ケースの見方・考え方 原井の場合2: 原井宏明,今井淳司. 電子メールによるスーパービジョン. 精神療法,44(2),107-114,2018

はじめに

馬場謙一先生の巻頭言から

私はシリーズ「ケースの見方・考え方」を3回担当することになっている。今回は2回目である。1回目が掲載された40巻1号が届いたので最初から目を通してみた。馬場謙一先生の巻頭言(1)が目に止まった。二つの意味でショックを受けた。やや長く引用する。

「精神分析の治療を何年も続けたけど,かえって具合が悪くなった,などの苦情が多く寄せられます」。これは,以前精神分析を一緒に学び、現在は臨床心理士会の理事を務める治療者からの私信の一節である。つい最近,私も同じような経験をした。(中略)

40年以上昔になるが,清水勝之氏らが大阪大学精神科外来の7年間の統計として,特に青年期受診者の実に半数近くが5回以下の通院で治療を中断すると発表されたのを読んで,驚いたことがあった。しかしあらためて当時の自分の経験を振り返ってみても,それは似たようなものであって, 3カ月間毎回1時間の沈黙を貫いて,そのまま黙って去って行った青年,私と知識を競い合うように次々に文献を読んできでは, 1時間哲学的論議を続け, 2年後に突然自死を遂げた強迫症の女子学生……等,中断例は枚挙に暇がない。

当時私は,中断例についていくつかの原因を挙げて考えてみたことがあった。要約すると、1)患者には十分な観察自我が育っておらず,治療関係を維持する自我の成熟がない。

2)彼らは情緒的に不安定で,(中略)3)両親への敵意や攻撃性を治療者や治療構造全般に転移しやすく(中略)

これを今読み返してみて,中断についての自らの責任の自覚の乏しさに惇然とする。果して治療者側の要因は,これだけと言えるだろうか。ここで欠落しているのは,自らの技能の拙さと逆転移へのより深い考察であり.治療者としてのあり方全般への痛切な反省である。私には,患者に見離されたことへの無意識的防衛があって,中断の原因はそのほとんどが患者側にあると見なそうとする傾向があった,と考えざるをえない。(中略)中断の原因をもっぱら患者側の心理に求めて,自らの責任に目をつぶってself esteemを保ってきた,そういう自分の治療者としての在り方に対して,忸怩たる思いを禁じえない。

馬場先生は1934年生まれ、83歳になられる。4つの大学で教授を務め、今も精神科病院の院長として働いておられる。精神療法家としてそれなりに功成り名遂げた人のはずである。そんな人が自分の専門家としてのキャリアを振り返り、精神療法誌の巻頭言で反省を口にすることには心底驚いた。誤魔化したり、言い訳したりをしない素直さにも感動した。普通の人なら「みんなやっている」「あれで精一杯だった」などと言い訳するものだ。

精神分析vs.行動療法

原井自身も岐阜大での学生時代、中井久夫教授の神戸大精神科での研修医時代には人並みに精神療法に関心を持ち、精神分析の学会や研究会に出た。当時の岐阜には教育分析で有名な先生もいた。しかし、国立肥前療養所で山上敏子先生から行動療法を学び、「精神分析に別れを告げよう―フロイト帝国の衰退と没落」(2)というセンセーショナルなタイトルの本で知られるハンス・アイゼンクの講演を通訳し、さらに古川壽亮先生からEBM(Evidence-Based Medicine, 根拠に基づく医療)を教えてもらったとなると、私の立場から言えば“精神分析は疑似科学の一種”というしかない。

一方、行動療法は恐怖のように言葉のない動物にも見られる情動反応に対する治療としては私が学び始めた1980年代でも十分に成功していたが、言語や思考の問題に対しては同じように成功しているとは言いがたかった。思考過程をターゲットにした介入法として認知的行動変容が生まれ、アーロン・ベックの認知療法がうつ病に対する治療として脚光を浴びた。そして行動療法はCBT(Cognitive Behavior Therapy, 認知行動療法)という名前に変わった。2014年、日本行動療法学会は日本認知・行動療法学会に改名した。

現在、たいていの精神疾患の治療についてCBTのエビデンスがある。メジャーな精神疾患の治療ガイドラインでCBTをファーストラインの治療法として取り上げていないものはまずない。エビデンスという点では、私はCBTという勝ち組にいる。

勝ち組にいればそれで勝ったことになるのか?

