要旨
日本における薬物依存・中毒に関する治療・リハビリテーショシに関する研究は諸外国と比べてまだ不十 分であると考えられる。治療・リハビリテーショ γに 関する英語によるレビュー文献を系統的に検索し、そ の内容をまとめた。その結果に基づいて日本の今後の 課題を指摘した。
I. 目的
薬物依存に対する医療もEBM(Evidence Based Medicine)に従う必要がある。EBMとは,「診ている患者の臨床上の疑問点に関して,医師が関連文献等を検索し,それらを批判的に吟味した上で患者への適用の妥当性を評価し,さらに患者の価値観や意向を考慮した上で臨床判断を下し,自分自身の専門技能を活用して医療を行うこと」であり,実践的な手法である。医療技術評価の成果を医療現場で利用する具体的な方法として,米国などから医療技術評価の結果に基づき,医療技術の使用に関する基準や指針が記された診療ガイドラインが作成され,広く公開されている (厚生省健康政策局, 1999)。本研究ではEBMの原則に従った系統的レビューや治療ガイドラインを調べ,解説する。
II. 方法
Ovid社が提供するmedline(1995から1998)を用いて,1)テーマが主旨にあっている,2)RCTを中心にした系統的レビューまたは治療ガイドライン,の二つの条件を満たす文献を選んだ。次の文献を得た。レビューとして,Crits-Christophら(1996),治療ガイドラインとして,NIHのConsensus Statement Report (NIH, 1997),アメリカ精神医学学会の治療ガイドライン (American Psychiatric Association, 1995)が得られた。さらに米国政府機関が提供する治療ガイドラインを調べた。Center for Substance Abuse TreatmentがTreatment Improvement Protocolsという現在30本からなる治療ガイドラインを刊行している。外来治療に関してはIntensive Outpatient Treatment for Alcohol and Other Drug AbuseというA4版90ページ以上の小冊子がある (Center for Substance Abuse Treatment, 1994)。司法や医療,福祉,リハビリテーション施設で使われることを意図した実際的なものである。http://www.samhsa.gov/csat/csat.htmまたはhttp://www.health.orgで入手可能である。
これらの中で治療の対象になっている薬物は麻薬(ヘロインなど)とコカインがほとんどであった。マリファナについても研究があるが,治療法について結論を出すのに十分な研究がなかった。コカインは覚醒剤に類似していると考えられるので,コカインに対する治療を重点的に取り上げた。
III. 結果
1. 薬物の種類
系統的レビューや治療ガイドラインではヘロインなどのオピオイドとコカイン,マリファナが扱われていた。オピオイドとコカインについては特に詳細な記載があった。覚醒剤や吸入剤(有機溶剤)に特定した記載は今回調べたレビューの中ではなかった。1995から98年のMedlineでこれらの薬物について言及しているレビューを検索すると3本しかなかった。その内容はごく限られていた。
2. 用語
1) 嗜癖と依存
Addiction (嗜癖)がdependenceよりも広く使われていた。Dependenceは身体的依存を意味することが多く,身体依存を起こさない薬物をカバーするのにふさわしくないこと,強迫的な薬物使用や薬物探索行動,有害であることを知りつつ使用すること(罰に対する抵抗)が薬物関連問題の中心であることが理由であると考えられる。
2) 行動療法と認知行動療法,認知療法
これらの分類はしばしば恣意的で,内容よりも言葉が使われる周囲の状況に応じて使い分けられることが多い。一般的にはexposureやオペラント操作(随伴性契約など)が主に用いられた場合を行動療法,A. T. Beckの認知理論に忠実な場合を認知療法,いろいろな技法を取り合わせて治療パッケージにしている場合を認知行動療法と呼ぶ場合が多い。認知行動療法の治療パッケージの例としてRelapse prevention technique (RPT 再発予防),Motivational enhancement therapyまたはMotivational Interviewing (動機付け療法,動機付け面接)がある。行動療法は単独の技法が含まれる。随伴性マネージメント,Cue exposure,Aversion therapy (嫌悪療法)などがある。CRA(Community Reinforcement Approach 地域強化アプローチ)は地域精神医療を組み込んだ大規模な治療パッケージであるが,創案者の嗜好から行動療法に分類されている。実際に臨床で使う場合にはこれらの方法が単独で用いられることはない。
