変わり続ける肺高血圧症治療と患者をつなぐコミュニケ―ション:動機づけ面接(草稿)

動機づけ面接とは

「動機づけ面接(Motivational Interviewing;以下,MI)」とは,協働的な会話スタイルによって,その人自身がもつ変化への動機づけを強めていく方法である(1)。1980年代に心理士であるウィリアム・R・ミラー(米国ニューメキシコ大学)ステファン・ロルニック(英国カーディフ大学)により開発された。使われる技術はOARS(開かれた質問、是認、聞き返し、サマライズ)である。面接を進めていくプロセスは関わる、フォーカスする、引き出す、計画するの4つに分けられている。これだけで言えばシンプルなカウンセリング技法である。最初はアルコール依存症に対する介入方法の研究から始まった。

MIは「こうすれば患者がこちらの思うようになってくれるはず」というような意図的な介入方法とは反対の場所から生じてきている。依存症の患者に対して「良い」とされるやり方を治療者が教えこもうとしたら、患者自らに任せた場合よりもかえって依存症が悪化したという経験がMIの根源にある。「良い」やり方は治療者の知識の中ではなく患者の中にあることを発見し、それを引き出すことがMIである。もともとはミラーとロルニックにとっては意図せざる産物であったが、いま振り返ってみるとある意味で当たり前のことである。人間は朝に起きることから、夜に寝ることまで自分のことは自分で決めたい。

その後、アルコール以外の依存症はもちろん、他の精神疾患や健康行動,保健行動など様々な領域にも応用されるようになり,エビデンスが蓄積されてきた。この中には糖尿病の患者に食事療法をさせることはもちろん(2)、臓器移植が必要な患者や末期がんをもつ患者に対する緩和ケアの導入のように決断を促す場面でも使われるようになった(3)。近年は肺高血圧症の診療の場にも応用されるようになり、効果を上げている。

変化しつつある肺高血圧臨床において「効果」とは?

肺高血圧症(Pulmonary Hypertension,以下PH)が診断名として確立されたのは1891年のことである。それからおおよそ100年間、この疾患の診断方法や病態の理解は進んだが、治療自体はその予後を変えるまでにはいたらなかった。いったん確定診断がついてしまうと残された余命は数年以下しかなかった。それが1995年に導入されたエポプロステノールによって大きく変わった。ある研究によれば診断がついてから10年以上生き延びる患者が62.6%に及ぶようになった(4)。このように比較的短期間に新薬が次々に開発され、予後が飛躍的に改善するような疾患領域では患者に新しい治療法を提案することが多くなる。

一方で、いままでの常識を覆すような効果的な治療法が出現しても、実際に患者がそれを受け入れなければ意味がない。医療者は新しい治療法の存在を知ると「効果がある」というそれだけの理由で治療を患者に受けさせようとする。医療者にとってはある治療を受ける理由として、効果があることだけで十分であり、それ以外の要因を考慮する必要もなく、効果自体の意味を考えることはあまりないだろう。

実際には「効果」にはさまざまなレベルの違いがある。たとえばC型肝炎は長い間、長い経過を経て肝硬変から肝臓がん、そして死に至る病だった。ウルソデオキシコール酸などの肝庇護療法-要は対処療法である-を行い、経過を遅らせるぐらいしかなかった。経過を遅らせるだけでも効果があると言うだろう。1990年代にインターフェロン療法の登場し、かなり変わった。しかし、かなりの副作用に耐える必要があり、ウイルスの完全な排除はあまり期待できなかった。2010年代になり、直接作動型抗ウイルス薬の登場でまったく変わった。肝炎ウイルスを体から完全に排除して「治癒」させることが現実的な目標になった。

一方、数多くある医療技術を見渡すと、C型肝炎に対する直接作動型抗ウイルス薬のように「治癒」にもっていけるものはごく一部である。PHの医療は対処療法の域を超え、大きく進歩したものの、C型肝炎の医療のような「治癒」を目標にできる領域にはまだ達していない。C型肝炎で言えばインターフェロン療法の時期といえば良いだろう。そうした変化がおきつつある時代に患者に「効果」を受け入れさせるためにはどうしたらよいのだろうか?

医師が犯しがちな過ち:情報を素のままで伝えて指示する

先月まで「あなたの病気にはもう治療法がないから、病院にきても意味がない、自宅で家族と好きなことをして過ごしなさい」と話していた医師がいたとしよう。話した当時の時点では間違いはなかった。患者としては当初は匙を投げられたように感じたとしても、避けがたい現実は現実として受けいれているとしよう。

ある日、その医師が新しい効果的な治療法Xが使えることを知り、一日でも早く患者に使うべきだと思ったとしよう。次の診察でこのように言うだろう。

医師:○○さん、今までは家族と好きなことをして余生を楽しみになさいとお話ししていましたが、撤回します。X療法を当院でも使えるようになりました。これは今までのPH医療の常識を変える素晴らしい治療法なんですよ。ぜひ○○さんには当院の第一号としてX療法を使いたいと思います。○○さんさえよければ来週からでも始めましょう。

