ケースの見方・考え方 原井の場合1:原井宏明,大野高志. うつ病ケースを動機づけ面接のワークショップでコーチする.精神療法,44(1),97-104,2018

「ケースの見方・考え方」の見方・考え方

原井にとってのケース・カンファレンス:自分が参加者のとき

医師ならば研修医のころからケース・カンファレンスに出ているだろう。原井は中井久夫教授率いる神戸大学精神科で研修医をした。この頃は精神分析に興味があり、中野良平先生が率いる精神分析のカンファレンスにもでた。肥前療養所に移ってから、山上敏子先生の行動療法と松尾正先生の精神病理学のカンファレンスに出た。肥前では中井久夫先生は神田橋條治先生に並ぶ人として有名だった。私は神戸で研修医の1年間を過ごしただけだが、中井先生のそばにいたというだけでちょっとした人気者になった。知り合いがいない九州に初めて住む関西人としてはありがたいことだった。“中井効果”と言いたいところだが、心理学的には後光効果(Halo effect)と呼ぶ現象である。これはある対象を評価する時に、それが持つ顕著な特徴に引きずられて、他の特徴についての評価が歪められることであり、認知的バイアスの一つとされる。ある分野の専門家について当人の専門外に関する発言についても権威があると感じてしまうことや、外見の良い人について信頼できると感じてしまうことが例にあげられる。

“中井”後光効果はすぐに薄れた。私自身も高校の同級生でもある古川壽亮先生の影響を受けて中井信者から、EBM信者に変わった(1)。山上敏子先生から「ああいうのはサロンなのよね」の一言を聞いて精神病理学カンファレンスにも関心を持たなくなった。

原井にとってのケース・カンファレンス:自分が主催者のとき

熊本の菊池病院に移り、さらに2008年からなごやメンタルクリニックに移った。名古屋では“なごや強迫などなど研究会(NAKNAK)”-名前をオノマトペ風にしたかった-を月に1回開催するようになった。心理士や医師、看護師など10人程度が集まり、各自がその場で思いついたケースについて検討するようになった。原井は動機づけ面接(Motivational Interviewing, MI)のトレーナーでもある。カンファレンスを議論だけで終わらせては面白くない。MIのワークショップと同様にロールプレイもよくする。問題になったケースについて、患者役を担当の治療者が行い、治療者役を別の参加者がする診察場面ロールプレイがルーチンである。

2015年に東京でMINT Endorsed TNT(動機づけ面接トレーナーネットワークが公認した新トレーナー・トレーニング)を行うときに参加希望者の面接の録音を聞いて教育的コメントをするようになった。日本認知・行動療法学会の年次大会と認知・行動療法コロキウムでのケーススタディのコメンテーターの常連でもある。行動療法研究のアクセプタンス&コミットメント・セラピー特集では査読の過程でかかわった症例研究に対する私のコメントを公にすることができた(2)。

「精神療法」にとってのケース・カンファレンス

原井が「精神療法」で「ケースの見方・考え方」を担当するのは初めてである。改めて私はどんなケース・カンファレンスを良しとすべきなのだろうか?ケースバイケースと答えれば簡単だが、これだけケース・カンファレンスに参加し、主催もしている私が良し悪しの判断を避けたとしたら逃げたとみられても仕方ない。

「精神療法」編集部から送られた過去の論文6本を読んでみた。

  1. 長谷川、土居:短歌を詠む82歳の男性との面接(3)
  2. 北村、成田:強迫症状をともなうある精神分裂病男性の治療(4)
  3. 木村、成田:強迫症状と長期のひきこもり歴をもつスキゾイド患者の精神療法(5)
  4. 永松、西園:20歳の強迫神経症の治療過程(6)
  5. 福井、西園:前思春期における早すぎる性的対象関係が問題になった症例(7)
  6. 佐々木、成田:小2男児満くんとのプレイセラピー(8)

まず、長谷川、土居論文が目に留まった。長谷川直美先生とは条件反射制御法学会を通じての知り合いである。彼女は性犯罪者を土居先生には思いもつかないような精神療法で治せるようになっている(9)。もし土居先生がお元気で、条件反射制御法学会会長の平井愼二先生と対談したらどうするのだろうか?想像するだけでも面白い。

