原井宏明, 岡嶋美代 (2009). 【対人恐怖】 対人恐怖を何で治すのか? EBMの視点. こころの科学, (147), 59–66.

あなたがもっとも知りたいこと

あなたは誰か

あなたは読者である。誰のために,何のために,これを読んでいるのか考えてみよう。おそらく次の4つのパターンのどれかに入るだろう。

  1. 他人のために,その人の苦しみを自分が取ってあげるために
  2. 他人のために,その人の苦しみを取ってくれる他人を見つけるために
  3. 他人のために,その人に提供する知識を増やすために
  4. 自分のために,自分の苦しみを自分で取るために
  5. 自分のために,自分の苦しみを他人に取ってもらうために
  6. 自分のために,自分の知識を増やすために

1は治療を生業にしている人が入る。医師や心理士のようにクライエントをとって,サービスを提供し,対価を受け取ることで生活をしているプロの治療者である。2はプライマリケア医師や保健師,あるいは対人恐怖を訴える我が子を救いたいと願う親が入るだろう。3は大学などで人に教えることを生業にしている教師である。

4と5は自分自身が苦しみ,その苦しみは対人恐怖のせいだ,対人恐怖を取りたいと思っている人達になる。患者本人である。4は自己治療しようと思っている人になるし,5は良い治療者を探し,その人に治療を任せたいと思っている人になる。この中に,治療者だけでなく治療薬を探している人も含めることにしよう。6は純粋に知的好奇心のために読んでいる読書家である。

この雑誌の想定読者には患者本人も含まれる。6に該当する読者は例外だが,他の読者は全て4,5の人に役立つことが自分の目標にしているはずである。ここでは,4,5の人に役立つことを書くようにしよう。なお,この原稿では対人恐怖=社会恐怖=社会/社交不安障害ということにする。病気の種類よりも,治療の種類にこだわりたいからである。この論文の骨子は(13)を元にしている。

自分の苦しみを取るために

あなたが自分のために,自分の苦しみを取るために読んでいるとしたら,自分の苦しみのもとは対人恐怖だと思っているはずだ。思うだけではなく,医師や心理士などから既に“あなたは社会/社交不安障害だ”と告げられているかもしれない。そして,いくつか治療の選択肢を自分で調べたり,告げられたりしているだろう。この特集の中でも認知行動療法や森田療法がとりあげられている。すでにいくつか治療を試しているかも知れない。恐怖を感じる対人場面に出てみる,症状を出さないように努力する,というような独力でできる努力はすでに試みておられるだろう。そしてそのような努力が美を結んでいないから,この章を読んでいるはずだ。そして,対人恐怖を他人に取ってもらえるのか?薬に取ってもらえるのか?この二つの疑問への答えが“イエス”ならば,どこで取ってもらえるか?これらがあなたがもっとも知りたい疑問になるはずである。最後の疑問への答えが“米国”であったならば,最初の疑問への答えの価値がない。あなたが米国で治療を受ける人ならば,そもそもこの雑誌を読んでいない。

EBMとはまず臨床的疑問の定式化である

EBM(Evidence Based Medicine)は日本語では“根拠に基づいた医療”と訳され,“患者の治療において現在入手可能な最強のエビデンスを良心的,明示的かつ賢明に応用すること”,と定義される(9)。EBMにおいて現在得られる最強のエビデンスとは無作為割りつけ臨床試験(Randomized Controlled Study, RCT)とそれを統合した系統的レビューである。ただし,EBMの最も大切な部分はエビデンスそのものではない。最強のエビデンスが手元にあっても,使い方が間違っていれば意味がない。エビデンスを患者の利益のために賢明に応用する方法こそが,EBMの神髄である。EBMは臨床的問題をステップバイステップに解決する手法であると言い換えることができる。最初のステップは臨床的疑問の定式化と呼ばれる。例えば,PECOと呼ぶ方法がある。Patient(どんな患者),Exposure/Intervention(何をすると),Comparison Interventions(何と比べて),Outcome(どんな結果が欲しいか)のそれぞれに具体的な事柄を当てはめて疑問をつくりだすのである。

