構造

 

コードの意味は表1を見ていただきたい。最後にMISCサマリースコアの項目があり,ここには治療者の発言でMIに一致した反応(MICO),一致しない反応(MIIN)がリストされている。MICOは是認とクライエントのコントロールを強調する,聞き返し,リフレーミングなどがある。MIINは許可なしにアドバイスを与える,直面化,命令,警告などである。

上記の面接の中ではMIINはT23,24にて閉じられた質問があるだけである。直面化や命令,アドバイス,評価などの発言はない。C25でクライエントは治療者の発言内容を避難しているが,治療者はそれには応じていない。T26では,抵抗の裏側にあるクライエントの感情を聞き返している。MIの文献ではこのようなやり方を“抵抗を手玉にとる”と呼び,よく“柔道”に例えている。

クライエントは最初に中立の発言があるが,C4,5,6,11,12,13では悪い方向に想像し心配する反応とアドバイス要求がある。T25はクライエントからの情報を集めてサマライズしている。その内容はクライエントの懸念とクライエントの実際の行動が相矛盾していること意味している。これはMIの原則のひとつ,矛盾を拡げる,を行なったものである。

T26ではクライエントの反論を取り入れた両面をもった聞き返しをクライエントの感情に言及しながら行なっている。C26ではそれまで防衛的であったクライエントが,オープンな態度と正直さを示すようになっている。T27ではそれを聞き返し,そして,“受容”を本人のコントロールによって行なうことを強調するようにしている。以降は,恐怖を受容すること(子どもと一緒に住むこと)と,避けること(離れて実家に住むこと)についてそれぞれのユーティリティー(クライエントにとっての価値)を点数化し,それらの間で選択を本人がとるようにしている。C26では“離れられない”から子どもから離れない,だから仕方ない,というような行き詰まりとしてのやむを得ない選択から,C30の“めぐり合わせ”だから,するしかない,というように,よりポジティブな受容に変わってきている。

クライエントには問題の認識は最初からあるが,防衛的であり,状況を完全には話していない。問題解決の方向性は子どものコントロールをするアドバイスを専門家からもらう,ということであったが,最後は自分の受け止め方に話が進んでいる。セッションが進むにつれて,クライエントが自分自身について意味のある情報を提示するようになっている。最終的には,オープンな態度と正直さが見られる,言い訳や隠し事がなくなってきている。

MIトレーニングでの目標行動クライテリアからみると,聞き返しと質問の比率(R/Q)は2.1,開かれた質問のパーセンテージ(%OQ)は80%,複雑な聞き返しのパーセンテージ(%CR)は81%であり,エキスパートレベルということになる。

3-2 ACTから見たMIの面接

上記の面接を言語に関する行動分析から見てみよう。特徴として,1)治療者が自分のプライベートイベントを一切タクトしていない,2)ルール呈示をしていない,がある。ACTからみれば次のようになる。

認知デフュージョン

クライエントが恐れ,話すことを避けている事柄を増幅した聞き返しの形で治療者が述べている。これを繰り返し面接の中で続けるうちにクライエントが自宅での状況を恐れずにタクトできるようになっている。当初はこうした言葉は恐怖され,避けられていた。MIのスタイルによる増幅した聞き返し(Amplified Reflection)が,恐怖が条件づけられていた言葉に対して認知デフュージョンの効果をもたらしたと考えられる。

不適切なルール探索行動に対する弱化

クライエントはADHDと診断された息子をもつ母親として精神科医との面接に望む,というコンテキストにいる。このようなコンテキストではC4のような発言は通常は治療者からのアドバイス(ルール呈示)が期待できる。しかし,治療者はT5で増幅した聞き返しを行ない,アドバイスを呈示しない。クライエントはC5でさらにアドバイス要求のマンド“先生,何か良い方法はありませんか?”を発している。治療者はT6でさらに増幅した聞き返しを続けている。これを繰り返した結果,クライエントからの明示的なアドバイス要求はなくなっている。