しかし、CBT組に入っていればそれだけで勝ったと言って良いのだろうか?勝ったと言えるためには病気に勝ったという結果も必要だろう。「CBTの治療を何年も続けたけど、かえって具合が悪くなった」というのは原井のところに転医してきた患者からよく聞いた話である。CBTを途中で中断する割合は50%以下で済んでいるのだろうか?そもそもCBT組にいるメンバーを見渡すとこれはこれで玉石混交である。

認知行動療法学会のケース発表でCBTを試みたが失敗したとき「患者には発達障害の合併があったからだ」とする演者をよくみかける。十分な観察自我が育っておらず、治療関係を維持できず、情緒的に不安定で、攻撃的・・・をそのCBT治療者はアスペルガーや自閉症スペクトラムと呼んだりしているわけだ。治ればCBTが良かったせい、治らなければ患者の発達が悪いせい、と言うならば馬場先生がおっしゃっていることとまったく変わらない。そして、もしそのことについての自責と反省がないならば馬場先生に及ばない。

エビデンスの点ではCBTは他の精神療法に勝っている。しかし、ある治療法にエビデンスがあるということと、その治療法を使う治療者が治療関係を維持できるかどうか、病気にも勝てるかどうかは全く別のことである。自転車が徒歩よりも早いことを証明するにはRCTは不要だろう。しかし、自転車に乗れない人間が乗ったらどうなるか?そして、自転車に乗れない人間はどのくらい練習に時間をかけたら徒歩よりも早くなるだろうか?

技術を身につける

スキルトレーニング

どんなに優れた治療法でも治療者の技術が劣っていれば結果は劣る。患者をすぐにドロップアウトさせるような治療者、少なくとも2,3ヶ月間に数回以上の患者との人間関係を継続させられない治療者も結果が劣るだろう。治療自体の技術と患者との関係を築く能力は重なっているが、同じものではない。

ではどうすれば治療技術と人間関係能力を達成させられるだろうか?実はこの問題をわざわざ考えるようになったのは原井にとっては2003年にMI(Motivational Interviewing, 動機づけ面接)を学びだしてからである。行動療法を学び始めた1980年代はこんなことを考えもしなかった。言い訳がましくなるが、当時は現在のような専門医制度や研修医制度もない時代だった。効果的な治療法とは何か?を考える人はいても、その治療法を身につける方法は何か?と考える人はいなかった。山上先生も学び方については「とにかく一例治すこと」ぐらいしか仰らなかった。

当時、山上先生から与えられた行動療法についての研究課題がSST(Social Skills Training, 生活技能訓練、山上先生のグループでは社会技術訓練と呼んでいた)であった。このテーマで論文を書いたり、国際行動療法学会で発表したりしている(3)。仲間と一緒にロールプレイによる面接場面のビデオをとり、言語内容や心理テスト結果とアイカメラを使った視線のパターンとの関連を調べていた。そして神経症(当時は不安障害、不安症という言葉はまだなかった)の患者に自己主張や人と関わる技術をトレーニングしていた。こうして改めて書くと奇妙に感じるのだが、1980年代、スキルトレーニングが神経症などの患者に必要だと主張していながら、治療者にはどんなトレーニングが必要かは考えていなかった。