強迫を扱った3本の論文については原井としては残念という他にない。強迫に対するSSRIの治験を数多く経験し、治療効果判定の厳しさを知る者としてはY-BOCS(10)も知らないような治療者は強迫症を担当すべきではないと言いたくなる。ケースについて長々とああでもないこうでもないと討論したり、口愛的依存性格や万能感転移のような概念をもてあそんだりしていられるのは、強迫を治せないからだろう。どんな病気でも治してしまえば、病前性格や治療者患者関係などを議論する必要はなくなる。

強迫においては強迫症状自体が症状を強化するという自己強化性がある。本来は強迫観念を緩和する目的を持っていたはずの強迫行為は、何度も繰り返し行われることで儀式化し、今度は強迫観念を強める機能をもつようになる。周囲の人間も本人の強迫に付き合ううちに、強迫を強める側に回ってしまう。いわゆる「巻き込まれ」である。

巻き込まれてしまうと治療は長引く。そのことに気付かない治療者が患者との長年の苦労に何かの意味をつけるために「ケースの見方」に出したのだろうか? もしその通りならば、「ケースの見方」において指導者の議論は治療者が望む通りの役割を果たしているのだろう。

一方、かわいそうなのは患者である。しかしこのケースの見方に出すためには患者も承諾しているはずである。もしかしたら長年続けるうちに強迫であることが患者自身にとっても本人の生きる意味になっているのかもしれない。その場合はその患者と付き合わなくてならない家族が哀れだ。強迫は家族集積性がある(11)。

佐々木論文はさすがプレイセラピーである。児童養護施設にいるケースの主訴は「かんしゃくを起こし,誰かれかまわず反抗する。天邪鬼な態度をとる。園で一番の強情者である」。しかし、主訴に関する記述はこの後、1回だけしかない。小さめのフォントで「最近は情緒的に安定し,感情の起伏も激しくない」(p80)。かんしゃくや反抗、天邪鬼、強情、すべて対人関係という文脈の中で起こるものである。児童養護施設の職員がどう接しているのか、どういう接し方をした場合に主訴が生じるのかを一切触れないままでセラピーしたと言えるのは、ある意味、清々しい。患児と治療者の二人だけの世界で話を完結させ、その外側の世界には一切注意を払わないで済むことには羨ましささえ感じる。この十数年、強迫の子どもたちを治療の対象にしてきた私にとって、親子関係や学校教師、友だちにも注意を払うことは当然のことなのだ(12)。

原井の「ケースの見方」はどうあるべきか?

原井は強迫性障害に対する行動療法のエキスパートである。医中誌で原井が著者となった論文数をカウントすると213本あり、そのうち強迫に関するものが30本、行動療法に関するものが110本ある。なごやメンタルクリニックで原井が診る強迫の新患数は年間300人程度、3日間集団集中治療を行った患者数は100人程度である。毎年、三桁におよぶ強迫の新患に対して行動療法を行っている治療者は、「精神療法」に寄稿しているエキスパートの中にはいないだろう。

動機づけ面接(Motivational Interviewing, 以下MI)のエキスパートでもある。213本のなかで動機づけ面接に関わるものが27本である。ちなみに私の知る限り、動機づけ面接が「ケースの見方」で取り上げられたことはない。

原井の活動は強迫と行動療法、動機づけ面接に留まらない。米国の外科医であるAtul Gawandeの本を2冊訳出した(13)(14)。「死すべき定め」は原井としての個人ベストの売れ行きになった。翻訳家としても胸が張れるようになった。

この背景だけを考えれば「ケースの見方」の中では強迫と行動療法、動機づけ面接について触れればそれで良いかもしれない。しかし、私からすればこれも違う。「医師は最善を尽くしているか」の中でGawandeが提起したことを取り上げよう。彼が繰り返し医師に問いかけているのはパフォーマンスの科学である。