Creative Hopelessness

T14,T16,T27,T30にて本人が自分で選ぶことであるがあることをタクトしている。クライエントは最初のうちC14のように“喧嘩がなければ”というような死人テストを通過しない目標を述べている。治療者は面接の中で得られた情報をサマライズしてT25で息子二人の“喧嘩をなくす”というコントロールが無効であることをタクトしている。C25でクライエントの反駁が生じている。これは,自分にとって嫌なことを述べるな,というマンドとして機能している。治療者はその背景にあるプライベートイベントをT26でタクトしている。これが本人の情動を正確にタクトしたことになり,C26で今まで本人がタクトすることを回避していた価値観とルールがタクトされている。これは,本人にとってアンビバレントな価値観であったからである。

恐怖を受け入れ,価値観に沿ったルール支配行動を選択する

C26からT31は本人の行動目標について選択することについて話し合っている。恐怖状況を回避するか,受け入れて母親行動をとるかについてそれぞれのユーティリティー(数字で表された価値観)を述べさせ,どちらかを選択するようにしている。C30は恐怖を受容することを述べている。

4.     まとめ

著者としてはACTにふれることは自分のしているMIを見直す機会になった。自分自身やクライエントの行動を正確に行動の言葉で述べることができるようになった。そして,GADの患者に対する問題解決の方向性を定めることができるようになった。MIにおける聞き返しとサマライズには方向性がある。上記の例は情動を受け入れ,価値を選択し,行動を起こすこと,という方向付けがあるから成立した面接である。

“心理療法”はルール支配のようなものである。著者が触れてきたルールの中には従うことが困難だったものがある。その代表は“傾聴しなさい”,“クライエントの話を聞きなさい”というマンドであった。耳にタコができるほどマンドをうけた。しかし,やっとできるようになった,と思ったのはMIを身につけてからであった。受動的に相手の話を聞くことと,MIにおける聞き返しは似て非なるものである。そしてその違いはルール学習ではわからない。これを身につけるには“習うより慣れろ”が必要である。そしてその程度を評価する指標が必要である。MIはMISCのような指標だけでなく,訓練のためのエクサイズも含んでいる。

カウンセラー自身にも言葉に対してさまざまな条件づけがなされている。MIは論争的説得を意図的に避ける。そのためにはクライエントの主観的な体験や見方には妥当性があるのだということを前提としてカウンセリングを始める。このやり方はクライエントの意見や嗜好,信念,情動,ライフスタイルなどのさまざまな事柄について聞き入り,認め,実際に受容することでもある。一方,この方法はカウンセラーを落ち着かなくさせる。クライエントは非常識だったり,カウンセラーの眉をひそめさせたり,状況にそぐわない発言をすることもある。サンプルとして示したGADのクライエントの心配は荒唐無稽である。T13“200人の同級生の中で兄弟げんかをするのは,あなたのところだけだ,昔の人はしなかった”の発言の後に,C13“ええ。うちは特別だと思います”と述べている。普通の常識では,これは変だと感じ,治療者が自分の気持ちをタクトすることが普通の反応である。“そんなことちょっとあり得ないでしょう。心配しすぎです。”と言うのが日常の普通の会話である。それでも,このような発言をオープンに受け止めつづけ,クライエントの心配のそばに寄り添い,カウンセラーが自分の理解を再評価し,そして最後にクライエントの見方の妥当性と整合性をチェックできるところまでこぎつけている。これは大変疲れることである。MIを身につけるとはカウンセラー自分自身が変わることでもある。

MIは方法論的行動主義の良い実例である。MIは臨床での発見から帰納された方法であり,学習理論の発展ではない。“動機づけ”という構成概念について,理論的考察をしないまま,心理評定や効果研究を積み重ねて現在のMIに到達している。発展の仕方から見ればACTとは対極的である。ACTのような理論背景がなく,臨床の発見だけなのに,その臨床のコンテキストと無関係なところへの応用が広がっている。MIには整合性のある理論が欠けている。成立当初に借りてきた理論のいくつかは陳腐化し,使われなくなった。しかし,そのようなものがなくても,MIの実用上の価値は変わらない。

一方では理論を持たないことがMIの今後の研究の発展の妨げになるかもしれない。近年の言語行動に関する基礎的研究の進歩は著しい。ルール支配行動や刺激等価性,潜在性抑制,行動モーメンタム,行動経済学などは動機づけ面接の方法を大きく変えていく可能性がある。

 

引用文献

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