3) 精神医学的管理
臨床試験では治療対象の問題と治療的介入が特定される。実際の臨床では治療対象になる問題も用いられる治療方法も複数である。直接患者の状態を改善することとは関わりないが,治療について患者の協力を求めたり,家族にオリエンテーションしたり,適切な環境(外来,入院,デイホスピタル)を用意したり,選択したりすることが必要である。こうした非特異的で臨床試験にはなじまないが,臨床に不可欠な活動はPsychiatric Management, Clinical Managementと呼ばれる。臨床試験における対照群には精神医学的管理のみが行われることが多い。
3. 治療の目標
薬物嗜癖は慢性に経過し再発を繰り返す精神障害である。一回の治療で完全に断薬することを期待するのは非現実的である。2,3年後の時点で断薬が達成されているかどうかで治療効果を評価するならば,この論文の中で取り上げている治療のどれをとっても比較群との間には差がない。厳しい条件を満たした臨床試験で効果が示されている治療があるが,その場合でも結果は相対的である。治療の目標は再発と再発の間の期間を長くすること,再発した場合の生活の困難の程度を軽くし,再発している期間を短くすることにある (Leshner,A, 1997)。最終的に断薬できたどうかで治療の成果を図るならば,治療は役立たないということになる。
4. 検討されている治療法・リハビリテーション
次のような治療方法について臨床研究の報告があり,レビューに取り上げられていた。
4) Supportive-expressive psychodynamic therapy(SE力動的精神療法)
このモデルによれば,薬物使用関連問題は患者の対人関係と精神内界の機能の観点から解釈できる。中心的な葛藤関係のテーマの考えが理解の枠組みを提供する。患者の中心的な葛藤関係のテーマと防衛,自己の影響力についての見方が薬物使用をやめたり,嗜癖に関連する問題を明らかにするのに必要なステップを複雑にしている。治療者は指示的かつ解釈的テクニックを用いる。特に,患者の中心的な葛藤関係のテーマに関する解釈が重要視される。このテーマが患者が目標を達成することをもっとも阻んでいるからである。
5) Cognitive therapy(認知療法)
A. T. Beckが提唱したうつ病の関する認知理論から始まった治療法である。患者が持つ非合理な信念や考え方が薬物使用に関連しているという仮説を持つ。薬物嗜癖に対する認知療法は,1)協力,2)症例の概念化,3)構造化,4)患者が認知モデルを理解できるようにする,5)認知療法と行動療法の技法を用いて認知の変容を図る,からなる。認知療法の技法として,ソクラテス的質問,利点と欠点の比較分析,薬物に感レス留信念のモニタリングがある。行動療法の技法として,行動モニタリング,スケジューリング,現実場面で信念を試してみること,ロールプレイがある。
6) Standard drug counseling(標準的薬物カウンセリング)
個人と集団の場合がある。回数を限った精神療法である。薬物使用の引き金となる刺激を回避することや生活の仕方を変えること,運動などの健康的な行動を増やすことなどの患者の行動の変化を促すことで脱慣と断薬の継続を促す。個人で行う場合は特定の目標行動を持った段階的な治療が行われる。12ステップによる方法と共通した理念を持つ。すなわち,嗜癖は個人を身体的にも感情的にも精神的にも害する病気であり,回復は段階的なプロセスであるとするものである。自助グループへの参加が強く促される。
集団で行われる場合は,嗜癖からの回復について教育を行い,12ステップのプラグラムへの参加を強く促し,メンバーが気持ちを素直に表現したり,抱えている問題について相談したりがしやすく,仲間同士互いに支えあうような雰囲気を作るようにする。最初の3ヶ月は心理教育的,次の3ヶ月はフリーディスカッションのように段階的に行われる。後半では回復に至る様々な問題を解決するために互いに相談しあうことに重点が置かれる。
7) Relapse Prevention(再発予防)