訳者あとがきから引用する(p252)。

この本(医師は最善を尽くしているか)が私に与えた影響について説明しよう。パフォーマンスのことである。医学・医療の進歩は新薬や医療機器、新技術の開発や普及だと思うのは一種の常識だろう。日本の精神医学も、この20年間、その意味では進歩があった。新規抗うつ薬や抗精神病薬、認知症薬が登場し、どこでも使われるようになった。精神科クリニックの数は倍以上に増えた。光トポグラフィーや経頭蓋磁気刺激法、認知行動療法などの新しい検査や治療法も登場した。うつ病の啓発が進み、発達障害など新しい病名が登場し、早期発見・早期治療が正しいとされて、患者は増えつづけている。私が以前にいた国立病院もそうである。僻地の老人病院に新しいMRIスキャナが装備された。病院は常勤医師の確保に苦労していた。MRIを入れるのは医師探しよりも簡単なのである。一方、「パフォーマンス」でガワンデはこう言う。「こうした器械は近代医学のシンボルになっている。しかし、そのような考えが医学の成功の本質を見誤らせる原因になっている。医療機器を持っていても治療にはならない(中略)パフォーマンスを改善する科学こそが必要である」。精神科医の一員である私自身は自分のパフォーマンスをどうしているだろう?

強迫や行動療法、MIを紹介し、「みんなやりましょう」と声をかけることは、医師不足の僻地の病院にMRIを設置するようなものである。治療法のために「ケースの見方」を書いても仕方ない。もちろん治療者が自分の長年の苦労に意味づけするために書くのはおかしい。「ケースの見方」において本当の受益者となるべき人は患者その人自身である。主訴は受診した理由・動機である。治療の結果、主訴が変わっていなければならないし、その変化の測定が繰り返し行われていなければパフォーマンスを科学していることにはならない。原井が書く「ケースの見方」も、何か介入することでケースを担当する治療者が変わり、治療者が変わることでケース自身が変わるようなものでなければならない。そして、実際にケースがどうなったかも報告すべきである。

MIらしいケース・カンファレンス

2017年7月のMIのワークショップで

日本動機づけ面接協会はワークショップを年に数回開催し、原井もそのいくつかについて講師を担当している。MIのワークショップでは体験的なエクササイズを重んじる。MIをある程度習得した臨床家を対象にした2017年7月のワークショップでも、20人弱の参加者からボランティアを募って現在担当している実際のケースを出してもらうようにした。それを参加者全員で議論するようにした。普通のケース・カンファレンスと違うのはロールプレイである。次のように進める。

  1. ブレーン・ストーミング:講師から難しいケースとは何か?について問いかけ、参加者の考えを引き出すようにする。
  2. 第二著者の大野が現在、担当している休職中の会社員男性の治療に難渋していると発言した。慢性うつ病と診断されている。このタイプのケースを扱うことで良いかどうか参加者全員に尋ね、OKを得る。
  3. 治療者役をしてくれる参加者を選ぶ。患者役は大野がする。
  4. 10分間の診察ロールプレイをする。同時に逐語も記録し、参加者全員で検討できるようにする。
  5. 全員でケース・カンファレンスをする
  6. ここで出てきた意見を元にして、同じ治療者役、患者役で2回目のロールプレイをする。この際、治療者役のそばに原井がコーチとしてつき、助言する。
  7. 1回目と2回目の違いについて全員でケース・カンファレンスをする

実際をワークショップでの逐語を元にして示してみよう。

ロールプレイ用の仮想ケース

2か月前から県立病院精神科外来を受診している、40代男性、勤続20年の会社員。妻と子ども二人の四人暮らし。春に異動があり、業務上の負担が増えた。仕事の自信がなくなり、仕事を休みがちになった。妻からも勧められ、近くのメンタルクリニックを受診したが改善する様子がなかった。年休も残り少なくなり、会社からの勧告もあり、休職になった。改善がないため知り合いに勧められて県立病院に転医した。前医からの紹介状ではうつ病と診断されていた。このまま家にいても妻から責められるという。もともと酒好きだが、さらに酒量が増えた。

診察場面では逃避的な発言が目立つ。「前医では、薬で治しましょう、と言われた」「薬で治してください。いい薬を先生だったら出してもらえるはず」「会社の状況が悪いから無理に異動させられて、こうなった。良くならないのは薬が効かないから」のように言う。

主治医としては患者に共感するようには努めていて、「辛いんですね」「会社側の問題なのですね」とすることで関係性は保てる。しかし、これでは患者の医療への依存を強めているだけのようにも感じる。どうやって改善の方向にもっていけば良いのか、復職する方向に話を持っていくためにはどうしたらいいのか、焦点が定まらないので困っている。

ロールプレイ1 診察室で

Tは治療者、Pは患者を意味する。

T 調子はいかが?