他人に対してMIをトレーニングする

MIが与えたくれた恩恵は原井にとって、治療者としての自分をビフォー・アフターと分ける必要があるほど大きい。その影響を治療技法の観点からリストにすれば、#1患者の治療動機づけが上手くなった、#2イメージエクスポージャーが上手くなった、#3思考強迫・質問強迫の患者に巻き込まれずに治療する方向に話を持っていくことができるようになった、がある。そして患者に対するもの以外になるが、#4学会でのディスカッションで間違い指摘をしなくなり、聞き返しを使いながら発表者・聴衆全体にとって役に立つことに絞ったコメントをするようになった、#5技法習得のためのワークショップで体験的なエクササイズを盛り込むようになった、#6セッションの録音と逐語を使ったスーパービジョンをするようになった、がある。

#6は2015年5月にMINT(Motivational Interviewing Network of Trainers Inc.)が承認したTNT(Training for New Trainers)を東京で開催したことがきっかけになった。TNTに参加するためには面接場面の録音と逐語を提出し、MITI3.0J(Motivational Interviewing Treatment Integrity, 動機づけ面接治療整合性尺度日本語版)(4)による評価が基準以上でなければならない。参加者は40人を予定していた。最初から基準に達する者は数人程度しかなく、2回提出して合格というのが普通だった。3回というケースもかなりあった。単純に「やり直せ」だけでは間に合わない。2014年の末から5月まで原井など数人のMINTのメンバーがTNT参加希望者の録音と逐語を聞いて、改善点を指導し、さらに練習してもらうようにした。原井自身も数人に対して録音と逐語を使ったスーパービジョン(以下SV)を行った。この中にTNTが終わった後も現在に至るまでSV関係を続けている医師がいる。第2著者の今井である。

今井が原井にSVを依頼したのは2014年6月21日だった。それから3年半、やりとりしたメールの数は300近い。ここまで続いたからには指導の目的は最初のMIのスキルを磨くことだけはなくなっている。ケース相談はもちろん、論文を一緒に書いたり(5)、今井自身が所属先の病院で行っているMIの学習グループについてアドバイスしたりと幅が広くなった。

原井自身が行動療法を学んだ時は他人にどう教えるかという視点がなかった。MIを学んだ時には最初から教えるという視点が入っていた。この違いは大きい。原井にはいろいろな役割がある。日本認知行動療法学会の会員・前編集委員長としてCBTの普及に努めなければならない。強迫症/強迫性障害(OCD)の患者と家族のサポートグループである「OCDの会」の世話人としてOCDに対するERP(Exposure & Ritual Prevention, エクスポージャーと儀式妨害)(6)の啓発をしなければならない。そして日本動機づけ面接協会の代表理事としてMIを普及する立場にもいる。それぞれ等しく大事な仕事だが、技術を伝える仕組みが備わっている点ではMIは他の二つに勝っている。

実際のメールスーパービジョン

今井から見た原井SVのメリット

2014年6月に今井が原井に送ったメールから引用する。

 

動機づけ面接は臨床的にとても有効な治療技法だと実感しており、松沢病院という巨大な病院で少しでもこの治療法を広めることで対決技法を脱却し、スムースな抵抗の低い治療を展開させることを目標にしています。

 

今回の執筆にあたって、この3年半のメリットを今井に尋ねてみた。

  1. 患者とのやり取りを録音し、MITIによるコーディングをした逐語をつけて、原井に送ることによるSVでは、実際のやり取りでの改善点を学べたこと。
  2. 薬物だけでは良くならない患者に対する治療のアプローチでアドバイスをもらえたこと。統合失調症と強迫症が合併した症例の場合、アドバイスによってかなり改善し、退院に結びつけることができた。
  3. ネット電話(skype®など)を用いて、リアルタイムのスーパービジョンを受けたこと。体重増に悩む同僚とのリアルプレイについて、その場でアドバイスをもらえたのが役立った
  4. 今井が講師として所属先で行っているMIのワークショップを録音したものに対する助言
  5. 論文指導(5)。この時に「何のために論文を書くのか?」と質問されて、改めて気づくことがあり、論文の先にその恩恵を受ける患者を常に想定するようになった。肥前療養所に掲げられた「この病院で最も尊重すべきは患者さんである」の話を知り、今井自身の医療観が変わった。