今回の場合,Pは,あなた自身であり,対人恐怖に悩み,それを自力で克服することに失敗し,他人に取ってもらえるのか?薬に取ってもらえるのか?と思い悩んでいる人になる。Eは具体的な治療法になる。Cは他の治療や自然経過になる。Oは本来,あなたが自分で決めることである。対人恐怖の苦しみを無くすだけであれば人前を避ければよい。あなたにとっては対人恐怖を無くすこと自体は目的ではなく,人前で望むように振る舞えることが欲しい結果だろう。人並みに振る舞い,年齢相応の社会的役割を果たせるようになりたいと願っていることだろう。

以上のようなPECOで治療に関する臨床研究をPubMedやPsychInfoを使って調べると次のようなことがわかる。選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor, SSRI)やクロナゼパム,モノアミン酸化酵素阻害剤などの薬物,認知行動療法,集団療法,ソーシャルスキルズトレーニング(Social Skills Training, SST)について数多くの臨床研究がある。日本語では森田療法が良く取り上げられているが,森田療法の効果を立証できるような無作為割りつけ臨床試験(Randomized Controlled Study, RCT)はない。精神分析は英語で日本語でもほとんどない。

さらに年代ごとに調べると次のようなことがわかる。1980年以前から米国以外の世界各地で治療が行われてきた。対人恐怖に対して日本では森田療法が,社会恐怖に対しては英国やカナダなどの米国以外の英語圏諸国の行動療法家がエクスポージャーを中心にした行動療法を行ってきた。社会恐怖の疾患概念は持たなかったAlbert Ellisも,論理情動行動療法(Rational Emotive Behavior Therapy, 以下REBT)と恥さらし訓練(Shame-Attacking Exercises, 以下SA) (3)を用いて1960年代から社会場面で恥をかくことに対する恐怖を治療してきた。1980年代から,社会不安障害(Social Anxiety Disorder, 以下SAD)という病名が出現し,同時にセロトニン再取り込み阻害剤(Selective Sertonin Reuptake Inhibitor,以下SSRI)を代表とする薬物療法と認知再構成を代表とするCBTの研究が米国を中心に急増した(10)。

ここまで分かったとすると,次のようにCを考えたくなる。80年以降に新しく導入されたSSRIや認知行動療法と80年以前の行動療法やREBTを比較する必要があるのである。新しい治療が古い治療よりも効果が優れているというエビデンスはない。さらに,SSRIや認知行動療法が優れているとしても,実際に受けられる治療が優れているかどうかはわからない。研究で使用されたパロキセチンと日本の薬局で処方されたパロキセチンが違う,と信じる根拠はないが,研究で行われた認知行動療法と日本の治療者が行う認知行動療法には違いがある,と信じる根拠はある。あなたが治療を受けたいという人ならば,どこで誰から受けると良いかを知りたいはずである。文献である治療が良いと分かっても,それだけなら絵に描いた餅である。実際にあなたが受診しようとする治療施設の治療成績が,文献のそれを下回っているとしたら,期待はずれというものである。

著者自身の疑問:治療の実績

他人の治療成績を知りたいのと同じぐらい,私は自分の治療成績も知りたい。著者自身の治療成績をみてみることにしよう。

著者の認知行動療法歴

著者は25年間,精神科医/行動療法家として臨床に携わってきた。SSRIが上市される前から対人恐怖の患者を診療していた。この頃の薬物療法は試行錯誤であった。行動療法としては一般の恐怖症の治療に準じて不安階層表をつくり,社会場面に対する段階的エクスポージャーを使っていた。セルフモニタリングや集団療法,社会技術訓練(Social Skills Training, 以下SST)も行った。認知革命(12) 以降は認知を直接の治療ターゲットにおくことが通例になり,著者も3カラム法などの認知再構成を行うようになった。