P やはり良くないですね、まあ薬は飲んでいますけど死にたくなるというかイライラするし、酒を飲んで寝ているとか、上司の顔をまあパーと思い出したりとかですね。まああれだけの仕事ができるわけないのに急に言われたりとか。もうイライラしているみたいな感じですよね。薬を飲んでもあんまり変わりなかったですね。ちょっと眠れたのはあったかな、でも酒ですかね。結局は

T 仕事のこと、上司のことを考えるとイライラする

P そうですね、まあ酒しかないというか、イライラするというか死にたくなるので、結局、薬を飲んで休んでいたら良くなると前に言われて、まあ鬱だから治るんじゃないかと聞いてはいたんですけど、基本的には全然よくならないし、やっぱり上司のことばとか思い出すし、戻れというか、まあ戻らなきゃいけないんだろうし。まあ子どももいるし、まあ経済的なこともあるんですけど、まあちょっと厳しいのかなと

T 経済的なことか、じゃあ子供さんのこととか気になる

P そうですね、あのこのままじゃあ、それで嫁さんが頑張れ頑張れというか、行けるんじゃないかと言うし、うつ病のことを全然わかっていないんですよね。頑張れなんて言っちゃいけないということを含めて、なんだかまあ、結局、家にいてもまあ酒のんでしまうし。

T じゃあ奥さんが頑張れ頑張れと言うし、まあ上司のことを考えたり、そういうことを考えたりするつらくて、周りが仕事をしやすいのようにサポートしてくれるのが当然なのに、

P うん

T そういうことをしてくれないし、で、奥さんが頑張れというだけで何も助けてくれないし、お薬もあまり効いていないし。

P え、やっぱり病気のことを全然わかっていないと思うんですよね、特になんか薬は飲めぐらいの話はするんですけど、あの先生からも話してほしいなと思うし、そのうつだっていうこととか、まあ働くなんてことは今の状態じゃあダメだろうし、仕事のことに関しても調整していただいたりとかを上司に言ってもらえたりすれと助かるなあというのもありますね。

T それは薬がもう少し効いてくれたら、もう少し役に立つかなということと、イライラが緩和してくれたらありがたいということですね。あとまあ、周りの人、奥さんとか上司の人に自分にはどんな風なことがいいのか分かって欲しいということですね

P そうです、そうです、全然わかってくれていない感じなので、え、まあ薬は今のところ全然効かないので、まあ何か逃げているのかな、言ってきたりするし、そういうのもあるかもしれないけれど、仕事のことを考えると苦しいですね。くすりはまああまり変わらないですかね。

T そうですね、自分としても逃げてしまっているのかなと感じるところもあるのですね。

P うん、まあ、あの、なんでしょうね、そんなつもりは無いのですけど、周りから見るとそんな風にも思われているのかなって。うつ病のこととかわかりにくいとは思うんですよ。前の先生からは、ちゃんと薬を飲んで休職していれば良くなると聞いていたんですけど

T 自分としては薬で治す努力をされているのですね。

P そうですね、薬を飲んで休職して、できるだけ仕事のことを考えないようにとか、結局、家にいたらいたでね、周りからどう見られているのかなとか、まあ、やっぱり子どもたちからどう思われているのかなとか、どうしたら良いのかとか考えてしまう。

T 上司の方とか奥さんのこととか周りの目が結構気になる、いろいろ気になる、それがイライラとか死にたいとかの原因になっているのですね。

P だから、入院したら、入院してぱっと入院して、入院している期間で治してもらったらいいかななんてと思うのですけど、どうですかね

T なんとかいろいろ治療にどうしたらと考えておられて、お薬もいろいろなんか先生に相談しておられて、飲んでいただいていますよね。ご自身としては仕事のこともできるだけ考えないようにと努力しておられて、それから奥さんとか上司にも理解してもらおうと努力しているのですね。

P ええ

T あと、また入院して早く治そうと

P 早く治したいので

T 早く治したいと、今のままでは経済的にはしんどいし、周りの目も気になるし、なんとか復職したい、そういうふうに考えておられるのですね。

P 復職もしたいし、ただ、このまま戻ってもまた同じことになるし、だから職場の状況も変えてもらないと行けないし、まあもっとうつが良くならないといけないと思うけど、職場の状況も変えてほしいし、え、まあその両方で、まあぱっと治るというか、スパっと治して欲しい、それだったら入院でも構わないなあと