患者:え、そうなんですか?そんなに凄いのですか。でも来週はちょっと。家族と温泉旅行に行こうと予約していて。

医師:家族に言ってキャンセルしてもらいなさい。命の方が温泉より大事でしょう。

患者:でも先生は前回までは家族との時間を大事にとおっしゃっていたのですが。

医師:だから新しい治療がでて事情が変わったんです。X療法をすれば10年後にも生きている可能性が倍以上になるんです。このチャンスを逃したら一生後悔しますよ。

患者:後悔・・・先生はこの間は家族との大切な時間を犠牲にしたら、そっちの方を後悔するよとおっしゃっていましたよ。そんなころころ意見を変えられても。

この例は極端だと思うかもしれない。しかし、変わりつつあるPH医療の進歩を患者にどう説明し、前向きに受け入れてもらえるにはどうしたら良いのかを考えない医師はいないだろう。すべての情報を患者さんに丸投げするのではうまく行かないことは分かっているはずだ。

MI:患者の考えを引き出しながら情報を伝える

ではこのような医師のやり取りではどうだろうか?

医師:○○さん、前回は家族と好きなことをして余生を楽しむことを考えてくださいとお話しました。その後どうですか?※1

患者:ええ、来週、家族と温泉旅行に行くことになりました。家族が予約してくれました。

医師:ご家族も〇〇さんにとって何が大切なのかを考え、〇〇さんが前から行きたかった温泉旅館を予約してくれた。※2

患者:ええそうなんです。家族に何かを伝えたわけでもないのに察してくれて。こんな家族をもって幸せだと思います。でも・・

医師:でも?※3

患者:・・・ふと夜中にトイレに立った時、家族が泣いているのを耳にして切なくなりました。自分自身はそんなに無理になんとかとは思いませんが、家族のことを思うと・・

医師:表には出さない、ご家族の気持ちを一生懸命考えられたんですね。そして本当なら〇〇さんからご家族に何か良いニュースを伝えたい、10年後のことも考えられるようないい治療があるとか。※4

患者:はい、そんなのがあればと思いはじめて私も眠れなくなりました。でも気持ちを切り替えて来週は楽しいことがあるんだと思うようにしてます。

医師:そうなのですか、思い出を作りたいという〇〇さんの気持ちをご家族が察してくれている、その気持には答えたい、その一方で家族が裏側に押し込めている感情もわかる。※5・・・もし〇〇さんがよかったら、新しい治療法の説明をしても良いのですが、旅行の予定にも差し障るのかもしれないのですが、どうされますか?※6

患者:え、そういうのがあるのですか?ぜひ。

医師:X療法を当院で使えるようになりました。これは今までのPH医療の常識を変るものです。詳しくお聞きになりたいですか?※7

ここで使われているMIの技法を解説してみよう。Oは開かれた質問、Aは是認、Rは聞き返し、Sはサマライズの略語である。

最初の※1はOである。※2はRであり、その中で家族が示したいたわりにフォーカスしている。※3は形としてはRだが、機能としてはOであり、患者が言い淀んでいることを詳しく述べるように引き出している。※4はAとRがある。患者がこれから言わんとしていることを推測して足している。※6ではSを行い、情報提供の許可をとる質問をしている。この中に温泉旅行の予定に差し障る可能性が含まれていて、全体として患者が許可を与えることができるようにしている。

MIを身につけるには

MIは会話術の一種だが、それだけではない。その技術を身につけるためのトレーニング技術も磨いててきた会話術システムと呼べるだろう。MINT(Motivational Interviewing Network of Trainers)のような団体があり、世界的にMIの技術を広めることを行っている。無料で学ぶことができる日本語資料も現在は手に入るようになった。著者のサイトにMI関係の資料があるので、ぜひご覧になっていただきたい。

原井宏明の情報公開 動機づけ面接のページ

http://harai.main.jp/blog1/?page_id=441

文献

  1. Miller WR, Rollnick S. 動機づけ面接〈第3版〉上・下. 東京: 星和書店; 2019.
  2. Leisgaard S. Motivational interviewing in intensive treatment of Type 2 diabetes detected by screening in general practice . Overall effect of a course in “ Motivational interviewing ” PhD thesis Sune Leisgaard Mørck Rubak. 2005年;
  3. Black I, Helgason ÁR. Using motivational interviewing to facilitate death talk in end-of-life care: An ethical analysis. Vol. 17, BMC Palliative Care. BioMed Central Ltd.; 2018.
  4. Chang WT, Weng SF, Hsu CH, Shih JY, Wang JJ, Wu CYほか. Prognostic Factors in Patients With Pulmonary Hypertension-A Nationwide Cohort Study. J Am Heart Assoc. 2016年9月1日;5(9).

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