しかし,著者にとって対人恐怖の治療成績は満足できるものではなかった。認知行動療法で50%以上の改善が得られることはなかった。エクスポージャーは事前に不安階層表を作り,計画的かつ段階的に一時間程度,十分に時間をかけて行うことが普通である。乗り物恐怖や不潔恐怖の場合,恐怖対象が予測不能な動きをすることはない。計画通りのエクスポージャーができるのである。対人恐怖におけるエクスポージャーはそうはいかない(2)。社会場面の本質は何が起こるか予測できないことである。一時間かけるつもりでも,恐怖対象の人物はその前に勝手に立ち去る。慎重に細かく計画を作っても,現実の社会場面で何が起こるかは,その場になるまでわからない。不安が上がるかどうか,下がるかどうかは現場に行ってみるまでは分からない。

SSTによって訓練状況での一定のスキルの獲得はできる。認知再構成や問題解決訓練は患者の気持ちをセッション中,楽にさせることに役立つ。しかし,スキルや認知だけでは社会的場面に出て行く度胸にはつながらず,実際の社会場面での経験を積まない限りは,訓練はいつまでたっても“畳水練”である。どんなことでも,現場で実際にやってみる以上に良い方法はない。

著者の薬物療法歴

著者は製薬会社から受託する臨床試験にも積極的である。著者が治験責任医師となった試験に登録した症例数は過去10年間で約200例になる。対人恐怖についても二薬剤の臨床試験を受託している。2001年からフルボキサミンのプラセボ対照臨床試験を行った(14)。これは,うつ病などを合併していない社会不安障害の患者を対象に10週間,プラセボかフルボキサミン150mg,300mgをランダム割り付けし二重盲検下で投与するものである。アウトカム評価にはLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS) (15)が用いられた。など精神療法の併用はすべて禁止された。この結果は著者にとって驚くべきものであった。重症度が50%以下低下した患者は実薬群7人のうち4人だった。プラセボ群4人のうち1人で50%以上の低下があった。著者がそれまで行ってきた認知行動療法ではそこまでの成績は期待できなかったのである。診断と説明,LSASによる毎週の評価,セルフモニタリングを含む服薬管理,そして薬物による10週間の治療成績が,手間暇をかけた精神療法の成績を上回ることは著者にとってショックだった。

第三世代の行動療法

この後,臨床試験の成績を上回るCBTの方法を検討するようになった。そのアプローチの一つがアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy,以下ACT)である(6)。ACTは機能的文脈主義に基づいた治療方針であり,第三世代の行動療法と呼ばれる。関係フレーム理論や刺激等価性に代表される言語の機能とルール支配行動,経験回避の結果,うつや不安が度を超した苦悩となり,病的になるとするものである。第二世代の認知行動療法と異なり,疾患の原因に関する認知モデルを仮定せず,認知再構成を行わない。2005年からACTに基づいた治療と恥さらし訓練を加えるようになった。

臨床試験の成績と認知行動療法を用いた場合,ACTの場合を比較してみよう。

対象患者

1998~2007年までに対人恐怖を主訴として菊池病院を初診した患者の中で次の条件を満たす患者について治療成績を比較した。1)主診断が対人恐怖(社会/社交不安障害)。2)観察期間が4週間以上あり,初診時と4週以降の時点でLSASによる評価が行われている。精神病性障害や重いうつ病エピソードを合併した症例は除外した。48名(男性27名,年齢平均34歳,女性21名,同32歳)が該当した。

治療方法 6種類

これらの患者について治療内容を調べた。フルボキサミンやパロキセチンをプラセボと比較した臨床試験に参加した患者が20名,通常治療を受けた患者が28名であった。臨床試験と一般診療での調査は菊池病院治験審査委員会と研究倫理委員会の承認を得ている。

臨床試験群(高用量,低用量,プラセボの3群)

高用量(フルボキサミン300mg,パロキセチン40mg)と,低用量(それぞれ150mg,20mg),プラセボをランダム化割り付けによって投与した。6週目まで毎週,以降は2週毎に受診させた。薬は初期用量から受診毎に強制的に増量し,所定の用量に到達したところで維持した。

通常治療群 (認知行動療法+薬物療法)