認知行動療法に分類される治療パッケージの一つである。再発を起こしやすい状況を特定することやこうした状況に対する対処法を身につけること,素面の生活の仕方を身につけること,スリップを失敗ではなく次へのステップとしてとらえるようにすることなどが行われる。
8) 12 step support group(NAタイプの自助グループ)
AAに準じたものである。魂の回復を重んじている。臨床試験によるデータはないが,一般に有用な治療方法と信じられている。Rational recoveryなどのようにNAから宗教的要素を排除したグループもある。薬物嗜癖の場合は精神障害を合併している患者がかなりある。いっさいの向精神薬を禁ずるグループには入りにくいところがあり,こうした向精神薬の継続服用が必要な患者を集めたグループ(Double trouble)などもある。
9) Contigency management program (随伴性マネージメントプログラム)
応用行動分析を元にした行動療法の一つである。増やしたい行動に対して強化子(報償)を与え,減らしたい行動に対して強化子を与えることを差し控えたり,罰刺激(不快な刺激)を与えたりすることが系統的に行われる。行動を増やす場合を正の随伴性と呼び,良く用いられる。罰刺激を用いる場合は負の随伴性と呼ぶ。薬物嗜癖の場合には,薬物使用と両立しない行動をとった場合に(例えば,尿検査を行い薬物が検出されなかった場合)に対してメサドンなどの薬物を持ち帰る権利や金銭,レジャーの機会を与えることが行われる。
正の随伴性コントロールにより効果が上がることが繰り返し示されている。負の随伴性よりも正の随伴性を用いることがより良い結果を生むことは行動療法の常識である。しかし,このプログラムは実際に用いられることが少ない。実際の臨床では罰刺激(薬物使用しなくても特別得られるものはないが,使用すれば厳罰)が用いられることが通常である。正しいことを行うこと自体に対して報償を与えることが,この治療に不慣れな人には不快に感じられるからだと思われる。薬物嗜癖は未だに道徳・犯罪の問題として考えられることが多いことが背景にあると考えられる (Hallら, 1996)。
10) Community reinforcement approach (CRA 地域強化アプローチ)
随伴性マネージメントプログラムを地域精神医療と組み合わせた方法である。個人精神療法に加えて,地域の資源が利用される。患者用の社交クラブなどのプログラムが作られ,薬物を使用していない間は,患者はそうした資源を利用することができる (Azrinら, 1994)。
11) Family therapy (家族療法)
未成年の患者に対しては治療パッケージの一つとして家族への介入が重要視されている。
12) Cue exposure (渇望誘発刺激に対する暴露・脱感作)
レスポンデント条件付けによる行動療法の一つである。薬物から離脱し,一時的に渇望が収まった患者も,退院し日常生活に戻ると渇望が強まることがしばしば見られる。この様な場合,薬物使用時に存在する様々な日常生活上の刺激に対して渇望が条件付けられていると考えられる。渇望と条件づけられた刺激に暴露させると同時に薬物使用をさせないことで,渇望反応が消去されると考えられる。この結果,渇望が原因となる再使用を予防できると考えられる。 Montiら(1989)がこの方法を紹介している。
13) 薬物療法
薬物は,1)急性中毒と離脱,渇望を緩和するもの,2)薬物使用時の強化効果を減弱するもの,3)薬物使用時に不快な反応を起こさせるもの,4)アゴニスト代替療法,5)薬物使用障害に合併する精神障害を治療するもの,に分類することができる。
5. 推奨されている治療法・リハビリテーション
1) 心理社会的治療
心理社会的治療同士を比較した研究があり,治療の間に効果の差があることが示されている。
特定の心理社会的治療のうちでCRA(地域強化アプローチ)がもっとも効果を上げている。特にデータがそろっているのはコカイン依存の患者に対してである。
思春期の患者の場合には,患者のみの集団療法よりも家族療法の方が良い結果が出ている。
再発予防は広く使われるようになっているが,特異的に効果があることを示す研究は少ない。
2) 薬物療法
(1) ヘロインなどの麻薬
メサドンなどの長時間作動型オピオイドアゴニストによる維持療法は1年以上の長期間にわたる嗜癖がある患者に対して嗜癖の重症度を軽減することが示されている。
ナルトレキソンのようなアンタゴニストによる維持療法は患者のコンプライアンスが不良であり,有用性が限られる。
