2008年11月2日日本行動療法学会第34回大会自主シンポジウム「患者から学ぶ行動療法」

患者から学ぶ行動療法

~OCDの会による行動療法研修会~ 第34回日本行動療法学会 自主シンポジウム

「OCDの会と研修会 “患者から学ぶ”」
原井宏明 なごやメンタルクリニック,国立菊池病院
岡嶋美代 心理士 なごやメンタルクリニック

「エクスポージャーのデモンストレーション」
野口由香 心理士 のなみ心療クリニック

「デモに出た患者の立場から」
チョコ OCD患者 OCDの会 (匿名)

「家族の強迫性障害と医療に望むこと」
44歳 洗浄強迫の女性の夫 OCDの会 (匿名)

「精神科開業医の立場から」
瓦谷久志 精神科医師 さんメンタルクリニック

指定討論者
村栄一 新潟大学教育学部

OCDの会と研修会 “患者から学ぶ”

原井宏明・岡嶋美代

強迫性障害(OCD)に対する行動療法はもはや月並みな治療法である。一方,治療者はいまだに不足している。理由の一つに患者を診ながら行動療法を実際に経験する機会が不足していることがある。2004年にOCDの患者や家族によるサポートグループ「OCDの会」が始まり,会自身で研修会を開催するようになった。2008年度に第4回目を計画している。OCDと行動療法を自分自身の課題として経験した患者が体験談を語り,デモンストレーションを研修生の前で行う。

医学や臨床心理の世界では“患者から学ぶ”は月並みなスローガンである。一方,実際にどうなのかを行動療法学会で論じられたことは記憶する限りない。このシンポジウムでは行動療法の普及における課題と患者・家族の団体が果たす役割について検討する。

エクスポージャーのデモンストレーション

野口由香

第1,2回の研修会でデモを担当した。実際の不潔恐怖の患者さんに不潔物を触らせるエクスポージャーを壇上で行った。まず私がモデルを見せ,次に患者さんが触った。SUDを確認しながら不潔に触り続けていただいた。患者さんが恐れていることを私は言い続けた。「靴の汚れが付いた,トイレに入った靴の汚れがついた。もう汚れてしまった。汚れはとれない。」患者さんもつられて言い始めた。開始時はSUDは最高点に近く,目をギュッと閉じ肩に力を入れながら触っていたが,恐れていることを言いながら靴に触れているうちに肩の力がほどけ,表情も和らぎ,SUDは半減した。今度は手についた靴の汚れを私が先に手本をみせながら身体中に広げていった。汚れを最初に広げるときには躊躇する表情をされたが,汚れを広げるうちに緊張が溶け,最後には患者さん自らあちこち触るようになった。会場から自然に拍手が起こった。

講義や本からエクスポージャーは有用だと頭では知っていても,本当に大丈夫なのだろうか,もっと症状が悪くなるのではないか,と心配する人や倫理的に問題があると感じる人が大勢いる。知識伝授だけで治療を行えるようになる人もいないわけではないが,大半は治療を始めるまでには至らない。本物の患者がエクスポージャーで落ち着いていく様子を見せることが一番説得力がある。研修会後のアンケートでも講義よりも実際のデモが良かった,もっと見たいという声が大半だった。デモには患者さんの協力が欠かせない。勇気を出してくれた患者さんに感謝したい。

デモに出た患者の立場から

チョコ

私には不潔・感染恐怖と加害強迫観念があり,主な儀式は洗浄,確認,また警告する(危険を知らせる)もあった。デモでは,不潔だけでなく加害強迫観念へのエクスポージャーも行われた。人に病気を感染させる,嫌な思いをさせる,命の危険や一生に影響する害を与えるなどである。トイレの水に触って,その手で色々な人と握手し,最後にはデモで同席した他の不潔恐怖・手洗いの患者さんに汚れをつけた。私は,先生が汚れをつけてきた病気の感染が疑われる恐ろしいハンカチを持ち帰り,帰りにその汚れを広げた。

原井・岡嶋先生の治療はエクスポージャー対象のレベルが高いことで有名だ。そのことを知っていた私は,先生方の治療を恐れ,嫌がっていた。しかし,そんな私が行動療法研修会でデモ患者として治療を受け,その後も先生方の助けを頂きながら急激に回復した。私は先生方に治療して頂くまでの間,あるクリニックで薬物療法と認知行動療法の段階的暴露反応妨害法の治療を受けていた。かなりよくなっていたにも関わらず,ほとんど家にいてバイトを始められるようになりたいと思いながらも,実現できていなかった。研修会から3カ月後,私はバイトを探し始め,6ヶ月後,実際に働き始めた。