患者の都合に応じて受診間隔や薬物を変更した。治療は次の順序で行った。最初に対人恐怖に関する心理教育と治療の選択肢の説明を行った。薬物療法と基本的な認知行動療法を行った。フルボキサミンを投与されたのは18名で,最大一日投与量の平均は179mgであった。パロキセチンを投与されたのは4名で,最大一日投与量の平均は30mgであった。認知行動療法は(11)に準じている。セルフモニタリングと3コラム法による認知再構成,不安階層表の作成,エクスポージャーを含む。さらに希望する患者はグループ認知行動療法(以下,CBGT)に導入した。これは数人の患者が毎月1~2回集まり,セッション内でのエクスポージャーとSSTを行うものである。

ACT群

治療は大まかな方針の説明と,認知デフュージョンやたとえ話,ゲーム的なエクササイズを随時行うことによって進む。恥さらし訓練は1セッションをグループで行った。これはもともと,HaysのContents on Cards Exercises (5)として始めたものであり,認知デフュージョンのためのエクササイズである。エリスのShame-Attacking Exercisesと同一の方法であると指摘された2006年からは“恥さらし訓練”と呼んでいる(8)。

認知再構成やSST,従来の段階的エクスポージャーの目的は社会場面に対する適切な対処行動を事前に身につけることである。しかし,社会場面は事前にどのようなやり取りが生じ,どの程度続くのかを予測できない。今まで学んだ一切の対処行動が役立たないような予測不能な社会場面で,予測不能な体験をすることを回避しなくなることが,社会場面に出るために必要なことである。恥さらし訓練は,“予測不能な社会場面で予測不能な恥をかき,未曾有の症状を人前で経験すること”に対するエクスポージャーである。ACTは,症状をコントロールしようとする努力と経験回避によって患者の病理的行動が維持されるとしている。症状のコントロールが無用だということを実際に体験で学ぶことが恥さらし訓練によってできる。恥さらし訓練はエクスポージャーであるが,目的は“不安を下げる”ことではなく,“不安を満喫する”ことである。

ACTは不安を進んで経験することを促す。ACTは実践面では認知行動療法に似ているが,治療の方向づけは森田療法やフランクルのロゴセラピーに近い。実験心理学を臨床に応用したという点では認知行動療法と同じであり,森田やフランクルのような個人の独創から生じたものではない。

恥さらし訓練は具体的には次のように行った。患者が自分が最も人に知られたくない恥だと思っている自分の性質をA5のカードに書き記し,それを他人によく見える胸の前や前額部に貼り付け,人混みの中を歩き回り,見知らぬ人に読んでもらうようにする。カードの文面の例として“ごくつぶし,仕事ができない,バカなすねかじり”などがある。ACT群の患者では,以前から投与されていた薬を除いて新たに薬物は使わないようにした。

結果

治療の結果はLSASで評価した重症度の変化量の平均と,変化量を元にして寛解と反応,不変に分けたときの割合をみるようにした。治療後のLSASは,臨床試験参加群は治療開始後10週後の値を,通常治療群とACT群は最後の受診日の値を採用した。通常治療群とACT群の治療期間は4週~138週,平均30週であった。

治療開始前後のLSASとLSASの減少率(治療後のLSASから治療前の値を引き,それを治療前の値で除した数値の%)を表に示した。LSASの減少率の平均は,臨床試験高用量群は60%,低用量群は20%,プラセボ群は15%,通常治療群は40%,ACT群は76%であった。

table1

治療転帰(寛解と反応,不変)をBallenger(1)の基準に基づいて,寛解:LSASの減少率が70%以上,反応:35%以上,不変:それ以下,とし,その結果を図に示した。寛解した患者の割合では,臨床試験高用量群は43%,低用量群は0%,プラセボ群は17%,通常治療群は15%, ACT群は63%であった。寛解する可能性からみれば,ACT>臨床試験高用量であり,通常治療はプラセボと変わらない。寛解+反応からみれば,通常治療は臨床試験低用量やプラセボに勝る。