それぞれ大切なことだが、「ケースの見方」という論文のタイトルにそって、統合失調症と強迫症が合併した症例についてのSVを取り上げよう。

ケース:30台女性 統合失調症+強迫症状

ケースの概要:(個人を特定できないように改変している)小児期に両親が離婚し、母に養育された。高校卒業後はアルバイトにつき、一人暮らしをしていたが、仕事が続かず、20歳頃から生活保護を受けるようになった。

現病歴:X-10年、特定の文字などが気になり辛いと訴えA精神科を受診し、通院治療を開始した。しかし、改善せず、自宅でものを壊すなどの騒ぎを起こした。近隣からの通報によりB精神科病院に措置入院となった。2ヶ月後、措置解除となり、退院した。X-2年から今井医師が担当した。初診時は「(前の担当医の名前)先生が私の様子をうかがっている」「音が聞こえる」などと述べ、空笑も活発だった。自宅では不安定な状態が続き、強迫行為に近くに住む母親を巻き込むようになった。本人が決めたとおりに母が確認しないと威嚇し「殺す」などと興奮する。このためX-1年、医療保護入院となった。入院中も今井が担当を継続した。

入院後は粗暴な行為や発言はない。「同室者の患者が外にいる場合、その人が戻ってくるまではトイレに行きたくても部屋から動けない」「テレビを見ているとき「か」という字が気になって、思うようにテレビを見られない」などと訴える。作業療法などのリハビリに参加させようとするが、こうした訴えを理由に自室に閉じこもりがちになっている。

今井と原井のメールのやり取り(個人情報を外し、抜粋している)

原井:本人が訴える症状は「頭の中で考えがあり、自分の考えとわかっているが、自分の思い通りに出したり、止めたりができないので困っている」ということになります。「何か起こった時に何かが起こる」と人は訴えることが多いのですが、起こっていない時・起こらない時にも注目をするようにしてみましょう。何も起こっていないとき、たとえば自室でじっとしているときはどうでしょうか?そして強迫観念であれば、それは言葉に限りません。音や画像、雰囲気、体の動きのようなものであることがよくあります。強迫観念とはいわば小脳か大脳基底核が司っているような、パターン化した脳内行動のようなものです。

行動を把握するとき次のような枠組みを作って尋ねると良いでしょう。

  • 文脈 この行動はどういう状況、環境の時に多いのだろうか?例えば同室者が帰ってこないと動けないという場合、これは自室でのみ起こるというのがわかっている。自室で何も用事がなく、何もせずボーとしているときだろうか?当然だが眠たいときは起きないだろう。
  • トリガー 行動や思考の直前の刺激 何か用事をしようと思いついたとき?
  • 行動の直後(儀式、確認) 同室者がいるかどうか目で周りをみて確認する? さらに判断がつながり、もし同室者がいれば最初の文脈で考えていた用事をしはじめ、もしいなければ、同室者が目に入るところに来るまで待つと心に決める?
  • 反復 何度も儀式を繰り返すとしたら、やめるタイミングは?どんな状況では回数が多く、また少ないのだろうか?

今井:

  • 文脈 一人で部屋にいて休んでいるとき
  • トリガー 同室者のうちの特定の人が部屋を出て行く
  • 儀式 さみしくなって帰ってこないと動くことができない

私から見ると本人が強迫だとして訴えている内容に規則性が欠けているのが気になります。

原井:今井先生の答えを丁寧な文章にしてみます。憶測も加えているのでここから修正してみてください。

患者が「先生、私、同室者が帰ってこないと動けない。助けて」と訴えている。患者の訴えを聞くと、4人部屋の特定の人、Aさんのことを言っている。そのAさんが部屋にいるときと、いないときで行動が違うらしい。