先生方の治療は今まで受けてきた治療とは全く違うものだった。強迫に対する理解が違うからだと思う。同じ強迫の患者さんに言うなら,私はこう言いたい。『行動療法はうまくやれば治る』,そして『よい治療者のところ,強迫のことをよくわかって下さっている先生の所に行って欲しい』と。

家族の強迫性障害と医療に望むこと

44歳 洗浄強迫の女性の夫

私は東京で中小企業を経営している。2002年頃から妻に強迫症状が出始め,翌年,OCDと診断された。 その後,不潔恐怖と洗浄強迫,巻き込みが悪化した。3年間,薬物療法と入院治療を受けたが,改善しなかった。自分もうつ状態になり入院するなど心身ともに疲れ果て,生活維持が困難になり絶望的になった。

ネットの情報でOCDには行動療法が効果があることを知ったが,主治医からは薬物療法以外の情報は得られなかった。やむなく,自分で病院探しをした。行動療法の専門医や専門の治療を行っている病院に次々とコンタクトして相談したが妻の治療を引き受けてくれる病院はなかった。とうとう九州まで範囲を広げて,探すこととなった。ネットで調べて,行動療法の治療をしていた菊池病院に問い合わせをした。ここで初めて原井医師から入院も含めて話を聞きましょうと言われた。OCDの会への参加も勧められた。OCDの会で,行動療法をうけて治療効果があった人たちを見て,重度のOCDも良くなることを実感し,やっと希望をもつことができた。一方,当時は家内自身に行動療法を受ける気持ちがなかった。家族がどう振る舞えば家内が治療を受ける気になるか,また私自身の精神面について病院で相談にのってもらった。

最終的に家内も行動療法を受け入れ,関東の大学病院で行動療法の入院治療をうけた。症状はようやく改善した。一方,この6年間は,行動療法は治療者が少なく,希望してもほとんど受けられないという実態を思い知らされた期間だった。これまで助けていただいた医師をはじめ,OCDの会には本当に感謝している。しかし,できうるなら患者・家族が自ら探さなくても治療をうけられるよう,医療者には情報提供や医療技術の普及努力を期待したい。

精神科開業医の立場から

瓦谷久志

島根県松江市で家内と二人で精神科クリニックを開いている。県立精神科病院に勤務していた時,重症のOCD患者と出会ったことから,OCDに惹かれるようになった。その後,肥前療養所で開かれたOCDの行動療法研修会に参加し,少しずつOCDが治療できるようになった。しかし,なんとなく自信がなかった。

そんな時,OCDの会のホームページを見て,第2,3回と続けて研修会に参加した。第2回では,菊池病院での治療場面の録画を提示しながらの解説,不潔恐怖や確認強迫の患者さんが実際の治療場面を再現するデモを見学した。第3回では今回のシンポジストのチョコさんともう一人の患者さんを研修中に治療するという,やや無謀な企画であった。加害恐怖のチョコさんには,イメージエクスポージャーのための最悪のストーリー作りをした。イメージだけでは不足だとわかると講師は実際の研修会場のトイレと研修会の聴衆を利用した現実暴露に移行していった。臨機応変でライブ感覚を重視したエクスポージャーはとても勉強になった。

私の治療の最大の転機は,平成19年秋,菊池病院での三日間集中治療の見学をしたことだ。数人の患者さんが,三日間十数時間かけて行う,病院のゴミ捨て場やトイレでのエクスポージャー,強迫性緩慢の治療,入浴訓練等,実にさまざまな治療を見学した。今,この場で,強い不安の中にいる患者さんが,実際に様々な不安対象にエクスポージャーしていく様子を目の当たりにした。ここまでするのかというほどの治療者と患者さんの気迫に圧倒された三日間だった。OCDに関して出版されている様々な本を参考に治療していたが,実際の治療に陪席することで,文字から得ることができない,呼吸のようなものを学ぶことができた。また,OCDを学ぶことによって,統合失調症との鑑別に悩む奇妙な観念を持つ患者を強迫・エクスポージャーという視点で見直すこともできるようになった。

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