graph1

あなたが治療を選ぶために

ベンチマークとしての臨床試験

あなたが治療を選ぶならば,治療成績の良いものを選びたいはずである。良いか悪いかには基準があると良いし,そのような基準をベンチマークという。地形を測量するときに利用する水準点のことである。臨床試験の治療成績は良いベンチマークになる。臨床試験ではプロトコールを厳格に守る必要があり,治療法の自由な選択や追加は許されず,精神療法は最低限であることを義務づけられる。薬のさじ加減はありえない。このようにしてどこの施設でも誰が主治医でも同じ薬なら同じ成績が出るようにしているのである。対人恐怖に対する治療の系統的レビューやメタアナリシス(7)(4)によれば、SSRIのプラセボ対照ランダム化試験(RCT)では,改善以上の患者は実薬群40~50%,プラセボ群はその半分になる。LSASの値は治療終了時に実薬群はプラセボ群の半分程度になる。菊池病院での臨床試験群の成績とほぼ同じであるから,この成績は理想的なベンチマークである。言い換えれば,治療者が自分の経験や判断を活用して薬をさじ加減し,認知行動療法も併用するような治療の成績が,臨床試験の成績=ベンチマークを超えられなかったら,治療者の経験や判断,さじ加減,認知行動療法は無用の長物ということになる。

2005年まで行っていた認知行動療法と薬物の併用は臨床試験低用量,プラセボよりは良かった。一方,臨床試験高用量群には負けている。薬物を併用していることを考えると,筆者の経験や判断,認知行動療法は薬の前には無用の長物ということになる。著者が1991年から積み重ねてきた対人恐怖の治療経験は役立たなかった。2005年から導入したACTによってようやく薬に勝った,ということになる。

実際の患者の治療の選り好み

あなたが治療を選ぶとき,成績が同じならば,楽で面倒のないものを選びたいはずである。副作用も避けたいはずである。しかし,あなたが対人恐怖なら,副作用はそれほど苦にしない。臨床試験でも通常治療でも副作用を理由に薬物療法を嫌がる例はほとんどなかった。増量を予定通りにできなかったのは1名だけであり,これは吐き気のためであった。増量後に患者が薬を止めた例は,すべてLSASが不変であった例である。無効だったから飲むのをやめたのである。副作用を理由に薬を止める率はうつ病や他の不安障害と比べると対人恐怖は低い。

寛解した12名のうち,薬を使わなかったのは臨床試験でプラセボが割り当てられた1名とACTの2名である。残り9名は薬物を服用し,その後も服薬を継続している。寛解後も薬物を続ける患者は全体に,短時間の面接を好み,中には,会話なしで処方箋だけもらうようにしたいと希望する例もあった。

一方,通常治療の中で,グループ療法を受けたのは半数以下であった。さらに,ACTを受けることを選んだのは患者全体からみれば1/3以下であった。グループやACTの治療を受けない理由は患者の拒否であった。辛い面倒なことなしに,薬を飲むだけで治りたいのである。

この研究は治療をランダム割付していない。ACTを受けることを患者が選ぶこと自体が,対人恐怖の改善を意味している可能性がある。薬物を嫌う患者は少ないが,恥さらし訓練は一部の患者しか選ばない。実際の有用性という点では薬物療法の方が優れている。

薬物療法の精神療法的機能

症状のコントロールを止めることが必要だということは,薬物療法にも当てはまる。対人場面での不安をコントロールする薬,不安をなくす薬を患者が求め,治療者が処方することは症状のコントロールにこだわることである。“不安が無くなれば,回避が無くなり,人と普通につきあえるようになる”と考えることは,“不安がある限り回避する”ということである。これでは対人恐怖は治らない。認知行動療法を使った通常治療よりも臨床試験の方が良い結果が得られたのは,後者では対人恐怖に効果があるかどうかが事前に患者にも治療者にもわかっていなかったからだろう。臨床試験では,不安をコントロールする方法が患者に与えられることはない。不安や回避が変わってきたことをLSASによってフィードバックするだけである。このような方法が,患者が変わることを促進するのだろう。

まとめと他に

臨床試験と通常治療のデータを比較し,そしてACTと恥さらし訓練を紹介した。恥さらし訓練は効果が高かったが,受けたのは患者の1/3程度であった。認知行動療法の効果は臨床試験高用量に劣り,有用性に疑問があった。恥さらし訓練はアルバート・エリスが1960年代から行っていたものである。これから考えると,1980年代以降の認知行動療法はそれ以前の治療法よりも効果において勝っているとは思えない。

