草稿 原井宏明、岡嶋美代. (2010). 強迫の不安理論 認知行動療法の視点. 臨床精神医学, 39(4), 445–449

I.              はじめに

強迫性障害(Obsessive Compulsive Disorder, 以下OCD)の治療は臨床試験によるエビデンスをもつ二つの治療法,セロトニン再取り込み阻害剤(Sertonin Reuptake Inhibitor,以下SRI)と認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy,以下CBT)によって大きく変わった。治療内容も周知に近いものになった。一方,CBTの基礎理論はあまり知られていない。強迫観念・強迫行為に関する基礎的な研究は近年,顕著に進歩した領域である。この論文は,強迫観念・強迫行為に関する基礎理論について学習理論を主に紹介し,読者がOCDの“不安”について理解できるようにする。

II.             OCDの説明理論

1.               比較的素朴なOCDの理解:動因低減説

不安の機能の一つに動機づけがある。不安が高まると,それを下げようとする動因が生じるという考え方である。この中の代表的なものがMowrer OHの二過程説(Two-process theory of learning)である(4)。職場のトイレを不潔に感じ,自宅に帰ると手洗いが止められないという症例の場合で説明してみよう。

もともとOCDになる素因を持っていた症例が何かのきっかけで,職場のトイレが条件刺激になり,職場のトイレを使うたびに「感染症が移るかもしれない」という強迫観念が生じるようになった。この強迫観念が刺激になり,条件性情動反応として不安が生じるようになる。この不安を下げるために強迫的手洗い(オペラント行動)をする。このオペラント行動は,不安の低減という負の強化によって強められる。しかし,手洗いを止めると,また不安が高まり,また手洗いをするという悪循環に陥る。手洗いは不安を下げているだけであり,強迫観念や条件性情動反応自体が消去されたわけではないからである。

 

この説明は不安を伴うようなOCDの患者にはよく当てはまる。強迫観念を自覚し,それによって不安になって,落ち着かず,強迫行為をするとその場は一時的にすっきりする,しかし,また嫌な考えが沸いてきて洗いたくなる,3,4回と手洗いを繰り返すと,疲れ切るまで止められない,そのような体験をしている患者にはわかりやすい説明になる。きっかけ(条件刺激)と結果として出現する手洗い(オペラント行動)の間に,不安(動因)という概念を媒介概念として利用している理論になる。このように中間に媒介するものを仮定するタイプの理論を媒介理論と呼ぶ。

Mowrerのモデルの欠点は不安に限定していることである。OCDでは不安以外の感情が起こることが多い。ICD-10ではOCDは不安障害から独立したカテゴリーになっている。DSM-5でもそうなる予定である。OCDでは不安は必須ではないための変化である。不潔恐怖・洗浄強迫の場合には,嫌悪(Disgust)がしばしばみられる。先の症例では職場のトイレが条件刺激になるきっかけが,陰険で性悪な上司とのトラブルであったとしよう。上司が使った後のトイレを使ったとき,手がべたっとしてオヤジ臭さがついたように思った,嫌悪感が生じ,全身を洗い,職場の制服も買い換えた,としよう。このような場合の強迫観念は「オヤジが移る」のようなものであり,条件性情動反応は,不安や恐怖と言うより,おぞましさや嫌悪感である。

Y-BOCS{Moritz, 2002 #366}では強迫観念を,攻撃的や汚染,性的,宗教的,対称性・正確さ,身体などに分けている。これらは必ずしも不安を伴うものではない。また収集癖や抜毛癖,強迫的皮膚摘み取り(Skin Picking)などでは強迫行為自体が快感を伴っている。抜毛癖はDSM-IVでは衝動制御の障害に分類されている。一度するとまたやりたくなる,やり始めると自分ではコントロールができない,という点では不安障害というより嗜癖に近い。この欠点を埋めるために,Mowrerの後,認知理論の研究者が媒介になる鍵概念をつぎつぎに提唱するようになった。RachmanやClark,Salkovskis, Shafranらによる“責任”,“侵入思考”,“思考行動フュージョン”(Thought Action Fusion, TAF)などがよく知られている(2)。Clarkによる媒介モデル(認知モデル)を次の図に示す。

 

2.               素朴な媒介理論の問題点

媒介理論には不安以外の問題もある。嫌な感情・思考を“不安”,“侵入思考”,“責任”,“TAF”などと言い換えても解決できない。

1) 嫌な感情が生じてもすぐに強迫行為をするとは限らない

OCDの場合は,不安が生じたからといってもすぐその場で強迫行為をするとはかぎらない。外出先などで病気を知られたくない人がいる所では不安も何もないように振る舞い,自宅に戻ってから一日分の手洗いをまとめてする場合がある。これは“オフラインのリスク回避”(1)と呼ばれる。このような場合,媒介理論で説明しようとすると,さらに新しい媒介概念をもってこなければならないことになる。例えば,自宅に帰ると聖域が刺激になって不安が高まる,のようにしなければならない。次々と新しい媒介概念が必要になってくる。

2) 嫌な感情が生じる前に強迫行為をすることがある

患者や強迫行為の種類によってはトリガーと強迫行為の間の時間(反応潜時)が極めて短い。特に数字や文字の確認強迫のような心の中の儀式(メンタルチェッキング)が中心の患者の場合には,嫌な感情・思考あるいは認知的評価が生じる前に,確認行為をしていることが普通である。患者自身,自分が確認行為をしていることに気づくのは,確認を終えてからのことである。