T 仕事の環境と言えば、どんなふうに?、

P 結局なんか、私自身に負担が、量もそうだし、なんだかんだ相談しても押し付けられるというか、できるだろうという話になってしまって、聞いてもらえないというか、結局、残業とかも結構やらされましたし、上司というか、社長がワンマンなんですけど、ほんとになんだか、命令するだけというか、それで鬱になってしまったみたいな感じなんですよね。

T 職場の環境を変えるために、いろいろ努力してこられてきたんですね。

P そうですね、みんなも忙しいみたいで、厳しい状況なのでしょうから、みんなはみんなでやっているんでしょうが、それにしても酷いかなと、もうちょっとバランスを取った仕事の配分をしてもらわないと厳しいかなということですね。

ケース・カンファレンス1

カンファレンスではこの患者は本当にうつ病なのか?が問題になった。本当のうつ病とは言えない、だから休息ではなく、復職に向けたリハビリが必要だという意見が多かった。他に運動させると良い、アルコール問題も考える必要があるなどの意見があった。

みなの意見をまとめたところで再度ロールプレイを行う。行動を減らして家でじっとするという休息よりも、外出して体を動かすなど、何か行動を活性化させるような方向にもっていくためにはどうすればよいか、そのための面接はどうなるかを示すことを狙って、同じメンバーで2回目のロールプレイを行った。今回は治療者の横に原井がついてコーチする。

ロールプレイ2

T この2週間いかがでした

P あまり変わりなかったですね、あのイライラしたり、死にたくなったりとか、まああまり休めなかったというか、仕事のことを考えたというか、お薬を飲んでもあまり眠れないので、お酒を飲んだりとか、まあそんなに変わりなかったですね。

T 仕事のことを考えていたのですね。

P そうですね、休職期間中で結局、戻らないといけない時があるし、嫁さんからも早く仕事をどうするかとか、結局病気のことをわかってくれないので、なんで仕事ができないの?というような雰囲気があるんで、考えると、またあの社長の言葉とか言われたことを考えると今の状態ではやれないなんて思って、早く薬が効いてこないかなとか、どうしたらいいのかな、なんて

原井の解説 復職が必要だというニードにフォーカスしてみよう、家にいても奥さんの態度があるからゆっくり休めない、仕事に戻れないのは実は本人のうつ病のせいというよりも上司とのコミュニケーションの問題になっている。まず復職を念頭において、どんなメリットがあるか考えさせてみよう。そして社長とは仕事の進め方についてどのようにコミュニケーションをとれば良いかが次のフォーカスになる。

T 仕事をどうするかずっと考えておられて、まあ家にいると奥さんから仕事のことを言われてしまったりして、逆にストレスが溜まってしまっている感じなのですね。

P そうですね

T 家にいてもじゃあ、あまりお休みになっていないというわけですね。復職した方がかえって楽かもと。問題はじゃあ、社長とどうコミュニケーションをとれば良いかといことですね。

P そうですね、あの本当に休めていたら、休んで薬飲めば良くなるのかなと思っていたのだけれども、実際休めないから。もう今日はこれからどうしたら良いのかなというのがあって。だけどあの社長は全然話を聞いてくれない人ですし、また同じようなことで傷つくというか、まあもうちょっと元気になったらはっきり言えるのかもしれないけれど、今の状態ではできるような感じがないですよね。入院したりとか、そのへん、もうちょっと良くならないと結局は無理かな、押し切られちゃうかなと思うのですよ

原井の解説 もうちょっと良くなったら、こんなふうにできると考えていることがある。もし、今、診察室の中に社長がいたとしたら、あるいは良く聞いてくれる社長だったら、言いたいことがある。こうして実際に言いたいことがあって、今は言えている。しかし、会社に戻って会社の中ではうまくいえない。本人としてはこれも言おう、あれも言おうというのが頭にある、しかし、それを実際にはどう社長に言えばいいのかと考え出すと憂うつになる。

T 社長がもし目の前にいるとして、もしあなたが元気だったら、こういおう、ああいおうというのがあるわけですね。また仮に、もし私が社長で、話が理解できるような人だったら、それでうまくいきそうと思うわけですね。でも実際の社長を考えると、病気の前よりもよほど元気じゃないと話しても通じないと思うわけですね。