(2) コカイン
離脱を緩和したり,薬物使用を予防したりする十分な根拠がある薬物はなく,薬物療法は通常推奨されない。心理社会的な治療から脱落したり,反応しなかったりした場合に,塩酸アマンタジン,ブロモクリプチンなどのドーパミン動作性薬物を考慮しても良い。
(3) 気分障害や精神病性障害が合併する場合
それらの治療に必要な薬物療法を併用することが推奨される。
6. 治療を実際に行う場合の問題
1) 治療の密度
多くのコントロールスタディで次のようなことが示されている。
- 週に一回のセッションは不足である。最低2回以上が必要である。
- 3ヶ月以下の外来プログラムは短すぎる。6ヶ月以上で良い結果が得られている。
- 解毒のみを行った場合と比べて治療が転帰を改善するのは,入院患者で1年以後,外来患者で6ヶ月以後である。これ以下の短期間の転帰では解毒のみを行った場合と比べて治療によるメリットは現れない。
以上からまとめると,最初の2,3ヶ月は週に2,3の集中的プログラムを行い,その後6ヶ月目まで週に一回程度のプログラムを継続することが推奨される。
2) 治療の場所
治療はできる限り,制限の少ない環境で行うべきである。
入院は,1)薬物の大量使用や重篤な離脱症状の可能性があり解毒を外来では安全に行えない場合,2)過去の治療歴で外来などの制限の少ない環境での治療で失敗している場合,3)合併する他の精神障害のために入院が必要な場合,4)自傷他害のおそれがある場合,に限られる。
薬物リハビリテーション施設のような入院以外の住み込み型治療は入院の必要はないが,生活資源や職業上のスキルが限られていたり,薬物を使用せざるを得ない環境に住む患者に対して有用である。3ヶ月以上の住み込み型治療は短期間のものよりも良い結果をもたらすことが示されている。
デイホスピタルやナイトホスピタルの様な部分入院が有用な場合もある。
3) 治療プログラムからの脱落
治療転帰と治療への参加は比例している。しかし,臨床試験の中で厳密なIntent-to-treat analysisを行ったものが少なく,また脱落した患者の転帰を把握した研究も少ない。
薬物嗜癖の患者は治療から脱落しやすいと一般に信じられている。6週間の治療プログラムで見ると脱落率は5~60%である。30~40%が多い。12週では脱落率は16~86%に及ぶ。50~80%というものが多い。
ただし,薬物嗜癖以外の精神障害に対する心理社会的治療の脱落率は平均すると46%程度になる。このことを考えると,薬物嗜癖の脱落率がとりわけ高いとまでは言えない。
4) 患者の特性
合併精神障害を持つ患者が多い。こうした患者に対しては薬物嗜癖の治療と合併する精神障害の治療の両方を行う必要がある。こうした患者向けに治療プログラムの工夫を行う必要がある。
7. 治療評価の問題
薬物使用の有無では不足である。使用していても問題が少ないのならよしとすべきである。
犯罪や職業,家族の問題,合併する精神障害を評価の対象にすべきである。
IV. 考察
様々な治療方法があり,それらは組み合わせて用いられ,治療の期間もさまざまである。一方,患者の使用する薬物,患者の背景もさまざまである。効率よくかつ効果的に治療を行うためには患者に合わせて治療を組み立てる必要があると考えられるが,それに答えるだけの臨床研究はまだ不十分である。
日本では覚醒剤と有機溶剤が乱用薬物として多いが,これらを対象にした臨床研究はまだ数が少なく,今回参照したレビューでは取り上げられていなかった。アルコールを含めた物質使用障害に対する治療は共通点が多いと考えられ,コカインとヘロインについての臨床研究のデータは覚醒剤や有機溶剤の場合でもある程度参考になると考えられる。しかし,これらに対する臨床研究が行われない限り,結論づけることはできない。
また,治療方法を実現するのに必要な資源が日本では限られている。例えば12ステップは患者の参加率が不十分なので他の治療方法を用意しておく必要があるとされているが,日本では他のプログラムは得られない。認知行動療法はしばしば登場するが,日本の行動療法学会で薬物依存を取り上げた発表は皆無に近く,薬物依存と認知行動療法の両者について知識と経験がある臨床家はほとんどいないといって差し支えない。
今後,日本の薬物使用や医療の実情にあった治療方法を開発し,適切な臨床試験を行い,治療ガイドラインを作成することが必要であると考えられる。
V. 参考文献
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