ACTは臨床行動分析学の一つの応用である。その行動分析学には“行動内在的随伴性”という重要な概念がある。人間が自然に習得し維持している行動の多くのものは当初は外的な強化子によって形成,維持される。そのうちに,その行動をすること自体が強化子になり,外的な強化が不要になるという概念である。社会行動は行動内在的随伴性が必要な行動の代表的なものである。人が人と交流するのは,そうすれば良い結果が得られると期待しているからではない。人と交流すること自体に強化が内在するからである。そうでなければ社会行動は続かない。対人恐怖の患者に対しても,治すために恥をさらせ,逃げるな,というだけでは治療につながらない。たとえやったとしても,治療の最終的な目標であるべき社会生活の改善にもつながらない。ACTを受けた患者は通常治療群の1/3程度であった。恥さらし訓練を行うためには患者に勇気が必要である。どのような認知が起ころうが,どのような不安が起きようが,どのような対処不能な不測の事態や大恥をかく場面に出くわそうが,他人と交流すること自体に大事だと患者自身が思うようにならなければ,勇気は起きない。対人恐怖を治すためには,不安を下げることではなく,人と付き合うこと自体に患者が価値を見出すように援助することが必要になる。

人と交わりながら生きていくこと自体に存在する価値を日本語では“生き甲斐”という。

参考文献

 

1)           Ballenger JC. Clinical guidelines for establishing remission in patients with depression and anxiety. J Clin Psychiatry, 60;29-34, 1999.

2)           Butler AC, Chapman JE, Forman EM, et al.: The empirical status of cognitive-behavioral therapy: a review of meta-analyses. Clin Psychol Rev, 26;17-31, 2006.

3)           Ellis A. Rational Emotive Behavior Therapy: It Works for Me – It Can Work for You. Prometheus Books, New York, 2004.

4)           Fedoroff IC, Taylor S. Psychological and pharmacological treatments of social phobia: a meta-analysis. J Clin Psychopharmacol, 21;311-24, 2001.

5)           Hayes SC, Strosahl KD, Wilson KG. Contens on Cards Excersize; Acceptance and commitment therapy: An experiential approach to behavior change. In. New York, NY, US: Guilford Press; 1999. p. 162.

6)           Hays S, C., Smith S. Get out of your mind into your life. New Harbringer, Oakland, 2005.

7)           Stein DJ, Ipser JC, Balkom AJ. Pharmacotherapy for social phobia. Cochrane Database Syst Rev;CD001206, 2004.

8)           岡嶋美代, 原井宏明. 境界性人格障害と呼ばれそうな20代女性に対するSADグループ治療. In: 日本行動療法学会第32回大会発表論文集; 2006 2006/10/23; 東京都; 2006. p. 82-83.

9)           原井宏明. エビデンス精神医療手取り足取り 3 エビデンスの検索. 臨床精神医学, 28;1285-1291, 1999.

10)          原井宏明. 社会恐怖/社会不安障害. In: 坂野雄二. 丹, 杉浦義典, editor. 不安障害の臨床心理学.  p. 55-74, 東京大学出版会, 東京, 2006.

11)          原井宏明. 社会恐怖の認知行動療法

人はなぜ人を恐れるか. In: 坂野雄二, 不安・抑うつ臨床研究会, editors.  p. 85-98, 日本評論社, 東京, 2000.

12)          原井宏明. 不快な情動に対する認知行動療法 -不安とうつに共通するものと異なるもの,そして治療-. 分子精神医学(1345-9082), 7;96-97, 2007.

13)          原井宏明, 岡嶋美代, 中島俊. 社会不安障害の薬物療法 ―臨床試験と一般臨床の違い・認知行動療法との併用―. 臨床精神医学, 36;124-138, 2007.

14)          原井宏明, 吉田顕二, 木下裕一郎, et al.: 【社会不安障害(SAD)の薬物療法】 社会不安障害の薬物療法のエビデンス. 臨床精神薬理(1343-3474), 6;1303-1308, 2003.

15)          朝倉聡, 井上誠士郎, 佐々木史, et al.: Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性及び妥当性の検討. 精神医学(0488-1281), 44;1077-1084, 2002.

 

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