実は,強迫行為のようなオペラント行動が不安よりも先に起こることは動物実験でも一般的にみられる。そして,Mowrerのような媒介理論は,現代学習理論の世界では歴史的遺物になっている。OCDの場合だけでなく,動物実験でも媒介理論が想定するような事実を見いだす事はできなかった。理論と矛盾する実験的事実の一つに,よく訓練されたオペラント行動は極めて短い反応潜時で生じることがある。数字の確認などは長年,OCDを続けてきた患者にとっては数字を見た瞬間にできることである。一方,不安の身体的表現である動悸や発汗,過呼吸のような反応の潜時は2~3秒とかなり長い。これらは自律神経系の支配下にある反応であり,訓練しても1秒以下にはならない(7)。

3.               現代学習理論による新しい理解:付随行動など

現代学習理論では媒介理論はなくなり,Skinner BFから始まる行動分析学が主体になっている。Skinnerと同時代の学習理論は新行動主義と呼ばれ,その中にはMowrerやSkinner以外にもGuthrie ERやTolman EC,Hull CLなどがいた。その中で残っているのがSkinnerのみということになる。Skinnerは徹底行動主義を唱え,頭の中で起こる感情や思考もオペラント条件づけで説明できるとした。実際に,言語に対する条件づけ,価値条件づけなどの研究が進み,その結果,Clarkなどの認知理論の研究者が述べることを学習理論で説明することができるようになった。特に,言語の刺激等価性の研究が進み,Relational Frame Theoryとしてまとめられるようになった(3)。言語に対する条件性情動反応は,直接学習なしに始めて耳にした言葉に対しても転移することが説明できるようになった。OCDの患者の中には概念や言葉に対して恐怖を覚え,面接場面で会話すること自体が強迫行為になってしまう患者がいる。自分の発した言葉が刺激になり,その言葉の内容を治療者に対して確認しようとし,治療者が言い換えをするとさらに確認強迫がエスカレートするのである。言語が恐怖刺激になる場合,刺激の機能が他の言葉にも連想ゲームのように容易に広がってしまうためである。また,消去には既存の反応を弱化する以外に,新しい行動を生み出す状況を設定する機能があることもわかってきた。

この中でPremack Dは“プレマックの原理”として知られる素朴な常識とは異なる理論を唱えた(6)。Premackは巧妙な実験を行い,動因と行動の間の関係は相対的であること,行動を制限するなどの状況を操作すれば動因と行動の間が逆転することを示した。通常の動物実験では,レバー押し行動は,エサによって強化される。Premackは実験室外での行動頻度を操作することによって,エサを食べる行動をレバー押しによって強化できることを証明した。実験者が想定しない環境要因によって頻度が変わる行動を付随行動(Adjunctive Behavior)と呼ばれ,現象全体は,スケジュール誘発性行動と呼ばれている。特にスケジュール誘発性多飲(Schedule Induced Polydipsia)は実験動物が自発的に水中毒になる現象であり,OCDのモデルになるとされている(5)。

III.           患者の体験に帰る

現代学習理論は動物生態学の知見も包含し,強迫についての新しい見方を提供してくれる。先の症例の場合,仕事から帰り,自室に入る前に念入りな手洗いと埃を払う儀式がある。そして,その儀式をする際に親や兄弟がいると態度が険しくなる。指示通りの手洗いをしないまま本人に触れようとすると「殺す」などと言う。一方,自分のペットである犬がそばによってきて,一緒に部屋に入る分には何も言わず,穏やかにしている。全ての儀式が終わった後,つきものがとれたように家族と談笑し,自分の気持ちを話し始める。仕事以外のプライベートな時間は全て洗浄行為に費やしていて,楽しみがない,生きている意味がないと泣き始める。全て上司のオヤジ臭さのせいだ,という。本当は風呂に入れていない犬の方が臭い。

学習理論から見れば,家族は縄張りに接近しなければ,本人からの暴力を受けることはない。家族に暴言を吐き,犬を可愛がるのは,同種の動物が自分の縄張りを侵す場合には攻撃する,という縄張り保護行動である。だから異種の動物である犬には攻撃を向けない。洗浄強迫はオヤジ臭さのせいで起こっているではなく,洗浄強迫がオヤジ臭さ嫌悪とトリガー探し行動(部屋に入る前に埃を探す)を強化しているのである。儀式を減らすために行動療法を行うとすれば,洗浄は部屋から出るときにする,部屋の中にオヤジ臭さを広げる,などをすれば良いことになる。

ここで書いた学習理論はその一部しか書けなかった。ここで取り上げたPremack Dの仕事はプレマックの原理だけではない。彼はチンパンジーに対する彩片言語や心の理論などユニークな仕事をしている。この小論が学習理論への興味を引き出すきっかけになって欲しいと願っている。

引用文献

1)           Abed RT, de Pauw KW. An evolutionary hypothesis for oobsessive-compulsive disorder: a psychological immune system? Behavioral Neurology;11:245-250, 1998

2)           Clark DA. Cognitive-Behavioral Theory and Treatment of Obsessive-Compulsive Disorder. In: Leahy RL, editor. Contemporary Cognitive Therapy: Theory, Research, and Practice. New York: Guilford Press; 2004. p. 161-183.

3)           Hayes SC, Barnes-Holmes D, Roche B. Relational frame theory: a post-Skinnerian account of human language and cognition. New York: Kluwer Academic; 2001.

4)           Mowrer OH. A stimulus-response analysis of anxiety and its role as a reinforcing agent. Psychological Review;46:553-565, 1939

5)           Platt B, Beyer CE, Schechter LE, et al. Schedule-induced polydipsia: a rat model of obsessive-compulsive disorder. Curr Protoc Neurosci;Chapter 9:Unit 9 27, 2008

6)           Premack D. Reversibility of the reinforcement relation. Science;136:255-7, 1962

7)           今田寛. 学習の心理学. 東京: 培風館; 1996.

8)           飯倉康郎. 強迫性障害の治療ガイド. 大阪: 二瓶社; 1999.

 

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