P そうです、そうです、あのちゃんと仕事のバランスとか当たり前のことだと思うんですけど、そうした仕事のバランスとか考えてくれてたら。まあ、本当にワンマンな人なので、そこは乗り越えないと仕事はできないかと思いますね。。

T これだけ仕事をさせられたら、誰でもうつ病になると言っても、それはうつ病モドキだ、働いて治せと言うような人なのですね。

P そうなんです、話が通じないんです。

T その社長の下で、今まで20年間も働きつづけてこられたんですね。

P 今まではなんとかやってこれたんです。家族もいるし。頑張ろうと。

T なんとかというと?

ケース・カンファレンス2

ケースを出し、患者役をした大野を含む参加者が、聞き返しのフォーカスを変えることよる違いに気づいた。1回目は「うつ病を理解して欲しい」「治して欲しい」という受け身の姿勢から動かなかったが、2回目ではそれから話が自然にそれていっている。職場の中でどうすればいいのかが、社長とどうすれば良いのかに話がまとまっていっていた。

大野にとってのケース・カンファレンス:診察室で患者と向き合う時

ワークショップでのロールプレイによるケース・カンファレンス後、大野自身も気づくところがあった。カンファレンス検討の結果を参考にし、ロールプレイの元になった患者を診察するときに、1)クライアントの望む変化に注目する、2)それが面接のアジェンダになるように選択的に聞き返す、にフォーカスするようにした。例えば、「火曜日は図書館に行ったが、会社での状況を思いだし、なんとなく落ち着かなくなりました。結局、すぐに自宅に戻ってしまった」とクライアントが発言した場合、以前は、過去に職場であった出来事やそれに関連する気分に関して共感を示すことだけにとどまっていた。

ケース・カンファレンス後の現在は、図書館に行こうとした意志と事実、その目的に対してフォーカスして、面接を進めていくようにしている。先の例に対しては「復職に向けてまずは外出から開始し、図書館に行ってみたのですね」とプラス部分に注目した聞き返しから面接を開始するようにした。さらにそこから話が引き出せるようならば、さらに変化に向けた具体的な行動がテーマになるようにしている。

このような積み重ねの結果、患者からの「うつ病」「薬」「妻の理解」にこだわる発言が減少し、「どんな実績を積めば復職への自信に繋がるか」などの具体的な行動に関する発言が増加した。ワークショップから今日までで、「睡眠パターンの安定」「アルコール乱用から節酒へ」「計画的な外出と運動」などを面接のテーマにすることが可能であった。治療者として診察に当たるとき、ワークショップで患者役を行い、意図せずに変化への発言を引き出された体験を思い起こすようにしている。ただし、機が熟す前にこちらが復職への道筋をどうやってつけるかに性急にフォーカスしてしまうことがあり、患者の側から現状維持の必要性や薬物療法の更なる変更を主張されてしまうこともあった。クライアントの変化への準備性がどのぐらいあるかを見極める視点がまだ不十分だったのだろうと反省している。

動機づけ面接のスピリットである協同性と患者の価値感の尊重、患者自身に生き方を選ばせるという自律性の重視をいつも思い出すようにして、専門家としての教育的指導に陥らないように自分を戒めている。

現在(2017年11月末)、患者は上司と復職に向けての面談を予定している。復職を具体的な診察のテーマとして取り上げられるようになった。

まとめ

読者はこのロールプレイによるケース・カンファレンスをどう受け止めただろうか?準備は不要である。今困っている症例を、その場で出してもらい、ロールプレイによって症例の特徴がわかるようにしてもらえれば良いだけである。あれこれテスト結果や論文をもってきたり、“中井効果”を使って自分の治療を弁護したりする必要もない。困ったケースがあるとき、その困らせるような患者そのものを治療者が演じてみるのは一種のサイコドラマなのだろうか?

1つ不思議に思えることがある。よく症例を見ている人は症例の役が上手い。ロールプレイが本物のようになる。患者の真似が上手いことは臨床が上手くなるための必要条件の1つなのだと思う。一方、頭が良く、いろいろな精神療法に詳しく、議論に長けた人は、あくまでそういうサロン人なのだろう。

次回は筆者がメールによる個人スーパービジョンのなかで同様なことを行ったケースをとりあげる。

参考文献

 

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