Aさんが部屋にいないときが何かと不自由だと訴えている。本人自身が自分に行動のルールを課している。本人が自分したいことができるのは、Aさんが部屋にいる間だけで、いない場合にはAさんが戻ってくるまで自分がしたいことをするのを待つというルールだ。

いつからそうなのか、どうしてそうなったのかはわからない。一方、以前から強迫症状で家族を巻き込んでいたという情報があるから、この訴えがでてきた理由は強迫なのだろう。また本人はなぜAさんだけなのかについて、Aさんがいないときはさびしいと感じるからという理由をつけている。確かにAさんとはトラブルもなく過ごしているが、傍目から見る限り、Aさんはせいぜい名前を知っている程度の存在である。

看護師からの情報では、本人のルールにはかなり例外があるらしい。Aさんが外泊中している時は何も訴えず、普通に行動している。看護師が呼び出した場合、Aさんが部屋にいないとき、詰所まで来るのに時間が普段の倍、かかるときがある。この場合も来ないわけではないし、また特定の看護師Bの場合には、Aさんのいるいないにかかわらず、すぐにやってくる。

そういえばAさんとはそもそもどんな患者さんなのだろうか?良く知らないままだった。

私との作業仮説としては、#1今井先生がまだきちんと行動を把握し、文章にして伝えることができていないように思えます。その結果、規則性がないように思えるのではないでしょうか?#2患者さんによっては他人に関わる方法として「強迫があります」と訴える方があります。相手によって訴え方が違うことがあるのかもしれません。

今井:#1は否定できません。どうやって把握するようにしたらいのか教えてください。#2はその筋もなきにしもあらずですが、強迫を理由に面接を求めたり関わりを求めたりはあまりないのです。今日もエクスポージャーで点が下がりましたと笑顔でいってそれきり。それをネタに毎日面接を求めるということもありません。かというと、突然、「強迫が出てきて動けなくなったのです」といいだすこともあります。出現は非常にランダムです。

原井:毎日の記録をつけさせてみてください。セルフモニタリングです。私が普段使っている用紙は;

http://harai.main.jp/koudou/refer2/selfmon14generic.xls

臨床家は患者の言語報告に依存して診断アセスメントを行うことが普通ですが、患者の報告行動が機能的かどうかは患者にはわかりません。

おおよそどんな人間でも-たとえば自分は精神療法が上手だと自称する臨床家、身の潔癖を訴える政治家-自己報告が最初から正しいことはまずありません。報告行動を日々の記録という形に変えて、臨床家自身による行動観察や第三者の報告-入院中なら看護記録、今回の場合は患者さん自身の報告-と擦り合わせていくことが必要です。毎日やれば毎日良くなっていきます。

そして真にランダムに起こる現象というのは人間の行動では極めてまれです。

先生自身、1と0の数字がランダムに出現するように20個書き出してみてください。10100 11010 10011 01010のように。

それを次に入力してみてください

https://home.ubalt.edu/ntsbarsh/Business-stat/otherapplets/Randomness.htm

Calculateをクリックすると結論をだしてくれます。

上記の数字例の場合は、Suggestive evidence against randomness でランダムではありません。

(中略)

今井:その後、改善し、退院に向けていこうとデイケアに切り替えたところ、不安定になり、デイケアや集団外出を休むことが増えました。セルフモニタリングは続けており、本人自身で症状を管理することができるようになっています。

現在の症状は「デイケアの帰りに危害を加えられる気がする」「デイケアの帰りに言葉が浮かぶ(どんな言葉と聞いても言語化できず)」といったものです。統合失調症の自生思考、被害妄想のようでもあり、また被害的テーマの強迫観念のような色彩もあります。自分で休むというコーピングができているとして是認し、ひとまずトリガーであるデイケアはしばらく休みながら経過をみることにしました。

原井:ベッドでじっとしている時は強迫観念の症状が強くなっていることがあります。この場合、コーピングができている、ではなく、症状が悪化して振り回されていて、当初の目的にしていた行動-デイケアなどの向社会的行動-が減っていることになります。

