2014/12/31予定JIM 9)動悸・息切れをきたす精神科疾患

注意 印刷前の草稿です。引用はお控え下さい。
Question & Answer
Q:積極的な治療を始めるタイミングは?
A:動悸や息切れは発熱と同じようなポピュラーな訴えです。パニック障害としてすぐに積極的な治療を開始するのではなく,1,2週間,何もせず自然経過を見ることが役立ちます。
Keyword:健康不安,回避,認知行動療法,動機づけ面接,ベンゾジアゼピン依存,SSRI
■Case
題名 動悸を訴え内科を頻回に受診する高齢女性
患者:70代 女性
家族歴:数年前に夫が病死
既往歴:特になし
現病歴:生来,社交的で活発。子どもたちは結婚し,独立。夫の死後も元気で合唱団,旅行など,一人暮らしを満喫していた。かかりつけの病院もなかった。1年前,夜間に動悸,息苦しさが突然生じ,近くの総合病院内科を受診した。心電図検査で軽い心室性期外収縮が発見された。その後,動悸と息苦しさを気にするようになり,夜間救急を多いときは週に3,4回,受診するようになった。内科的には期外収縮以外には特に大きな問題を認めない。合唱や旅行を止め,人付き合いも避けるようになった。内科医からは抗不整脈薬とエチゾラムを処方されていた。指示以上に服用することはないが,薬の副作用を気にするようになり,記憶が落ちてきた,認知症になるのではないか,足下がふらつく,転倒するのではないか,と心配ばかりするようになった。様子を心配した息子が不安障害を専門にする精神科医をネットで見つけて転医させた。
治療:
息子と一緒に受診した。本人は精神科を受診したことで,さらに落ち込んでいるようだった。患者は1年前には誰からも好かれ,一人で何でもできる元気な高齢者だった自分が,息子の手を借りなければならない精神を病んだ老婆になったことを苦痛に感じるようだった。そしてもこの先には悪いことしか想像できず,自分の想像がさらに本人を落ち込ませているようだった。本人の健康に対する不安が今の動悸の原因になっているのである。
パニック障害の診断を説明した上で,患者の惨めな気持ちと心配に共感するようにした。そして,精神科を受診したことを是認した。認知行動療法の基本的なツールであるセルフモニタリングを説明し,毎日,自分の心配内容を日記に書かせ,そして日常で不安を感じない時間帯が本人に分かるようにした。外出する前,友人に会う前には不安や疲労を感じるが,その最中には感じることはなく,終わった後はむしろ前よりも気分が良いのである。何か行動する前の不安や心配が患者の行動を束縛していたのである。前医からは特に薬は変更せず,毎週,外来受診をさせることにした。
翌週,セルフモニタリングを書いてきていた。将来,息子たちの荷物になることを心配していた。それを書いたこと,そして子どもたちの幸せを願う気持ちを是認した。同席した息子とも話し合い,現在の問題点として,エチゾラムへの依存,動悸など身体的不調に対する過度の感受性,そして外出などの活動回避があることを共有するようにした。エチゾラムを長時間型のベンゾジアゼピンに置換し,SSRIの一つであるサートラリンを開始することにした。
1ヶ月後には,救急受診をしなくなり,もともと行っていた合唱団や旅行を再開するようになった。
■JIMノート1 パニック障害
心臓神経症やダ・コスタ症候群,自律神経失調症,不安神経症と呼ばれていた疾患群の中で,特に不安発作と広場恐怖に注目して概念化した診断である。認知行動療法とSSRIなどの抗うつ薬で長期予後が改善できることがはっきりしている。一方,プラセボ反応も高い。適切な心理教育だけでも改善することがある。
■JIMノート2 健康不安
疫学の概念に疑陽性と偽陰性がある。健康不安とは疑陽性に惑わされる病気である。癌ノイローゼ,機能性胃腸症など検査を繰り返し,大丈夫と言われても自覚的な異常感覚に惑わされて,受診を繰り返す。この一群の背景にあるのは自分自身の健康維持に関するこだわりである。心気症とも呼ばれる。生来健康で病院とは無縁であったことと些細なことを大きく捉えやすい不安感受性が原因になる。健康不安は高齢になるほど有病率が高くなる。
■JIMノート3 ベンゾジアゼピン依存
エチゾラムは半減期が6時間と短いベンゾジアゼピンである。短半減期のベンゾジアゼピンを常用すれば,依存を形成し,止めようとすると不快な離脱症状に苦しめられることになる。高齢者では転倒のリスクがある。即効性と安全性の点では有用だが,使用には慎重さが必要である。
■JIMノート4 SSRI 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)
即効性がないが,それは心理的依存を形成しないことも意味する。不安感受性を下げることができ,併用薬の問題をクリアできれば,高齢者に長期服用させても問題は少ない。積極的な薬物療法を行うならばSSRIが第一選択になる。
■One more JIM
Q 精神科専門医を紹介するタイミングを教えてください。
A 二つ問題がある。精神科受診の動機づけと専門医探しである。
患者は自分の問題は体の問題であり,己の心の問題ではないと信じて受診してきている。そのような患者にとって自分の問題を心の問題と認識し,精神科を受診することはコペルニクス的転回に等しい。患者に対して「精神科に行け」と説得することは逆効果を生む。医原性のベンゾジアゼピン依存症を作らないように気をつけながら,患者の考えが変わるタイミングを待つことが一番良い。
精神科・心療内科を標榜するクリニックはこの十数年で増加している。一方,精神科医ならばどれも同じというのは大きな間違いで,特に不安障害や認知行動療法に関しては医師の間のバラツキが大きい。心気症や強迫性障害については一度も治したことがないという精神科医は普通である。認知行動療法についても本で読んだことがある程度の精神科医が大半で,認知行動療法で患者を寛解・治療終結にまで持って行ける医師は極めて珍しい。大半の精神科医の治療はベンゾジアゼピン系薬物を投与するだけである。精神科・心療内科という標榜科も医師の見分けには役立たない。
自身が行った実際の治療成績についての論文を書いている精神科医であれば信用できるだろう。また認知行動療法を専門にしている心理士への紹介も役立つかもしれない。ただし,心理士は精神科医以上に玉石混淆である。民間資格の“臨床心理士”の大半は伝統的なロジャーリアンカウンセリングや精神分析などをしており,認知行動療法を実践した経験がないことにも気をつけてほしい。

文献
原井宏明. (2010). 対人援助職のための認知・行動療法―マニュアルから抜けだしたい臨床家の道具箱. 東京: 金剛出版.
パニック障害の患者を取り上げ,患者によかれと思って行った治療が医原性の慢性化につながる場合と,エビデンスに沿った認知行動療法と薬物療法が社会復帰につながる場合とを並列して示している。
原井宏明. (2012). 方法としての動機づけ面接. 東京: 岩崎学術出版.
動機づけ面接に関する概説書である。強迫性障害の患者に対し,認知行動療法を動機づける面接場面が逐語で解説されている。
原井宏明. (2012). うつ・不安・不眠の薬の減らし方 (p. 230). 東京: 秀和システム.
ベンゾジアゼピンやSSRIの作用や依存などについて行動薬理学の立場から解説している。実際の患者の体験談を元にして,依存症からの離脱,認知行動療法の適用の仕方を示す。

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