見通しなく休んでじっとしているだけでは、結局、現状維持です。そう状態やうつ状態、急性精神病状態のようなそれ自体がself limitingな疾患(急性発熱のように自然経過を待てばいずれは良くなる疾患)であれば、休むだけでいいでしょう。

強迫の場合は、self reinforcingな疾患(強迫はやればやるほど、強迫がひどくなる)です。

あとこのケースでは今後の目標も考えてみましょう。長年の経過があります。1回目の入院から今までの10年以上の間、入院せず、母親も巻き込まず、誰にも依存や迷惑をかけずに自立していた期間はどのぐらいですか?生活保護も長いです。福祉のケースワーカーとも馴染みでしょう。今回の退院では、何ができたら退院というような目標行動には何がありますか?もしその行動を達成したら、その先にはどんなゴールがありますか?

私が主治医ならば、今までの最長不倒距離(初回入院から今回までの間で、地域にいた最長期間を私の個人用語でこう呼んでいます)を更新することがゴールですね。

今井:今回では地域で3ヶ月間もてば上出来かなと思っています。次に強制入院でなく自ら入院したいと求めてくるようになることも重要だと思います。

価値観と感覚

開放処遇という価値観

この原稿を書いている最中、2018年2月始めに今井からまた別のメールが来た。

 

中国地方にあるまきび病院という30年間医療保護水準の患者を24時間開放でみているという知る人ぞ知る病院に視察に行ってきました。衝撃でした。ナースステーション始め至る所に患者がいます。その日は休診のはずが、外来には沢山人がいる。全て患者さん。外来にあるミネラルウオーターのボトルは水中毒の患者さんが夜中に飲み干し朝にはなくなっていることもあるそうです。

一色院長は「くそ松沢が何しに来たんだ!」「お前ら1000床もある病院で治療ができると思っているのか!」から始まりましたが、拘束減少の話や持ち込み制限の緩和、可能な限りのソフトな医療への転換を進めているところで勉強に来ました、ともろもろの事情を説明すると、泣きながら喜ばれ、「患者と一から作るんだ」「これで日本の精神医療が変わる!死ぬ気でやれ!バンザイ!バンザイ!」と最後まで見送って頂きました。

 一色院長は、訪問診療から始め、患者を入院させたくないので自宅に泊めて治療をしていたそうです。そのような対応も限界になり、「休む」ための場所を作ったのがまきび病院だそうです。若い頃は月に1日〜2日しか自宅に帰らなかったのだとか。写真の院長の笑顔が全てを物語っています。日本で最も患者寄りの病院と巨大な松沢病院のコラボ。面白かったです。松沢も変わりました。でも、さらに前進せねばなりません。

 

私が肥前療養所での12年間で学んだことは行動療法だけではない。この病院は日本で最初に開放病棟を始めたところである(7)。1986年に就職した時には全面開放ではなかったが、医局の中ではそれは後退であり、治療者の負けとみなす雰囲気があった。そしてとりあえず危険でさえなければ疎通がまったくできない幻覚妄想状態の患者でも開放処遇されていた。

私が担当していた患者さんの1人で、お尻の割れ目が見えるほど下がったスボンを履き、週に1回は水中毒のために保護室にいれられるような慢性統合失調症の男性がいた。真冬でもサンダルで病棟と外をつなぐ吹きさらしの廊下を自由に歩いていた。人を見かけるとニヤニヤ笑い、意味の通じない話をしてくる。私は息子を肥前の保育所に3年間通わせていた。ある日、保育所にお迎えにいき、帰りの車の中で話していると、息子は患者さんからゆで卵をもらったという。話を聞くと、まさしくその男性患者である。5歳の息子と50歳の慢性統合失調症患者がやりとりできることに驚いたし、またこんな環境があることが流石、肥前療養所なのだとも思った。もし、普通の保育所に統合失調症の入院患者がやってきて、園児にゆで卵を渡して食べさせたら大問題になるだろう。しかし私がいた当時の肥前ではそれが当たり前の日常だったのである。

価値観とは

価値観とは正義とか人権とかような大きなものではない。何を日常と感じ、何を異常と感じ、何を好き、嫌いと感じるか、のような感覚のことである。先のゆで卵のエピソードを読んで「いつのものかわからない卵を食べたら食中毒になるじゃないの!」「近所を精神病患者がうろうろする保育園に子どもを預けるなんて!」と思うほうが、今の日本の日常的な感覚だと思う。精神障害者に対する差別感情を偏見と呼ぶこともある。衛生・安全・規律を守ろうとする気持ちは価値観と呼ばれて尊重され、同じ気持ちを理由に人を区別する場合は偏見と呼ばれる。根は同じである。

改めて今井からの最近のメールを読み、そして最初からのメールを読み直すといくつかのことに気付く。もちろん、メールのやり取りをみて今井の学ぼうとする意欲、素直さには読者も気付いただろう。しかし、それだけではない。今井の感じ方、価値観が原井が最初に肥前に来た時の感動と一致しているのだった。それが奥底で二人をつないでいて関りが3年間を超えることになったのだろう。

こうした価値観は誰かに教えてもらって変わるものではない。CBTで認知修正ができる、良い治療マニュアルと研修を整備すれば、治療の技術も向上すると思い込んでいる人は大勢いる。CBTで認知修正すれば、たとえば「統合失調症の患者がうろうろする保育園に子どもを預けるなんて!」と思っている親が変わるのだろうか?もし、そう思っている人がいるとしたらCBTに毒されていると言ってもよい。長い間大切にしてきた理論であっても、その間違いを認め、修正できると思っているとしたら、そのCBT治療者は馬場先生の足元にも及ばないだろう。

まとめ

読者は今回のメールスーパービジョンについてどのような考えをもたれただろうか?もしよければ編集部か筆者までメールを送って頂きたい。原井はhharai@cup.comである。

次の最終回は、2012年1月から2017年11月まで、なごやメンタルクリニックで毎月1回行っていた症例検討会「なごや強迫などなど研究会」(NAKNAK)について取り上げる。参加者が持ち寄ったケースを検討する会だった。この会の常連の1人だった心理士との共著にする予定である。

参考文献

  1. 馬場謙一. 精神療法の中断と成功. 精神療法. 2018;44(1):4–5.
  2. Eysenck HJ, 宮内勝, 藤山直樹, 中込和幸, 中野明徳, 小沢道雄. 精神分析に別れを告げよう―フロイト帝国の衰退と没落. 批評社; 1988.
  3. 中島勝秀, 川口弘剛, 原井宏明, 免田賢, 山上敏子. 対人場面における眼球運動の研究. Seishin Igaku. 1991;33(3):275–81.
  4. 大坪陽子, 原井宏明, 稲垣幸司, 瀬在泉. 動機づけ面接治療整合性尺度日本語版(Motivational Interviewing Treatment Integrity 3.0 Japanese Version)のトレーニングに関する予備的検討. 行動療法研究(0910-6529)行動療法研究. 2016;42(1):99–106.
  5. 今井淳司, 原井宏明, 林直樹. BPD治療における精神療法の統合 -弁証法的行動療法(DBT)と動機づけ面接(MI)の観点から-. 精神療法. 2016;42(2):208–14.
  6. 原井宏明, 岡嶋美代. 図解やさしくわかる強迫性障害 : 上手に理解し治療する [Internet]. 東京: ナツメ社; 2012 [cited 2016 Sep 7]. 160 p.
  7. 岡田靖雄. 肥前療養所の伊藤正雄-精神科病院全面開放の先駆者. 日本医史学雑誌 [Internet]. 2009 [cited 2018 Feb 5];55(2):164.

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